160:姉妹のひととき
「えっと……こう?」
「そうそう、上手だよ」
村の奥にある木々の中、そこではルナとレウィアが倒木の上に座り、魔法のレッスンを行っていた。ルナは今まで独学で闇魔法を使っていた為、レウィアが魔族の国で習う正しい闇魔法の使い方を教えているのだ。
その横ではダークウルフのクロが律儀にお座りして二人の様子を見守っており、ルナもそんなクロに勇気を貰いながら手の平を宙に向け、意識を集中させていた。
「んんんん~……!」
やがて、ルナの手の先に影が集まっていく。その影はどうやら質量を持っているようで、影は蛇のようにうねり、ルナの第三の腕のように自由に動いた。
その魔法を見てルナはレウィアの方に顔を向けて反応を伺い、レウィアは影を見つめて頷く。するとルナはニッコリと笑みを浮かべて喜びの声を上げた。
「やった! 出来た」
「うん、流石だね。ルナ。ちょっと教えただけで十分コントロール出来てる。合格だよ」
喜んでいるルナの姿を見てレウィアも自分のことのように嬉しそうに笑った。普段はあまり表情を変化させない彼女なのだが、やはり妹の成長が嬉しいのか、その雰囲気は普段よりも和らげだった。
「これが闇魔法の基礎。魔力で作られた影を自在に操り、どんな形状にも変化させることが出来る」
レウィアは指を軽く振るい、自分の腕の周りに影を纏わせながら説明する。その影はクルクルと円を描きながら蕾の形へと変わり、ルナの目の前で美しい影の花を咲かせた。
「凄い便利な魔法なんだね」
「そうだよ。セレーネ母さんはこれと剣術を融合させて、凄まじい斬撃を放ったりしてた。すっごい強かったんだよ。あの人は」
「へ~、そうだったんだ」
どうやらルナの実の母親であるセレーネもこの魔法は使っていたらしい。そしてアレンとの情報を照らし合わせてみたところ、彼女は剣を使っての戦闘が主流だったようだ。ルナの中で母親のイメージ像に剣士が付け足された。
(もっとレウィアさんにお母さんのこと聞きたいな……でも、あまり踏み込みすぎるのは良くないし……)
ルナはチラチラとレウィアの表情を伺いながら言葉を慎重に選ぶ。
最近はこうして色々と話せるようになったが、それでもレウィアはルナに大部分を秘密にしている。魔族の国での出来事の殆どはルナを巻き込まないよう、話さないようにしているのだ。その中には当然、ルナの母親であるセレーネの話題もあった。
「ワフワフ」
「ん……良い子だね」
ふとずっと座っていたクロが立ち上がると、レウィアの方に歩み寄り、甘えるように尻尾を振った。それを見てレウィアも手を伸ばし、クロの頭を優しく撫でた。
「クロ、レウィアさんにも慣れてるね」
「うん……温厚な魔物は魔族に懐き易いんだ。特に魔力の相性が良いと、落ち着くから傍に居たがるんだよ」
どうやらルナが小さい頃から魔物に懐かれていたのも理由があったらしく、特にクロがずっと傍に居たのは魔力の相性が良かったかららしい。意外な事実に驚きながら、ルナも寄って来たクロの首筋を撫でてじゃれて上げた。
「ルナは、クロのこと眷属にしないの?」
「へ? 眷属……?」
不意にレウィアがそんなことを言ってくる。ルナは聞きなれない言葉だった為、疑問そうに首を傾げた。
「そう眷属。フレシアラも植物の魔物を従えてたでしょ。あれは契約して眷属にしていたんだよ」
アレンが戦った植物の魔物。ギガネペンテス。あれは魔王候補であるフレシアラが作り出した魔物であり、彼女の眷属であった。
「膨大な魔力を持った魔族は魔物を眷属にすることが出来るんだ。眷族になった魔物とその主は魔力に繋がりが出来て、力を分け与えることが出来るの」
フレシアラの眷属だったからこそ、ギガネペンテスはあれ程までに成長し、強大な力を持っていたのだ。
魔族の中にはそう言った魔物を配下にして戦う者もおり、時には竜にも匹敵する程の力を持った魔物が出現することもあった。
「そ、そんなこと出来たんだ」
「ん。魔物は魔族に従う生き物だからね。もしもクロにその意思があるなら、眷属にするのも良いと思うよ」
「ん~……」
改めてレウィアはクロを眷属にすることを提案する。
ここまで懐いているのだから、クロがルナを主だと思っているのは明確。魔力の相性も良いようだし、眷属となればクロは更に強大な力を得るだろう。そしてルナを今以上に守ってくれるに違いない。レウィアはそう考えていた。
だがルナは少し迷うように口元に手を当てた後、クロの方を見るとポンと頭を撫でて口を開いた。
「今は良いかな。私はまだ、クロと普通のお友達で居たいから」
「ワフ!」
ルナがそう言うと、クロもそれに同意するように鳴いて尻尾を振った。ルナの膝に手を乗せてクロはルナの頬を舐め、ルナは困ったように笑う。
「そっか。うん、それも良いと思うよ」
「えへへ」
レウィアもルナがそう望むならと彼女の意思を尊重することにした。
無理強いするつもりはないし、ルナがクロと友達で居たいならそれが良い。それに彼女のことは絶対に自身が守りぬく、とレウィアは心に誓っていた。
「さてと、それじゃぁそろそろ家に戻ろっか。おじさんがご飯作ってる頃だろうし」
「うん。そうだね」
それからレウィアとルナは倒木から腰を上げると、木々を抜けてアレンの家へと戻った。その姿は仲良さげな姉妹そのものであり、微笑ましい光景であった。
◇
その頃、リーシャは村の外にある森の中を歩いていた。腰には純白の聖剣を携え、魔物が出る森の中を彼女は散歩でもするかのように歩いている。それはルナとレウィアが二人きりの時間を過ごせるようにする為の配慮であり、かつ時間を有効に使えるよう、修行の為にリーシャは森を徘徊していた。
「フンフフ~ン、ルナ達今頃仲良くやってるかなぁ?」
丁度良い具合に並んでいた切り株の上をぴょんぴょんと飛び移りながら、リーシャは妹が姉と上手くやっているかを想像する。
レウィアという本当の姉が現れたことにはリーシャもちょっとだけ複雑な気持ちだったが、それでもその存在がルナに安心感を与えることは十分承知している為、きちんと理解していた。
「それにしても……今日はなんだか生き物が少ないなぁ」
ふとリーシャは辺りの木々を見渡し、耳を済ませる。だがそこから生き物の呼吸や足音などは全く聞こえず、森の中には不気味な静けさが流れていた。リーシャはそれを疑問に思う。
「流石にここまで静かなのはおかしいと思うんだけど……」
動物や魔物が生息する森の中ならば、必ず生き物の気配は伝わって来るはずである。例え隠れていたり、息を潜ませていたりしたとしても、その存在を完全に隠すことは出来ないのだ。
特に他者の気配に敏感なリーシャは森の中に居れば、そこにどのような生き物が居るかを感じ取ることが出来た。だが今はそれが全くないのだ。
「----!」
突如、後方の草むらから鋭い気配が飛んで来る。リーシャはそれを背中から感じ取ると、振り返らず瞬時に聖剣を引き抜き、それを背後に振るった。
「シャァァアアアッ!!」
「……おっと!」
ギィンと火花を散らしながら何らかの生き物がリーシャの聖剣によって上空へと飛ばされる。それは鳥型の小さな魔物であった。
「スティールバードか。珍しい」
それはスティールバードと呼ばれる身体が鋼鉄で覆われた珍しい特徴を持つ魔物。羽の一枚一枚が鋭い鋼鉄になっており、その頑丈さは騎士が思い切り振るった剣を折る程。そんな重たい身体で飛べるかと疑問に思うだろうが、一説では魔法によって浮遊していると言われている。
「コァアアアア!!」
更に現れたスティールバードは一羽ではなく、草むらの中から更に何羽ものスティールバードが現れる。リーシャはそんな魔者達の攻撃を避けながら疑問そうに首を傾げた。
「う~ん……スティールバードは普段洞窟とか穴の中とか、隠れて生活しているはずなんだけど……何で出てきたんだろう?」
本来のスティールバードの生態と違うことに疑問を抱きながらリーシャは攻撃を避け続ける。それは舞うように余裕のある動きで、スティールバード達もそんなヒラヒラと避けるリーシャに苛立つように奇声を上げた。
「シャアアアアアアア!!」
「しかもこんなに凶暴だし、攻撃的なのも変」
一羽の突撃してきた攻撃をリーシャは聖剣で受け流し、そのままスティールバードを木へと激突させる。それを見て仲間がやられたと思った他のスティールバード達は一斉にリーシャへと襲い掛かった。
「しょうがない。とりあえず大人しくさせるか」
普段は大人しい魔物の為、出来るだけ傷つけたくないと思っていたリーシャはスティールバード達を無力化させることにする。
聖剣を低く構え、向かってくるスティールバード達と対峙する。そして一呼吸置いた後、一気に飛び出し、スティールバード達と交差すると聖剣を振り抜いた。
「----ふい~。終わり」
「キ……キェ……」
キンと聖剣を鞘に納め、リーシャは肩の力を抜く。後ろではスティールバード達が地面に倒れており、ピクピクと翼を動かして痙攣していた。
「手加減したから大丈夫だよ。多分すぐに動けるようになると思うから」
安心させるようにリーシャはそう声を掛けるが、当然言葉が通じるはずもなく、スティールバード達は忌々しそうに奇声を漏らしていた。
「ふぅむ。それにしても……本当に森の様子がおかしいな」
腕を組み、顎に手を当てながらリーシャは考える。
普段は隠れているはずの魔物達が現れ、森はこんなに静かなまま。これは明らかに何か異常なことが起こっているということである。だがその原因が見当も付かない。ただ森が静かなだけなのだ。それが逆に不気味で、リーシャは困ったようにため息を吐いた。
「とりあえず父さんに報告して、相談しようっと」
いくら悩んだところで今は答えを出せない為、リーシャはそう考えて気持ちを切り替えることにする。そしてそろそろ良い時間だと思い、村へと戻るのだった。