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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
7章:王を殺す者
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159:次なる語り


 ルナにとって、姉と言えばリーシャのことを指す。

 血は繋がっていないが、それでも赤ん坊の頃から一緒に居て、共に育った。前を向けばいつもリーシャが立っており、自分の手を引いてくれた。困っている時、迷っている時に、いつも彼女は手を差し伸べてくれた。魔王や勇者という肩書きなど関係なく、家族だからと理由で必ず傍に居てくれた。

 故に、ルナは例えこれからどんな状況になろうとも、どんな立場に立たされようとも、リーシャは自分の姉だと言い張るつもりであった。例え血は繋がらず、宿敵関係であったとしても、家族としての絆は本物だと思っていた。その考えは今でも変わらない。だが、現れてしまったのだ。ルナの前に。


「……本当の姉、か」


 原っぱの上で、ルナとリーシャは並んで座っていた。周りに人はおらず、木陰で隠れるように二人は座っている。近くでは小鳥が鳴いており、寂しいわけでも、暖かいわけでもない妙な空気が流れていた。


「実感沸かない?」

「そりゃ……すぐに呑み込めるものじゃないし、ちょっとは戸惑うよ」


 ある程度予想はしていても、いざ分かってしまえば今度はそれに納得するのに時間は掛かるもの。ルナにとってレウィアはつい最近まで自分と同じ魔族の、少し年上の女性というだけの認識だった。だが今日突然それは自分の異母姉と分かってしまったのだ。流石にそれはルナもすぐに受け入れられるものではなかった。


「それに、私のお姉ちゃんって言ったら、ずっとリーシャだったから……」


 ルナはチラリと隣に居るリーシャのことを見る。するとその言葉を聞いてリーシャはニンマリと笑みを浮かべた。


「フフ、そうだね。私もルナ以外の妹とかが突然現れちゃったら、びっくりするだろうなぁ」


 どこか嬉しそうな声色でリーシャはそう言う。

 実際突然自分の家族、親族が現れたら困惑することだろう。自分達の過去が詳細に分かっていない以上、ある日突然本当の両親が現れても何らおかしくないのだ。そんなことを想像しながらリーシャは伸ばした脚をブラブラと揺らす。


「でも結局あまり教えてもらえなかったねー。そもそもレウィアさんも知ってほしくないみたいだし」

「うん、そうだね。きっと色々考えてるんだと思う」

「そうだとしても、もうちょっと聞きたかったなぁ」


 リーシャは青い空を見上げながら残念そうな表情を浮かべ、ルナも思わずため息を吐く。

 あれからレウィアが教えてくれたのは数個くらいで、新しい真実を知ることは出来なかった。母親は行方不明扱いだし、父親が誰なのかも分からない。重要なのはセレーネがルナを逃がす為に人族の世界に送っただけで、それ以外の情報は聞き出せなかったのだ。

 それはきっとレウィアがルナの安全のことを思ってそうしているのであって、ルナもその思いは理解出来た。そもそもルナとリーシャの二人は世界を混乱させない為、表舞台にはなるべく出ないようにしている。ならば過去の出来事など本来なら知る必要はないし、ずっとこの村で大人しくしていればいいのである。だがそれでも、まだ子供であるルナならば自分の出自のことは気になって当然であった。


「勇者の私がルナと同じ森に置かれてたのも分からないままだし、ルーラー家って言うのも詳しく教えてもらえなかったし、分からないことはまだまだたくさんだよ」


 リーシャは不満げに頬を膨らませ、自分の横に落ちていた石を持ち上げるとブンを振り投げる。コントロールの良いリーシャが投げた石は鮮やかに空を切り、遠くの地面に落ちて転がった。


「でも、私はレウィアさんが姉だってことが知れただけでも嬉しかったよ。魔族の中にも、優しい人が居るって分かったし」


 そんなリーシャのことを見ながら、ルナはそう答える。

 確かに得られた情報は少ないかも知れない。ルナの出自の秘密を全て知れた訳ではないし、ましてや勇者であるリーシャの情報は何も得られなかった。つまり勇者と魔王が共に森に置かれていたという事実は、単なる偶然である可能性すらあるという訳だ。そうなってしまえば最早推測を立てることすら無駄であり、手がかりは一切ないこととなってしまう。だがそれでも、ルナはこの結果に満足していた。聞かないよりも、聞いておいて良かったと思えていた。


「……そっか。それなら良かった。勇気出して良かったじゃん」

「うん、リーシャのおかげだよ」

「そんなことないよー。ルナが頑張ったんだよ」


 元々ルナが迷っていた時、助言を与えてくれたのはリーシャであった。その時のことをルナがお礼を言うと、リーシャは首を左右に振ってルナ自身の決断だと返した。あくまでも自分は選択肢の一つを教えただけ、と彼女は思っているのだ。


「レウィアさんも、もうしばらくはこの村に滞在してくれるって言ってたし、その間に色々話そうと思う」

「うん、それが良いよ。私も仲良くなりたいし、剣のこととか教えてもらいたいなー」

「きっと教えてくれるよ。あの人なら」


 あれからアレン達が熱心にお願いした結果、レウィアが根負けして後一週間程村に滞在してくれることとなった。幾分かは説明してくれたとは言え、まだまだ色々聞きたいことがあるのは事実。アレンに至ってはかつての友人であるセレーネのことを更に聞き出したかった。それにレウィア自身もまだ完全に回復した訳ではない為、まだこの村で休んでいる方が良いという流れになったのだ。

 

(その間に私も、レウィアさんのことを……)


 ルナもレウィアが村に居てくれることは嬉しい。自分の母親がどんな人だったかも知りたいし、何より会話がしたいのだ。そしていつかはきちんと、姉と呼べるようになりたいと彼女は願っていた。

 ルナは胸元の前で静かに拳を握る。固めた決意を確かめるように、彼女はそっと笑みを浮かべた。


「あ、居た居た。おーい、リーシャ、ルナー」

「……!」


 ふと遠くから二人を呼ぶ声が聞こえて来る。立ち上がって見てみると、ダイとシファの二人が手を振っていた。どうやら彼女達のことを探していたらしい。ダイとシファは駆け足で二人の元へと寄って来る。


「まったく、探したわよ。遊ぶ約束だってのに家にも居ないんだから」

「ああ、ごめんごめん。すっかり忘れてた」


 怒っているシファの態度を見てリーシャは昼から遊ぶ約束をしていたことを思い出し、しまったと自分の頭を叩く。ルナもレウィアのことがあった為すっかり忘れており、申し訳なさそうに謝罪した。


「ていうかあの人、レウィアさんだっけ? 目が覚めたなら教えなさいよ。家行ったら普通に居てびっくりしたわ」

「え、喋ったの?」

「うん、丁寧に挨拶されたわ。行儀の良い人ね」


 シファからの意外な報告にリーシャとルナは顔を見合わせる。

 当然村に滞在するならば村人とも交流することになるだろうが、レウィアが難なく異文化の村に対応していることにちょっと驚いたのだ。







「それじゃアレンさん、お世話になりました」

「ああ、もう帰っちまうなんて。寂しくなるな」


 村の門の前では、アレンとシェルがナターシャの見送りをしていた。だが周りには他に村人はおらず、どうやらこの三人だけのようである。


「シェルも色々有難う。また今度飲みにでも行こうよ」

「ええ、ほどほどにお願いしますね」


 ナターシャはシェルの方に顔を向け、そう約束する。

 冒険者だった頃は年の近い女性同士ということもあって何度か一緒にお店に行くこともあった。その時のことを思い出し、二人は懐かしそうに笑い合う。


「本当に良かったのか? リーシャとルナも懐いてたのに、見送りしなくて」

「はい、あらかじめお別れは言っておいたので。それにギルド長に早く戻ってこいって急かされちゃったので」


 ナターシャはちょっと残念そうな顔をしながらもそう説明する。元々彼女は休息を取る身であり、本来なら自分の家でしっかり休んでいないといけないのだ。だがアレンの村へと訪れ、遺跡調査の依頼をした。そのことがギルド長に知られてしまい、叱られるという訳ではないが、注意が入ったのである。


「本当に、今回の依頼、有難うございました。アレンさんのおかげで仲間も浮かばれます」

「そう思ってくれるなら、何よりだよ。ナターシャも身体には気をつけてな」

「はい。まずはこの傷を治すことに集中したいと思います」


 改めてナターシャはアレンにお礼を言い、包帯で固定されている自分の腕を見てクスリと笑う。怪我をしている身なのに色々無茶をしてしまった為、今更ながら自分の行動を振り返って呆れてしまったようだ。


「そういえば報告書のやり取りをしてた時に知ったんですけど、最近聖騎士団が活動してるみたいですよ。ギルドの方にも顔を出したらしくて、なんかある魔物を探してるんですって」

「なに? 聖騎士団が……?」


 ふとナターシャは思い出したように情報を口にし、アレンはそれに眉を動かして反応する。

 聖騎士団と言えば王都の特別な騎士団。王に認められたものだけがなれる本物の実力者が集まっている騎士団。その聖騎士達がわざわざ探している魔物、という情報にアレンは気になった。


「ええ、アレンさん何か心当たりありますか? この山は魔物も多いし、情報があれば聞いておいてくれってギルド長に言われてるの思い出して」

「いや……確かにこの山には魔物が居るが、聖騎士が出る程強力な魔物は居ないはずなんだが……」


 頭を掻きながらアレンはこの山に生息している魔物達を思い出し、確認を取るように隣に居るシェルに視線を向ける。するとシェルも身に覚えがないらしく、フルフルと首を左右に振った。


「すまん。やっぱり分からないわ」

「そうですか。いえ、大丈夫です。ギルド長も確認だけ取るようにって言われてただけなので」


 ナターシャは気にした様子も見せず小さく頷き、足元に置いておいた荷物を片手で手に取った。


「では先生、シェル。またいつか会いましょう」

「おう、元気でな」

「気を付けてー」


 ナターシャは手を振りながら別れを言い、アレン達も手を振り返す。彼女は怪我人とは思えない程軽い足取りで進んでいき、あっという間に見えなくなってしまった。


「……相変わらず元気な奴だったな」

「ええ。変わりなくて何よりです」


 仲間を失った時は落ち込んでいたが、すぐに元気を取り戻してくれたナターシャにアレンは安心する。やはり彼女は元気な姿が似合う。昔も仲間思いで明るく振舞う彼女の姿に多くの冒険者達が元気を分け与えられた。きっとこれからも、ナターシャはギルドに必要な存在となり続けるだろう。


「それにしても聖騎士団が追う魔物ですか……ちょっと気になりますね」

「ああ。シェルは魔術師協会の方で何か聞いてないか?」

「いえ、特には……」

「そうか……ふむ」


 アレンはナターシャが言っていたことを思い出し、その魔物について思考する。

 聖騎士団がわざわざ調査しているというのならば、その魔物はかなりの強敵なのだろう。だが最近魔物が暴れたという話はきかない。ならば特異な魔物か、かなり知能が高い魔物なのかもしれない。まだ情報が少ない以上その魔物について対策することは出来ないが、それでも気になってしまう存在であった。


「まぁいつも通り、村の周りを警戒しつつ、何かあったらすぐ対処出来るよう、準備しておこう」

「はい、そうですね。私も念の為協会の方と連絡を取ってみます」

「ああ、そうしてくれると助かるよ」


 今出来ることはいつも通り魔物用の準備をしておくだけだと答えを出し、アレンとシェルは門から離れて村の中へと戻っていく。その門の先にある森は、風に吹かれて静かに枝を揺らしていた。



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[気になる点] >まだ情報が少ない以上その魔物について対策することは出来ないが、それでも気になってしまう存在であtった。 あtった→あった [一言] 例の魔王候補かな? 聖騎士団も気になりますが。
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