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14:取り戻した日常



 アレンがリーシャとルナを連れて村へ戻ると、彼はそこで糸が切れたようにパタリと倒れてしまった。元々強力な眠り粉を盛られ、勇者教団との連戦続きだったので限界が来たのだ。ある意味必然とも言えた。


 倒れたアレンを見てリーシャは大慌てし、その異変にいち早く気付いたダンが何とかアレンを運んでくれた。ひとまず一番近いという事でアレンは村長の家へと運ばれ、まだ眠っているルナもそこに運ばれた。リーシャは心配だからと言う事から二人の傍に居る事になった

 それから数時間後、アレンは無事目を覚ました。


「何はともあれ、お主達が無事で安心じゃよ。アレン」

「心配掛けさせて悪かったな。村長」


 アレンが目を覚ましたという事に村長も安堵した。だがだからと言ってすぐに動くと身体に悪いからと言う事でアレンはベッドの上に寝かされたままの体勢だった。どういう訳か膝の上にはリーシャとルナも座っている。ルナも既に目は覚めており、心配そうにアレンの事を見つめていた。


「もー、本当に心配したんだからね?父さん」

「ごめんなさいお父さん……迷惑掛けて」

「何言ってるんだ。子供が大変な目にあったら助けるのが親の役目だろ?二人が無事で本当に良かったよ……」


 申し訳なさそうに項垂れるルナを見てアレンは安心させるようにそう言い、彼女の頭を撫でた。するとリーシャも求めるように頭をズイっと近づけて来た為、アレンはやれやれと笑いながらリーシャの頭を撫でて上げた。


 実際の所今回のアレンはギリギリであった。いくら最近冒険者の頃のように調子が良いからと言って、彼はもう四十代のおっさん。更に眠り粉を喰らい、身体中に痛みが走りながら戦闘を続けたのだ。普通なら実力のある冒険者でもそのような連戦は困難である。


「意外だったのはあんたが来てくれた事だな……」


 ふとアレンは視線の方向を変え、家の扉の方に居る人物に顔を向けた。そこには銀色の長髪の兵士の姿があり、アレンの視線に気づくと組んでいた腕を解きながらふんと鼻を鳴らした。


「隊長さん、今の兵力じゃ敵わないから応援を呼んでくるんじゃなかったのか?」

「フン……よく考えれば勇者教団など恐れるに足らないと思ってな。私一人で片付けてやろうと戻って来ただけだ」


 どういう訳か隊長のジークは二人の部下を連れて村に先に来ており、アレンが勇者教団に単身で乗り込んだと知ると一目散に助けに向かったのだ。結果勇者教団の残党を隊長達が引き受け、アレン達は無事村へ戻る事が出来た。今も村に勇者教団が来ないよう兵士が見張りをしている為、今こうしてアレンがゆっくり休んでいられるのも彼らのおかげと言える。

 隊長は自分一人でも勇者教団が倒せると豪語するが、それを訂正するように部下の一人が割って入った。


「いえいえ、偶々早馬が手に入ったんで二班に分かれ、ジーク隊長は教団の偵察をする為に村に急いで戻って来たんですよ。アレンさんを心配して」


 何でも王都に戻っている最中に経由した村で足の速い馬が手に入ったらしく、王都への報告班と勇者教団を足止めする為の班に分かれ、隊長は急いで村へ戻ってきたらしい。その事を部下が正直に報告すると隊長は慌てて部下を下がらせた。


「馬鹿を言うな。私は忌まわしい教団を倒す為に戻って来たんだ。断じてこのような男の為ではない」

「でも隊長、道中で借りを返す為だとかブツブツ言ってたじゃないですか」


 どうやら以前アレンにケンタウロスの襲撃の時に助けてもらった事を隊長は根に持っているらしく、どうにかしてそれを清算したかったらしい。

 森で教団に眠り粉を盛られた時も助けてくれたし、意外と義理堅い性格なのかも知れないとアレンは考えを改めた。相変わらず他者を見下す傾向はあるが。


「何にせよ助かったよ、隊長さん」

「ふん……精々有難く思え。悪いが教団を捉えた手柄は貰って行くぞ。まあ引退した冒険者がそこそこ活躍した事くらいは口添えしといてやるがな……ほんのちょっとだが」

「ああ、それで良いよ」


 アレンが素直にお礼を言うと隊長は見下したように顎を上げながらそう言った。

 既に教団は隊長の部下が捕らえており、王都に連行する手筈を整えている。その手柄を隊長は頂くと言ったが、アレンはそれを快く受け入れた。そもそもアレンは手柄が欲しくて教団の洞窟に乗り込んだ訳ではない。リーシャとルナを助ける為だ。あまり欲がないアレンにきょとんとした瞳をし、隊長はそうかと小さく呟いた。


「は~……私も剣さえあればあんな奴らに遅れを取らなかったのになあ」

「私も……お父さん達の役に立ちたかった」


 ふとアレンの膝の上に座っていたリーシャとルナがため息を吐きながらそう言った。

 どうやら勇者教団に捕らえられた事が悔しかったらしく、特にルナに至っては眠らされ、ずっと無力だった自分に暗い表情を浮かべていた。


 確かにリーシャの実力ならルナが人質に取られず、武器があれば十分対処出来ただろう。ルナも薬で眠らされなければ魔法で彼らを一網打尽に出来たはずだ。ひょっとしたらアレンが助けにいかなくても二人でどうにかしたかも知れない。それくらいの力を二人は秘めているのだ。だがアレンは静かに二人の肩に手を置いた。


「二人はまだ子供だから無茶しちゃ駄目だろう。確かに二人の実力なら大人にだって敵うかも知れないが……それでももしもの事があったらどうする?」


 アレンが真剣な顔つきで言うと二人もそれ以上何かを言おうとはせず、弱々しい表情でしゅんと肩を落とした。

 リーシャとルナの実力は高い。本来子供にやらせたら危険な事でも二人なら簡単に乗り越える。だがだからこそ、より警戒しなければならないのだ。二人が油断して危険な目に遭わないように。


「俺にとって二人は命よりも大切な宝物なんだ。だから危険な事だけは絶対にしないでくれ」

「「はーい」」


 ニコリと微笑んでアレンがそう言うと二人も微笑み、元気な顔を見せながらそう返事をした。それを聞いてアレンも頷き、幸せそうに二人の頭を撫でた。


「ふん……意外とマシな事を言うじゃないか。やはり引退した冒険者の言葉は違うな」

「それは褒めてるのか?貶してるのか?」

「さぁてな」


 腕を組んでその様子を見ていた隊長が意外そうにそう言う。アレンは苦笑しながらその言葉の真意を尋ねるが、隊長は手を上げて誤魔化した。

 それから隊長は部下に指示を出して今後の事を伝える。その途中でアレンはふとある事を思い出した。

 そもそも彼らは勇者を探す為にこの村にやって来たはずだ。だがその途中で勇者教団に出会い、このような事になってしまった。一応尋ねた方は良いのではとアレンは隊長に声を掛けた。


「ところで勇者探しはもう良いのか?この村には勇者の紋章を持った子を探しに来たんだろ?」

「ああ……それか」


 アレンはそう言ってチラリとリーシャの事を見る。するとリーシャは隊長の事を見ながら少し警戒するように包帯に巻かれている自身の手の甲を触った。ルナもどこか怯えたようにリーシャの服の裾を握っている。

 隊長は思い出したかのようにアレンの方に顔を向け、少し考えるように顎に手を置くとアレンの方に視線を向けた。


「それもそうだったな。まさかお前の子が勇者な訳ないが、一応確認しておこう」

「……ッ」


 隊長はそう言うとリーシャの元に歩み寄った。普段は人見知りなんてしないはずのリーシャはやたらと隊長の事を警戒していたが、やがて観念するように前に出て手の甲に巻かれている包帯を外し始めた。横ではルナが不安げな瞳で見守っている。


「…………」

「……うむ。やはり違うな。失礼した、お嬢さん」


 変わった痣がある事から隊長に何か言われるかも知れないと思っていたアレンだが、意外にもリーシャの手の甲を確認した彼は何も追求する事なく下がった。リーシャはほっと安堵したように胸を撫でおろす。横ではルナがリーシャの元に歩み寄った。


「では私はこれで失礼する。他にも教団が居るかも知れないからしばらく何人かの部下は残していく。ではな、アレン・ホルダー」

「ああ、何から何まで有難う、ジーク隊長」


 最後に隊長はそう言うと部下と共に村長の家を後にした。余計な事を言うがなんだかんだで色々と助けてくれた隊長にはアレンも心から感謝し、お礼を言った。

 実際彼が来てくれた事で教団の残党からの襲撃を逃れる事が出来たし、村人達も安心して村に居る事が出来た。最初に会った時の印象は最悪だったが、なんだかんだで良い人なのかも知れないとアレンは考えを改め直した。


「上手くいったね……幻覚魔法」

「うん……部分幻覚だから心配だったけど、成功して良かった」


 ふとリーシャとルナはヒソヒソ声で何か話し合っていた。しかしアレンは二人が話している内容に気づく事はなく、リーシャは何もなかったように手の甲に包帯を巻き直し始めた。


 何故隊長はリーシャの手の甲にある勇者の紋章について何も言わなかったのか?それは実はリーシャが手の甲を晒した時、密かにルナは幻覚魔法を使ってリーシャの手の甲から勇者の紋章を消していたのだ。部分幻覚という高度な魔法なのだが、魔王のルナならそれもお手の物だった。何とか自分達の正体を隠せたという事でリーシャとルナはほっと一安心する。


「アレン、お主も休みなさい。魔物用の眠り粉を嗅いだのだから神経が麻痺しているじゃろう。ルナもじゃぞ。リーシャは大人しくしてなさい」

「むー。私だって父さん達の傍に居たいー」

「ずっと膝に乗っていたらアレンも疲れるじゃろう?」

「う~……分かった」


 村長がそう言うとリーシャも渋々アレンの膝から降りた。ルナも同じように降りる。彼女は既に眠り粉の効力は完全に切れていた。魔族特有の体質で人間よりも効果が弱かったのだ。だがその事を知らない村長はルナに十分に休息を取るようにと言った。ルナも周りに心配を掛けさせない為とアレンと一緒に寝れる事から素直にそれに従った。対してリーシャはちょっと不満そうに頬を膨らませていた。


「じゃぁ父さん、ルナ。早く元気になってね」

「ああ、心配するな。リーシャ。こんなの少し寝ればすぐに動けるようになるさ」


 そう声を掛けるリーシャにアレンは安心させるように笑みを浮かべて答えた。それを聞いてリーシャも笑い、手を振って村長の家を後にした。残されたアレンは隣に居るルナの頭を撫でてやりながら静かに身体の力を抜き、ベッドの身体を沈ませた。


 村長の家を出たリーシャは村の道を歩いて行く。だがその足先は真っすぐ自分の家には向かっていなかった。彼女は兵士達の目を掻い潜って村の柵を超え、森の中へと入り込んだ。もう夕方の為、森の中は寒気とどこか暗い雰囲気を醸し出している。そんな場所にも関わらず子供のリーシャは武器すら持たず歩き続けた。

 そして森の開けた場所で立ち止まり、静かに辺りを見渡す。そして誰もいない事を確認すると宙に鋭い視線を向けた。


「居るんでしょう……?出て来たらどうなの?」


 リーシャがそう言うと木々の隙間から光の球が現れた。小精霊達だ。蛍のように優しい光を放ちながら小精霊達はリーシャの目線の先の方へと集まって行き、徐々に光を強くしていくと巨大な光の球へと姿を変えた。そこからうっすらと女性の像が見え始め精霊の女王が姿を現す。


「ああ、勇者様……どうかお分かりください。今回の事は全て貴方様の為に行った事なのです」

「へぇ、そう……」


 懇願するように手を向けながらそう言って来る女王にリーシャは冷たい視線を向けた。

 今やリーシャの中では女王の印象は最底辺であった。今回はリーシャを捕らえようとしたばかりか、リーシャの大好きなアレンの事すら危険な目に遭わせたのだ。その事がリーシャは許せなかった。何よりも腹立たしかったのは、自分のせいで大好きな父親が傷ついた事だ。今やリーシャの怒りは表面には出さないが最大限にまで達している。女王はその事に気づいていなかった。


「貴方は悪気はなかったんだ?全部私の為だったんだ?」

「そ、そうです! 勇者様を正しい道に戻す為に……分かってくれまし……ッ」


 リーシャの静かな質問に女王は縋る様に何度も頷いた。しかしリーシャに鋭い視線を向けられると言葉を失い、急に怯えたように後ろに下がった。そんな彼女を見てリーシャは静かに拳を握り絞めた。


「私は今日、父さんに凄い迷惑を掛けた……」


 ポツリと語るようにリーシャはそう呟く。項垂れて前髪がかぶさり、表情が見えなくなる。だがその様子はまるで幽霊のごとく薄暗く、ドロドロとした薄気味悪い雰囲気を纏っていた。


「貴方のせいで大切な妹のルナが危険な目に遭った……貴方のせいで大好きな父さんが傷ついた……貴方のせいで! 私の大切な日常が崩される所だった!」

「ゆ、勇者様……!」


 普段のリーシャらしくない、確実に相手に敵意を向けながら彼女はそう声を荒げた。その様子に女王も慌て、弱々しい表情を浮かべながら困惑した。しかしリーシャの怒りは深まる一方。最早爆発寸前であった。


「私は言ったはず……勇者になんてなるつもりはない。私はこの村から出ないって……でも貴方はそれを無視して私を連れ出そうとした」


 酷く低く、小さな声でリーシャはそう言った。髪は乱れ、前髪が目に掛かっている。その姿は子供ながらも恐ろしく、見開いた黄金の瞳は鷹のごとく女王の事を狙いすましていた。

 ここに来て女王はようやくリーシャが激怒している事に気が付き、自らの生命の危機を感じ取った。


「私は貴方を許さない」


 そう言うとリーシャは女王に手を向けた。すると辺りの小精霊達が津波のように蠢き、女王へと向かっていた。女王は慌てて小精霊達を止めようと手を向けるが、小精霊達は言う事を聞かない。指揮権はリーシャにあった。そのまま押し潰されるように女王は小精霊達の集合達に飲み込まれ、吹き飛ばされた。


「ッぁああ! ……ゆ、勇者様! どうかお許しを!! 全ては貴方様の為に私は……ッ」

「……今言ったはず。貴方を許さないって」

「…………ッ!!」


 冷たくそう言い話すリーシャを見て女王は理解する。この子は本気で自分を殺すつもりなのだと。

 今のリーシャはいつもの彼女ではなく、半分怒りで我を忘れている状態だった。大切な存在を傷つけられ、理性を失っているのだ。そのままリーシャは怒りに身を任せて手を振るい、小精霊達を操った。本来なら精霊の女王であるはずの彼女が、自分の分身でもある小精霊達に襲われる。女王は悲鳴を上げた。


「くがッ……あああ!!」


 怒涛の如く小精霊達は女王に襲い掛かる。その様子はまるで巨大な蛇が獲物を飲み込もうとするようにうねり、蠢いていた。実体を持たない女王だが当然自分の分身である精霊の攻撃ならばダメージはある。身体を構築する光が分散していき、粒子となって散りながら女王は息を荒げ始めた。


「消えて、私の前から」

「ひっ……ひぃぃぃイイイイイ!!」


 リーシャは傷ついている女王ににじり寄りながらそう言い放つ。指をくいっと動かし、集まっている小精霊達を槍のように鋭くして女王の眼前に突き付けた。

 このままだと死ぬ。明確な死のヴィジョンを感じ取りながら女王は悲鳴を上げ、身体を粒子にして分散しながら森の奥へと逃げ出した。

 その様子を静かに見ながらリーシャは光が完全に見えなくなると、静かに息を吐いて乱れた髪を整えた。


「……はぁ」


 女王が居なくなってもリーシャの表情は浮かばない。それどころか今度は悲しそうな表情を浮かべ、子供のように今にも泣き出しそうに目を赤くしていた。

 集まっていた精霊達を解放し、暗闇に包まれながらリーシャは自分の服の裾を力強く握り締めた。


 リーシャは今回の事件は全て自分のせいだと思っていた。女王の誘いを断ったから彼女は勇者教団を使い、自分を連れ去ろうとした。その結果アレンを傷つけ、あろう事か魔王のルナまで危険な目に遭ってしまった。後少しで最悪な事態になってしまっていたのかも知れないのだ。もしも自分があの時女王の誘いを受けていれば、もしくは始末していればこんな事にはなからなかったのに……そう彼女は後悔していた。


 だが、リーシャはそれ以上に自分でもどうしようもなくある思いを抱いていた。それはこれだけの事件が起こったのにも関わらず、またアレンとルナが危険な目に遭うかも知れないのに、それでもまだこの村に居たいというままならない思いだった。

 ポタリと地面に雫が零れる。空は暗く、雨など降っていなかった。


「ごめんなさい……父さん……それでも私は、父さんの傍に居たい」


 何故かリーシャは自然とそう呟いていた。何に対しての謝罪なのか、自分のせいで今回の事件が起こってしまった事か、それともそれでもまだ村に居たいと思うやましい自分の事を謝罪したのか……最早彼女自身にも分からなかった。

 リーシャだけは眠り粉を盛られなかったのにも関わらず、どういう訳か彼女はふらついた足取りで村へ戻り始めた。その足取りは今にも壊れてしまいそうな人形のように脆く弱々しい物だった。



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