146:鎧の怪物
深い森の中を進み続け、ようやくアレン達の前に遺跡が姿を現す。
どこか禍々しい雰囲気を放つその遺跡は彼らの目に恐ろしい物として映り、リーシャとルナは少し怯えたように手を握り締めた。だがここで引き返す訳には行かない為、淡々と進み続けるアレンを追いかける。
「着きましたね……ここがナターシャさんの言っていた遺跡ですか」
「ああ。聞いていたよりも随分大きいな。妖精王の情報通り、本当に巨人族の遺跡のようだな」
近づけば近づく程遺跡を見上げる形になり、シェルとアレンは驚きで思わず口を開けてしまう。
今まで自分達が見て来た遺跡の中では一番巨大な遺跡かも知れない。おまけに下層は大量の木の根で押し上げられるように絡みついている為、それで余計に大きく見えてしまうのだろう。
「根っこが色んなところに絡みついてる。変な建物ー」
「材質は何で出来てるんだろう……鉄とも違うみたいだけど」
リーシャとルナも初めて見る遺跡にそれぞれ感想を抱き、色んな箇所を駆け回って観察する。
ただでさえ大きな遺跡である為、子供の身体である彼女達にはかなり興奮する対象であった。一体どのような目的で建てられた物なのか、中はどうなっているのか。気になることばかりで興味は尽きない。今の二人には遺跡が大きな宝の塊に見えていた。
「二人共迂闊に動くなよ。怪しいと思った所も触っちゃ駄目だ」
「分かってるよー、父さん」
アレンははしゃいでいる子供達に念の為注意しながら遺跡の方に視線を向ける。近くで見れば改めてその巨大さに圧巻され、今まで見てきた遺跡とは全く違うその形状に戸惑う。
「さて……どうだ? シェル」
「遺跡全体から妙な魔力を感じます……やっぱり、何らかの魔法が仕掛けられていますね」
アレンの隣ではシェルが遺跡の一部に触れ、解析魔法を使用していた。そして遺跡から読み取れた情報を伝えると、アレンは目を細めてもう一度遺跡のことを見つめる。
ナターシャの聞いていた話からこの遺跡が普通でないことは知っていた。妙な現象が起こるのも何らかの魔法が仕掛けられている可能性があると考え、アレンはシェルに解析魔法を頼んだのだ。そして案の定、その読みは当たった。
「あと……遺跡の下に絡みついている木の根からも魔力を感じます。これは遺跡の魔力とは別の魔力のようです」
「別の魔力?」
ふとシェルは顔を上げて疑問そうな表情を浮かべる。アレンもその報告に疑問を抱き、遺跡を押し上げるように絡みついている木の根に視線を向けた。
「……この木の根はただの自然のものではないってことか」
「ええ、恐らくそうでしょう」
およそ建物など造れそうにない森の中、突如出現したという遺跡、不自然に絡みついている木の根。これらの情報からアレンはこの遺跡が木の根で押し出される形で地上に出現したと予測した。ならば、その木の根は誰が操った? 何の目的でそんなことをした? そんな新たな疑問がアレンの頭の中に浮かび上がる。
「はぁ……やっぱりなんか嫌な予感がするんだよなぁ」
「大丈夫です。何が起こっても先生は必ず私が守りますから」
「ハハ、頼もしいな。シェルは」
アレンが一人で不安を抱いているとシェルは胸の前で拳を握り、励ましの言葉を掛ける。教え子からそんな声を掛けられればアレンも悩んでいるわけにはいかず、気持ちを切り替えて遺跡のことに意識を集中させる。
「お父さん、ここに扉みたいなのがあるよ」
ふと横からルナの声が聞こえて来る。アレン達もその方向に移動すると、見るからに入り口らしい大きな扉があった。だが普通の形状とは違い、壁と一体化しているようにも見える。
「ナターシャの言っていた触ると開く扉ってやつか。見るからに怪しいな」
「この扉からも魔力を感じます。何か仕掛けがあるんでしょう」
アレンは両腕を組んで扉を観察し、思考を続ける。
遺跡の形状、刻まれている謎の文字、勝手に開く扉。どれも意味不明で怪しいものばかりである。とてもこの遺跡に人が住んでいたとは思えない。恐らく特殊な目的があって造った建物なのだろう。そして外部の者に入られないようにしなければならない何らかの理由があるのだ。
「どうする? 入るの?」
「いや……恐らくこの扉は、正規の扉じゃない」
横で遺跡を観察していたリーシャの質問にアレンは答え、地面に転がっていた石ころを手に取る。そして少し遺跡から離れてから扉に向けて投げた。石ころはコツンと扉に当たり、すると遺跡が僅かに揺れ、扉が勝手に開く。
「へ? どういう意味?」
「巨人族ってのは見た目とは裏腹に繊細な一族なんだ。だからこういう大きな建築物には必ず罠を張る。盗賊とか部外者の侵入を阻む為の仕掛けなんだろう」
開いている扉を見つめながらアレンは説明を続ける。するとしばらくして扉は重々しい音を立てながら勝手に閉じた。
「こういう種類の遺跡は正しい手順で入らなくちゃならないんだ。大抵は別の入り口があって、そこから入らないと罠が発動する」
アレンもかつて別の遺跡の調査を任された時、入り口だと思っていた扉を通ると遺跡内が水で満たされ、溺れてしまうという恐ろしい罠を経験したことがあった。その時の状況と今は似ている。経験からアレンはこの扉は罠だと判断し、通らないことにした。
「入らないとどうなるの?」
「ナターシャの言っていたように正気を失うんだろうな。それがこの遺跡に掛けられている魔法か何かだ」
移動を開始すると隣を歩いていたルナが恐る恐る尋ね、アレンはそれに答える。
仲間割れを起こして侵入者を消す。実に用意周到な罠である。余程この遺跡には重要なお宝か、何か見られたくないものがあるようだ。
もっともアレンからすれば今回の最優先事項はナターシャの仲間の確認である為、それ以外のことに興味はない。今更お宝などが手に入っても換金が大変な為、ただのお荷物としか思えなかった。
「シェル、どうだ?」
「はい……こっちの下の方から魔力の漏れを感じます。恐らくそこが正しい入り口でしょう」
歩きながらアレンはシェルに確認を取り、正しい扉の情報を手に入れる。
ある部分に巨大な魔法が掛けられている場合、魔法が掛かっていない一部から魔力が漏れ出すことがある。風の流れと同じで必ず通気口となる部分があるのだ。そこが正しい入り口である。
アレン達はシェルの指示通りに木の根を移動し、本当の入り口である遺跡の下層に辿り着く。そこは丁度隠れるように屋根も設置されており、無機質だった上の扉と違って剣や槍の装飾なども施されていた。
「ここか」
「そうです。何だか物々しい雰囲気の扉ですね」
比較的地味な形状をしていた上層と違って下層のこの扉付近は刺々しい印象があり、入られることを拒むような雰囲気が出ていた。近くには柵の代わりに棘が突き出ており、迂闊に触れれば怪我をしてしまいそうだった。
「こんな下の方に入り口があるんだねー。上のとは全然違う」
「上の扉はダミーで、侵入者を騙す為の場所だったのかな?」
「ああ、多分そうだろう。でも気を付けろ。正しい通路でもまだ罠がある可能性は十分ある」
「うん、分かってる」
リーシャとルナに再度注意を促し、アレンは警戒しながら剣を引き抜いてその剣先で扉に触れる。特に反応はない。上の扉とは違って魔法は掛かっていないようである。罠の気配もない為今度は直接手で触れた。冷たい感触が伝わり、同時に巨大な扉のずっしりとした重さを感じ取る。これは普通には開けられなさそうだ。
「先生、私がやります」
「おう、任せた」
シェルは杖を取り出すと遺跡の床に杖先を付ける。そして呪文を唱えると薄っすらと冷気が巡り、扉の隙間に氷が出来上がった。それを見てアレンが扉に力を入れると、滑ることによって簡単に開けることが出来た。
「よし、それじゃ行くか。何度も言うがくれぐれも気を付けるんだぞ。リーシャ、ルナ」
「うん、分かってるって。父さん」
「ちゃんと気を付けるよ。大丈夫」
最後まで油断しないようにアレンは二人に注意した後、自身も気を引き締め直してから遺跡の先を見つめる。
かなり奥まで続いている通路に、かなりの高さがある天井。巨人族の為の造りだろう。普通のサイズであるアレン達からすれば随分と感覚の違いがある。
剣を握り締めながら慎重に奥へと進んで行くと、壁に刻まれている文字が薄っすらと緑色の輝きを放つ。一体どのような技術なのか、それとも魔術なのかは分からないが、巨人族の文明の高さが実感出来る。
「中も広いねー。天井なんてあんな高いところにあるよ」
「巨人サイズだもんね。そもそも巨人ってどれくらいの身長なのかな」
「んー……すっごいおっきい!」
「そ、そっか……」
遺跡の内部の様子にリーシャとルナも興奮し、遺跡を造った巨人のことを想像する。果たして彼らはどのような技術を駆使してこんな大きくて謎の建物を建築したのか、実に気になるところであった。その興奮はアレンとシェルも少なからず感じており、未知の建築物を歩きながらじっくりと観察する。
「シェルさん、壁に刻まれてるこの文字って何だろう?」
「多分、巨人族の文字だと思う。私にも読めないけど、多分まじないが書かれてるのかな……」
ふと周囲を観察していたルナは刻まれている文字が気になり、前を歩いていたシェルに尋ねる。すると彼女も近くの文字を観察しながら予想を口にした。
「まじない?」
「文章じゃなくてある文字が繰り返されているの。ということは何か意味を込めて書いてあるんだと思う」
周囲の刻まれている文字をよく見てみれば、幾つか同じ文字があることに気が付く。難しい文章が表されているのではなく、幾つかの簡単な単語が繰り返されているのだ。
「先生はこれ読めます?」
「んー、そうだな。詳しいわけじゃないから断定は出来ないが……多分、〈防護〉〈塞ぐ〉〈閉扉〉とかかな?」
アレンは壁に顔を近づけて少し考えた後そう答える。
自分も巨人族の文化に詳しい訳ではなく、文字が書ける訳ではないのだが、過去に巨人族の資料を漁っていたこともある為、何となくの意味だけなら分かった。
「よっぽどこの遺跡に入られたくなかったんだね。ここを造った巨人さん達は」
「そうだね。やっぱり何か重要なものがあるのかな」
「でも見ている限り何もないところだし、迷路みたいになってるだけだから、何か変な感じだよねー」
「ああ、妙な遺跡ではある……」
リーシャとルナの会話に頷きながらアレンも遺跡に対して疑問を抱き、周囲を注意深く観察する。
入り口の仕掛け、とても人が生活するとは思えない構造、家具や道具が一切ない内部、どれもおかしな点ばかりである。少なくとも今まで見て来た遺跡とは明らかに雰囲気が違う。ただの建築物ではないことは確かだ。何故巨人族はこれ程巨大な建物を作り、人が入らないようにしたのか? そんな疑問を抱きながらアレンは進み続ける。
「……ん、ここにも扉があるな」
「厳重そうな見た目をしてますね。色々魔法が仕掛けられてそうです」
やがてアレン達の前に巨大な扉が現れる。そこは入り口の扉と違ってしっかりと作り込まれており、柵が何重にも掛けられ、おまけに無数の文字が刻まれていた。見るからにこの中に重要な物がしまってあります、といった雰囲気をしている。だがアレンがその扉を剣先で突いてみると、あることに気が付く。
「あ、いや、でもこれ……壊れてるぞ」
「え? ……あ、本当だ」
少し動かしてみるとその扉はボロボロと崩壊していき、簡単に穴が開いてしまった。よく見れば扉にはヒビが入っており、壊れている部分がある。
「えー何それ。変なのー」
「内側が崩壊していたみたい……え、でもこれって……」
瓦礫を退かしながらシェルが扉を観察していると、ある疑問を抱く。だがその疑問を言葉にする前に突如異音が鳴り響いた。アレン達の背後から物音がしたのだ。人の呻き声のような、苦しむような声、慌てて振り返ると、そこには鎧を着た骸骨達が居た。
「カァァァァァァァ……ッ!!」
「うおっと……! スケルトンか!?」
「わわっ、ほねほねさんだ!」
襲い掛かって来たスケルトンをアレンは剣で弾き飛ばし、リーシャもすばやく反応して聖剣でスケルトン達を吹き飛ばす。扉の近くに居たシェルも杖を取り出して構えを取り、ルナもスケルトン達と対峙して魔力を込める。
「シェル、周囲を索敵してくれ。敵の数が知りたい!」
「分かりました!」
「リーシャ、深追いするなよ。固まって戦え。ルナも援護を頼む」
「了解ー!」
「うん、任せて」
周りに指示を出してアレンは一歩前に出るとスケルトン達に火の付加魔法を付けた剣を振るう。炎の衝撃波にスケルトン達の身体は簡単に崩壊し、アレンは次々と薙ぎ払っていった。
(このスケルトン達、どこから現れたんだ? そもそも何故……)
アレンは戦いながらスケルトン達の出現理由を考える。
スケルトンは通常の魔物とは違い、人間の骨などが強い魔力によって魔物化したものである。つまり自然発生はしないはずなのだ。
そんなことを考えているとふとアレンの目に気になるものが映る。大量のスケルトン達の中にまだ完全に骨になりきっていない者が居たのだ。そのスケルトン達がアレンに襲い掛かって来る。
「ウォァァァ……ッ!!」
「……! こいつら……!」
スケルトン達は鉄の剣を振るい、アレンはすぐさま炎の剣でそれを受け止める。複数からの同時攻撃だが炎の威力を利用してスケルトン達を炙り、怯ませて優勢に立つ。その際に見えたスケルトン達の容姿はまだ肉が残っており、人相を把握することが出来た。
(ナターシャ達の仲間の容姿と一致する。やはりこの遺跡の魔法に操られていたか……!)
アレンは彼らがナターシャの仲間だと判断し、もう手遅れな状態になってしまったことを悟る。そして覚悟を決めると炎の剣を振るってスケルトン達の剣を弾き、隙が出来た瞬間に炎の衝撃波を放った。
「悪く思うな。成仏しろよ……!」
炎に包まれてスケルトン達は声にならない悲鳴を上げ、身体が崩壊していく。それを見届けてアレンは他のスケルトン達の意識を向け、油断せずに剣を構えた。
「シェル、どうだ!?」
「数は今ので最後です! 他の気配も感じません……もう大丈夫です」
ある程度戦い続けているとスケルトン達の猛攻も収まり、襲って来る気配もなくなる。シェルにも確認してもらい、本当に戦闘が終わったことを確認するとアレンは大きく息を吐き出した。
「そんなに数は多くなかったな……遺跡内に侵入した冒険者達の成れの果て、って感じか」
「そうですね……先生、あのスケルトン達は……」
「ああ、ナターシャの仲間と容姿が一致する」
「そうですか……やはり……」
リーシャとルナには気付かれないよう、アレンはシェルにスケルトンのことを伝える。予想はしていたことだが実際にその場面に立ち会うとやはり気分は落ち込む。こればかりは何度経験しても慣れないものであった。だがシェルも覚悟はしていた為、僅かに表情を暗くしたあとすぐに顔を上げ、気持ち切り替えた。アレンもそんなシェルのことを見てぽんと肩を叩く。
「さてと、これで一応最優先目標は達したが……せっかくそれっぽい扉があるんだ。中だけでも確認して帰るか」
「そうですね。この遺跡のことが少しは分かるかもしれませんし」
アレンとシェルは扉の方を振り返り、改めてその状況を確認する。頑丈に造られていたのにも関わらず崩壊していた扉。これには妙な点がある。
「父さん、この中から変な感じがする」
「え、何か分かるのか?」
「ううん……何となくだけど……」
扉の方に近づくとふとリーシャがそう言い、自分でも疑問そうに首を傾げる。勇者としての力が何かを感じ取ったのか、それとも聡いリーシャが本能的に何かを感じ取ったのかは分からないが、この様子からしてやはり扉の先にあるのは普通のものではないらしい。警戒心を高めてからアレンは中の様子を確認し、危険がないと判断してから入る。
「これは……随分と物騒な場所だな」
そこは先程までの通路と違って部屋になっており、壁から棘のように鋭利な突起物が伸びていた。それが無数に広がっており、部屋の中心に向けられている。そこには更におびただしい量の鎖が転がっており、床にも円を描くように無数の文字が刻まれていた。
「なにここー。ようやく部屋っぽいものが見つかったと思ったら、何か危ないところだね」
「うん……とても人が生活出来るとは思えない」
リーシャとルナもその部屋の様子を見て驚き、少し怖がるように二人は寄り添い合う。間違って転びでもすれば鋭利な棘に刺さってしまいそうな為、迂闊に近づくこともしなかった。
「先生、ここは……」
「ああ。どう見てもただの部屋じゃないな……というか、これは……」
アレンは警戒しながら部屋の様子を確認する。すると床に転がっている鎖が壊れていることに気が付いた。何か強い力によって引き千切られたように損傷しており、辺りに破片が散らばっている。それを妙に思ってアレンは部屋の扉の方をもう一度確認した。内側から崩壊していて簡単に開くことが出来た扉。これらを繋げると、ある推測が成り立つ。
「まさか……ここに、誰かが捕まっていたのか……?」
額から嫌な汗が一滴流れ、アレンは思わず唾を飲み込む。
まだ確証を得た訳ではない。扉と鎖も元から壊れていたものかもしれない。この遺跡も何百年も前に造られたものかもしれない。その間ずっとここに何者かが捕まっていたなど、あるはずがない。
アレンはそう思いたかった。だが物事はいつも想像以上のことが起こる。起こって欲しくない出来事が起こってしまう。世界はそうやってひ弱な自分達を小馬鹿にしてくるのだ。故に想定し、少しでも対処出来るように準備をしなければならない。
「……ナイ……ハ……ダ?」
突如、およそ人の声とは思えないような誰かの無機質な声が聞こえて来る。同時に鉄と鉄がぶつかる金属音と、不気味な足音が通路の闇の中から響いた。アレンはそれに気が付くとすぐさま剣を払い、近くに居たリーシャとルナの前に立つ。
「……! 皆下がれ!!」
火の付加魔法を剣に掛け、剣先を扉の方へと向ける。するとそこから錆びついた鎧を纏い、禍々しい赤黒い槍を手にした怪物が現れた。突起物の多い鎧は伸びている棘がそれぞれ別の方向を向き、荒々しい印象を抱かせ、兜にはヒビが入り、まるで不気味に笑っているような見た目になっている。そんな鎧の怪物が人の言葉とは思えない何かを叫び、槍を振り上げる。
「な、なにあれ……!?」
「鎧の怪物……?」
「分からん、とにかく気を付けろ!」
鎧の怪物が腕を大きく振るい、赤黒い槍を投げ抜く。構えを取っていたアレンはその槍を正面から剣で弾き、何とか軌道を逸らして受け流す。だが槍に触れた剣には紋章のような円が浮き出ており、それは振るっても消えなかった。
「これは……!?」
魔法陣とは違うその何かにアレンは戸惑い、不気味な為何とか紋章を消そうとする。だが炎を使っても地面に叩きつけてもその紋章が消えることはなかった。
「……ス……ベテ……アノヒ……タメニ……!!」
「くっ……!」
鎧の怪物が雄たけびを上げると、床から紋章が無数に浮き出し、そこから赤黒い槍が出現する。その内の一本を鎧の怪物は手に取り、思い切り投げ抜いた。すると周りに出現していた槍も同じように動き出し、無数の槍がアレンの剣に向かって来た。
「なに……!?」
まさかと思ってアレンはほぼ反射的に剣を部屋の隅に投げ捨てた。すると向かって来ていた槍は突然方向を変え、アレンの剣に向かって飛んでいく。そして剣は無数の槍によって粉々に粉砕され、原型も分からない程壊されてしまった。
「槍の向きが変わった……!?」
「どうやらあの紋章が印になっているらしい……! そこに向かって飛んでいくんだ。槍に触れないようにしろ!」
アレンはあの紋章が鎧の怪物の能力なのだと推測し、攻撃されて印を付けられないように皆に注意した。そして自分は腰のベルトから短剣を取り出し、代わりの武器としてそれを構える。少々心もとない相棒だが、何の武器もないよりはマシだろう。
「そ、そんなの避け続けるしかないじゃん!」
「おまけにあれだけの量の槍を飛ばされたら、流石に回避は難しいですよ! 先生」
リーシャとシェルも触れただけで印を付けられるとなると怯み、どう戦えば良いのか戸惑った。特にリーシャの場合は剣主体の戦い方である為、聖剣が槍に触れた瞬間詰みとなってしまう。
「お父さん、まずは敵を拘束しよう。槍を投げられないようにすれば……!」
「ああ、そうだな。遠距離系の魔法で腕を……」
ルナの提案を受け入れアレンも魔法の準備をする。だがその前に鎧の怪物が動き出した。先程のように攻撃しようとはせず、槍を手にすると地面に突き刺す。すると突然遺跡内が揺れ動いた。
「えっ……?」
鎧の怪物が何をしたのか分からず、誰かがそんな気の抜けた声を上げてしまう。すると次の瞬間、アレンとルナの立っていた床に緑色に輝く線が走った。その線に囲まれた床はブロックのように動き出し、大きな穴を作り出す。当然重力に逆らえずアレンとルナはその穴に吸い込まれた。
「うおわ……ッ!?」
「ひゃぁ……!?」
「ルナ! 父さん!!」
すぐにリーシャは穴に駆け寄って手を伸ばすが、その小さな手は届かない。ブロックもすぐに動き出し、穴を塞いで床は元通りとなってしまった。リーシャはその場所に膝を付き、悔しそうに拳を地面に叩きつける。
「ッ……! そんな! 二人が……!!」
リーシャは項垂れ、自分の力不足に落ち込んでしまう。だが目の前に居る鎧の怪物はそんなことお構いなしに新たな槍を出現させ、手に取る。
「リーシャちゃん! 立って! まだ目の前に敵が居る!」
「くっ!」
すぐさまシェルは呼びかけ、リーシャも鎧の怪物のことを思い出して立ち上がる。そして聖剣を構え、鎧の怪物と向き合った。
「……レダ? ……アル……ハ……タイ……」
鎧の怪物は兜の隙間からリーシャのことを見つめ、意味不明な言葉を発する。何かを問いかけているようにも聞こえるが、残念ながらリーシャがその意味を理解出来ない、そもそも怒りで聞き取る気もなかった。今の彼女にとって目の前の鎧の怪物はただの敵に過ぎないのだから。
「二人なら大丈夫。だって先生だもの……絶対無事よ!」
「うん……! 分かってる……!」
シェルの励ましを聞いてリーシャも気持ちを切り替え、今自分が出来る最善の行動を考える。すると鎧の怪物も雄たけびを上げると、手に持っていた赤黒い槍を投げ抜いた。それを見てリーシャは素早く飛び出し、目にも止まらぬ速さで黄金の斬撃を放つ。その場に凄まじい衝撃波が放たれ、遺跡全体が大きく揺れ動いた。