145:異質なる者
数えきれない程の樹木とその根に覆われた空間。その中心には巨大な遺跡が根で浮かされるように聳え立っており、壁には何本もの蔓が絡みついている。まるで何かを待っているかのような雰囲気を醸し出し、遺跡はただ静かにその場に存在し続けていた。そんな場所に数名の冒険者達が訪れる。
「ここが例の遺跡か。確かに、通常の遺跡とは大分形状が違うようだな」
一番上等な鎧を着た男はそう言い、眼前にある遺跡をゆったりとした視線の動きで観察する。確かに形状は違うがだからそれがどうした、と言った態度だ。まだこの遺跡に対して脅威を感じていないようである。
「本当で行く気っすか? 先輩。今ここはギルド内で立ち入り禁止になってるじゃないっすか」
一人の男が不安げな目をしながら先輩である冒険者の男にそう尋ねる。だがそれを聞いても先輩冒険者は臆さず、鼻を鳴らして遺跡のことを見上げた。
「ギルドに所属している冒険者は、だろう? この遺跡はまだどの組織も所有権を得ていない。今の内ならただの一般人が入り込んだ、とかで誤魔化せるんだよ」
現在この遺跡は多くの組織が調査権限を取り合っている。冒険者ギルド、魔術師協会、聖騎士団。三つの組織が未知の遺跡に眠っている情報を手に入れようとしているのだ。規模も大きく、その遺跡にある情報の価値は計り知れない。誰もがその情報や宝を欲しがるだろう。当然それは組織規模ではなく、個人でも欲しがる人物は現れて来る。彼らもまた、上層部が言い争っている内にこの遺跡で小遣いを稼ごうと思っているのだ。
「でもナターシャさんのパーティはナターシャさん以外戻って来なかったらしいじゃないっすか。結構やばそうな遺跡っすよ?」
「平気だって。ちょっとお宝を頂くだけだし。ナターシャ達も油断しただけだろ。俺らは大丈夫だよ」
後輩の冒険者達は見たこともない遺跡に皆不安を覚えているが、お気楽な先輩冒険者だけは楽観的に考えていた。むしろ遺跡で手に入るであろうお宝を想像してご機嫌な様子だ。
「そら行くぞー。お宝を山ほど手に入れてやるぜ」
「うえー、なんか不安だなぁ」
結局先輩冒険者は無理やり仲間を引き連れて遺跡の中へと入る。
叩いただけで簡単に開く扉を警戒せず通り、淡い緑色の光に包まれている通路を進んだ。壁に刻まれている文字などには目もくれず、先輩冒険者は金として価値のあるお宝を探す。だがどれだけ進んでもそれらしい物は見つからず、むしろ通路は迷宮のように複雑なものとなっていき、物々しい雰囲気を醸し出し始めた。
「先輩……ここ全然お宝ないっすよ。ていうか人が生活していた様子もないし、この遺跡なんかおかしくないっすか?」
しばらく黙って歩き続けていた後輩冒険者達も不満を言い出し、この遺跡の気になる点を口にする。
本来遺跡は古い時代に建てられた物の為、人々がその建物で使っていた家具や物が残っているはずなのだ。それが歴史的価値となり、冒険者側からすればお宝となるのだが、この遺跡にはそれらしい物が一切見当たらない。人が生活していた様子も見られず、何らかの神殿と考えたとしてもあまりにも無機質で用途を想像出来ない造りとなっている。明らかに異質なのだ。
「ッ……うるさい! すぐお宝は見つかるはずだ。お前らは黙ってろ」
目的の物が全く見当たらないことから苛立ちを覚え、先輩冒険者は声を荒げて頭を掻く。
こんなはずではなかった。まだ誰も手を付けていない遺跡ならすぐにお宝が見つかって、それをちょっとばかり貰うだけでここの探索は終わるはずだった。痕跡も残さず、誰にも知られることなく大金を得られる予定だったのだ。なのに何故こうも上手くいかないのか? そんな答えの見つからない疑問を抱きながら彼は落ち着きのない足取りで通路を進んで行く。
「だいたいろくに下調べもせず探索するってのが問題あるんじゃないのか?」
「馬鹿。俺らはギルドに内緒で遺跡に来てるんだぜ。下調べなんかしてる暇はないっての」
「は? 馬鹿だ? お前今俺に言ったのか?」
探索が上手く進んでいないせいで冒険者達の間でも亀裂が入り始め、口調も段々荒っぽいものとなっていく。そしてちょっとした言動でも怒りが芽生え、雰囲気が悪くなっていった。
「うるさいぞ! 少しは静かにしてろ!」
先頭を進んでいた先輩冒険者は振り返り、声を荒げてそう命令をする。
ただでさえ調子が悪いというのに、これ以上面倒ごとが増えるのはごめんだった。だがその時、彼は後輩冒険者の面々を見てあることに気が付く。
「……? おい、お前ら……一人足りてなくないか?」
「え?」
仲間が一人欠けているのだ。それを指摘すると、後輩冒険者達も人数が足りていないことに気が付き、露骨に動揺し始めた。
「え、な、なんで? あいつどこ行ったんだ?」
「お前、隣に居たはずだろ。何で気付かなかったんだよ!」
「い、いや知らねえよ。物音もしなかったんだから!」
遺跡内で仲間が前触れもなく消えてしまう異常事態に冒険者達は戸惑い、混乱する。ただでさえ目的のお宝も入手できていない為、彼らの苛立ちは増していった。
「くそっ……どいつもこいつも……何で思い通りにいかないんだ?」
中でも一番苛立っているのは先輩冒険者であり、段々と冷静な思考が出来なくなっていく。何故か怒りばかりが頭の中を埋め尽くし、全てを壊したくなる欲求が湧き出てきた。だがその時、彼らの間に轟音と共に何かが降って来る。
「……ッ!!?」
「な、なんっすか……!?」
衝撃で冒険者達はその場に尻もちをつき、慌てて武器を取り出して警戒を取る。そして武器を構えたまま振って来たものを確認すると、あまりに驚くべき光景から目を見開いた。
「う……ぁ……なんだこれ!?」
思わず先輩冒険者は情けない声で後ろへと下がる。なんと彼らの前に振って来たのは槍に身体を貫かれた冒険者だったのだ。
その人物は居なくなっていた冒険者であり、身体の中心に赤黒い槍が刺さっている。それが胴体を貫通して床へと突き刺さっており、冒険者は無残な姿となり果てていた。
状況を見る限り上から落ちて来たらしい。冒険者達が恐る恐る上を見上げた。天井はかなり高く、天辺は光が届いていない為薄暗い。
「な、なんでこんなのが落ちて来るんだ……なんで仲間が……!?」
「どういうことだよ!? 一体何が起きているんだ!?」
当然冒険者達は戸惑い、困惑して不安の声を上げる。
明らかに槍に貫かれた冒険者は事切れていた。彼はつい先程まで自分達の隣を歩いていたはずなのに、音もなく消えてしまい、こんな姿となって現れた。そのあまりにも異常過ぎる現象に冒険者達の恐怖は膨れ上がっていく。
その時、先輩冒険者は天井から何か物音がしたことに気が付く。頭の中が恐怖と怒りで染まっていく中、僅かに残っている理性で何とか意識をそちらに向け、天井の闇を見つめる。
「……何か、居る」
唯一冷静さを取り戻してた先輩冒険者だけが天井の闇の中に見えた何かの存在に気が付く。それはガチリと重たい鉄が擦れる音を響かせ、腕らしき部分を動かした。その瞬間、冒険者の元に無数の槍が降り注ぐ。
「うわぁぁあぁぁああ!!?」
「ひっ! わああああああああ!!」
ただ困惑することしか出来なかった後輩冒険者達はその槍の雨に気付くことが出来ず、あっという間に串刺しにされて事切れてしまう。そんな中いち早く攻撃に気付いていた先輩冒険者だけはその場から離れ、何とか槍の雨から逃れる。だが一撃だけ肩に掠めてしまい、彼は呻き声を上げてその場に転んでしまう。
「ぐっ……! くそっ……くそ!!」
勢いがあった為掠めただけでもかなりの肉を抉られ、先輩冒険者は肩を抑えて血を流さないようにする。すると自分の肩に魔法陣のような妙な形状をした紋章が浮き出ていることに気が付いた。
「な、なんだこれ……!? 消えない……何かの魔法か!?」
すぐさま手でそれを払おうとするが、すり抜けるだけで紋章は消えてくれない。赤黒い光を放ち、まるで何かを示しているかのように浮き出ている。
すると今度は先程まで槍の雨が降っていた場所に何者かが下りて来た。砲弾でも落ちて来たかのような轟音を響かせ、それは姿を現す。
「キ……ラハ……ダ……ココハ……イ……ダ?」
それはおよそ人間とは思えないくぐもった声で言葉を発した。男か女かも分からない人間味を感じさせない声で、それは冒険者のことを見つめて首を傾げる。
「ひっ……ひぃ……!」
先輩冒険者はたまらず逃げ出すが、怪物はそれに気が付くとすかさず地面に刺さっている槍を一本引き抜き、思い切り投げ抜いた。すると周りに刺さっていた赤黒い槍も動き出し、先輩冒険者の肩に浮き出ている紋章に向かって飛んでいく。
「なっ……なんで!!?」
叫んだ疑問の答えが返ってくるはずもなく、彼の身体は無数の槍によって串刺しにされる。そのまま地面に崩れ落ち、冒険者は動かなくなってしまう。影に覆われている怪物はそれを確認すると、闇の中へと姿を消していった。
◇
アレン達一行は途中の村で馬を借り、目的である遺跡の森を目指していた。しばらくはただ平原を進むだけの平穏な時間が過ぎていたが、森が見えて来るとそこで馬を降り、歩きで進むこととなった。馬は離せばそのまま自分達の村へと帰る為、そこで別れることとなる。
「さてと、こっからは歩きだ。ナターシャの話じゃ遺跡は大きいから、すぐ見つかるとさ」
「おおー、いよいよだね!」
長い間馬に乗っているだけだったリーシャだがその元気が衰えることはなく、いよいよ念願の遺跡に着くと知って小躍りをする。その横では同じくルナも楽しみな様子で瞳を輝かせていた。やはり子供達にとっては村の外に出るというだけでも貴重な体験のようだ。
「凄い森だね。村の近くにある森とは比べ物にならないくらい大きくて深い」
「そうだねー。凄く強い魔物でも出てきそうな雰囲気!」
普段見る森とは違う大自然の森に二人は興奮し、楽しそうにはしゃぐ。それでもきちんと周りの警戒はしており、油断はしていない。むしろ勇者と魔王という強大過ぎる存在が揃っている為か、ここに来るまでの道中一切の魔物と遭遇しなかった。アレンもそんな平穏過ぎる時間に甘えてついつい子供達との旅を楽しんでいた。
だがここからは深い森の中へと入って行くこととなる。アレンは緩みかけていたブーツの紐を強く結び、気を引き締め直した。
「それじゃ皆、準備は良いか?」
「もっちろん!」
「うん、出来てるよ」
「私も大丈夫です。先生」
一度皆の方に振り返り、アレンは準備の確認を取る。するとリーシャ、ルナ、シェルはしっかりと頷きながら頼もしく返事を返した。それを聞いてアレンも満足そうに頷き、改めて森の方に顔を向ける。
こうしてアレン達一行は深い森の中へと足を踏み入れる。その先に待っているのは、見たこともない宝が眠る楽園か、はたまた目を背けたくなるような恐怖の地か。
彼らは歩みを止めることなく、進み続ける。