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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
7章:王を殺す者
169/207

161:スライムの来襲



 アレン達が住む村と同じ土地にある森の中、そこでは現在、ある集団が隊列を組んで歩いていた。

 純白の鎧を身に纏い、上等な武器を装備した屈強な身体つきをした男達。街で見る兵士達とは明らかに違う雰囲気を漂わせ、その気配は達人の実力を持つことを伺わせる。

 〈聖騎士団〉。国王より認められ、選ばれた本物の実力を持つ騎士達。彼らは現在、ある目標を追いかけて森の中を進んでいる。


「団長……〈奴〉の痕跡です」

「む……」


 騎士団の内、一人の騎士が団長と呼んだ男に話しかける。するとその聖騎士団の団長は部下が指差した場所に目を向け、小さく頷く。


「この方向は……やはり東に向かっているか」

「はい。今までの痕跡から見て、間違いないでしょう」


 騎士団長は姿勢を低くし、地面に残っている目標の痕跡を確認する。そして目標が進んでいるであろう報告に視線を向け、目を細めた。


「そうなると……あの村の近くだな」


 予測と記憶が正しければ、目標が向かっている先には村がある。その村は騎士団長にとって覚えのある村であった。


「あの村……? ああ、そういえば以前この辺りでジーク兵士長が調査をしていましたね。その時の村ですか?」

「ああ……」


 部下の男も騎士団長の言葉を聞いて思い出し、納得いったように頷いた。

 辺境の土地にあると言われている小さな村。そこでは亜種族が集まっているらしく、平和に暮らしているらしい。何分遠くにあり、近くには魔物の森もある為、そこに寄り付こうとする兵士は居ない。精々調査や任務で訪れることがあるくらいだ。


「なら急いだ方が良いですね。我ら聖騎士団が村を守らないと」

「そうだな……」


 その村が目標の進路上にあるのならば、不味い事態となってしまう。小さな村とは言え、人々が見つかってしまえば目標は確実に狙うだろう。それを阻止する為にも、村を守る為にも、部下の男は拳を握り締める。そんな彼を横目に、騎士団長は立ち上がって考え込むように口元に手を当てた。


(確か噂では……(あの人)はこの村に居るらしいが……)


 騎士団長の男は瞼を閉じ、記憶を呼び起こす。

 それは街で聞いた些細な噂。虚構にも等しい、作り話かも知れない話。だがもしもそれが事実なのであれば、騎士団長にとってその村には無視出来ない存在がある。


(アレン・ホルダー……息災だろうか)


 数年前に姿を消してしまった万能の冒険者。伝説と称する程の偉業を成した訳でもなく、英雄のような実力を持つ戦士という訳でもない、至って普通の男。だが彼は多くの冒険者達と時間を共にし、才能を持つ若者達と関わりを持ってきた。新米の戦士達にとって、アレン・ホルダーという男は必ず記憶に残る、大きな存在だったのだ。

 騎士団長は部下達に指示を出し、再び痕跡を辿って森の中を進む。まずは任務を果たさなければならない。最悪の事態になる前に。








 

 村の近くにある森の中をアレンとレウィアは歩いていた。普段とは違う組み合わせだが、二人共さほど気にした様子はなく、辺りを警戒しながら木々の合間を進んでいく。


「リーシャの話では、最近森の様子がおかしいらしい。魔物も少なく、凄い静かだとか……」

「……確かに、生き物の気配を感じないね」


 アレンは愛用の剣の柄を握りながら話し掛け、レウィアも腰にある煉獄の剣をいつでも抜けるようにしながら答える。二人共軽い口調で会話しているが、その集中力は凄まじく、一切の隙がなかった。

 今回、二人は森の様子を確認する為に来ていた。本来はリーシャから報告を聞いたアレンが一人で調査するつもりだったのだが、それにレウィアも同行すると申し出た為、二人で森へと訪れていた。


「ひょっとしたらナターシャの言っていた騎士団が追っている魔物、ってのに関係があるのかも知れんが……どう思う?」


 アレンも高い実力を誇るレウィアが一緒に来てくれるというのなら心強く、彼女にも意見を求めた。

 ここまで森が静かなのは異様であり、魔物の気配も全く感じ取れない。恐らくはどこかに隠れているか、別の場所へ移動してしまったのだろう。そして魔物が縄張りから移動する時は、生存の危機を感じ取ったり、よそ者の気配を感じ取った時の場合。そう考えたのならば、アレンの頭の中には先日ナターシャから聞いたある魔物という存在が浮かんだ。

 レウィアもその情報は共有していた為、再度森の様子を見渡しながら考え、推測を口にする。


「何とも……情報が少ないし、判別出来ない。ただ……さっきから妙な魔力は感じる」

「妙な魔力?」


 レウィアが口にした言葉にアレンは反応し、彼女の方に顔を向ける。

 少なくともアレン自身は何も魔力は感じ取れない。生き物の気配もない為、そもそも感じ取る魔力がないのだ。ならばきっと魔力感知の高いレウィアでしか気づけない、微細な魔力か、かなり遠くに魔力の主が存在しているということだろう。


「とても小さいのが、複数。至る所から、要領を得ない感じで散らばってる」


 レウィアは不可解そうに首を傾げながらそう言う。

 恐らく自分でも何となく感じ取れているだけの為、目を瞑って物を触っているような感覚なのだ。それが具体的に何で、どのような物なのかを理解出来ず、漠然としないモヤモヤとした表情をレウィアは浮かべる。


「なんだそれ? 魔物なのか?」

「分からない……ただ何となく、気持ち悪い」


 アレンもそれが生き物なのかを確認しようとするが、レウィアは首を横に振る。そして地面にそっと手を触れると、もう一度気配を探ろうとした。だがやはり良い結果は得られなかったのか、不可解そうに目を細めるだけだった。そして手についた土を払いながら立ち上がると、レウィアはアレンに注意を呼びかける。


「気をつけて、おじさん。危ない時は私の後ろに下がって」

「ハハ、レウィアみたいな若い子にそう言われるのは、なんだか複雑だな」


 実際のところレウィアの方が実力は何倍もあり、いざという時は邪魔にならないように、彼女の後ろに下がるのが理想的だろう。だがそれを分かっていたとしても、アレンからすれば子供のレウィアを頼りにするというのは微妙な感情を抱いてしまった。


「そう言えば、一つ聞きたいことがあったんだ」

「……セレーネ母さんのこと?」


 歩いていたアレンはふと立ち止まり、レウィアに声を掛ける。彼女はその話題をセレーネのことだと思い、少しだけ躊躇うような仕草を見せた。


「いや、それももちろん聞きたいし、既に色々話してもらってるけど……それとは別件」


 どこか戸惑っているような表情を見せるレウィアを安心させるようにアレンは手を振り、本題へと入る。


「前にフレシアラと戦った時、俺の前に突然剣が現れたんだ……それは婆さん、レド・ホルダーが所有していた魔剣で、本来なら亜空間に収納されているはずなんだ」


 アレンはこの前のフレシアラの戦闘で起こったことを説明する。

 何十年も前に失ってしまったはずの魔剣。レドが所有する〈十二・聖魔武器〉の内の一本。アレンもそれを目にした事はほんの数回しかないが、それでも決して忘れることの出来ない代物であった。

 レウィアはアレンの説明を聞いた後、考え込むように腕を組み、片方の手を口元に当てた。


「それが突然現れたの?」

「ああ……だが婆さんはもう亡くなってるし、亜空間に収納されている魔剣の行方は分かっていない……だから何でだろうと思って」

「…………」


 亜空間に収納されている物は、通常その亜空間を形成した術者しか取り出すことが出来ない。故にレドが死んだ時から、収納されていた武器はもう二度とお目にかかる事が出来ない物と化してしまったのだ。

 するとしばらく黙り込んでいたレウィアは組んでいた腕を解き、顔を上げる。そして推測ではあるが、自分の考えをアレンに伝えることにした。


「……空間魔法は、魔族の間でも上級魔法として知られる難易度の高い魔法……擬似形成される亜空間に関しても詳細は分かっていないから、未だに謎が多い」


 術者の魔力を使って別空間に自身だけが使用出来る空間を作り出す上級魔法。当然ながらその魔法はとてつもない魔力を消費し、空間を作り出すという離れ業をやってのける為、大きなリスクもある。故にその魔法を使える者は少なく、魔族の間でも使用している者は殆ど居ない。まさにその魔法は神の領域のものなのだ。


「だから、答えは分からない。おじさんが意識的に空間魔法を使ったのではないなら、何か別の作用が働いたとしか……」

「……そうか。いや、有難う」


 結局のところレウィアも答えを導き出すことは出来ず、申し訳なさそうに応えた。だがアレンは気にせず、新しい情報が手に入っただけでも有難かった。少なくとも空間魔法が魔族ですら高難度の魔法であり、使用する者が殆ど居ないということは分かったのだ。大きい収穫と言える。

 それから二人は再び森の中を進み、調査を続ける。出来ればこの異常現象の原因が分かる手がかりだけでも欲しい為、今回は少しだけ奥へと進むことにした。すると、アレンはふと違和感を覚える。


「……ん?」


 僅かに周囲から魔力を感じ取り、アレンは警戒して剣を僅かに引き抜く。だがよくよく意識を集中させてみると、それは何か異質な雰囲気が混じっていた。普通の生き物なら呼吸音のようにその存在を感じ取れるが、その魔力は曖昧で、上手く感じ取ることが出来ないのだ。そのせいでアレンの対応が一瞬遅れてしまう。


「おじさん、下がって!」

「え、おっ……!?」


 突如、レウィアが声を上げてアレンの前へと出る。そして魔剣を引き抜くと、周囲の草むらから飛び出してきた何かに斬撃を放った。

 

「ギギギギギ……!」

「----ッ」


 それは深い緑色の、まるで苔のような色をした液状の姿をした魔物、スライムであった。かずは十匹程。空中で斬撃を食らわされたそのスライム達は奇声を上げ、その液状の身体がバラバラになりながらも地面に着地して動き回る。


「こいつらは……スライム!」

「…………」


 アレンも慌てて剣を構え、目の前のスライム達と対峙する。

 レウィアの魔剣で斬り裂かれてもスライム達は健在で、むしろ小さくなりつつもその数は倍になり、二十匹となっている。その様子を見てレウィアはうっとうしそうに眉を潜めた。

 スライム。液状の独特な身体を持ち、その性質は極めて異質な魔物。その特性上切断攻撃は通用しないが、スライム自体の危険度は高くなく、凶暴性も低いことから脅威のない魔物として知られている。だがどうやら、今回現れたスライムは様子が違うらしい。


「この森にスライムは居ないはず……それに何でこんな凶暴なんだ?」

「……分からない。なんにせよ、倒さないと」


 レウィアはそう言うと魔剣を鞘に収め、手を地面に添える。それを見てスライム達は本能的に何かを察したのか、一斉に彼女へと襲い掛かった。


「這い出よ、暗く深い闇の中から、その醜い姿を晒し、地を更地へと変えよ……」


 だが既にレウィアは詠唱を唱え、周囲から巨大な影を出現させていた。それは辺りの森を埋め尽くす程で、一個の巨大な塊へとなる。そしてレウィアは拳を握り締めると、思い切り地面に叩き付けた。


「貫き、潰せ!!」


 巨大な影の塊が蠢き、それは波となってスライム達へと押し寄せる。レウィアに飛び掛っていたスライム達は急に現れた影の波に対応出来ず、そのまま飲み込まれてしまう。


「ギィィァアアアアッ!!」


 奇声もすぐに影の波に飲み込まれ、スライム達の姿は一切見えなくなった。そして影の波はその見た目とは裏腹に静かに辺りへと広がっていく。

 あまりにも一瞬。そして圧倒的。レウィアの剣術だけでなく、凄まじい程強大な魔法にアレンは思わず絶句してしまう。だがとうの本人は違和感を覚え、ピクリと指先を振るわせた。


「……!?」


 次の瞬間、辺りに広がっていた影に亀裂が入る。するとそこから緑色の液体が溢れ出し、轟音を響かせながら影を吹き飛ばして巨大なスライムが姿を現した。


「ギィィィィォォォォオオオァァアアアアアアアアアア!!!!」


 先ほどよりも野太い奇声を上げながら、巨大なスライムは液状の身体をうねらせて影を踏み潰す。それはどう考えても先ほどの二十匹のスライムからは想像できない程の巨体であり、アレンとレウィアは信じられなさそうに目を見開いた。


「なっ……ぇ、でかくなって……どういうことだ!?」

「……普通のスライムじゃない」


 どう考えても異常過ぎる事態にアレンは動揺してしまう。今まで合体するスライムとは遭遇したことはあるが、ここまで巨大化するスライムなど見たことも聞いたこともない。レウィアも自分達の前に現れたスライムが特異な魔物である事を理解し、何かに気づいたように口を開く。


「こいつは……うッ!?」


 だがその直後、地面からスライムの一部が飛び出してくる。それは蛇のようにうねり、レウィアのことを吹き飛ばしてしまった。


「レウィア!!?」


 まさかの不意打ちにレウィアは木々の方へと飛ばされてしまった。一人になったアレンは慌てて構えを取り、巨大なスライムから距離を取る。


(まさか、これが聖騎士団の追ってる魔物ってやつか……!)


 剣での攻撃は通用しない。魔法攻撃でも何故か巨大化する始末。明らかに自分の常識が通用しない相手。アレンは当然戸惑うが、冷静さは失っていなかった。いつだって敵は自分の想像以上、予想外のことばかりをして来る。ならば自分が持てる手段全てを駆使して、抗い続けるだけだ。


「ゴォォァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「おいおい、俺だけでやるしかないのか?」


 だが自身よりも何倍も巨大な身体を誇る魔物を見て、アレンはつい弱々しい笑みを零してしまう。

 敵うはずがない。通用するはずがない。今すぐ逃げ出したい。そう思うことは、悪いことなのだろうか? 否、アレンが抱く感情は至って通常のものだ。だがそれでも、彼は逃げない。戦うしかない。例えそれが無謀に等しい行いだとしても。



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[気になる点] 新しいが手に入っただけでも有難かった 新しい<情報>が手に入っただけでも有難かった かな? [一言] シェルは呑気に構えていてもいいのかな~ セレーネが生きていたらあっさり再婚しちゃっ…
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