144:四人の出発
翌日、村では客人であるナターシャが大人気であった。多くの村人が彼女の元に群がり、色々な質問を投げ掛ける。皆外の世界の情報と、アレンの昔話に飢えているのだ。その様子はシェルが村に来た時と同じように賑わっていた。
「へぇーナターシャさんって美人なのに冒険者なんて凄いなぁ」
「おまけにアレンの弟子ってのがな。シェルちゃんの時と言い、あいつは美人の弟子が多くて羨ましいぜ」
「なぁなぁ、昔のアレンってどんなだったんだ?」
広場のベンチに座っているナターシャを大勢の村人達が取り囲み、同時に話しかける。そんな遠慮のない質問を受けても彼女は嫌な顔を一切せず、むしろ楽しそうに笑顔を浮かべながら受け応えをした。
「アハハ、そうですねぇ。王都に居た頃のアレンさんは真面目で、とっても優しい人でしたよ。特に女性に対して!」
「か~っ、あの野郎。やっぱ俺も王都に行ってみたいなぁ」
ナターシャの冗談交った言葉を聞いて村人の一人は羨ましそうに腕を震わせた。その様子をアレンとシェルは遠くから眺めており、耳の良いアレンはナターシャの冗談を聞いて困ったように首を横に振った。
「……全く、あいつは。怪我人のくせに元気な奴だよ」
「ナターシャさんらしいですね。相変わらず」
本来は療養しなければならない身のはずなのに、ナターシャは先程からずっと村人達と会話をしている。むしろ本人がそれを望んでいるようだ。元々ナターシャは交流好きの性格である為、亜種族の村人達との交流が楽しいのかもしれない。その相変わらずな行動力にアレンは呆れ、シェルは懐かしそうに頬を緩ませた。
「まぁあいつが家で静かにしてるはずもないし、落ち込んでいるよりはずっと良いか……」
ふとアレンは昨日ナターシャと会話したことを思い出しながらそう呟く。
彼女は遺跡の調査が失敗したことを悔やんでいる。何より仲間を置いて来てしまったことを気にしている。ナターシャはああ見えて責任感が強い為、自分で背負い込んでしまうところがあるのだ。本当は村人達と喋っているのも気を紛らわせる為かも知れない。彼女の不安を消す為には、一刻も早く遺跡の調査を完遂させるしかないだろう。
「そう言えば、どうするつもりなんですか? ナターシャさんからの遺跡調査のお願い」
「…………」
シェルもアレンから相談されて内容のことは知っていた為、気になったようにそう尋ねる。するとアレンは両腕を組み、小さく息を吐き出してもう一度ナターシャの方に視線を向けた。
「まだ答えてはいない。今日あの子達にも相談しようと思う」
「そうですか……」
遺跡調査のお願いとなると簡単には答えは出せない。ただの討伐依頼と違って調査の場合はその場所にどんな罠や仕掛けがあるかが分からない。普通の依頼とは規模が違うのだ。本来ならナターシャのような経験の多い冒険者がやるべき仕事。アレンのような既に隠居している者の場合、勘が鈍っていたり知識が足りなかったりする可能性がある。余程実力と自信がない限り挑めない案件だろう。
「でも、先生はもう答えを出しているように見えますけど」
「……そう見えるか?」
「はい。だって先生は先生ですから」
「顔に出やすいかな。俺」
そう言いながらアレンは自身の髭を弄り、顔の調子を確認しようとする。それを見てシェルは面白がるように笑い、アレンも釣られて笑ってしまった。
そしてその昼、家でお昼ご飯を食べた後にアレンはリーシャとルナに遺跡調査のことを伝えた。ナターシャにお願いされ、まだ行くかどうかは検討中であることも言うと二人は特に驚きもせず頷いていた。
「……という訳なんだ。最近噂になっていたあの遺跡、その調査と仲間の安否確認をナターシャにお願いされた」
「へぇ、遺跡の調査かぁ。何か大変そうだね」
「ナターシャさんが言ってた遺跡だもんね。変な現象が起こるって言う」
アレンの目標は二つ。ナターシャが途中放棄することとなった遺跡の内部調査。そして同行していた仲間達の現状確認。彼女としては後者が本音であり、調査の方はそこまで優先して欲しいとは思っていないだろう。あくまでも遺跡調査という名目でアレンにお願いしたかっただけだ。それに仲間の生存率も限りなく低い為、ナターシャとしてはどうなったかを知りたいだけに過ぎない。区切りを付けたいのだ。それを叶えるべくアレンも遺跡で何が起こったのか突き止めなくてはならない。故にかつてナターシャの先輩冒険者として面倒を見ていたアレンはもう答えが出ていた。
「俺としては、行きたいと思っている。遺跡の調査は難しいかも知れないが、仲間の安否確認くらいならやれる。危険そうだったらすぐに引き上げるし」
ナターシャがもっとも気にしているのは仲間のこと。その確認くらいならば今の自分でも出来る可能性は高いとアレンは考えていた。ただしナターシャの言っていた遺跡の現象がどのようなものかはまだ深く分かっていない為、最終的には現地判断となるが。
「それに、困っている教え子を助けられるくらいの力は、まだあると思いたいんだ」
拳をグッと握り締め、アレンは自分に言い聞かせるようにそう言う。
自分には強大な力はない。特別な才能も、選ばれるような素質もない。だがそれでも、自分が面倒を見て来た後輩くらいは助けられると信じたいのだ。
「うん、良いと思う。ナターシャさんも父さんがやってくれたら喜ぶよ」
アレンの意思を聞いてリーシャもそれに賛同する。
ナターシャとの交流で彼女がどれだけアレンのことを信頼しているかは分かった。ならばきっとこの村に来たのは、最初から調査のお願いをする為に来たのだ、とリーシャも察していたのだ。
「私も、賛成。でも無理はしないでよ? お父さんはもう冒険者じゃないんだから」
「ああ、分かってる。出来ないことはしないつもりさ」
ルナも賛同はするが両手を胸の前に合わせ、心配そうな表情を浮かべる。
仲間の安否を確認するだけと言っても噂の遺跡の中に入らなければならない。そこにどんな罠が仕掛けられているか分からない為、やはり不安は拭えないのだ。
「それで問題なのが……まぁいつものことなんだが、二人はどうする?」
二人の言葉を聞いて安堵したアレンは一度咳払いをし、次の本題を入る。するとリーシャとキョトンとした表情を浮かべ、ルナは少し恥ずかしそうに指をもじもじと動かした。
「え? もちろん付いて行きたい」
「私も。遺跡のことはちょっと気になる」
「はぁ……そう言うと思った」
当たり前のように自分の主張を言うリーシャと、遠慮はしているが結局のところ行きたいと言っているのと同じルナにアレンは小さく笑みを浮かべる。
「言っておくが今回はいつもの遠出とは違う。遺跡の調査なんて手練れの冒険者しかやらない仕事だし、遺跡に何があるか分からない。要するにダンジョンと同じだ。危険はいっぱいあるぞ」
アレンは今回の遠出がどれだけ危険かを二人に伝える。
アレン自身も遺跡の調査と言った規模の大きいことは数回しかやったことがない。そもそも遺跡など滅多に見つからない為、調査する機会が少ないのだ。その上毎回違う構造や罠が仕掛けられており、経験が役に立たないこともある。実際仲間の安否を確認出来る確率も決して高くはない。
それらのことをしっかりと伝えた上で、アレンは改めて二人の瞳をしっかりと見つめながら尋ねる。
「それでも、行きたいのか?」
アレンの言葉を聞いてもリーシャとルナが動揺することはなく、彼女達は瞳に強い光を灯しながら頷く。
「うん、行きたい。父さんとシェルさんの手伝いがしたいの」
「私も、外の世界のことも気になる。この目で見てみたい」
彼女達に迷いも恐れもなく、ただ純粋に答えてみせる。
以前のように単なる好奇心だけではなく、外の世界を知りたいというはっきりとした目的があった。特にリーシャの場合、その遺跡で確認しなければならないことがある。
「それに、私のところに妖精王の奴が来たの。それで……遺跡に絶対近づくなって」
彼女は少し言い辛そうな髪を弄りながらも正直に答える。妖精王が会いに来たことと、その時に忠告されたことを。
「妖精王? 前にあったピクシー事件の奴か」
「…………」
妖精王と聞いて当然ルナは複雑そうな表情を浮かべ、アレンも怪しむように目を細める。
彼らの立場的にそういった上位種の存在は敵であることが多い。特に妖精王の場合は色々と事件を起こした為、あまり良い印象がなかった。そんな妖精王が忠告して来たということにアレンは疑問を覚える。
「近づいちゃいけない理由は言ってたか?」
「ううん、教えてくれなかった……多分、私に見られたくないものがその遺跡にはあるんだと思う」
あの時妖精王は詳しいことは一切喋らず、遺跡が危険であることしか言わなかった。確かにそれだけでも近づいてはいけない理由にはなるが、他にもなにか隠しているとリーシャは感じたのだ。きっと勇者である自分が見つけてしまったら不味いようなもの。それが何かは分からないが、ひょっとしたら何か勇者の秘密が分かるかもしれない、とリーシャは思っていた。
「気になるな……勇者のリーシャに見られたくないもの」
「遺跡で起こる謎の現象もそれが関係しているのかもしれない。だからお願い、父さん。私を連れて行って。私も遺跡を調べてみたいの」
「……んんぅ」
リーシャは珍しく子供のように素直にお願いをして来た。それだけ純粋に遺跡のことが気になっているということだ。
今までアレンはリーシャの出自など知ろうとしなかったし、知る術もなかった。だから過去のことは調べようとしなかったが、リーシャは違う。彼女は今の生活に満足しているが、それでもまだ子供故に自分の秘密が気になってしまうのだ。今回はその手掛かりが見つかった。ならば必死になって調べようとするのは当然だろう。
(リーシャがここまでお願いするってことは、本気で知りたいんだろうな……それに俺だって、せっかく出て来た手掛かりだ。無駄にはしたくない)
アレンだって何故リーシャとルナが森に捨てられていたのかは気になっている。勇者と魔王が同じ場所に居たなんてあまりにも異常過ぎるし、特別な存在である二人が手放されるという状況もおかしい。何らかの理由があるのは明らかなのだ。もしも遺跡を調べることでその理由の断片でも知れるというのなら、調査する価値はあるだろう。
「分かった……じゃぁ二人も連れて行く。その代わり俺の言うことは絶対に聞くんだぞ? 危険と判断したらすぐ逃げるんだ」
「うん、分かってる! 任せてよ!」
「有難う、お父さん」
少し悩んだ後アレンは二人の同行を許可した。すると二人は安心したように頬を緩ませ、手を取り合って喜んだ。そんな微笑ましい彼女達の姿を見てアレンもつい笑みを零してしまう。
「構わなったか? シェル」
「ええ、大丈夫です。二人は私が必ず守って見せます。まぁ、あの子達の方が強いと思いますけど」
「ハハハ、守られるのは俺達の方になっちまうかもな」
アレンとシェルはそんな冗談を言い合う。だが実際実力はリーシャとルナはかなり高く、時には大魔術師であるシェルを凌ぐこともある。まだ子供である為ムラはあるが、逆を言えば戦闘中に突然能力が上がることもある為、ひょっとしたら頼りにする時があるかもしれない。
「んじゃナターシャとも話をしておくから、出発は明日かな。皆ちゃんと準備しておくんだぞ」
「はーい」
アレンは出発前までにしておくことを皆に伝えてから自分の部屋へと戻った。すると丁度立てかけてあった剣が目に入り、それを手に取る。そしてしっかりと構えを取ってから軽く縦に振るった。すると剣の重みに引っ張られ、僅かに重心がズレる。
「……遺跡の調査か」
姿勢を直してから剣の先を床に付け、柄の上に手を乗せながらアレンは遺跡のことをもう一度考える。
仲間割れが起こるという謎の現象。教え子の中でも優秀だったナターシャが失敗する程の危険性。今回の遺跡はかなり謎を秘めている。本当ならギルドなどが何らかの処置や情報公開をするまで個人が動かない方が良いだろう。アレンは少しだけ後悔するようにため息を吐いた。
「なんか嫌な予感がするんだよなぁ……」
ついついそんなことを呟いてしまい、アレンは天井を見上げて「あー」と声を漏らす。
言わなければいいのに、どうしても零れてしまう本音。それはやがて彼らの行く末を暗い雲で覆ってしまう程、大きな不安となっていく。
そして次の日、各々準備を終えたアレン達は門の前に立つ。以前渓谷の街に向かった時のように、村人達が見送っており、その中にはナターシャの姿もあった。
「それじゃ、行って来るよ。ナターシャ」
「はい。私のわがままを聞いてくれて有難うございます」
「感謝することじゃないさ。お前はゆっくり休んでいてくれ」
見送る際のナターシャの顔は昨日よりも少し元気がなく、アレンに自分のわがままを押し付けてしまったと気にしているようだった。そんな彼女を励ますように肩に手を置き、アレンは力強く笑ってみせる。
「仲間達は必ず俺が見つけて来る。心配するな」
「……はいっ、アレンさん」
アレンがそう言い切って見せるとナターシャも元気になり、瞳を揺らしながら笑みを浮かべる。それを見てアレンも安心し、肩から手を離す。
「良いなリーシャ達は。遺跡なんて見に行けるなんて」
「ホントズルいわよ。私はお願いしてもお母さまから許可を貰えなかったわ」
その横ではダイとシファがリーシャとルナを見送っており、二人が遠出出来ることを羨ましがっていた。やはり子供達にとって村の外はかなり魅力のある世界なのだろう。
「アハハ、ちゃんとお土産持ってくるから。楽しみにしててー」
「お土産って……私達が行くところは遺跡だよ? リーシャ」
「え、でもなんか置いてある物とか適当に持ち帰ればよくない?」
「うーん……それってよくないことなんじゃないかな?」
リーシャは聖剣を携え、いつもよりも身だしなみを整えた格好をしている。ルナの方も長距離用の服装になり、色々な道具が入った鞄をぶら下げている。どちらもやる気満々のようだ。
「よし……じゃ、行くぞ。三人とも」
「はい、先生」
「わっ、待って待って父さん!」
「リーシャ、慌てて走ったら転ぶよ」
村人達との別れも追え、アレン達はいよいよ門を超えて村の外へ向かう。村の方ではまだ皆が手を振っており、それを見てリーシャも負けないくらい手を大きく振った。そして村が見えなくなると、リーシャは相変わらず元気に先頭を歩き、そのすぐ後ろにルナが続いた。そこから一歩離れたところでアレンとシェルは子供達の姿を眺めながら道を歩く。
「じゃぁまずはどうしますか? 先生」
「うん。ナターシャから教えてもらった地図によると、途中に村があるらしい。そこで馬を借りて、遺跡の近くまで向かおう」
並んで歩きながらシェルとアレンは進路の相談をし、懐から地図を取り出して広げる。そしてある程度方針が決まると、彼らはその目的に向かって真っすぐ進み始めた。