143:リーシャの決意
「……何それ? まさか遺跡も貴方の仕業なの?」
リーシャは再び不機嫌そうな表情を浮かべながらそう問い詰める。
自分とは接点のない遺跡にわざわざ入るなと忠告することから、遺跡が突然現れたのも妖精王の仕業なのではないかと考えたのだ。
「違う! 僕は今回のことには関わっていない。誓って本当だよ。勇者ちゃんに嘘は吐かない」
「……だったら、何で警告なんてするの?」
妖精王の必死の否定を見てリーシャは疑問そうに目を細め、続けて質問する。
遺跡の出現に関わっていないなら何も問題はないはずである。少し妙な遺跡が現れて、冒険者達が困っている。ただそれだけのことのはずなのだ。リーシャ自身ですら、ナターシャが来るまでは珍しい遺跡が見つかった、程度の認識しかなかった。むしろ妖精王がここまで深刻な雰囲気を出す為、遺跡に興味が出て来たくらいだ。
「……それは、言えない」
「嘘は言わないんじゃなかった?」
「王は嘘を吐かないけど、隠し事はするさ」
肩を竦めながらそう言う妖精王を見て、リーシャは小さくため息を吐く。少しだけいつもの調子が戻って来た妖精王は相変わらず掴みどころがなく、ふざけているのかよく分からない態度に彼女は呆れるしかなかった。
「話にならない。理由も言わずに近づくな、だなんて。むしろ気にさせようとしてるんじゃない?」
あまりにも情報が少ない為、リーシャは髪を払いながら目つきを鋭くして妖精王のことを睨みつける。すると彼は申し訳なさそうに頭を描き、背中の羽を縮ませた。
「そう思われても仕方ない……でもあそこは本当に危険な場所なんだ。勇者ちゃんも冒険者の子から聞いただろう? あの遺跡は訪れた者の心を惑わす」
妖精王はリーシャを刺激しないよう、慎重に言葉を選びながら説明をする。
彼女が怒るのも無理はない。理由も言われずにただ行くなと命令されれば、誰だって不満に思うだろう。もちろん妖精王だってそのくらいのことは分かっている。だが彼にはその理由を明かせない程、複雑な事情があるのだ。故に出来るだけ情報を明かさないまま、リーシャから遺跡の関心を失わせる必要があった。あそこが危険な場所であり、彼女を守りたいという思いは本当なのだから。
「勇者である君なら正気を失いはしないだろうけど……普通の人間なら簡単に闇に堕ちる。あのナターシャちゃんって子は運が良かった。生き残ったのは奇跡だよ」
「…………」
リーシャもナターシャから遺跡の話は聞いていた為、その危険性は十分理解している。正気を失ってしまう遺跡など誰も好き好んで足を踏み入れようとはしないだろう。
「遺跡についてそこまで詳しい理由は?」
ふとリーシャは顔を上げ、妖精王のことを見つめながらそう質問した。それはただの純粋な疑問だったが、妖精王にとっては痛い問いかけであり、動揺するように視線を左右に動かした。だが深いため息を吐いた後、彼は諦めたように口を開いた。
「あの遺跡は、〈巨人族〉が造ったものなんだ。ある目的の為に……」
妖精王の言葉を聞いて、リーシャはピクリと反応を示す。
巨人族。かつて存在した古い種族。現在は少数しか確認されておらず、誰も見つけることが出来ない秘密の里で暮らしていると言う。
彼らは普通の種族よりも強大な力を持っており、その力を使って様々な物を生み出して来た。冒険者グランが所持している〈巨人の剣〉も、彼らが作ったものとされている。
「彼らが造るものには強大な力が宿る。その力を邪な者に利用されないよう、巨人族はあの遺跡にまじないを掛け、大地の底へと封印した」
妖精王はそう言ってどこか悲し気な表情を浮かべた。何故そんな顔をするのか分からないリーシャは疑問そうに首を傾げる。
「僕は〈巨人の王〉とも知り合いでね。その時のことを知ってるだけだよ。だから直接関わっているわけじゃない」
「……ふーん、そう。分かった。一応信じるよ」
「あれ……意外と簡単に信じてくれるんだね」
あれだけ自分を警戒していたリーシャが簡単に信じると言ったことに妖精王は驚く。
てっきり嫌われていると思ったし、妖精王は自分の態度がいい加減なことも十分理解していた。それなのに勇者の彼女は自分を信じると言ってくれた。その事実に少しだけ衝撃を受ける。
「わざわざこんなことの為に話をでっち上げるとは思えないし、それなら警告もしないと思うからね……今回はひとまず信じることにした」
信用ならない相手だが、それでもリーシャは今だけは彼の言葉を信じることにする。以前のようにふざけた態度も取っておらず、そもそも本当かどうかを確認する術を自分は持っていない為、ひとまず受け入れて話を先に進めることにしたのだ。
「じゃぁその遺跡が突然現れた理由は? 貴方なら知ってるんじゃないの?」
「…………」
リーシャは腕を組みながら次の質問を妖精王へと投げ掛ける。
妖精王が遺跡に詳しい理由は分かった。何らかの理由があってそこへ近づけさせたくないことも分かった。ならばそもそもの問題である遺跡が何故現代になって現れたのか? 次に疑問はそこだ。妖精王が関わっていないのならば、何かしら別の要因で現れたことになる。妖精王ならばその理由も知っているのでは、とリーシャは考えたのだ。そしてどうやらその予想は当たっていたようで、彼は気まずそうに頬を掻き、背中の羽を僅かに揺らした。
「それも、言えない」
「あっそう……何となくそう言うと思った」
妖精王の苦しそうな答えを聞いて、リーシャはぷいっと背中を向ける。そして頭の後ろで両手を組みながら小さくため息を吐いた。
秘密、隠し事。妖精王は有力な情報を一切明かさない。普通の人ならこんなのを相手していれば全く信用出来ないだろう。だがリーシャは何となく、今回だけは彼は本気で自分のことを心配してくれているような気がした。きっと詳細を教えないのも彼なりに考えてのことなのだろう。そう前向きに捉えることにした。
(理由は言えないのに私に警告して来たってことは、それだけあの遺跡が危険だから? でもそれだけじゃわざわざ警告しに来るのは不自然だし……)
頬に人差し指を当てながらリーシャは頭を回転させ、妖精王が秘密にしようとする理由を考える。
ひょっとしたら遺跡を出現させたのは精霊の女王なのではないかと最初は考えたが、彼女が悪さしないように注意しておくと妖精王は言った為、その可能性は低い。現に今まで何の動きも見せてこなかったのだから、今更精霊の女王が何かして来るとは思えない。ならば外部の存在が関わっている可能性が高いだろう。巨人族が造った遺跡を利用しようとする邪な者。そんな存在が裏で動き出しているのかもしれない。
そう風にリーシャが思考を続けていると、後ろでは妖精王が心配そうな表情を浮かべていた。
「とにかく、僕はあそこが危険な場所って伝えに来ただけなんだ。それだけは分かって欲しい」
妖精王の言葉を聞きながらリーシャはゆっくりと振り返り、彼の方に視線を向ける。妖精王の瞳は不安の色に塗りつぶされていた。普段の飄々とした態度もなく、まるで何かに恐れているようであった。
「……分かったよ。貴方が本心で警告してくれてるってことは理解した。だから一応信じることにする」
少し悩んだ後、リーシャはそう結論を出す。
妖精王は信用ならない相手だが、それでも今回は自分に嫌われていることを分かっていながらも警告しに来た。それだけ遺跡が危険であり、近づいて欲しくない大きな理由があったということだ。ならばその思いだけは信じよう。リーシャはそう考え、妖精王の気持ちを受け入れることにする。
「ありがとう……」
妖精王はリーシャが信じてくれたことに安堵したように羽を揺らす。だがリーシャは指を一本ピンと立て、言葉を続けた。
「でも、貴方の言うことを聞く訳じゃない。遺跡が危険な場所ってことは分かったけど、それで私が遺跡に近づかない、ってことにはならない」
今度はリーシャが忠告するように力強い言葉でそう宣言する。その黄金の瞳は美しく澄んでおり、何ものにも染まらない純粋な輝きを放っていた。
「私は私の考えで動く。今までも、これからも。私は誰の言いなりにもならない」
リーシャは誰かに指図されるのを嫌う。勇者だから世界を救わねばならない、勇者だから魔王と戦わねばならない、と勝手に決めつける世界が嫌いなのだ。だから遺跡に行くか行かないかを決めるのも自分である。そうリーシャは宣言してみせた。もっとも子供だけで行くことを父親のアレンは許してくれないだろうが。
「……君らしいね……分かってる。僕はあくまで警告しに来ただけだ……ただこのことは、胸の片隅に留めておいて欲しい」
リーシャの答えを聞いて妖精王は弱々しく笑みを零し、諦めたように肩の力を緩めた。
元々分かっていたことである。説明だけで納得してくれる程彼女は単純じゃない。普段は明るく活発な子を振舞っているが、心の奥底ではしっかりと物事を見極め、考えて行動している。だから今回の遺跡のことも、リーシャは自分の考えで動き、そして向かおうとするだろう。その変えられない事実に妖精王は寂しそうな瞳をした。
「それじゃ、僕はもう立ち去るよ。長居する訳にはいかないしね」
一瞬落ち込んだ表情を浮かべていたが、すぐにいつもの腹の読めない顔つきに戻ると妖精王は羽を動かす。そして彼がフワリと宙に浮くと、周りに大量の葉っぱが舞い始めた。
「くれぐれも気を付けて。勇者ちゃん」
妖精王は最後にそう言うと、突風のように葉っぱを舞い散らして姿を消した。それを静かに見上げていたリーシャは乱れた前髪を整え、短く息を吐き出した。
「…………」
冷たい風が顔に当たり、リーシャはふと空を見上げる。既に真っ暗になっている空には星々が輝いており、彼女の黄金の瞳はそれに照らされて美しく煌めいていた。するとリーシャは腰にある聖剣の柄に手を添え、そっと口を開く。
「……どう思う?」
ーーあ奴は昔から嘘と隠し事で真意を隠す……信用ならぬ相手だ。
リーシャが語り掛けると、聖剣の声が頭の中に響き渡る。相変わらず無機質で男か女かも分からない掠れた声だが、聖剣はリーシャを心配するような口調で助言をした。
ーーだが、〈巨人族の遺跡〉のことは事実のはずである。我も詳しくは知らぬが、巨人が造ったものはどれも強大な力を秘めている。恐らく、我らとは別の存在が裏で糸を引いているのだろう。
聖剣も巨人族が造った建築物を見たことがある。今回の遺跡がそれと同一かは分からないが、妖精王が言っている巨人族の遺跡というのは本当なのだろう。その確実な情報を取り入れ、リーシャは思考を続ける。
「だとしたら、そいつは何が目的なの? その遺跡に何か宝物でもあるとか?」
ーー分からぬ。我もその遺跡がどのような物なのかは知らない。だが邪な者が居ると言うならば、そ奴が巨人族の力を利用しようとしているのは確かだろう。
遺跡が偶然出現したのではなく、何者かの手によるものならば、その者は何か明確な目的があるはずである。ただでさえ強力な力を持つ巨人族の遺跡ならば、その遺跡にどんな仕掛けがあったとしてもおかしくない。わざわざ人を惑わし、仲間割れを起こさせるようなまじないが掛かっている程だ。そうまでして入らせたくない理由があるのだろう。それを邪な者が手に入れてしまえば、大変なことになる。
そこまで考えたところでリーシャは星空から目を逸らし、困ったように頭を掻いた。
「……なんか、また大変なことになりそう」
ーーうむ。心して掛かれ。其方は己の思いを貫くのだろう?
リーシャが僅かに不安な表情を見せると、聖剣は淡く輝いて励ましの言葉を掛ける。すると彼女は思い出したように目を見開き、同時に笑みを零した。
「うん、もちろん。そのつもりだよ」
これは自分が選んだ道だ。魔王であるルナと共に生き、アレンの家族として過ごすこと。勇者や魔王なんて称号は関係ない。自分はリーシャ・ホルダーとして生きる道を選んだのだ。例えその道の先にどんな障害があったとしても、この道を曲げるつもりはない。
リーシャは自分の思いを再確認し、力強く拳を握り締める。そして後ろを振り返ると、来た道を戻って家へと帰って行った。