141:冒険者との再会
アレンの家には懐かしい人物が来訪していた。一部をおさげにした真っ赤な長い髪をし、キリッと引き締まる目つきに赤い瞳に白い肌をした女性。整った容姿をしているが服装は戦士のように動きやすさを重視した簡素な布の服で、その上から胸当てを付けている。まさに冒険者らしい格好と言えるだろう。そんな彼女の名前はナターシャ。かつてアレンの教え子であった冒険者の彼女が、ボロボロの姿でやって来たのだ。
「アレンさ~ん、会いたかったですよ~」
「お、おう、俺も会えて嬉しいよ。ナターシャ」
額部分は包帯が巻かれ、右腕も固定されており、至る所に切り傷が残っている。そんな状態でナターシャはかつての師であるアレンに会えたことに感動し、泣きじゃくりながらテーブルに伏した。向かい側に座っているアレンはそんな彼女の様子を見て困ったように笑う。
「もうホントにあのマルクの奴は許せない。師匠のアレンさんを退職に追い込むなんて……今度会ったら絶対私がメッタメタにしてやりますよ!」
「いや、俺は気にしていないから良いって。というかその怪我じゃまず無理だろ」
傷ついていない左腕でテーブルを叩き、ナターシャはアレンが冒険者を辞めるように仕組んだ犯人に怒りを燃やす。こんな包帯だらけでボロボロの状態でもなお強気な姿勢なのは相変わらずだ、とアレンは懐かしそうに頬を緩めた。
「どうぞ。ナターシャさん」
すると台所からシェルが淹れたばかりのお茶を持ってやって来る。ナターシャの前とアレンの前に一つずつカップを置き、アレンの隣の席にも置くと自分はそこに座った。
「ありがとう。シェルリアも久しぶりだね。元気そうで良かった」
「はい、おかげさまで。ナターシャさんも……げ、元気そうで」
「アハハ、一応冒険者だからね~」
ボロボロの姿を見てシェルは気まずそうな表情を浮かべる。だがナターシャは気にした様子を見せず、包帯だらけの方の腕を振ってみせた。見た目程酷い傷ではないのか、それとも心配させないようにやせ我慢をしているだけなのか。とりあえず命に関わる負傷というわけではないようである。
「それにしてもよくここを見つけられたな。シェルに手紙で教えられたと言っても、山の中は入り組んでいただろ?」
ふとアレンは気になっていたことをナターシャに尋ねる。
シェルとナターシャが手紙のやり取りをしていることは聞いていた。その際に居場所を教えたことも知っている。だがそれでもこの山の中にある村は文章で伝えるにはいささか難しい場所にあるはずである。森の中には魔物も潜んでいる為、負傷中のナターシャが辿り着くのは困難だったはずだと思ったのだ。
「ああ、いえ、前に一度ここの山には調査で来たことがあるんで。大変ではありませんでしたよ」
ナターシャは左手でお茶を飲みながらそう答える。
何でもこの辺りを探索する機会があったらしく、その時にある程度の山の地形は把握していたらしい。その為シェルからの情報だけで村まで辿り着くことが出来たそうだ。
「そう言えばその時、金髪の女の子に助けられたんですよ。名前は確か……リーシャだったかな?」
ナターシャは頬に指を当てながら思い出すようにそう言う。それを聞いてアレンは少し驚いたように口をぽかんと開けた。
「アレンさんと似た剣術を使ってたんですけど……この村の子だったりします?」
「ああ。ていうかウチの娘だよ」
「へ~、アレンさんのお子さんですか……」
アレンの答えを聞きながら顔を頷かせ、ナターシャはもう一口お茶を飲もうとカップを口に近づける。だがその動きはピタリと止まり、カップの中のお茶が波立った。
「えっ?」
顔を上げて信じられなさそうに目を見開き、ナターシャはもう一度先程アレンが言った言葉を思い出す。そしてその意味を理解し、彼女は声にならない掠れた悲鳴を上げた。
「アレンさんっ、いつの間にシェルリアとくっ付いてたんですか!? しかももう子供まで……!?」
「い、いや、違います……! 私と先生は結婚してません!」
子供と聞いてナターシャはアレンとシェルが結婚し、その子供がリーシャなのだと勘違いする。するとシェルは顔を真っ赤にし、テーブルを叩いて立ち上がりながら否定した。
「冒険者を辞めた時に拾った子なんだ。村の連中には秘密だから、内緒でな」
「えー……は~……なるほど、そうだったんですか」
アレンの説明を聞いてナターシャは納得したように頷き、感慨深そうに息を吐く。シェルも深呼吸をして落ち着いてから席に座り直し、お茶を一口飲んだ。
「もう一人ルナって子も居るんだ。その子は魔法の才能があって、シェルにも色々教わってるんだよ」
「今は殆ど教えることない程成長してますけどね」
「へー、まさかアレンさんにそんな優秀な子が居るとは……」
大魔術師が認める程ということは相当な才能を持つ子供ということである。血は繋がっていないといえ、アレンにそんな子供達が居ることにナターシャは不思議な感覚を覚えた。
それからアレンがお茶を飲み終えると、シェルがポッドを手に取ってお代わりを淹れる。その慣れた手つきを見てナターシャは妻のようだ、とシェルをからかった。すると彼女は再び顔を赤くし、普段見せないような鋭い目つきでナターシャのことを睨みつけた。
「それで、そろそろ本題に入るが……その怪我はどうしたんだ? ナターシャ」
しばらく雑談を交わした後、アレンは一呼吸置いてからそう切り出した。その言葉は単なる質問のはずなのに、ナターシャは剣でも突き付けられたかのように頬を引き攣らせ、気まずそうに弱々しい笑みを零した。
「あははー、えっとぉ……その、ちょっと依頼で失敗しちゃって」
ナターシャの言葉を聞きながらアレンは両腕を組み、もう一度彼女の怪我の様子を確認する。
命に関わる程の致命傷ではないようだが、頭部を負傷し、利き腕である右腕も包帯で固定している。どちらも冒険者としては守らなければならない部分だ。熟練の冒険者であるナターシャがそこを負傷したということは、それなりの強敵か、何らかの事情があったということなのだろう。その部分がアレンは気になっていた。
ナターシャは無事な方の手で頬を掻き、困ったように視線を動かす。すると一度大きく深呼吸してから口を開いた。
「実はある遺跡が発見されて、そこの調査を任されたんです……パーティで」
ある遺跡、というのは先日シェルが言っていた遺跡のことだろうとアレンは予測する。それを確認するようにシェルに視線を向ける、彼女もコクリと頷いた。
「でもそこで問題が起きて……仲間が一人消えてしまいました。そしたら急に皆が疑心暗鬼になって。それで、仲間割れが……」
言葉を続けながらナターシャは拳を強く握り締める。すると一度言葉を止め、何かを躊躇うように視線を泳がせた。その動作を見てアレンは相当な出来事があったのだと悟る。
「妙な現象だな……それは何かの罠か、呪いか?」
「かもしれません……でも、よく分からなかった」
ナターシャは怯えるように胸元の前に手を置き、あの時の出来事を思い出す。自分が自分ではなくなってしまうような感覚、疑惑と怒りで頭が埋め尽くされ、仲間を敵と思ってしまう錯覚。あれは間違いなく普通ではなかった。
「自分の感情に手を突っ込まれて、かき混ぜられるような……とにかく恐ろしいものでした」
あの時一歩間違えていれば自分も正気を失っていたのかもしれない。そしたら全員で殺し合いになり、最悪の事態に陥っていただろう。それを想像するとナターシャは恐怖で傷が痛む感覚を覚えた。自然と負傷している方の手を抑え、気持ちを落ち着かせる。
「幸い私は何とか切り抜けて遺跡から脱出出来たんですけど、仲間達は全滅で……もう一度調査したくても私はこの通りなんで、続行は不可能となっちゃいました」
両手を上げて軽く笑いながらナターシャは明るく振舞う。だがアレンは彼女が本当は悔しがっているのだと気付いていた。熟練の冒険者としての誇り、そして仲間達を傷つけてしまった後悔から、現象の原因を突き止められないことに憤慨しているのだ。
「遺跡には様々な呪いが仕掛けられていることがあります。もしかしたらまだ発見されていない呪いがあったのかも……」
「その可能性は十分にあるな。それで、ギルドはその調査をどうするつもりなんだ?」
依頼が失敗した場合、目標の重要性にもよるが受けたパーティがもう一度受ける場合と、他のパーティが代わりに受ける場合がある。今回のように突然現れた遺跡だというのなら、ギルドは真っ先にその正体を突き止めようとするはずである。なばら別の冒険者達を調査に向かわせるはず、とアレンは考えた。するとナターシャは肩を竦ませながら答える。
「それが、騎士団や魔術師協会も出て来て面倒くさいことになってて……遺跡の調査は自分達がするー、だとか。重要な歴史建築物を穢すなーだとか」
「ああ……そういうのはいつになっても変わらないのな」
ナターシャの言葉を聞いて納得いったようにアレンは頷き、小さくため息を吐いて天井を見上げる。
この国には様々な組織がある。王国に仕える由緒正しき騎士団。独自に思想と規律を持つ魔術師協会。様々な猛者が集まる冒険者ギルド。いずれも大きな組織であり、一般人にとっては頼りになる存在である。だが複数の組織の目的が一致することはなく、それ故に衝突が起こることもある。
今回もまた新しく発見された遺跡の対処にそれぞれの意見を言い合い、次の調査班を送れない状態になっているようだ。
「という訳で、現在は遺跡の調査は実質延期状態です。私も怪我で依頼も受けられないので、せっかくだからアレンさんに会いに来ちゃいました」
ヒラヒラと手を振りながらナターシャは笑みを浮かべる。
依頼も失敗し、負傷で時間が出来たのだから、有効活用する為にアレンの所へ来たということのようだ。
「あ、そうだ。後で村長さんにも聞きますが、アレンさんさえ良ければ少しの間この村に滞在しても良いですか? この村、結構気に入っちゃって」
「ああ、俺は全然構わないよ。村長に話す時も付き合うさ」
「有難うございます」
アレンもせっかくかつての後輩冒険者が来てくれた為、色々話したいことがあった。懐かしい連中が何をしているか、王都はどんな風になっているか、聞きたいこともたくさんだ。
するとナターシャはお礼を言った後、シェルの方に試すような視線を送った。
「シェルリアも構わない? それとも邪魔しちゃうかな?」
「そ、そんなことありません! どうぞゆっくりしていってください!」
「あはは、有難う」
普段は落ち着きのあるシェルが声を荒げて言い返し、ナターシャはそれを見て面白がった。その様子を眺めていたアレンは何となく気まずい気分になり、逃げるように視線を横にずらした。
すると家の外から足音が聞こえて来る。話し声からしてリーシャとルナが帰って来たようだ。アレンは自然と椅子から立ち上がり、笑みを浮かべた。
「どうやら丁度ウチの娘達も帰って来たみたいだ。ナターシャ、改めて紹介するよ」
アレンがそう言うと同時に扉が開く音が響き、「ただいまー」と元気な声が聞こえて来る。そしてパタパタと廊下を歩く音が鳴り、やがて壁からリーシャとルナがひょっこりと顔を出して来た。
「自慢の娘のリーシャとルナだ。二人共、こっち来てお客さんに挨拶しな」
アレンに言われて警戒していた二人はゆっくりとリビングへと足を踏み入れる。するとリーシャはナターシャの顔を見て目を見開き、驚いたように声を上げた。