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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
6章:魔王候補フレシアラ
160/207

152:一対一



「走れ!!」


 ようやく正気に戻るとアレンはそう声を上げる。同時に全員通路に向かって走り出した。

 出口など分からないが、その場に留まっていれば落ちて来る瓦礫で潰されてしまう。彼らは必死に逃げる。


「ただの植物だけで建物を破壊するなんて……なんてデタラメな奴だ!」

「これが魔王候補の力、ってことですね!」


 走り続けながらアレンはフレシアラの規格外過ぎる力に不満を零し、シェルも頷いてそれに同意する。

 真に恐ろしいのはフレシアラが直接破壊している訳ではなく、操っているレクスや植物で間接的な破壊を行うことだ。これだけの魔力と能力を誇るのならば、彼女自身が動いた時は更に恐ろしいこととなるだろう。アレンはそれを想像することすら憂鬱だった。


「ねぇ、光が見えるよ!」


 落ちて来る瓦礫を躱し、薄暗い通路を進み続けると前方から小さな光が差し込んでいることにリーシャは気が付く。

 どうやら建物が崩壊して壁に出来た穴のようだ。そこから光が差し込んでいるということは、その先は外に繋がっているということである。


「リーシャ、あの壁を吹き飛ばしてくれ!」

「! りょうかい!」


 アレンの指示を聞くなりリーシャは素早く前に飛び出し、聖剣を握り締める。そして黄金の光を纏わせると壁に向かって振り上げ、巨大な衝撃波によって吹き飛ばした。すると目の前に巨大な木の根っこが現れる。どうやら外の森へ出れたようだ。


「よし、皆こっちだ!」


 全員その根っこに飛び移り、そのまま巨人族の牢獄から脱出する。それと同時に先程までアレン達が居た場所が崩れ落ち、砂ぼこりが舞う。見ると建物はほぼ半分が崩壊しており、最早牢獄として機能していなかった。


「ッ……巨人族の牢獄を破壊する程だなんて」


 シェルは変わり果ててしまった遺跡を見て思わず口元に手を当てる。

 巨人族が制作したものはどんな物でも伝説級とされる一品。巨大な建物ならば猶更頑丈で、崩れ落ちることのない鉄壁の城として記述される。それをこんな簡単にも破壊してしまう魔王候補にシェルはとてつもない恐怖を覚えた。


「遺跡、なくなっちゃったね……」

「……あ、そう言えば妖精王は?」


 ふとリーシャは妖精王のことを思い出し、彼の姿を探す。

 植物に拘束されたままだった為、そのまま連れ去られたのならば遺跡の崩壊には巻き込まれていないはず。リーシャは別に彼の事を仲間とは思っていないが、それでも一応は身の無事を案じた。


「あそこで伸びてるよ。吹き飛ばされたみたい」

「ふーん、そっか。無事なら良いや」


 ルナが遠くの木の根っこを指差すと、確かにその上に妖精王が居た。だが彼は根っこに激突した後のように手足が伸びており、動かないでいる。目立った怪我も見えない為、恐らくは気絶しているだけだろう。

 恐らくはフレシアラが大して興味を持たなかった為、拘束しているのも面倒だったので放り投げたのだろう。リーシャはそう考えて思考を切り替える。


「これからどうします? 先生」

「出来ることなら逃げたいが……だが……」


 シェルが神妙な顔つきで尋ね、アレンも思考しながら目を細める。

 いつもならここは撤退の一択。わざわざ死の危険がある強敵を相手にする理由はないし、今回は街など人が多い場所もない為、何かを守る必要もない。このまま木の根っこを伝って森を抜け出すのは最善の手だろう。

 だが今回ばかりは、アレン自身が戦う理由を持っていた。

 魔王候補フレシアラはアレンのかつての仲間であったセレネのことを知っている。ルナの母親のことを知っている。果たしてそれがセレーネ・アルティなのかは分からないが、間違いなくルナの出生の謎をフレシアラは知っているのだ。何よりもアレンは、フレシアラがケイン・ベンジャーの後ろ盾であることが分かった瞬間から敵意を抱いていた。

 アレンは自然と短剣を持っていた手に力を込める。するとその時、どこからか飛翔音が聞こえて来る。全員がそれに気が付いて警戒していると、目の前にレクスが槍を振り下ろしながら現れた。


「ルゥゥォァアアアアアッ!!」


 漆黒の槍がアレン達の立っていた木の根に直撃し、粉々に吹き飛んだ。足場を失ったアレン達も空中に放り投げられてしまう。


「ぬぉ……!?」

「お父さん!」


 ルナは瞬時に影を伸ばして別の木の根に飛び移る。リーシャとシェルもそれに続き、アレンも反対側の根っこに飛び移った。勢いが足りなかったせいで落ちそうになるが、何とか気合を入れて登り切る。


「大丈夫ですか? 先生!」

「ふぅ……何とかな」


 シェルが手を振りながら心配そうに呼びかけ、アレンも無事であることをアピールする為に手を振り返して答える。

 幸い周りは森の植物だらけで立体的な構造になっている。巨大な木の根っこがそこら中にある為、簡単には落ちないだろう。だが逆を言えば、ここら一帯はフレシアラにとって好条件な場所ということだ。

 アレンが視線を前に向けると、そこには木の根に槍を突き立て、その槍に器用に乗っているレクスの姿があった。身体は黒い模様に覆われ、怪物のような姿になってしまっている。すると彼の元に巨大な植物が下りて来た。巨大な花を頭のように動かし、不気味な声を漏らす。


「ギィァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「ルァアアアアアアアア!!」


 花が開いて奇声を上げ、レクスも咆哮を上げる。するとそれぞれ獲物を決めたらしく、巨大な植物はアレンへと、レクスはリーシャ達に向かって飛び掛かった。


「----ッ!」


 アレンはすぐさまその場を蹴って別の蔓へと飛び移る。すると先程まで経っていた根っこを巨大な植物は花の口で噛み千切り、乱暴に振り回した。さながら獣のように獰猛で、無数に伸びている蔓を手足代わりにして器用にアレンを追いかけようとする。


「お父さんが……!」

「ルナちゃん、前!!」


 リーシャとルナの前にはレクスが現れ、漆黒の槍で貫こうとする。だがそれにいち早く気付いたシェルが杖を木の根っこに突き立てると、辺り一面が氷に覆われ、レクスの槍を氷で拘束した。槍を振り抜くことが出来ず、レクスはうっとうしそうに唸り声を上げる。


「むうん!」


 一瞬動きが止まったレクスを見てすかさずリーシャが聖剣を振るう。だがその刃がレクスの首に触れた瞬間、火花を散らして金属音が響いた。何とレクスの身体を覆っている黒い模様が鎧のように展開し、彼のことを守っていたのだ。

 リーシャは舌打ちをしてすぐに二撃目を入れようとする。だがその前にレクスが氷の拘束を粉砕し、その場から跳躍して上にある根っこへと移動した。


「くっ……! 父さんを助けにいかないと!」

「ここは私がやるから、リーシャはお父さんのところに……」


 アレンのことが心配な二人は片方が助けに行こうと作戦を立てる。そしてリーシャが飛び出そうとしたその時、突如周囲の木の根が揺れ動き、彼女達の前に巨大な根の壁が出現した。


「なっ……!?」


 それは丁度アレンが居る場所とリーシャ達が居る場所の境界となるように広がっていた。天辺も恐らくは森林に届くくらいまで。太さも分厚く、簡単に突破することは出来ないだろう。


「何これ!? 根っこの壁……!?」

「これじゃお父さんの所に行けない……!」


 リーシャは根っこの壁を剣で切りつけながら悔しそうに歯ぎしりし、ルナも困惑の表情を浮かべる。

 間違いなくこれを行ったのはフレシアラだろう。配下に別々の標的を与え、別れた所で更に分離させる為の壁を用意する。戦力を分散させるのは当然だ。だがここまで大規模に植物を操れるとは誰も想像していなかった。


「二人共、上!」

「……ッ!」


 シェルが叫ぶと同時にリーシャ達の真上からレクスが襲い掛かって来る。それに気が付いてすぐさまリーシャは聖剣を振るい、ルナも闇魔法で無数の影を放つ。流石に勇者と魔王の同時攻撃ではレクスも対処しきれず、幾つもの木の根をへし折りながら吹き飛ばされる。


「グ、ゴァ……!?」


 ようやく勢いが弱まるとレクスは唸り声をあげ、ゆっくりと起き上がる。そして手を振るうと漆黒の槍を手元に戻し、何事もなかったかのように戦闘態勢に入った。


「お父さんの所に行くには、まずこいつを倒さないとダメだね」

「レクスには悪いけど……父さんのため。一瞬で終わらせる!」


 ルナとリーシャはレクスの方に顔を向け、鋭い目つきで彼のことを睨んだ。

 彼女達は本気で古の英雄を倒すと覚悟を決めたのだ。大切な父親の為に、今ここで障害となる存在を徹底的に排除すると。

 魔王と勇者は己らの真の力で、古の英雄へと挑む。





「くっ……何だこれは?」


 一瞬で目の前に現れた根っこの壁にアレンも困惑し、ため息を吐きたくなる気持ちになる。

 次から次へと予想外の出来事。最早アレンの頭は刺激を与えられ続け、燃えているような状況だった。


「フレシアラの仕業か……これじゃシェル達の様子が分からんな」


 根っこの壁に手を振れ、魔力の流れを感じる。そこからは禍々しい気配が感じられ、まるで植物ではない別の何かのような気味の悪い感覚があった。

 やはり魔王候補のフレシアラに全て操られているのだろう。森林全体を操る程の力、一瞬で視界を覆い付くす程の壁の構築、あまりにも規格外過ぎる。


「おまけに、俺はこの暴れん坊のお相手か」

「ギギギギィィィィ……」


 弱々しく笑みを浮かべながらアレンが後ろを向くと、そこには植物の怪物の姿があった。花の口から涎を垂らし、鋭い牙を光らせてアレンのことを狙っている。


「ィィギィアアアアアアアアアアアッ!!」

「くっ……!」


 巨大な花の口を広げて襲い掛かって来る植物にアレンは炎の剣を展開し、立ち向かう。まずは敵の懐へと入り込み、胴体部分と思える蔓の集合体に炎の刃を突き立てた。そのまま移動して斬り裂き、背後へと立ち回る。


「グギャァァァッ!?」


 身体に炎が移り、巨大な植物は悲鳴らしき奇声を上げて身体をばたつかせる。だが燃えている部分の蔓だけ切り落とすと、他の蔓を集合させてまた身体を再構築した。


「おいおい、そんなのアリかよ」


 植物の天敵である炎で攻撃したというのに、全く怯む様子のない敵を見てアレンは思わず疲れたような声を出す。

 この植物は何重もの蔓の集合体であり、かなり巨大である。恐らくは何らかの本体となる核があるはずだが、それ以外の蔓はただ操っているだけなのか、代えの利く手足として活用しているようだ。つまり胴体部分と思える部分もただの蔓が集まっているだけで、どれだけ攻撃したところでダメージにならないのだ。


(今の俺の手数じゃ厳しいか……?)


 アレンの手元にあるのは炎の剣。それも火属性の付加魔法で代用している短剣に過ぎない。植物の魔物ならばこれで十分とも思えるが、生憎アレンには巨大な植物を跡形もなく燃やし尽くす程の強大な火魔法を持っていなかった。要するに、単純なパワー不足だ。


(だからって、簡単に諦めるつもりはないがな!)


 アレンは走り出し、自分から攻撃を仕掛ける。まずは火魔法で周囲に火の玉を出現させ、それを操って邪魔な蔓を打ち落とす。そして襲い掛かって来る花の口を回避し、風魔法で高く跳躍すると武器を持っていない方の手に魔力を集中させた。


「紅蓮の炎よ、燃え上がれ。その憤怒の熱で全てを灰へと変えよ!」


 腕が赤く輝くと同時に思い切り振り抜く。すると小さな炎の矢が何本も放たれ、植物の身体に着弾した。

 瞬く間に炎が燃え移るが、巨大な植物もすぐに蔓を切り放し、全体に炎が行き渡る前に対処してしまう。


「ギシィィァアアアアアア!!!」

「もういっちょ! 大地の息吹よ、吹き荒れよ!」


 アレンは根の上に着地すると同時に次の魔法を発動する。辺りに突風が舞い、巨大な植物を覆うくらいの竜巻が発生する。その中には植物が切り放した燃えている蔓もあった。

 すると竜巻がその炎を増幅させ、火炎の竜巻となって植物を包み込む。風によって増加された炎は蔓の身体全体に広がる程勢いが凄まじく、巨大な植物は甲高い悲鳴を上げた。


(俺の魔力量じゃ強力な魔法は使えないが、初級魔法でも組み合わせれば……!)


 アレンは竜巻から距離を置き、確かな手応えを感じて拳を握り締める。

 例え小さな火しか起こせなくても、その火を増幅させてしまえば良い。そうなれば植物の身体はあっという間に炎で覆われ、本体である核も壊せるはずだ。そうアレンは期待していた。だが突如竜巻が掻き消され、そこから巨大な植物が姿を現す。


「ギギギギギアアアアァァァ!」

「なっ……!」


 ほぼ無傷に近い形で現れたことにアレンはショックを受ける。確かな手応えがあったというのに、傷らしい傷は全く見えない。むしろ凶暴性が増しているように思えた。


「その植物の名は〈ギガネペンテス〉。暗黒大陸の森に咲いている人食い花よ」


 そんなアレンのことを嘲笑うかのように甘ったるい声が聞こえて来る。

 アレンがその声が聞こえた方向に顔を向けると、上の方に生えている木の根にフレシアラが座っていた。まるで美しい景色でも眺めているかのようにその姿は呑気で、隙だらけに見える。だがアレンにはそれがもっとも恐ろしく見えた。


「暗黒大陸はろくに日が差さず、森にはベヒーモスのような凶暴な魔物が居て、そこら中に毒の沼があるような場所なの。だから当然、植物もそれに耐えうるよう成長する」


 紫の混じった黒髪に、漆黒に覆われた手足をした美しい女性が笑みを浮かべる。その瞳は一切の光が差さず、暗黒のように染まり切っている。


「その程度の炎で倒せると思って? アレン・ホルダー」

「フレシアラ……!」


 アレンはフレシアラのことを見上げ、握り締めている炎の剣を構え直す。だがそれを見ても彼女は戦闘態勢に入る様子はなく、ただ眺めているだけだった。


「おまけにその子はあの遺跡でたくさん〈栄養〉を吸ったからね。さぞかし元気になってるでしょう」


 巨大な植物、ギガネペンテスはフレシアラの元に移動し、頭を垂れるように花を下げる。その姿はまるでフレシアラを主人と敬う動物のようであった。


「フフフフフ、貴方は年老いてるけど、熟成した魔力も十分美味よ。たっぷりと虐めて肉を柔らかくしてから食べてあげるわ」

「そうかい、そりゃ光栄だな」


 フレシアラは長い指を遊ぶように動かし、優しい笑みを浮かべてアレンのことを見つめる。だがその目はアレンのことを人間とは思っておらず、ただの食べ物として見下す冷たい目であった。

 アレンは背筋が冷たくなるのを感じる。まるでその場だけ雪でも降っているかのようになり、手足の感覚がなくなっていく。それだけフレシアラという存在が強大で、己の存在がちっぽけに思えてしまうのだ。だが彼は臆することなく、脚を一歩前に踏み出す。


「俺もお前には聞きたいことがあったんだ。セレネ……セレーネ・アルティのことを教えてもらうぞ」

「フフ、もちろん教えてあげるわよ。私を倒すことが出来たらね」


 炎の剣を突き付け、アレンは戦う覚悟を決める。

 かつての仲間セレネのことを知る為に、ルナの出生の秘密を解き明かす為に、彼は自身よりもはるか高みに居る存在へと挑む。

 するとそんなアレンの無謀さに興味を抱いたのか、かつての〈死に狂い〉を思い出したのか、フレシアラは上機嫌そうに指を鳴らした。すると真下で控えていたギガネペンテスが動き出す。


「さぁアレン・ホルダー。魔王候補の私が一対一で相手してあげる」

「一対一、ね……」


 ギガネペンテスが花の口を開き、鋭い牙を見せながら唸り声を上げる。アレンも炎剣を構え直し、戦闘態勢へと入った。


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