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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
5章:吸血鬼と少年
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特別短編:ダイジェスト 子供編



 天気の良い日、庭ではリーシャとルナが試合を行っていた。その戦いぶりは凄まじく、普段子供達がする戦いごっことは違う、勇者と魔王の本気の試合であった。

 これは渓谷の街から戻って来て以来日課になっており、二人は更なる強敵とも渡り合えるよう、互いに実力を高め合っているのである。もう二度と大切な人を傷つけられないよう、彼女達は覚悟を決めているのだ。


「やるね! ルナ!」

「もちろんっ……リーシャには負けられないから!」


 リーシャとルナはそう言葉を交わしながら一度距離を取り合う。そしてリーシャは純白の聖剣を握り締め、隼の如き速さで庭を駆け回る。それをルナは影を操って追いかけ、漆黒の槍を放つ。


「せいっ!」

「わわっと!」


 後方からの攻撃にもリーシャは素早く反応し、その場で宙返りをして影の槍を回避する。更に何本もの影の槍が向かって来るが、リーシャは怯むことなく聖剣でそれを打ち落とした。


「前はクロが乱入したせいで負けちゃったけど、今回はそうはいかないよ!」


 リーシャはルナに向かって走り出し、聖剣を低く持ち変える。それを見てルナは仕掛けられる前に潰そうと地面を足で蹴った。するとそこから氷の荊が現れ、リーシャは囲って覆いつくそうする。だが一瞬の黄金の閃光と共に氷はバラバラに砕け散ってしまった。見るとリーシャが聖剣を振り抜いており、純白の刃が神々しく輝いていた。


「くっ……私だって、そう簡単に負けないんだから!」


 僅かに怯みながらもルナは前に一歩出て両手を地面に付ける。すると周りから巨大な影が溢れ出し、それが触手のように形を成してリーシャへと襲い掛かった。


「ふふーん! だったら、思いっきりやっちゃうからね!」


 その勢いを見てリーシャは嬉しそうに笑みを浮かべる。こんな状況でも笑えるのは、余裕があるからなのか、それともルナが本気で戦ってくれていることが嬉しいのか。いずれにせよルナにとって姉のその笑顔は脅威に映った。


「〈王殺しの剣〉――――!!」


 リーシャが剣を前に突き出すと同時に刃が輝き始める。すると彼女に向かって行っていた影が刃に吸収されていった。そして純白の剣が暗黒の剣へと形を変える。


「なっ……ずるい! 私の力を利用するなんて!」

「へへーん。だってそういう力なんだもーん」


 ルナは憎たらしそうに眉をひそめ、すぐに次の魔法の準備を始める。その間にリーシャも距離を詰め、影の刃を振るった。ルナは氷の盾を出現させてそれを防ぐが、盾は一瞬で粉々に散ってしまう。


「ぐぅ……!!」


 怯みながらもルナは詠唱を行い、今度は影の塊で巨大な盾を形成する。だがリーシャの勢いは止まらず、その影を斬り裂き、更に刃へと吸収してみせた。その光景を見てルナは思わず唇を噛む。


(勇者と魔王の宿命か……私にとってリーシャは相性最悪みたいねっ)


 リーシャの勇者としての力は他の力を我が物とするもの。他の力が大きければ大きい程彼女は巨大な実力を発揮することが出来る。

 一方でルナの力は無尽蔵の魔力と、それを他者に与える支配の力。一時はアラクネの配下であった蜘蛛達を支配出来た程、その力は強大である。

だがそれはルナの力が大きな程、リーシャもその力を存分に利用出来るということである。ルナがこの壁を突破するには、リーシャに利用されない程強大な力を持つしかないだろう。


「でもだからと言って、諦めるつもりはない!」


 ルナはそう叫んで腕に力を込める。すると包帯越しに魔王の紋章が輝き、魔力が溢れ出した。そのままルナは地面に手を付け、周りに巨大な影を広げる。

 支配の力でリーシャごと飲み込もうと考えたのだ。どれだけ力を利用されようと、リーシャ自体を支配してしまえば、そんなことは関係ない。だがそれを見ても、リーシャは未だに笑みを浮かべていた。


「あはは! 良いね! じゃぁ私も、必殺技打っちゃおっと」


 辺りの草木を飲み込み、支配していく光景を見てもリーシャは恐れない。むしろ楽しんでいる素振りがあった。

 すると彼女は短く息を吐き出し、聖剣を構える。そしてそっと口を開いた。


「〈王殺し〉」


ーー承知。


 勇者が言葉を掛けると同時に聖剣を覆っていた影が刃に吸収され、本来の純白の輝きを取り戻す。否、むしろその輝きは今まで以上に眩しく、神々しいものへと変化していた。

 その剣をリーシャは力強く握り締め、身体を捻って大きく振りかぶる。そして向かって来る影に対して一閃を放つと、波のように広がっていた影が横真っ二つに別れた。


「なっ……ぁ!?」


 ルナは自身の特大の力を一瞬で消されたことに言葉を失う。

 支配の影はルナの魔力の塊だ。つまりルナの強大な魔力がそのまま形を経て周りを浸食しているのである。影という性質からある程度制限もあるが、それでも簡単には打ち払うことの出来ない力だ。それこそアラクネの呪いのように。その力が一瞬で切り裂かれてしまったことは、多少なりともルナにショックを与えた。

 更にルナの首筋に刃が添えられる。見るといつの間にか目の前にリーシャが立っており、聖剣をルナに突き付けていた。


「はい、私の勝っちー!」

「あっ……うぅ」


 リーシャは自分の勝利を宣言してひょいっと聖剣を引き戻し、嬉しそうに拳を握り締める。ルナもここまで追いつめられてしまったのだから反論することも出来ず、気が抜けたように肩を落とした。


「びっくりしたぁ……あの技はなに? 今までの黄金の斬撃とは違ったみたいだけど」

「うん。新しい技! 父さんから手数は多い方が良いって言われたから、色々勉強したんだ!」


 リーシャは自慢するように剣を振る。その刃は既に輝きを失い、いつもの純白に戻っていた。


「と言っても元々聖剣が知ってる技を教えてもらっただけなんだけどね。奥義だとかで、吸収した力を全部刃に宿す技なんだって」

「うわぁ……なんかえげつない奥義だね」


 他の力を吸収する勇者の力。今までリーシャはその力の一つを聖剣から放つだけだったが、今回の奥義である〈王殺し〉は違う。リーシャが吸収した精霊の女王の力、妖精王の力、ルナの魔王の力、それら全てを刃に宿し、絶対の一撃を放つ奥義なのだ。


「たった一振り、されど一振り。〈王殺し〉は刃に死を纏わせ、あらゆるものを斬り裂く。それが聖剣の奥義」


 リーシャは聖剣を軽く振るい、刃をそっと指でなぞる。水で濡れたようにその剣身は美しく、彼女の顔が映っていた。

 それから二人は休憩を取り、丸太の椅子に座って水分補給をする。その途中でずっと様子を見ていただけのクロが合流し、ルナの傍で甘えるように尻尾を振っていた。そんなクロにルナは優しく頭を撫でて上げる。


「それにしても、リーシャは随分と強くなったね。お父さんにも勝ち越すようになっちゃったし」

「ふふーん、まぁねー。少しは成長したんだもん」


 ルナの言葉に対してリーシャは嬉しそうに脚をブラブラと動かしながら答える。その仕草は先程までとてつもない実力を見せていた人物とは思えない程子供らしかった。


「ルナこそ大分力をコントロール出来るようになったじゃん」

「うん、少しずつね」


 ルナは自分の手を見つめ、小さく頷く。解けかけている包帯の隙間からは、まだ僅かに輝きを残している魔王の紋章が見えた。ルナは指でその紋章を触り、どこか懐かしむような表情を浮かべる。


「びっくりだよね。私とリーシャがこんな風に稽古し合ってるなんて……本当は魔王と勇者なのに」

「あはは、そうだね。普通なら考えられないね」


 本来は宿敵同士であるはずの勇者と魔王。その関係は戦い合うことが決定づけられている。だがリーシャとルナは家族として平和に生活している。端から考えればおかしな関係と思われるだろう。それを想像してリーシャとルナは思わず笑い合った。


「私達って父さんに拾われてからどれくらい経つのかな?」

「うーん、多分十年くらい?」

「それくらいかぁ」


 ふとリーシャは自分達の原点を振り返る。覚えているわけではないが、赤ん坊だった彼女達がアレンに拾われた時から、この奇妙な家族の物語は始まったのだ。


 物心ついた時からリーシャとルナは家族として生活していた。互いに大切な姉妹と認識し、大好きな父親のアレンの元で平穏な日々を送っていた。

 だが違和感がないわけではなかった。二人共聡い子であった為、自分達の力が普通ではないことに薄々と気が付いていた。そしてすぐに真実に辿り着き、勇者と魔王という関係であることを知った。


 特にルナは自分が異端な魔族であることにショックを受けた。周りにとっては恐れるべき魔王であり、決して相容れる関係ではないと絶望したのだ。拒絶されることを恐れ、他者との関わりを避けるようになるくらいであった。だがリーシャは、そんなルナを見捨てることはしなかった。彼女のことを大切な妹とし、裏切らないことを誓ったのだ。


「あの時のルナは暗かったよねー。皆と遊ぶことすら怖がってたし」

「だって……しょうがないじゃん。まだ自分の力が制御出来てない時だったんだから」


 当時のことを思い出し、リーシャは懐かしそうに笑う。一方で昔の自分の行動を恥ずかしがり、気まずそうに髪を弄った。


「あと勇者教団が来た時は焦ったよね。まさかルナまで攫われちゃうんだもん」

「そうだね。向こうは私の正体に気付いていなかったから良かったけど、危なかったよね」


 狂信的に勇者を信仰する集団、勇者教団。二人はこの教団に攫われるということがあった。この時教団は精霊の女王のお告げからリーシャが勇者であることを知り、彼女を攫おうとルナを人質に取ったのだ。幸いこの時教団はルナが魔王であることに気付いていなかった為、面倒なことにはならなかった。


「今思い出してもあの精霊の女王はムカつくなー。ホント勝手な大人だよ」

「まぁ、反省はしているみたいだし、最近は姿も見せないから大丈夫なんじゃない?」

「だと良いけどー」


 精霊を司る長、精霊の女王。教団を裏から操り、事件を起こした張本人。

 その後リーシャとルナは無事アレンによって救出されたが、この事件のせいでリーシャは酷いトラウマを抱いてしまった。自分という強大な存在のせいで、家族に危険が及ぶ恐怖を忘れられなくなってしまったのだ。以来、彼女は精霊の女王を毛嫌いしており、顔も見たくないと思う程であった。


「後はよそ者の魔物が来る、なんてこともあったね」

「確かベヒーモス、だったかな? 強敵だったよね」


 勇者教団の事件の後も、リーシャとルナの元に災難が降り注いだ。人間の大陸には存在しないはずの凶悪な魔物、ベヒーモスが村の近くに現れたのだ。

 ひょんなことから二人はそのベヒーモスと戦うことになり、まだ幼かった彼女達は力を合わせることで何とかベヒーモスを討伐したのである。


「あの時初めて実戦で協力したんだよねー。懐かしいなぁ」

「リーシャはいつも何でも一か八かでやるから、心臓に悪いよ」


 勇者と魔王が力を合わせる。本来ならそんなこと、絶対に考えられないことだろう。だがリーシャとルナはそれを実現させてみせたのだ。


「私は出来るって信じてたもん。だってルナは私の妹なんだから」

「……もぅ、そういう言葉には騙されないよ」

「えー、本音なのにー」


 ルナはぷいっと顔を背け、不満そうに頬を膨らませる。

 リーシャはいつも明るい発言で物事を前向きに捉えるが、それで危険な行為も誤魔化されてはたまったものではない。ルナはそれに惑わされないよう、わざとリーシャの瞳を見ないようにした。だが実際は信じていると言われて嬉しく、彼女の頬は僅かに緩んでいた。


「その後だっけ、シェルさんと会ったのは?」

「うん、ベヒーモスの調査をする為にやって来たんだよね」


 ベヒーモスを倒した後は白の大魔術師であるシェルがやって来た。彼女はアレンの教え子であり、冒険者時代の後輩であった。そのせいでリーシャとルナは最初シェルのことを警戒していた。


「あの時はシェルさんに私の正体を見破られたから、心臓が止まりそうになった」

「あはは、確かに最初はびっくりしたね。信用出来るか分からなかったから」


 結局のところシェルは信用出来る女性だと分かり、今では二人にとって母親のような、姉のような頼れる存在になっている。


「世の中分からないことばっかり……私達みたいな子供二人が、勇者と魔王だなんて」


 ふとリーシャは青い空を見上げながらそう言葉を零す。

 自分達の奇妙過ぎる関係を不思議がり、雲のように掴みどころのない疑問だと弱々しく笑みを浮かべた。


「でも、それでも、私は父さんに拾ってもらえて凄く嬉しいよ」

「うん……私も、お父さんの娘で居られて幸せ」

「じゃぁ私達の目的は昔と変わらないね。大好きな父さんと一緒に、平和に暮らす」

「そうだね。それが私達の、一番の目的」


 二人はどんな困難があろうと家族で一緒に居ようと誓いを立てた。その思いは数々の事件を経験した今でも変わりない。ならばきっと、それは本当に成し遂げたい約束ということなのだ。リーシャとルナは顔を見合わせ、ニコリと笑う。


「ちゃんと一緒に乗り越えようね。ルナ」

「分かってるよ。お姉ちゃん」


 リーシャはルナの肩をぽんと叩き、ルナも力強く頷いてみせた。すると置いてけぼりにされていることを気にしたのか、クロがワンと吠えた。それを見てルナはしょうがなさそうにクロの頭を撫でてやった。

 それから二人は一度家に戻ることにし、丸太の椅子から立ち上がって歩き出す。


「そう言えばシェルさんからの話聞いた? 遺跡が発見されたっていう」

「ああ、それね。聞いた聞いた。ちょっと気になるよねー」

「見てみたいよね。どんな遺跡なんだろう……」


 歩いている途中で二人はシェルから聞いた遺跡の話をする。どちらもただでさえ外の世界の知識が少ない為、遺跡なんてものはかなり魅力的であった。特にルナの場合はそこに眠っている秘宝などを想像し、目を輝かせている。子供達は夢を語り合いながら、家へと戻った。


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