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16:魔物会議



 家の庭でアレンは剣の素振りをしていた。何時間も振り続けて既に腕はパンパンになり、額からは大量の汗も流れている。それでも彼は剣の素振りを止める事は無かった。それどころかその勢いは更に速く、鋭さを増していく。


 いつもならリーシャと剣の特訓をするのが日課だが、今回はリーシャとルナは村の子供と遊んでいる為家に居ない。故にアレンは久々の一人の時間を鍛錬に打ち込んだ。昔冒険者の頃にしていたように、ただがむしゃらに剣を振り続ける。

 その瞳は普段の温厚なアレンとは違い、どこか焦りが感じられた。何かを急ぐように、彼の素振りは荒々しいものとなっていく。剣を握っている手からは血が滲んでいた。


「……ふっ! ……ふっ!」


 当然手からはジワジワと痛みが伝わってくる。だがアレンはその痛みなど気にせず腕を動かし続けた。

 目の前に何か仮想の敵を想像する訳でもなく、剣の振り方を改良する訳でもなく、力任せに思い切り振るう。風を切る音に地面に生えている草が揺れ、その剣がどれだけの勢いなのかを物語っている。だがアレンはどれだけ鋭い剣を振っても満足した表情をしなかった。


(あの時……教団と遭遇した時にもっと警戒して対処しておけば、リーシャ達は攫われずに済んだ……俺がもっと強ければ、皆を守れた……!)


 アレンの不満。それはあの時勇者教団に襲われた時に無力だった自分に対してだった。

 もしあの時アレンが眠り粉を嗅がされる前に教団を倒していれば、被害はもっと少なく済んだかも知れない。教団に遭遇した時点で逃走して村に伝えていれば、リーシャとルナが攫われるような事も無かったかも知れない。そんなもしもの事を考えてアレンは悩まされている。リーシャ達に危険な目に遭わせてしまった自分を悔やんでいるのだ。

 

(俺はまだ……弱いままだ……)


 ここしばらくは身体の調子が良かったから己惚れていた。自分は若い冒険者だった時のように戦えるのだと勘違いしていた。そうアレンは後悔する。


 所詮自分は全盛期だった冒険者の時もある程度実力があり、街で多少名が広がっているくらいだった。自分は英雄のような圧倒的な力を持っている訳ではない。あくまでも並の冒険者である。それを改めて今回思い知らされた。アレンは悔しそうに唇を噛みしめる。

 そして彼は荒々しく振るっていた剣をようやく止め、口から大きく息を吐き出した。


「ふぅ……年甲斐もなく、熱くなってしまったな」


 額から流れる汗を拭いながらアレンは疲れたようにそう呟く。

 実際いくら身体の調子が良いからといってアレンの歳で長時間の運動はキツいものだ。現に手も負傷している。アレンは綺麗な布で滲んでる血を拭いた。


「よう、アレン。何だかガキの頃みたいな事してんじゃねぇか」

「……! ダン」


 ふと後ろから声を掛けられる。アレンが振り向くとそこにはダンの姿があった。

 アレンの剣の素振りを見ていたらしく、ダンは懐かしむような視線を向けながらアレンの素振りを面白がっていた。


「見ていたのか……」

「ああ、大分前からな。随分と熱心なご様子じゃないか。何かストレスでも溜まっているのか?」

「いや、別に……」


 ダンの質問にアレンは頬を掻きながら嘘を吐く。

 本当は今も頭を悩ませている原因があるのだが、それを言うのが小恥ずかしくて言い出せなかった。特に同年代のダンのような相手だと猶更。自分が今も子供の時のままのような気がし、アレンは言いづらそうに視線を背ける。するとダンはアレンに近づき、アレンが持ってる剣の事を見ながら口を開いた。


「どうせあれだろう?この前のリーシャちゃん達が攫われた事で悩んでんだろう?お前は昔から責任感が強いしな」

「……!」


 意外な事にダンはアレンの悩みを見ぬいていた。腕を組みながらやれやれと首を振ってため息を吐く。

 やはり昔よく遊んだ仲だったからか、ダンはアレンの事をよく分かっている。彼がどういう人柄で、昔何故冒険者を目指していたのかもダンは知っているのだ。だからこそダンは呆れたような視線をアレンに向ける。


「もっと気楽に行こうぜ。二人は無事だったんだ。それで良かったじゃないか」

「……だが、俺がもっと冷静に状況を判断していれば二人は誘拐されずに済んだかも知れない」

「それこそ〈かも〉だろう?言い出したら切りがないぜ、そんなの」

「…………」


 ダンの言っている事も正しい。反省するだけならともかく、アレンのようにただ悩み続けるだけの行為は無駄と言えよう。既に終わった事をいつまでも考えていては前に進めない。だがそうは分かってもアレンは簡単には頷けなかった。


「それでも自分が無力だったのは事実だ……俺はお前のように前向きには考えられん」


 アレンは自虐的な笑みを浮かべてそう呟いた。

 アレンは自分の実力がどの程度なのか分かっている。ある程度の敵には通用するが、それ以上の敵と遭遇すれば敵わない。所詮は万能の冒険者の限界。全能ではない。

 そう悲しそうな表情を浮かべているアレンにダンはポンと背中を叩いた。


「おいおい、俺からすればお前の方が前向きだぜ?アレン。俺はガキの頃冒険者になるなんて考えた事もなかった。自分はこの村で一生を過ごすんだって思ってたからな」


 ダンからすればアレンの方がずっと前向きな性格をしていると考えていた。

 こんな辺境の村に住んでいた子供が、王都に行って冒険者になる。そんなのは普通の村人の子なら考えない事であった。皆自分がそのような器がないと分かっているからだ。何か特別な力がある訳でもなく、飛び抜けた才能がある訳でもない。彼らは皆夢を諦めているのである。だがアレンだけは違った。彼は小さい時からずっと冒険者になりたいと願い続け、そして行動に移した。ダンはそれを尊敬していたのだ。


「そうは言っても、俺は大した冒険者じゃない」

「そう卑下するなって。長年冒険者として生活していただけでも十分凄いさ」


 ギルドから退職を言い渡された身である為、アレンは複雑そうな顔をしながらそう言う。しかしその事を知らないダンは遠慮しているだけなのだと思い、励ますようにアレンの背中を叩いた。


「もっと肩の力抜けよ。お前は二人の子供を一人で育ててる凄い奴だ。自信持てよ。アレン」

「……お前には敵わんな。ダン」


 最後のアレンの肩に腕を乗せながらダンは笑ってそう言った。その言葉に励まされ、アレンもようやく明るい表情を浮かべる。

 昔からダンは村のムードメーカーのような存在だった。今で言うリーシャのようなスター的な存在だったのだ。アレンはそんな昔の事を思い出しながらダンに感謝した。


「そう言えば最近王都の方でちょっとした事件が起こってるらしいぜ。西の村でも噂になってた」

「なんだ?また魔王再来みたいな予言が出たのか?」


 それから二人は他愛ない話を始め、ふとダンが思い出したように手をポンと叩きながらそう言いだした。アレンはどうせまた信憑性のない話なのだろうと軽く見たが、ダンはちっちっと舌を鳴らして人差し指を振った。


「いや、何でもヤバい魔物が暴れ回ってるらしい。色んな場所を転々としながら人を襲ってるんだとさ」


 ダンの言葉を聞いてアレンは目をぱちくりとさせ、意外そうな表情を浮かべる。

 魔物が出現する事は大して珍しい事ではない。だが繁殖期でもないこの時期に人を襲い、場所を転々としている魔物というのは珍しいケースだ。何か違和感のようなものを感じ取る。

 アレンはどこか遠くで均衡が崩れるような音を聞いた気がした。もちろん、気のせいのはずだが。





「よしよし、クロは良い子だねぇ」

「ワフワフ」


 原っぱの隅っこでルナはクロとじゃれ合っていた。本当はリーシャと他の村の子供達と遊んでいたのだが、そこまで外遊びが好きではないルナは休憩という事でクロとじゃれ合う事にしたのだ。ただしクロは一応ダークウルフという魔物の為、村の子供達には気付かれないようにする必要があった。ルナは辺りを警戒しながらクロの頭を撫でた。


「ワン」


 しばらくそうやってルナがクロの事を可愛がっていると、突然クロが木々が密集している方に吠えだした。気になったルナもその方向を見る。


 村の境界線である柵を超えたその先、森に続くその木々の間にルナは視線を向ける。するとそこには大きな蝙蝠の姿をした魔物が潜んでいた。赤い目を光らせ、ルナの事を見つめている。だがルナは怯える動作はしなかった。何故ならその魔物はルナの知っている魔物だからだ。


「アカメ……」

「シュルルルル……」


 アカメと名付けたその蝙蝠型の魔物の方を向き、ルナは立ち上がる。クロも同じく立ち上がると、木々の合間に隠れている魔物は蛇のような声を出しながらルナの事を呼ぶ動作を取った。何か伝えたい事があるらしい。それが分かるとルナはチラリと後ろに視線を向けて原っぱで遊んでいる子供達の事を見た。そこにはリーシャの姿もある。少しくらいなら離れても大丈夫だろう。ルナはそう判断し、魔物の方に視線を戻した。


「何か用……?分かった。今行く」


 ルナはそう言うとコクンと顔を頷かせた。そしてクロと共に柵を通り抜け、森の中へと入り込む。途中に魔物除けが撒かれているが、クロと蝙蝠の魔物は秘密の抜け道がある為、そこを通り抜けて移動する。ルナと友達の魔物は皆この秘密の抜け道を使ってルナに会いに来るのだ。


 そしてしばらく森の中を進むと、草木に囲まれた部分に辿り着いた。辺りは岩が積まれており、まるでそこは会場のような作りになっている。

 そしてその岩の上にはたくさんの魔物達が座っていた。猿のような姿をした魔物に、鋭い牙を持った虎のような魔物、中には長い角を持ったケンタウロスも居た。ルナは彼らの事を見ても怯えたりせず、ニコリと微笑んだ。


「皆久しぶり……今日はどうかしたの?」


 ここに居る魔物は全員ルナの友達である。と言ってもルナがそう思っているだけであって、彼らからすれば自分達の主である魔王のルナに従っているだけであり、友情というよりも主従の関係に近い。中にはクロのように幼い魔物が懐く事もあるが、いずれにせよルナは全員の事を友達として接していた。


「グルルルル……」


 魔物の中の一匹、通常の虎よりも何倍も大きい虎型の魔物がルナに話しかける。言葉が通じる訳ではないのだが、ルナには彼らの伝えたい言葉が何となく分かる。ルナは虎型の魔物の鳴き声を聞きながらコクコク頷いた。


「凶悪な魔物が?街で暴れてる?……それは、ちょっと不味いかもね」


 虎型の魔物曰く、最近街の方で見た事もない魔物が暴れているらしい。

 ここに集まる魔物達は遠くから来た魔物だったり、群れの一部が遠方に行って報告をしに戻って来たりする為、様々な外の世界の情報が手に入る。故に遠くの街で起こった異変も簡単に分かるのだが、いかんせん今回の報告は少々眉を顰めるものだった。


 ルナは厄介事の報告を聞き、口元に手を当てながら目を細めた。

 凶悪な魔物の出現情報はルナにとってあまり喜ばしい事ではない。基本魔物は魔族に近い種族であるが、時に魔物の中には主である魔王に対しても牙を剥くものがいる。むしろ反抗心を持って積極的に襲う傾向がある。結論から言うと凶悪な魔物は魔王のルナにとっては歓迎出来ない相手なのだ。


(トラ曰くまだ街の方だから大丈夫みたいだけど……いずれこっちの方に来る可能性もある。狙いが魔王の私だとしたら、だけど)


 ルナの心配はその魔物の目的だ。街で暴れているだけならそれで構わないが、その目的が魔王を探す為だったりすれば厄介事だ。魔物が本能的にこの村にやって来たならば、村の被害はこの前の勇者教団の比ではないだろう。ルナは考える。これからどうすれば良いかを。


「……分かった。それじゃアカメは今後も山の監視をお願い。トラはよそ者が現れたら対処を。その魔物の情報も集めておいて。それで私に逐一報告して」


 考えを纏めたルナは周りの魔物達に指示を出す。魔物達もそれを聞いて反論せず、コクンと頷いて了承した。

 ひとまず今は警戒態勢。こちらから動けば自分が魔王である事がバレる可能性もある。今は成り行きを見守ろうとルナは判断した。

 

 それから幾つかの報告も交えて話し合いを続け、今後のそれぞれの行動も決まった所で話は終わる。色々と不安はあるが、ルナは子供の自分で出来る最低限の答えは出したつもりだった。


「それじゃ皆、今日はこれで解散ね」

「グルルル」

「キィー」


 話しを纏めた後、ルナはパンと手を叩いてそう言った。魔物達も鳴き声を上げながらその場から立ち去り、木々の合間をすり抜けて姿を消した。残されたルナはクロと共に村の方に戻る事にする。木々を抜け、原っぱに辿り着く。するとそこにはリーシャの姿があった。金色の瞳がルナの事を見つめている。


「ルナ、何してたの?」

「リーシャ……」


 思わずビクンと肩を震わせてルナは驚くが、別にリーシャに対して隠すような事はない。リーシャもルナが出て来た木々の方を見ると納得いったように顔を頷かせた。


「ひょっとして魔物達といつものお話ししてたの?」

「うん……まぁね」

「良いなー、私もあのおっきな虎型の魔物とじゃれ合いたいよ」


 実はリーシャもルナが魔物達と友達であり、時々森の中で話し合いをしている事は知っており、その事を羨ましがるようにため息を吐いた。ルナからすればあんな大きな魔物とじゃれ合うのは中々ハードルが高い気がしたが、その事を指摘するような事はしなかった。


「それでね……その、街の方で凶悪な魔物が現れたらしいの」


 虎とじゃれ合いたかったとブツブツ言っているリーシャに対して、ルナは少し言いづらそうな表情を浮かべてもじもじと指を動かしながらそう切り出した。

 ルナからすれば魔物が問題を起こせば魔王である自分が原因でもある為、言い出しづらい内容であった。だからといって隠す訳にもいかない。正直に言うとリーシャはほわと間抜けな声を上げて口をぽかんと開けた。


「はぁ……凶悪な魔物。なるほど、じゃぁ注意しないとね」

「う、うん……」


 意外な事にリーシャはいつもと変わらぬ態度で前向きな事を言う。この前の事を気にして敢えて強気な態度を取っているのかも知れない。何にせよルナにとっては頼もしい限りだ。リーシャの言葉を聞いてルナはニコリと微笑み頷いた。


「大丈夫だよ。一緒に乗り越えるんだよね?ルナ」

「……うん! そうだね、リーシャ」


 リーシャの微笑みながら言うその言葉にルナも頷き、自分達なら大丈夫だと強気な気持ちになる。

 ルナはその小さな拳をそっと握り締めた。こんな細い手では少々頼りない気もするが、何となくルナは拳を作って意気込んだ。


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