表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
6章:魔王候補フレシアラ
156/207

148:王殺し


「……ッ! 相変わらず、とてつもない力だね」


 衝撃波で吹き飛ばされ、壁に激突しながら妖精王は苦々しくそう言葉を零す。一方で鎧の怪物はまだ妖精王が動いているのを見るとそれが不快そうに咆哮を上げ、腕を振るうと無数の槍を出現させた。それを見て妖精王は自分の胸に印が浮かび上がっているのに気が付く。


「げっ……マズ」


 しまった、と舌打ちをし、すかさず妖精王は光の鱗粉を振りまく。それは小規模な爆発を起こし、鎧の怪物を包み込んだ。だが爆風の中から無数の槍が飛び出し、それらが一斉に妖精王へと向かっていった。


「ふん!!」


 その槍を突如横から現れたリーシャが黄金の斬撃で吹き飛ばす。妖精王は思わぬ援護に驚き、目を丸くした。


「勇者ちゃん……!」

「助けにきといて油断しないでよ! へなちょこ王!」

「へなちょこ……」


 リーシャはまんまと印を付けられてしまった妖精王に対して剣を突き付け、不満をぶつける。それに対して妖精王は反論することが出来ず、落ち込むように羽をしぼませた。

 すると通路の奥からは爆発で舞っていた煙の中から鎧の怪物が出てくる。その鎧には全く傷が付いておらず、怪物自体も疲労している様子はない。妖精王はその姿を見て弱々しく笑みを零した。


「あいつ……どんだけタフなの」


 リーシャの剣技、妖精王の力を以てしても未だ衰える様子を見せない鎧の怪物。普通の魔物とは違う強大な力。何より聖槍である覇者の咎槍を使っている点。全てがおかしい。リーシャは鎧の怪物から何か違和感を覚えていた。だがそれが何なのか、何故自分がそんな感情を抱くのか分からず、首を傾げる。


「どう見ても普通の魔物ではありません……妖精王様、アレの正体は一体なんなのですか?」

「……あー……それは、そのぉ……えっと」


 シェルもリーシャ達の元に駆け寄り、妖精王に鎧の怪物の詳細を尋ねる。すると妖精王は言い辛そうに口元に手を当て、視線を左右に泳がせた。だが横からリーシャに睨みつけられ、短く息を吐き出すと観念した。


「あれは……人間だよ。百年前勇者に仕えていた戦士、騎兵のレクス・アシット……世界を救った英雄の一人だ」


 獣のように雄叫びを上げている鎧の怪物を見ながら、妖精王は寂しそうにそう告白する。その驚愕の真実を聞き、リーシャとシェルは思わず手にしている己の得物を落としそうになってしまった。


「……え?」


 何よりも意識が戦いから離れてしまったのはリーシャであった。

 百年前の勇者。つまり自分の前の勇者。その仲間であった人物。それが今目の前に居るのだ。およそ英雄とは思えない禍々しい鎧を纏い、兜には亀裂が入り悪魔のような顔になっているソレが、百年前の英雄だと言う。探していた手掛かりの一つが見つかってしまったのだ。


「あれが、先代勇者の仲間……? 槍使いの?」

「……ォォォァァァアアアアアアア!!」


 リーシャが確認を取ろうと妖精王の方に身体を向けた時、鎧の怪物が動き出す。手に再び赤黒い槍を持ち、飛び出して急接近してきた。そうなるとリーシャも対応するしかなく、その場を跳躍して攻撃を回避する。シェルもその場を離れて衝撃波から逃れ、妖精王も羽を動かして上昇した。


「……ッ!!」

「……リーハッ……! ド……ダ!! ……タエロォ!! 妖精王ゥ!!!」


 鎧の怪物は聞き取りづらい言葉を叫びながら周囲を手当たり次第に破壊していく。その矛先は特に妖精王へと向けられている。

 リーシャは壁を蹴り、鎧の怪物から距離を取った。その上では妖精王も被害から逃れる為に宙を浮いている。


「どういうことなの!? 説明して!!」

「……この遺跡は牢獄なんだよ。巨人族が造ったあらゆる罪人を封印しておく為の施設……彼も、ずっとここに封印されていたんだ」


 リーシャが尋ねると妖精王はポツポツと真実を語っていく。その間にも鎧の怪物は攻撃の手を緩めず、腕を振るうとリーシャ達に無数の槍を放つ。すかさず三人は回避し、その場に瓦礫と煙が撒き散る。


「だが、何者かがその封印を破った……地中深くに眠っていた牢獄を地上に起こし、彼を目覚めさせた黒幕が居る」


 更に鎧の怪物は妖精王に対して槍を放つが、シェルが創り出した氷の壁でその攻撃は防がれる。


「その人物は、一体何者なんですか……!?」

「さぁね。僕もそこまでは分かっていない……ただどうやら、僕にとって相性が良くない相手みたいだ」


 妖精王は苦々しく笑い、何かを試すようにそっと指を動かす。だが何も起こらず、彼は悲しそうにため息を吐いた。


「敵は植物を操る能力を持っている。僕の力を上回る程の、支配権を持ってね」


 妖精王は自然を操る力を持っている。リーシャも行使したことはあるが、それはおおまかに言ってしまえば植物を操ることが出来るのだ。木々を動かして攻撃したり、蔓で敵を拘束したり、様々なことが出来る。だが妖精王は今、その力を使うことが出来ない。正確には操れるのだが、遺跡に絡みついている植物の殆どが別の何者かの支配権によって上書きされてしまうのだ。


「何それ。じゃぁあんたは今殆ど役立たずで何の力もないってこと?」

「そ、そこまで酷くはないと思うけど……僕自身にも戦う力だってある訳だし」


 現状を理解するとリーシャは容赦ない言葉を妖精王に浴びせ、彼のことを睨みつける。妖精王も気にしていたことをズバリと言われてしまった為、悲しそうに肩を落とした。


「ゥォォ……ォォォオオアアアアッ!!!」


 鎧の怪物は無数の槍を出現させ、それを放つ。その槍は印を付けられている妖精王に全て向かっていくが、妖精王は逃げることなく、周囲に光の鱗粉をまき散らす。すると槍が鱗粉に触れた瞬間、巨大な爆発を巻き起こした。その爆風に飲み込まれ、無数の槍は粉々に散っていく。


「……なら、その英雄がこんな怪物になってる理由は!?」

「……ッ、それは……」


 リーシャが最も気になっていること。それは鎧の怪物であるレクスが何故暴れているのか? あれが魔物であるならば本能の赴くままに行動しているで納得することが出来る。だが怪物の正体がかつての英雄であったというならば、暴れるのにも何か理由か原因があるはずなのだ。それをハッキリさせなければ勇者も満足に剣を振るうことは出来なかった。

 妖精王は宙を舞い、鎧の怪物から距離を取った後、チラリとリーシャのことを見てから口を開く。


「レクスは……前の勇者が魔王と相打ちになってから、壊れてしまったんだ。ずっと勇者の事を信奉していて、その大切な人が居なくなってしまった……その悲しみから彼は変わった」


 鎧の怪物が再び動き出そうとする。だが先にシェルと妖精王が動き、氷で手足を拘束し、光の鱗粉で爆発を起こし、行動を制限した。


「狂気に飲まれた彼は全てを恨み、全てを破壊しようとした。国王も、精霊の女王も、僕のことも……勇者に関わる全てを、消し去ろうとしたんだ」


 爆風の中から氷を粉砕しながら鎧の怪物が現れ、手に槍を出現させる。それを振り回しながら跳躍し、妖精王に向かって矛先を突き刺そうとする。だがリーシャが黄金の斬撃を放ち、鎧の怪物はその衝撃によって吹き飛ばされた。


「ヌゥ……ガ……モノガァ……!!」

「その成れの果てが、あれってこと?」


 黄金の斬撃を喰らっても鎧には切り傷が僅かに付いただけで、怪物は全く衰える身体を人形のように動かす。およそ人間とは思えない不気味な動きで身体を起こし、鎧の怪物は再び槍を握り締める。


「もう彼は英雄ではない。勇者の影を追い続ける、亡者さ」


 妖精王は冷たくそう言い捨てる。手遅れな存在。失ったものがあまりにも大き過ぎ、理性を保つことが出来なくなってしまった悲しい男。レクスは最早、戦士ではないのだ。


「ねぇ、聖剣……今の話は本当?」


ーーこの状況であ奴はつまらぬ嘘は吐かぬ。そして百年前、我の知るレクスにも心の弱さはあった。なればこの顛末にも納得がいく。


 確認する為に聖剣にも尋ねると、それを肯定する言葉が返ってくる。それを聞いてリーシャは一度目を瞑り、大きく息を吐き出し、肩を落とした。


「そう……なら、分かった」


 目を開くとリーシャはすっきりしたような表情を浮かべて気を引き締め直す。そして鎧の怪物と対峙し、聖剣を構えた。


「聖剣、あの技を使うよ……」


ーーそれがお主の選択ならば、相分かった。


「シャ……ィ!! ドコ……ニ……ワタ……ヲォォォオオオ!!」


 鎧の怪物は腕を広げて咆哮を上げる。それだけで遺跡内に振動が伝わり、鎧の怪物から赤黒い光が溢れ出る。握り締めている槍は禍々しく形を変え、最早槍とは思えぬ程歪な塊と化していった。


「リーシャちゃん、どうするつもり!?」

「何って……斬るだけだよ。このままじゃ私達はあいつに追い詰められてやられちゃう。だったらその前に、私が斬る」


 何かを覚悟したように対峙しているリーシャにシェルが思わず尋ねると、彼女は鎧の怪物を斬ると宣言した。怪物の正体が人間であると分かり、百年前の勇者の仲間だと知った上で斬ると覚悟を決めたのだ。

 リーシャは聖剣を握り締め、剣先を鎧の怪物に向ける。すると鎧の怪物もリーシャが攻撃を仕掛けるつもりだと察知し、腰を低くして攻撃の体勢に入った。


「〈王殺し〉」


ーー承知。


 リーシャが言葉を掛けると同時に聖剣が神々しく輝き始める。同時に鎧の怪物も床を蹴り、凄まじい速度でリーシャへと接近した。矛先を突き付け、赤黒い光を纏いながら渾身の突きを放つ。


「……ヲ……セェェェェエエエエエエエエエエエエエッ!!!」


 鎧の怪物が咆哮を上げると同時に宙に印が浮かび上がる。それは無数に現れ、まるでリーシャを囲うように広がっていた。同時に無数の槍が出現し、鎧の怪物の進撃と共に槍も無数の印の中心に居るリーシャへと飛んでいく。だが彼女は一切顔色を変えることなく、身体を大きく捩じって聖剣を思い切り振るった。その瞬間、宙に浮かんでいた印は全て斬り裂かれ、無数の槍も真っ二つに別れて勢いを失う。鎧の怪物も動きを止め、リーシャの目の前で槍を突き付けた体勢のまま動かなくなっていた。


「……ふぅ」

「……カッ……」


 リーシャの額から一筋の汗が流れる。すると彼女は身体を起こしてゆっくりと聖剣を鞘に納めた。次の瞬間、怪物の鎧に亀裂が入り、それはどんどん枝分かれして広がっていた。そして最後には兜にまでヒビが入り、鎧の怪物は槍を落とす。


「私の勝ちだね。英雄さん」


 リーシャが背を向けると同時に亀裂が入っていた鎧が砕け散り、怪物だったレクスはその場に崩れ落ちた。床に転がった赤黒い槍は悲し気な音を立てて亀裂が入り、鎧と同様矛先が砕け散った。





 遺跡の下層では、未だにアレンとルナは忍び寄って来る巨大な蔓との闘争を続けていた。まるで無尽蔵に湧き出て来るように蔓は闇の中から現れ、通路内に蔓を広げていく。その浸食性はまさに異常であり、遺跡を飲み込むのではないかと思わせる程であった。

 特にアレンは蔓との戦いに苦戦しており、何度も火魔法を使用し続けていた為、体力と共に魔力も尽き始めていた。


「はぁ……はぁ……ったく、いつまで湧き出て来るんだ? この蔓は」


 アレンの魔力量は別段多くない。ただ魔力管理が上手く、少量の魔力で様々な魔法を使いこなせるよう工夫している為、何とか長期戦にも耐えられるようにしているのだ。だがこれ程の規模の蔓が相手ではその作戦も意味はなかった。とにかく蔓に捕まらないように動き、火魔法を使い続けなければならない状況。そんなのに年齢的にも激しい運動を長時間行うのが不味いアレンが耐えきれる訳がない。


「……うっ」


 すると蔓を避けながら後ろに下がっていたアレンは足を引っかけてしまい、転ばないようにする為に一瞬動きを止めてしまう。それを狙っていたかのように蔓達は動き出した。


「お父さん危ない!」


 すかさずルナはそれに反応し、腕を振るって影の刃を放つ。巨大な蔓はその蔓に真っ二つに切られ、ゴロンとその場に転がった。


「……ッ、助かった。有難う、ルナ」

「無理しないで、お父さん。私も戦えるから」


 ルナはアレンの元に駆け寄り、庇うように前に立って蔓達の相手をする。手数が多く、多数相手が得意なルナにとって無数の蔓など大した脅威はなく、影の刃で楽々と蔓達を斬り裂いていった。


(でも流石に、私もこの蔓をずっと相手にするのはつらい……早く根本を突き止めてないと)


 ルナの圧倒的な魔力量を駆使すればこの程度の蔓など丸一日相手にしていても平気だろう。だが問題は体力と気力だ。流石の彼女でも延々と蔓の相手をしていれば疲れてきってしまう。その前に何とか蔓が湧き出てくる原因を掴みたいと彼女は考えた。すると、突然蔓達がピタリと動きを止める。


「……え?」


 思わず呆気にとられ、ルナは手を上げた状態のまま影を待機させる。蔓達はしばらく動かなかったが、やがてズルズルと引いて行き、壁に伝っていた蔓も全てが闇の中へと戻って行ってしまった。


「引き下がった……?」

「向こうも相手していられないと思ったのかね? とりあえず、気配は消えたな」


 周囲から完全に蔓の気配が消え、不意打ちの心配もないと確認してからアレンは大きく息を吐く。ルナも魔力を感じない為影を消し去った。


「よし、じゃぁリーシャ達の所へ戻ろう。探知魔法を頼むぞ。ルナ」

「うん、分かった。任せて」


 脅威が去ったと判断してアレン達は早速自分達が居た場所へ戻ることにする。短剣をベルトに収め、アレンはルナと共に通路の先へと進み始めた。その反対側の通路では、闇の中で何かがゆっくりと蠢いた。


「フフフ……」


 暗闇の中で女性の笑い声が零れる。滑稽なものを見て楽しむような、そんな含みのある声。だが姿を見せることはなく、闇の中で蠢く影はその場から移動した。

 魔の時が近づく。闇は刻々と、その浸食を広げていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ