特別短編:さすらいの剣使い 前編
カウントダウン企画一話目! 今回は2巻発売記念の特別短編です!
アレンとシェルのちょっとした過去が明かされます。
それはまだアレンが冒険者だった頃、新米冒険の面倒を見ていた時代。その時のアレンは多くの冒険者に慕われており、若い者達からは優れた先生として尊敬されていた。様々な知識を持ち、多くの技術を持つ彼は新米達にとってとても頼りになる存在だったのだ。正にあの頃の彼は〈万能の冒険者〉であった。
王都の冒険者ギルドは毎日がお祭りのように賑やかだ。テーブル席では冒険者達がお酒を酌み交わし、各々の武勇伝を熱く語り合う。掲示板の前では良い依頼がないかと冒険者達が集まり、時には喧嘩が起こるとその騒動で盛り上がった。良くも悪くも騒がしい場所である。
そんな場所にアレンもすっかり馴染み、熟練の冒険者として貫禄を出していた。カウンター席に座り、茜色の液体が入ったグラスを手にしている。それを傾け、チビチビと口にしながらギルドの様子を楽しんでいた。
「あ、先生。ここに居たんですか」
そんなアレンの元に一人の少女が現れる。白いローブに真っ白な髪をした大人しそうな少女。アレンの教え子の一人であるシェルだ。彼女は杖を両手で持ちながらアレンを見つけたことに嬉しそうな表情を浮かべる。
「おぅシェル。お前も昼から依頼を受けに来たのか」
「はい。一人暮らしだと色々お金が掛かるので……出来れば先生と一緒に依頼を受けたいんですが……」
「はは、構わないよ。俺も丁度何か受けようと思っていたんだ」
シェルからの申し出をアレンは快く受け入れる。
元より今のアレンとシェルはパーティを組んでいる間柄なのだ。シェルが何か依頼を受けたいと言うのならば、自分は彼女の仲間として行動を共にする義務がある。アレンはそう考えていた。すると、そんな二人の元に不機嫌な顔つきの少年が現れる。
「おいシェル。何一人だけホルダー先生を独占してるんだ? 先生は僕ら新米冒険者全員の教官なんだぞ?」
「……!」
妙にサラサラとした紺色の髪を目元まで伸ばし、人を小馬鹿にするような目つきをした少年。むっと曲がった口に冒険者にしては随分と上等な服装をしており、いかにもお坊ちゃんな雰囲気を醸し出していた。
「ッ……マルク」
そんな少年マルクの姿を見てシェルは明らかに不愉快そうな顔をし、杖をギュッと握り締めた。警戒するように一歩下がり、アレンの方に近寄る。
「おいおいマルク、別にシェルは独占なんかしてないだろ。不満ならお前も一緒に来ればいいじゃないか」
「フン……もちろんそうさせてもらう。僕は早いとこ一人前の冒険者になりたいんでね」
二人の間に入り、アレンはマルクにそう提案する。マルクもそれを了承し、偉そうに両腕を組みながら鼻を鳴らした。そしてスタスタとその場から移動してしまう。その後ろ姿をシェルは忌々しそうに見つめていた。
「……私、彼苦手です」
「はは、まぁまぁ。自信家なのは美点でもあるさ」
マルクの上から目線な態度が気に入らないシェルは不機嫌そうにため息を吐く。それを見てアレンは彼女の肩を叩きながらマルクのことをフォローした。
マルクは権力者の家の子供で、少し前に冒険者になった新米冒険者である。だがいかんせんプライドが高い性格をしており、上下関係がしっかりしているギルドには馴染めずにいた。それでもアレンは先輩冒険者としてマルクの面倒も見ているのだが、当のマルクは同期であるシェルとも喧嘩してしまう程である。中々上手く進まない事態にアレンは頭を悩ませていた。
「それでシェル、どんな依頼を受けるつもりなんだい?」
話題を変える為にアレンは依頼のことをシェルに尋ねる。すると彼女は思い出したように顔を上げ、カウンターの上に一枚の依頼書を置いた。
「はい、実は遠方の山で魔物が出没したらしいです。その調査の報酬が良くて……」
「へぇ、なるほど」
シェルの説明を聞きながらアレンは依頼書を手に取って内容を確認する。
彼女の言う通り魔物の調査の依頼らしい。遠方の村からの依頼で、近くの山から聞こえて来る魔物の咆哮の正体を調べて欲しいそうだ。討伐依頼ではない為、シェルやマルクのような新米冒険者でも危険は少ないだろう。
「うん、確かに気前の良い報酬だな。調査だけだし、俺ら三人でも大丈夫だろう」
アレンは自分達でもこなせる依頼だと判断し、力強く頷いた。そして手に持っていた依頼書をシェルに返す。シェルもその返事を聞いて嬉しそうに笑みを浮かべる。
「良かったです。じゃぁ手続きしてきちゃいますね!」
「おう、頼んだ」
アレンからも了承を得られて安心したのか、シェルは上機嫌に受付の方へと向かって行く。その姿を見送ってアレンもカウンターの方に戻り、グラスに入った茜色の液体を再び口にした。
ふと視線を横に向ければギルドの端でマルクが武器の手入れをしており、戦いの準備を整えていた。プライドが高い性格をしているが、それだけ自分に対して厳しいということなのだろう。それがもう少しだけ良い方向に行ってくれれば、と思いながらアレンは視線を戻す。
「アレンさん、こんにちは」
「ん?」
隣のカウンター席に若い赤髪の女性が現れる。剣士の格好をしたキリッとした瞳が特徴的な女性。
「おう、ナターシャか。戻ってたのか。この前の依頼は終わったのか?」
「ええ、アレンさんのアドバイスのおかげで。助かりました」
ナターシャは髪を掻き上げながら近づいてそうお礼を言う。
つい先日まで彼女はパーティと共に困難な依頼を受けていた。無事に戻って来たところを見ると、どうやら目標を達成することは出来たようだ。
「別に俺は大した助言してねぇよ。知ってる情報を教えただけだ」
ナターシャ達が依頼に挑む際、アレンは討伐目標である魔物の情報を伝えていた。偶々アレンが知っている魔物だった為、戦闘に役立てばと思って教えていたのだ。
「そういうのが助かるんですよ。というかよく魔物の習性なんて知ってましたね。流石〈万能の冒険者〉です」
「ん、まぁ色々な魔物と戦って来たからな。年寄りは経験だけが武器なんだよ」
ナターシャはうんうんと頷き、尊敬の眼差しを向けて来る。アレンはそれを気恥ずかしそうに受けながら頬を掻いた。
それから彼女は料理を注文し、運ばれて来た大きめのサンドイッチとふかした芋を頬張った。見た目の割に意外と大食いである。
「ところでアレンさん、最近の噂知ってます?」
「ん、噂?」
サンドイッチを半分に千切り、大きい方を口にしながらナターシャがそう尋ねて来る。噂と言われても王都には様々な噂がある為、アレンはすぐにはピンと来ず、首を傾げた。
「はい。何でも地方でとんでもなく強い剣使いが現れたらしいんです」
クルリとアレンの方に顔を向け、もぐもぐと口を動かしながらナターシャが説明を続ける。
「とんでもなく強い剣使い? 色々怪しいが、何で剣士じゃないんだ?」
「さぁ、私も直に見たことはないんで詳しくは知りませんが、剣士って風貌をしていないらしいですよ」
アレンも少しだけ興味を持ち、その噂の人物について尋ねる。剣という言葉を聞いてつい昔の友人のことを思い出してしまったのだ。
そんなアレンの心境などしるわけもなく、ナターシャは意味ありげに手を動かしながら噂の話を続ける。
「聞いた話じゃボロボロの男だとか、細身の老人だとか、幼い女の子だとか……とにかく戦う人の見た目をしていないそうです。唯一持ってる武器は剣。だから剣使い」
「おいおい、そんなにあやふやな噂なのか? 冒険者の暇つぶしでこしらえた作り話じゃないだろうな」
ナターシャから明かされた容姿の情報を聞き、急にアレンは表情を曇らせる。
冒険者の間には色々な噂が広まるものだが、その大半は話が飛躍し過ぎたものだったり、ただの作り話だったりする。故にこの噂もアレンは暇を持て余している冒険者が遊びで広めたものなのではないかと思い始めた。
「それが結構妙なんですよ。目撃した冒険者の情報によると、魔物に襲われてるところを突然現れて助けてくれたらしいんです」
食べていたサンドイッチをゴクンと飲み込み、ナターシャは説明を強調するように一本指を立てた。
「でも何も言わずに立ち去って、名も素性も明かさないんですって。助けられた冒険者達によって容姿の情報もちぐはぐで、だからこんなあやふやになってるんだと思います」
「随分といい加減な噂だな。本当にあった話なのか?」
容姿の情報が曖昧なのはそもそも剣使いが素性を隠しているかららしい。故に冒険者達は自分がなんとなく抱いた印象で説明したのだろう。それならばその剣使いが姿を現したところで判別がつかないな、とアレンは少し残念そうに肩を落とした。
「でも一つだけはっきりしてることがありますよ」
するとそんなアレンにナターシャは手に持っていたサンドイッチを突き付ける。思わずアレンは顔を上げ、降参するように顔の前に手を上げた。
「その剣使いは黄金のように美しいそうです。だから〈黄金の剣使い〉って皆は呼んでます」
「……なんだそりゃ」
もったいぶってナターシャの口から出て来た言葉は、何とも要領の得ないものであった。
その剣使いの容姿がまるで黄金のように美しいのか、それとも武器が黄金製で美しいのか、さっぱり分からない。とりあえず黄金というものが重要な印象なのだろう。
「まぁただの噂ですよ。暇つぶし程度に覚えておいてください」
所詮噂は噂。大して重要な内容という訳でもなく、全くの嘘という可能性もある。結局のところは冗談半分に受け止めておけば良いということだろう。
「それで、その噂を俺に教えて何だって言うんだ?」
「アレンさんそういうの調べるの得意でしょう? 何か分かったら教えて欲しいなって。それだけです。じゃ、ごちそうさまー」
いつの間にかナターシャは料理を食べ終え、空になったお皿を前に出すと席から立ち上がる。そしてヒラヒラと手を振りながらその場から立ち去ろうとした。その姿を見てアレンは何か違和感を覚える。
「……お前、さては賭けしてるだろ? その剣使いの見た目はどんなだって、皆と賭けてるな?」
「うっ……」
ただの噂なのにやけに詳しく説明し、手掛かりを教えて来る点からアレンはそう指摘する。するとナターシャの動きが見るからにおかしくなり、一瞬転びそうになった。そしてギギギとおかしな動きで振り返る。
「……バレちゃいました?」
「はぁ、全く……ほどほどにしておけよ」
「はーい」
悪びれた素振りも見せず、悪戯が知られてしまった子供のようにナターシャは苦笑いを浮かべる。アレンも別にそれを叱ることはせず、注意だけ促しておいた。すると二人の元に手続きを終えたシェルがやって来る。
「お待たせしましたー。あ、ナターシャさん」
「やっ、シェルリア。頑張ってるね。じゃぁアレンさん、例の件よろしくお願いしますねー」
シェルの肩をぽんと叩き、ナターシャはそう言うと仲間の居るテーブル席の方へと向かって行く。その後ろ姿をシェルはキョトンとした様子で見送った。
「ナターシャさんと何か約束事したんですか?」
「いや……別に、ただの暇つぶしだよ」
先程のやり取りが気になったシェルが尋ねてくるが、賭け事のことを伝える訳にもいかない為、アレンは適当な返事をする。シェルは不思議そうに首を傾げたが、それ以上追求しようとはしなかった。するとそんな二人の元に準備を終えたマルクがやって来る。
「おい、準備は出来たのか? さっさと行くぞ。時間は有限だ」
「むぅ……」
「ああ、マルクの方ももう良いのか?」
「ふん、当然だ。不備など一点もない」
相変わらずな態度のマルクにシェルは不満げな顔をするが、アレンは気にすることなくカウンター席から離れる。
「そうかそうか。シェルも大丈夫か?」
「はい、いつでも平気です」
アレンの問いにシェルは力強く頷く。その返答を聞いてアレンも満足げに笑い、近くに立てかけてあった剣を手に取った。それを腰に装備し、彼は手首を掴みながら拳を握り締める。
「んじゃいっちょ行ってみるとするか。魔物の調査依頼」
気合を入れ、アレンは自分に目的を言い聞かせるようにそう言う。そしてギルドの出口に向かって歩き出すと、シェルとマルクもそれに続いた。
魔物の調査依頼を受けた三人はまず依頼があった村へと向かう。そこでアレンは村人から詳しい情報を聞き出した。どうやら魔物の咆哮は毎回付近の山から聞こえて来るらしい。そこで待ち伏せれば魔物の調査もし易いだろう。そう考えたアレンは早速その山へと向かう。するとそこは想像以上に危険な場所であった。
「ただの調査にしては気前の良い報酬金だと思ったが……そうか、この時期は突風の季節だったか」
周りの木々が折れそうなくらい曲がりながら風に煽られる。アレンも正面から叩きつけて来る風を必死に耐えながら、己の注意不足を悔やんだ。
「さ、さ、さっむううううぅぅぅ!!」
「す、凄い風ですね……! 目が開けられないくらい……ッ」
すぐ後ろではマルクとシェルもその強風に苦しんでおり、飛ばされてしまいそうになっているローブを必死に抑えている。マルクは特に寒さに苦しんでおり、だらしなく鼻水を垂らしていた。
「何でか知らんが幾つかの山で突風が起こる時期があるんだッ……風が吹いたり止んだりを繰り返す……風の女神がご機嫌斜めなのかもな!」
自然現象とは思えない不自然な強風が吹く突風の季節。一部の地域だけ不規則に起こるその現象は未だに原因が解明されておらず、一部では女神が起こしているのではないかと言われる程の謎の現象として人々から認識されている。
どうやら今回は運悪くその季節が山に訪れてしまったらしい。アレンは事前情報をもっと集めるべきだったと後悔した。
「な、何でも良いから! さっさと調査しろよ! こ、こんな場所、いつまでも居られないぞ!」
「そうですねっ……このままだと、凍えちゃいそうです」
「ハっ! 氷使いのお前が凍えるとは、笑えるな!」
「……むっ」
こんな状況でもマルクは上から目線な態度で指示を飛ばす。シェルにも皮肉が言えるところを見ると、まだまだ余裕そうだ。
「ああ、そうだな。とりあえずまずは安全を確保するか」
マルクの言う通りこの強風の中ではまともに活動出来ない。早い内に調査を終えるべきだろう。そう判断したアレンはすぐさま行動に移る。片手を前に出し、風魔法を行使した。アレンを中心に回転するように風が巻き起こり、正面から吹いていた強風をある程度緩和する。
「ッ……! 風が……!」
「これで少しはマシになったろう。先に進もう」
ようやくまともに前を見られるくらい風が弱まり、アレン達は乱れた服を整えると前へと進み始める。同時にアレンの周りに吹いている風もアレンの動きに合わせて動いた。
「凄いですね。この強風を風魔法でコントロールするなんて」
「コントロール出来る程俺の魔法は強力じゃないさ。力を受け流す感じで風向きを変えているだけだ」
シェルからの感嘆の言葉にアレンは指をクルクル回しながら答える。
風の強さで言えば正面から吹いて来る風の方が強い。アレンの風魔法では相殺することは不可能であった。故にある程度力を加え、風の威力を軽減する方法を選んだのだ。
「ふん、そんなこと出来るならさっさとやれば良かったんだ」
「ははは、そうだったな」
風が弱まった瞬間、マルクは自身の乱れた髪を必死に整えた。神経質な部分がある為、自分の身だしなみも気になるのだろう。その様子をシェルは隣で不愉快そうに見つめていた。
「さてと、それじゃまずは村人が魔物を目撃したっていう場所に行ってみるか。何か痕跡があるかも知れない」
アレンはそう言って最初の目標を立てる。魔物の調査をする為にはまず手掛かりを見つけなくてはならない。その為村で入手した目撃情報のあった場所に向かうことにした。
強風が吹き荒れる中、何とか風魔法で緩和しながら三人は進んで行く。まるで嵐のような天候になっており、分厚い雲が空を覆っていた。
(……ん?)
一瞬、アレンの足元が暗くなる。何かと思って空を見上げれば、雲に黒い影が映っていた。だがその影はすぐに消えてしまう。見間違いだったのか、と思ってアレンは疑問そうに頬を掻いた。
「どうかしましたか? 先生」
「いや……今空で何かが横切ったような……」
シェルの問いかけに答えながらアレンはもう一度影を探す。だがやはりそれを見つけることは出来ず、空には相変わらず分厚い雲だけが広がっていた。
「でかい鳥か、ただの見間違いだろ。こんな嵐みたいな状態で空を飛んでる生き物なんか、そういる訳ない」
「それもそうなんだが……」
マルクからの遠慮のない指摘にアレンも髪を掻き、自分の勘違いだったかと思い直す。
(まぁ、今は調査の方に集中するか)
いずれにせよ空を探索する術を自分は持っていない。探せないものを探し続けるよりも、今出ている情報で探索した方が有意義だろう。アレンはそう判断し、気持ちを切り替えることにする。
そして強風の中三人は山の中を進んで行き、目撃情報があった場所へと到着した。そこは岩場が多く、幾分か風を防いでくれた。
「ここですね」
「ああ、話じゃこの岩の陰で何かが見えたらしいが……」
村人からの情報を思い出しながらアレンは調査を始める。
魔力もいつまでも保つわけではない。いずれ強風を和らげている風魔法も使えなくなるのだ。迅速に行動に移らなければならない。のだが、岩の陰で風に吹かれないようにしながらマルクは呑気に地面を蹴っていた。
「マルク、貴方もちゃんと調べてよ」
「ふん、悪いが僕はそんな地味な作業するつもりはないね。手が汚れてしまう」
「ぬぅ……ホントわがまま」
シェルが注意してもマルクは従わず、ただその場で風の影響を受けないようにしているだけだった。
どっちにしてもマルクの探索力では大した成果は得られない為、参加しなくても問題はないのだが、シェルは何となく納得出来なかった。
そんなことをしている間にアレンは調査を進めていき、隣の岩場に移動するとあるものを見つけた。
「先生、これは?」
「……鱗、みたいだな」
シェルも地面に転がっていた鱗を発見し、気になるように目を細める。アレンはその鱗を手に取り、間近で確認した。
艶があり、綺麗な翠色に輝く鋭い鱗。大きさはアレンの手と同じくらい大きく、この鱗を持っていた生物は余程巨体だったことが分かる。
「これは……リザードマンの鱗でもないし、魚類型魔物の鱗でもない……まさか……」
アレンはこの形状の鱗に覚えがあった。古い図鑑を読み漁っていた時に偶々目にしたのだ。もしもその記憶が正しかった場合、もしもこの鱗が本当にその図鑑の生き物と一致する場合、それはとても不味いことを意味する。
「おい、何か面白いもの見つかったのか? 僕にも見せろ」
アレンが戦慄していると、気になったマルクがやって来る。すると突然、吹き荒れていた強風の向きが代わり、上空に向かって突風が巻き起こった。
アレン達は吹き飛ばされそうになり、慌てて近くの岩に捕まる。直後、風が止んで恐ろしく静かになっていたその場に一つの咆哮が上がった。
「ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
それは上空からであった。まさかと思ってアレンが顔を上げると、それは咆哮を上げながら地面へと降り立った。
辺りの岩に亀裂が入り、土煙が巻き起こる。巨大な尻尾が地面に打ち付けられる。それは昼間でもハッキリと分かるくらい輝く黄金の瞳をしており、アレン達のことをしっかりと見据えていた。
「な、何だ……!?」
「先生、無事ですか……!?」
土煙を払いながらマルクとシェルは何が起こったのかを確認しようとする。そんな二人の前では既にアレンは剣を引き抜いており、目の前に降り立った怪物と対峙していた。
「二人共、すぐに逃げろ……!」
アレンは後悔した。二人を連れて来てしまったことを。きちんと事前情報を集めなかったことを。せめて突風の季節だということが分かっていれば、危険が多いかも知れないと依頼を受けずに済んだかも知れないのに。だが、それはもう遅い。アレンの目の前で怪物は、長い舌を動かし、鋭利な牙をぎらつかせた。
「風竜だ……! この強風の正体は、風竜が山に訪れていたから起こった現象だったんだ!!」
アレンが叫ぶと同時に翠色の竜、風竜が咆哮を上げる。その振動で舞っていた土煙が吹き飛ばされ、シェルとマルクもようやくその姿を認識した。
同時にマルクの顔は一瞬で青くなり、シェルも目を見開いて硬直した。