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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
6章:魔王候補フレシアラ
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153:英雄を超える時



「ルォァァアアアアアアアアアッ!!!」


 巨大な根っこを飛び移りながら漆黒の獣と化したレクスが吠える。その動作と雰囲気は最早人間らしさを残しておらず、本物の怪物と成り果てていた。

 そしてレクスは腕と一体化している漆黒の槍を引くと、敵であるリーシャ達に向けて矢の如く勢いよく放った。槍は回転しながら轟音を立て、辺りの根を吹き飛ばしながら向かっていく。その槍に対してルナは闇魔法で無数の影を出現させる。


「影よ、闇よ、咎人を……縛り上げろ!」


 ルナが詠唱すると影は鎖へと形を変え、飛んでくる槍を拘束する。更に蔓で槍と繋がっているレクスへと向かっていくが、その前にレクスは槍を戻し、鎖を引き千切った。


「ルグォァアアアアアアア!!!」

「こんのぉ!」


 レクスが槍を引き戻している間にリーシャが飛び出し、純白の聖剣を振るう。だがレクスも流石はかつての英雄と言うべきか、武器がなくとも蔓の模様で覆われた金属のように硬い腕で剣を受け流し、リーシャの技を回避してみせる。


「グォァッ!」

「くっ……! 私の剣術が効かない!?」


 更にリーシャは素早く剣技を繰り出すが、その全てをレクスは受け流してみせた。その間に蔓を引き寄せて戻って来た槍を手に持ち、回転させてリーシャの足を払う。


「うっ……!?」

「ルグゥゥォァアア!!」


 リーシャの身体が宙に浮き、無防備となる。そこをレクスはすかさず狙い、彼女の頭を狙って漆黒の槍を突く。


「氷雪の息吹!!」


 刹那、凍り付くような吹雪が吹き溢れる。レクスの攻撃はその吹雪に阻まれ、槍はリーシャの眼前で止まる。その隙にリーシャも根を蹴り、その場から距離を取った。


「リーシャちゃん、大丈夫? 無理しないでっ」

「ありがとう……! シェルさん」


 氷魔法で援護してくれたシェルの元までリーシャは下がり、お礼を言う。

 今のは危なかった。もしもシェルの援護がなければ今頃リーシャの額は漆黒の槍によって貫かれていただろう。あまりにも呆気なく、あっさりと、急所を突かれて終わっていた。


「リーシャ……!」

「やっぱり強いよ。レクスは。素の実力じゃ私より全然上だ……素早くなった分、さっきの怪物の時より手強い」


 ルナもシェルの元へと駆け寄り、二人は並んでレクスの方に視線を向けた。漆黒の怪物と化したレクスは根の上で唸り声を上げ、静かにリーシャ達のことを眺めている。すぐに攻撃するつもりはないのか、槍は根に突き刺したまま持っていた。


「だったら必殺技の〈王殺し〉は? あれならあの硬い身体も破ける……」

「さっきもう使っちゃった。無理すれば打てるかも知れないけど……ちょっとキツい」

「ええぇ……そんな」


 ルナは状況を打開出来るであろう必殺技が使えないことに項垂れてしまう。ただでさえ相手は百年前の勇者と共に戦った英雄。簡単な技では通用しない。何とかしてあの硬い身体を貫ける程強力な技が必要なのである。


「早くお父さんを助けに行かないといけないのに……」


 何よりルナが心配なのはアレンの安否。今彼は目の前にある巨大な蔓の壁の向こう側に居る。そして巨大な植物の怪物とたった一人で戦っているのだ。最悪の場合は魔王候補のフレシアラも居るかも知れない。それを想像してしまうとルナの頭の中は恐怖で埋め尽くされてしまった。故に、一刻でも早く目の前の障害であるレクスを倒さなければならないのだ。


「ルナちゃん、魔王の力で植物を操ることは出来ないの? それならこの蔓の壁を退かせるかも知れない」


 ふとシェルが巨大な蔓の壁を指差しながらそう提案した。

 ルナには生き物を支配する魔王の力がある。以前はそれが覚醒した時、アラクネが操っていた蜘蛛をも支配する程の力を見せた。それを今一度使えば、この状況を変えることが出来るかも知れない。


「確かに、上手くいけば出来るかも……でもフレシアラの支配力が強いから、操るのに少し時間掛かるかも」


 ルナもそれが最善の策だと考え、強く頷く。

 だが周囲の植物は全てフレシアラが支配している。その支配力は妖精王が操ることが出来ない程強力であり、ルナも感覚的にこの植物は簡単には支配出来ないと思っていた。


「それなら、私とリーシャちゃんが戦うから、その間に」

「うん! こっちは任せて。ルナ!」


 シェルが作戦を提案し、リーシャもそれに賛同して力強く応える。その言葉を聞いてルナも胸に手を当て、覚悟を決めた。


「分かった。くれぐれも無理しないでね。二人共」


 そう言ってルナは蔓の壁の近くに寄り、手を当てる。すると彼女の包帯が巻いてある手から紫色の輝きが漏れ出した。更に魔王の紋章がある手を中心に翼のような形をした模様が広がっていき、ルナ自身の魔力も更に高まって行く。


「ルルルゥ……ォォォオオオオオオオオッ!!!」


 するとルナの行動で異変を感じ取ったのか、静観していたレクスが動き出し、根に突き刺していた槍を引き抜くと唸り声を上げた。


「よし、行くよ! リーシャちゃん」

「まっかせて! ルナには絶対近づかせないんだから!」


 シェルとリーシャも各々の得物を構え、その場から飛んで高い場所にある根へと飛び移る。レクスもまずは標的を二人に絞ると槍を低く構え、勢いよく飛び出した。獣如く鋭い眼光をし、レクスは真っすぐ槍を突く。


「そいやぁあ!」

「ゥゥゥォォァァアアアアア!!」


 リーシャはその攻撃を聖剣で受け止め、刃を光らせる。そして槍を弾きながら聖剣を振るうと、黄金の衝撃波が放たれた。レクスはその光に飲まれ、吹き飛ばされる。


「氷の世界で咲きほこれ……〈氷雪の宴〉!」


 更にシェルも続き、杖を回して足元の根っこを突く。すると周囲が氷で覆われていき、そこから鋭い氷の刃が何本も生えた。レクスはその氷の刃に何本もぶつかり、身体に覆われている蔓の模様も僅かに剥がれていった。


「グゴォァ……ォァアアアアッ!!?」


 レクスは唸り声を上げながら身体を回転させ、氷の刃を砕いて根の上に着地する。するとその目の前にリーシャが現れる。


「流石シェルさん!」

「ルォア……!?」


 身体を捩じらせ、リーシャは黄金の光を纏った聖剣を思い切り振り抜く。先程よりも巨大な衝撃波が巻き起こり、辺りが眩い光に包まれた。すぐさまレクスは槍を展開して盾のように植物の壁を広げるが、その壁すらも粉々に弾け飛び、レクスは武器を失う。


「更にもういっちょ!」

「ゴガッ!!」


 リーシャの攻撃はそれだけでは終わらず、空いている腕を振るって小精霊達を出現させる。そして光の球となった小精霊達がレクスを襲う。


「ギィィィ……ルァァァアアアアア!!!」


 レクスは咆哮を上げて小精霊達を吹き飛ばす。そして身体を覆っている蔓の模様を広げると、植物を操って二対の槍を創り出した。

 レクスはその槍を振るい、竜巻を起こしてリーシャを吹き飛ばす。


「おおっ……とっとっと!」


 リーシャは宙を回転して体勢を立て直すと、鮮やかに根の上に着地する。そして乱れた髪を整えると、レクスは一度距離を取った。シェルもその近くに寄り、リーシャの隣に並ぶ。


「リーシャちゃん、深追いし過ぎないで……!」

「うん、分かってる!」


 あくまでも二人の目的は時間稼ぎ。ルナが植物を支配するまでレクスを近づけないようにすること。不用意に接近し過ぎれば足元をすくわれる危険性もある。故に二人は警戒して出方を伺う。すると、レクスの様子がおかしいことに気が付いた。


「グググ……ルウゥゥ、ゥ」


 先程のようにただ静観している訳ではなく、その場に立ったまま苦しむようにレクスは呻き声を上げている。よく見ると、彼の身体に覆われている黒い蔓が剥がれ落ち、身体がまるで炭のように壊れ始めていた。


「レクスの身体が、崩壊してる……?」


 攻撃を受けていない箇所もレクスの身体は崩壊している為、リーシャ達の攻撃が効いたという訳ではないらしい。まるで形を保つことが出来ないように身体は次々と崩壊していく。シェルは目を細めてその様子を観察し、何故そんな事が起こっているのかを推測した。


「恐らく百年間の封印と、フレシアラが強制的に操っているから身体に限界が来たのよ。あの人の身体はもう戦える状態じゃない……」


 封印魔法はそもそも倒すことが不可能な程強大な存在に対して使用される傾向がある。その為封印されている間対象は徐々に弱っていくように魔法が掛けられており、最後にはその命を吸い尽くしてしまうのだ。そうすることで対象が封印されている間に復活することを防ぐ役割にもなっている。

 その状態を百年間も受け、更にはフレシアラに身体の自由まで奪われている。気力体力ともにもう限界なのだ。


「グガッ……ルゥァア……ア……ァ……フ、フフフ……アラぁ、もう限界なのぉ? レクスったら」


 不意に、レクスの口から彼のものではない声が出てくる。それは唸り声を上げていた獣のような声とも違い、女性的な声。間違いなく、フレシアラのものであった。


「フレシアラ……!?」

「あぁ、もう。やっぱり百年も封印されてたら身体はボロボロね。人族は脆くて可哀そうだわぁ」


 先程まで蔓の模様に覆われ、獣のような雰囲気となっていたレクスの顔が急に妖しい笑みを浮かべる。そしてグリンと首を曲げて不気味な笑い声を漏らしながらルナの方に視線を向けた。


「フフフ、それにしてもルナちゃんったら、ガッカリよ。魔王の身でありながら勇者と手を組むだなんて、魔族の王とは思えない所業ねぇ」

「ッ……うるさい! これが私達の決めた道。早くお父さんを返して!」


 残念がるようにフレシアラは首を振っているが、それでもどこか面白がっているように笑みを零している。彼女からすれば結局は始末する存在である為、何をしようがどうでも良いと考えているのだろう。そんな彼女に対してルナは植物に手を上げたまま敵意を向けて睨みつける。


「フフ、ウフフフフフ! 魔族を裏切り、人族の側に付くのが選んだ道ぃ? それじゃぁ貴女のお姉さんであるレウィアも浮かばれないわよぉ?」

「……ッ!?」


 不意にフレシアラが放った聞き逃せない言葉にルナは反応してしまう。思わず蔓の壁に当てていた手を離してしまい、支配の上書きを途切れさせてしまった。動揺からルナの身体に広がっていた翼の模様も消え、魔王の紋章の光も弱まる。


「お姉、さん……?」


 すぐに理解することが難しい言葉にルナの思考は停止してしまう。同様にリーシャとシェルも驚きで動きを止めてしまい、その様子を見て滑稽そうにフレシアラは笑った。


「な、何を言ってるの……? レウィアって、あの魔族のお姉さんのこと……?」

「フフフ、ハァー、ハハハァァハハハッ! やっぱりあの子も一枚噛んでたのね。おまけに真実を教えて上げてないなんて、あの子も注意深くなったわねぇ」


 フレシアラは動揺しているルナの様子を見て何かを察したらしく、更に大きな声で笑う。レクスの身体を操っているからか、脚を動かして足元の根っこを蹴ったりと大袈裟な態度を取った。


「まぁどうでも良いわぁ。どうせ貴女達は皆ここで死ぬんだからさぁ! アッハハハハハァ!!」


 フレシアラはそう言うとレクスの身体を操り、二対の槍を振るう。崩壊している身体を補うように蔓の模様が広がり、身体が黒い蔓によって覆われて再び獣の姿へと変わった。


「ルルゥゥァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 瞳から赤い閃光を放ち、レクスは咆哮を上げる。もうフレシアラの気配は感じず、完全に支配権を戻したようだ。その獰猛な状態を見てリーシャとシェルはすぐさま得物を構える。だがルナだけはまだ動揺しているようで、呆然とレクスのことを見上げたままだった。


「ルナ! しっかりして!」

「……ッ!」


 リーシャに声を掛けられてようやくルナも正気に戻る。だがその間にレクスも動き出し、二対の槍を構えて飛び上がる。そして槍同士を交差させて振り回すと、巨大な竜巻を起こした。それを見てシェルが前に飛び出し、素早く杖を振るって呪文を詠唱する。


「凍れ。命の灯を奪う死の吹雪よ。その冷たさで時を凍てつかせよ! 〈氷雪の牢獄〉!!」


 辺りが冷気に包まれ、根の上に巨大な氷が出現する。宙に浮いているレクスの身体はその氷に飲み込まれ、下半身が完全に氷漬けにされてしまった。


「ギガィァイアッ!?」


 身動きを取ることが出来ず、レクスは悲鳴を上げる。それでも腕だけ動かして槍を振るい、何とか氷の拘束から脱出しようと試みる。


「ルナ、今は考えてる場合じゃないよ! 早く父さんの所に行かないと!」

「ッ……分かってる!」


 悩んでいるルナにリーシャはそう激励し、聖剣を握り締めて走り出す。ルナも自身の頬を叩いて気持ちを切り替えると、手に魔力を込めて闇魔法を発動した。


「影よ、闇よ、咎人を……縛り上げろ!」


 足元から影の鎖が飛び出してレクスの腕を拘束する。完全に槍の操作も出来なくなり、その隙にリーシャが飛び上がる。


「これで決める! せやぁぁああああああああああ!!」


 レクスの前まで接近すると、リーシャは聖剣を輝かせ、雄叫びと共に思い切り振り抜いた。だがレクスも鎖で動きを制限されながらも二対の槍を振るい、リーシャの刃を正面から受け止める。


「ルグゥゥアアアアアアアアアアア!!!」

「いっけえええええええええええぇぇぇぇッ!!」


 聖剣と漆黒の槍が衝突し、凄まじい衝撃波が辺りに響き渡る。黄金の光と影の蔓が弾け飛び、火花が舞う。だがリーシャが一気に押し上げ、聖剣を振り上げた。

 氷と影の鎖を砕け散らす程の黄金の衝撃波が放たれ、レクスの身体も遠くへと吹き飛ばされる。飛ばされながら何度も根っこに激突し、最後は身体を覆っていた蔓の模様が完全に砕け散る程強く激突し、根っこの上に倒れ込んだ。


「ギアッ……グゥルァ……カ、ハ、アハハハァ……アァ~、コノ身体はもう駄目ね。まぁ良いわ……結構、楽シメタ、カラ……」


 一瞬顔を上げ、目を赤く光らせながらレクスの身体を操っているフレシアラはそう言葉を残す。そして再び根の上に項垂れると、フレシアラの気配は完全に消え去った。その近くにリーシャは着地し、警戒しながら彼の近くに歩み寄る。すると完全に蔓の模様が消えたレクスが目を開く。その身体は所々が崩壊しており、炭のように崩れ去っている。


「…………レクス」

「……面倒をかけたな。勇者よ……」


 リーシャが声を掛けるとレクスは弱々しい声で返事をし、彼女に今までのことを詫びた。その声は寂しげだったが、表情はどこか満足げであった。


「君は、とても真っすぐだな……純粋で……真の強さを持ってる……」


 レクスはリーシャの方に顔を向け、誰かと重ねるように見つめる。だがその瞳にはもう強い光が残っておらず、今にも消えてしまいそうだった。


「どうか君は……シャー……のよう……ならないで……れ……」


 最後にレクスは何かを伝えようと手を伸ばしたが、その言葉は途切れ途切れであり、全てを言い切ることは出来なかった。伸ばした手は糸が切れたように倒れてしまい、レクスの身体も完全に崩壊して消えてしまう。


「……リーシャちゃん、早く先生の所へ行こう!」

「……うん、分かった!」


 リーシャの元にシェルが歩み寄り、次のすべきことを告げる。その間にルナも植物の支配を再開していた。リーシャもそれを見て頷き、聖剣を鞘に納める。

 アレンがまだ無事であることを祈りながら、彼女達は今出来る最善を尽くす。


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