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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
5章:吸血鬼と少年
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137:魔を導く者



「はぁ……はぁ!」


 仇であるケインを視界に捉えたまま、アレンは廊下を走り続ける。ケインも後ろから追い掛けられていることには気付いており、広い空間に出ると棚や木箱を倒して足止めしようとした。だがアレンは颯爽と飛び越え、徐々に距離を縮めていく。そしてある程度まで近づくと、アレンは足に仕込んでおいたナイフを引き抜いた。


「せい!!」


 勢いよく腕を振るい、思い切りナイフを投げ抜く。真っすぐ放たれたナイフは見事ケインの脚に命中し、彼はふらついてその場に頭から転がった。


「ぐぅ……ッ!」


 ケインは床を転がりながらも身体を起こし、脚にナイフが刺さったまま体勢を立て直す。そして愛剣である蛇腹剣を取り出し、慌ててアレンに剣先を向けた。アレンもそれを見て一度立ち止まり、剣を構える。そして嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ようやく、会えたな……」

「くっ……」


 アレンの心は今まさに歓喜に包まれていた。長年探し続けていた仇にようやくたどり着き、ここまで追いつめることが出来たのだ。

 もう我慢しなくて良い。理性を抑える必要もない。自分がずっと溜め続けていた感情を、ようやく解放することが出来るのだ。アレンの瞳は禍々しく歪み、剣を握り締める力が自然と強くなる。


「誰なんだ? お前は……? 俺を一体、どうしようって言うんだ?」


 ケインは笑いかけて来るアレンを恐ろしく思いながらそう尋ねる。その際も口から血を吹き出し、乱れた呼吸で肩を揺らしていた。どうやら大分弱っているようだ。


「俺が分からないか? ……そうだよな。お前にとって俺は小石みたいな存在だっただろうな。俺はただのちっぽけなガキだった……何も出来ない、弱いガキだった!」


 ケインの問いかけに対してアレンは髪を掻きむしり、クツクツと笑いを零しながら答える。

 予想はしていたことだ。そもそもケインとアレンが出会った時間はほんの一瞬に過ぎない。向こうからすればアレンなど吸血鬼にくっ付いていたおまけ程度にしか思っていなかっただろう。だからこそ、アレンは許せない。


「だが今は違うぞ! あの時と逆だな! お前は弱っている。俺みたいな新米冒険者に追い詰められる程弱っている。そのままお前は、俺に殺されるんだ!」

「ひっ……」


 怒りに身を震わせ、アレンは乱暴に剣を振るう。近くの木箱を斬り飛ばし、破壊行為を行いながら剣先をケインに突き付けた。


「う……ぁ、くっ……」


 ケインはただ怖がるばかりだった。まるで叱られている子供のように、その瞳はとても弱々しいものであった。だが次の瞬間、叫び声を上げながら彼は蛇腹剣を振り上げた。


「でぁぁぁああああ!!」

「----!」


 ガチンと金属音を立てて蛇腹剣が無数の刃へと形を変え、アレンへと襲い掛かる。すぐさまアレンは後ろに下がって剣を振るってその刃を叩き落とし、腰から取り出したナイフを投げ抜く。ナイフはケインの肩に深く突き刺さり、彼は悲鳴を上げて後ずさった。そのまま蛇腹剣を雑に振るいながら下がり、アレンから距離を取ろうとする。


「俺には、目的があるんだ……成さなければならない使命がっ……だから、こんなところで……こんなところでッ……!」


 ケインは起き上がり、苦しそうに胸を抑えながらそう言う。口からは血が零れ、肌はより青白くなっていった。だがそれでも、ケインの鬼のような形相を浮かべて己の決意を叫ぶ。


「全ての吸血鬼を滅ぼすまで、俺は眠ることなど出来ない!!」


 蛇腹剣が唸り、刃が更に細かく分裂する。それはまるで鱗のように小さな物となり、更に長く、更に鋭利に刃となって空中を舞った。

 それを見てすぐさまアレンは後ろへと距離を取った。すると先程までアレンが立っていた場所に無数の刃が突き刺さる。当たっていれば確実に身体を切り刻まれていただろう。アレンは忌々しそうに舌打ちをし、剣を握り締める。


「眠れないだ? 安心しろ、簡単に眠らせやしねぇよ……婆さんが苦しんだように、お前にもたくさん苦しんでもらうんだからな!!」


 アレンは咆哮を上げ、床を蹴って飛び出す。向かって来る無数の刃を躱し、弾き返し、一気にケインの懐まで入り込む。そして彼のナイフが刺さっている方の脚を蹴りつけ、更に肩の方も剣の柄で殴りつけた。


「うぐぁ……ッ!?」


 ふらつくケインの手を剣で斬り付け、蛇腹剣を弾き飛ばす。それでもケインは反撃しようと拳を振るうが、その病人のように細い腕ではスピードが出るはずもなく、アレンは簡単に避けてケインを蹴り飛ばす。


「ぐうっ……く、くそ……!」


 壁に打ち付けられ、苦しみながらケインは血を吹き出す。

 蹴りを喰らっただけでも彼にとってかなりのダメージのようで、魔武器の影響か、やはり大分弱っているようである。だがケインもその程度で簡単に諦めようとはせず、腰から短剣を取り出した。その短剣も禍々しい力を溢れさせており、魔武器のようである。


「だあああぁぁぁぁぁぁ!!」

「ッ……!」


 ケインは短剣に魔力を込め、床に突き立てる。すると辺りに炎が巻き起こった。棚や木箱が吹き飛び、アレンも熱風に飛ばされそうになる。慌てて地面にへばりつくが、その間にケインは通路へと出て逃げ出した。


「逃がすかよ……ようやく見つけたんだ。ここまで来てみすみす、逃がすか!!」


 アレンもそれを見て一目散に駆け出す。

 こんなに追い詰めたのに、今更逃がす気はない。むしろ更に追い掛け回し、苦しめてやろう。そんなことを考えながら、彼は不気味に笑うのであった。








「さぁこっちだ。転ばないよう気を付けて! 大丈夫、すぐ安全な場所に着くから!」


 一方で屋敷の庭と繋がっている通路の方では、メルフィスとセレネが子供達を誘導しながら脱出を図っていた。

 ひとまずリーダー格はアレンが追い詰めてくれている為、集中して攻撃を受けることはない。だが何人かのフードの男達はメルフィス達のことに気が付き、追い掛けて来た。


「止まれ! お前達!!」

「もー、めんどうくさいなぁ」


 追手の存在に気が付くと子供達に被害が行く前にセレネが動き出し、一瞬で距離を詰めると男達を斬り飛ばした。その調子でメルフィス達は特に危険な目に遭うこともなく、屋敷の出口まで辿り着く。


「はぁ~……大丈夫かな? アレン君」

「ケイン・ベンジャーは体調が悪そうだったし、今のアレン君なら心配ないよ」

「……そういうことじゃないんだってば~」


 セレネは屋敷の方に視線を向け、不安そうに口元に手を当てる。

 彼女は決してアレンの実力に不安を覚えているわけではない。むしろ魔武器によって身体を蝕まれている今のケインなど、彼にとって取るに足らない相手だろう。だがそうではないのだ。むしろ簡単に殺してしまったら、もっと不味いことになってしまう。セレネはその最悪の結果を恐れていた。


「それよりも今は子供達の方を優先しないと。セレネ!」

「分かってるってー」


 メルフィスに急かされ、セレネは渋々ながら封鎖されている門を斬り裂き、開く。これで脱出出来る。子供達も開く門を見て嬉しそうな顔をした。だがその時、周りの草木が揺れ動き、闇夜から何かの気配が漏れ出した。


「ん……何だ?」

「……これは……」


 その異変にメルフィスとセレネも気が付き、子供達の前に出て武器を構える。すると辺りに生暖かい風が吹き、植物の蔓が子供達に伸びていった。それに唯一セレネが気が付き、一歩前へと出る。


「メルフィス。先に行って」

「え……?」


 植物の蔓はセレネの方へと向くが、彼女が剣を前に出すと蔓は動きを止めた。それを見てセレネもメルフィスを急かす。


「で、でも……」

「良いから、ここは私に任せて。早く子供達を連れて行かないと」


 あくまでも今優先しなければならないのは子供達の救出。それに今はアレンとも別行動しているのだ。これ以上ここで時間を喰うわけにはいかない。セレネはメルフィスを言い聞かせ、彼も頷いてそれに従った。


「分かった。すぐに戻って来るから……!」


 そう言うとメルフィスは子供達と共に門を出て屋敷を後にする。それを見届け、セレネは小さく息を吐いた。

 セレネを囲んでいた植物の蔓も彼女から離れていき、木々で覆われている暗闇の中へと戻っていく。するとそこからほのかに甘い匂いが漂って来た。セレネはその場所を見つめ、剣をクルリと回すと地面に突き刺す。


「この事件は貴女が関わっていたわけかー……どおりで大量の魔武器が見つかる訳だね。〈最愛〉。大方、攫った子供達も貴女が食べるつもりだった?」


 セレネがクスリと笑いながら暗闇にそう語り掛ける。するとその部分からヌルリと巨大な蔓が幾つも現れ、その蔓に囲まれながら一人の女性が現れた。

 紫の混じった黒髪を長く伸ばし、手足が真っ黒に染まり、深い紫色のドレスを纏った女性。首筋から頬に掛けて植物の蔓の模様が刻まれており、何とも魅惑的な容姿をした女性であった。


「こんな場所で貴女に会えるとは思わなかったわ……珍しいこともあるものね」


 甘ったるい、眠気さ覚える声色で女性はそう言う。するとセレネはようやく姿を現したその女性に、大層不満そうな表情を浮かべた。


「どうして貴女がここに居るの? 噂では貴女はバカンス中って聞いてたけど……」

「その質問は貴女にも言えることだよ。魔王候補は勝手に他の大陸に侵入してはならない……これは十分立派な規則違反だよね?」


 女性の質問を一蹴し、セレネは逆に問いかける。その間にも女性の身体を覆っている蔓は周りへと伸び、再びセレネのことを囲んでいた。


「ウフフフ……そう言われると弱いわねぇ。確かに、私はいけないことをしているわ」


 口元に手を当てて上品に笑いながら女性はチラリとセレネのことを見る。すると頬に刻まれている紋様が揺れ動き、不気味に輝いた。


「でも、それを知ってる魔族が居なければ、知られることはないと思わない?」

「----!」


 次の瞬間、セレネを囲んでいた蔓が動き出す。それを見てセレネはすぐさま剣を手に取り、蔓を斬り刻む。だが女性の攻撃はそれだけでなく、地面から巨大な蔓が現れると、セレネの持っている剣を弾き、彼女を包囲した。


「ッ……!」

「アハハハハ! 貴女の首を宰相の手土産にしたら、あの人どんな顔するかしらね!?」


 武器を失ったセレネを見て女性は高笑いをする。そして巨大な植物の蔓がセレネを貫こうと動き出した。だが彼女は腰にある包帯に巻かれた二本目の剣を手にし、包帯を解くと一瞬で蔓を斬り裂く。その際、真っ黒な炎が揺らめいた。


「ッんぐ……!?」


 女性は自分の下半身に痛みを感じ、一瞬怯む。そしてセレネのことを確認すると、彼女は歪な黒剣を手にし、漆黒の炎を操っていた。


「〈煉獄の剣〉……舐めるのも大概にしてよね。貴女程度の新参魔王候補なんか、目隠ししてでも殺せるよ」

「……フ、フフッ……」


 まるで炎の揺らめきのように歪な形をした魔剣。その剣は他者の魔力を焼き尽くす、悪魔のような剣。セレネはその剣を華麗に振り回し、残っている蔓を斬り裂きながら華麗に踊る。その姿を見て女性はたまらなそうに頬に手を当てた。


「素敵だわ。まさに異次元の強さ……でもそんなに強いのに、何故魔王候補にならないのか、本当に不思議ね」

「私はそんなものに興味ないの。貴女達と一緒にしないで」


 女性の惜しそうな表情を見てセレネは鼻を鳴らし、魔剣を地面に突き立てる。周りに黒炎が舞い、女性も僅かに後ろへと下がる。


「ウフフ、そう……だけど悲しいわね。それだけの力を持ちながらも、結局は貴女も権力を維持する為の駒として利用される……」


 不気味な笑みを浮かべ、女性は何かを楽しむようにセレネのことを見つめる。その視線がうっとおしく、セレネは自分の姿を隠すように魔剣を持ち変えた。すると、女性は猫なで声でセレネへと語り掛ける。


「どんな気分? 愛してもいない男と婚約させられる気分は?」

「…………」


 挑発とも取れる女性の言葉にセレネは反応を示さない。ただ静かに魔剣を片手で持ち続け、静かに深呼吸をするとゆっくりと顔を上げた。


「私はそんなことで不満を言う程、もう子供じゃないよ」


 その顔は普段の明るいセレネからは考えられない程無表情で、瞳は真っ黒に塗りつぶされていた。

 まるで人形のようで、夜の暗さと合わさって不気味に映り、女性もその感情のこもっていない言葉に寒気を覚えてしまう。


「私は規則違反なんて絶対にしない。決まりを破るのは悪い子だからね。だから悪い子の貴女は、きっちり叱ってあげる」

「ッ……フフ」


 瞳に光が戻り、いつもの明るい表情を浮かべるとセレネは魔剣をクルリと回転させる。すると魔剣から漆黒の炎が漏れ出した。その黒炎に包まれながら、セレネはニッコリと笑みを浮かべる。


「〈煉獄の剣・二奏・浄化の棺〉……さぁ、悪い子は寝んねする時間だ」


 セレネはそう言うと地面を蹴り、宙を舞って一瞬で女性の前へと距離を詰める。そして女性が反応出来ない程の速さでその場を巨大な黒炎で包み込んだ。



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