136:侵入した先には
時刻は夜。暗い空には満月が浮いており、闇に覆われる王都を冷たく照らしている。
そんな街の端に、一つの大きな屋敷が建っている。ボロボロで、草木が生い茂っている廃墟のような屋敷。窓には全て木の板が打ち付けられており、中の様子を伺うことは出来ないようになっていた。まるで何か怪しいことをしていると言わんばかりのそんな屋敷を、隣の建物の屋根から見下ろしている人物が居た。
「ここで間違いないのか?」
「うん、間違いない。資料で貰った通りだね。不気味な屋敷だ」
ローブを纏ったアレンがメルフィスに確認を取りながら屋敷の様子を伺う。人気はない。端から見れば人が住んでいるとは思えないような屋敷。だがこの中にあの男が居るのかも知れない。そう思うと、アレンは無意識に強く拳を握り締めていた。
「アレン君、言っておくけど今回はあくまで奴らの動向を探るだけだ。くれぐれも見つからないよう、慎重に動いてくれよ?」
「……分かってる」
メルフィスはアレンの肩に手を置き、再度注意を促す。
今回は敵がどんな悪事を働いているかの証拠を見つける事が最大の目的であり、敵を倒すことは考慮していない。むしろ見つかっては面倒なことになる為、極力戦闘になるような事態は避けるべきなのである。
何よりアレンを犯罪者にしたくないと思っているメルフィスは、彼の暴走を危惧していた。最悪の場合は現場で確固たる証拠を手に入れ、アレンがその場で仇を殺してしまっても言い訳出来るようにするしかない、と彼は考えた。
「二人共なにしてるのー? 早く行こうよ! 何だかワクワクしちゃうね!」
「……セレネには注意しなくて良いのか? メルフィス」
「……あの子には、何を言っても無駄だよ」
そんな二人の前ではセレネが子供のように無邪気な笑顔をし、屋根から屋敷に飛び移ろうとしていた。その緊張感のない姿にアレンとメルフィスは呆れ、ため息を吐きながら彼女に続いた。
屋敷の屋根へと飛び移り、三人は気配を消して慎重に進んで行く。まずはフィールドの構造を理解し、どこかに侵入経路はないか探した。
「うーん、全然人気がないねー。こんなに大きな屋敷なのに。本当にここで合ってるの?」
「そのはずだよ……でも確かに妙だ。さっきから魔力で探ってるんだけど、気配が全然読み取れない」
屋根の上に手を置き、メルフィスは意識を集中させる。魔力の気配を読み取ろうとしたのだ。だがどれだけ感覚を研ぎ澄ましても敵の気配を感じることは出来なかった。それに彼は不可解そうな表情を浮かべる。
「何だかモヤが掛かっているような……変な感じ。まさか結界魔法を使っているのか?」
魔力はどんな生物でも持っているもの。メルフィス程の実力者ならどんなに微かな魔力でも読み取ることが出来る。だがこの屋敷では魔力を探ろうとすると、それを遮られるように何かが邪魔をしてくるのだ。するとその様子を見てアレンが痺れを切らしたように立ち上がる。
「居ないなら、別に良い。どっちにしろ悪事の証拠を探すんだろ? ならさっさと中に入ろうぜ」
侵入経路は見つからず、屋敷内の様子を探る術もない。ならば後は直接乗り込むしかない。アレンはそう考えた。だがその危険過ぎる作戦にメルフィスは手を振って制止の声を掛ける。
「で、でもアレン君。ここは慎重に……」
「うん、そうだね。アレン君の言う通りここで悩んでても仕方ないし、どうせ中の様子が探れないなら入った方が早いよね」
するとセレネもおもむろに立ち上がり、アレンに賛同するようにうんうんと何度も頷いた。そして腰に装備している二本の剣の内荊の装飾が施された方の剣を引き抜くと、その剣先でトンと屋根を突いた。
「そい、侵入ー」
次の瞬間、三人が立っていた部分の屋根が消え、そのまま屋敷の中へと落下した。慌ててアレンは床に着地し、メルフィスも浮遊魔法で落下速度を軽減してから降り立つ。
「……ッ! びっくりした! セレネ、いきなり魔法を使わないでくれよ!」
「ごめんごめーん、でも静かにした方が良いと思うよー、メルフィス」
「……~~!」
あれだけ目立つことをしたというのに、悪びれる素振りも見せずケラケラと笑っているセレネにメルフィスは肩を震わせる。だが自由奔放な彼女にこれ以上注意するのは意味がないと判断し、喉まで出掛けていた言葉を飲み込んだ。
そんな中アレンは服に付いた埃を払いながら部屋の様子を確認する。どうやらこの部屋は倉庫のような場所らしく、広い空間に木箱が山のように積まれていた。近くには拷問道具な物も用意されており、床には赤黒い血が染みついている。
「明らかに悪いことしてます、って感じの部屋だねー。中身はーっと……へぇ、凄い。これ全部銀の矢だ。どこから調達したのやら」
「……!」
ふとセレネが木箱の中身を確認すると、そこには光り輝く銀の矢が入っていた。それを見た瞬間、アレンは一瞬呼吸が止まる。
「驚いたな……こっちは魔武器だ。伝説級の武器をこんな調達してるなんて……一体どんなバックアップがあるんだ?」
メルフィスも証拠探しの為に木箱を開ける。するとそっちには禍々しい形をした短剣が収納されていた。見るからに異質な雰囲気を放っており、通常の武器とは違う力が込められている短剣。そのような武器が他にも幾つかも収納されていた。
「どう考えても普通の冒険者パーティが用意出来る代物じゃない。やっぱりこいつらは……ん?」
更に怪しいものはないかとメルフィスは部屋の奥の方を確認する。するとカーテンが掛けられている部分があった。広い部屋の中で少しでもスペース分けをする為のものだろうか、メルフィスは躊躇なくそのカーテンをめくった。するとそこには望んではいたが見たくはない光景があった。
「あぁ、致命的だな。流石にここまでだと、言い逃れは出来なさそうだ」
そこには牢屋に入れられ、鎖で繋がれている子供達の姿があった。大分痛めつけられたようで、顔や身体には痛々しい傷が残っている。
「う……うぅ……」
「大丈夫かい? 君達。今助けるよ」
幸いまだ意識はあるようである。傷も致命的なものはないようだ。すぐにメルフィスは牢屋の鍵を壊し、入り口を開けて子供達の容態を確認する。
「た、助けて……」
「安心して。もう大丈夫だよ。僕達が安全なところまで連れて行くから」
「んんぅ……ひぐっ……」
アレンとセレネもカーテンをめくり、牢屋へと近づく。そこで傷ついている子供達を目にし、複雑な表情を浮かべながらメルフィスを手伝った。
「何でこんな所に子供が……」
「んー、何でだろうね。奴隷にするつもりだったのか、何かに利用するつもりだったのか……見たところ王都の子供っぽくないから、どっかの村から攫ってきたのかな」
アレンとセレネは子供達の鎖を壊しながら疑問を口にする。
王都で子供達が攫われているという事件は聞いていない。だとすれば街の外から攫って来たのだろう。だが白髪の男のことを知っているアレンからすれば、奴が何故子供なんかを攫うのかが分からなかった。
だがその思考はすぐに中断される。部屋の出入り口から、重々しく扉が開かれる音が聞こえて来たのだ。
「ん……? 何してんだ? お前ら」
現れたのは黒いローブを纏い、顔が傷だらけのいかにも怪しい風貌をした男。それを見た瞬間、すぐさまアレンは剣を引き抜き、走り出す。
尋常ではない速さで一気に部屋の入口まで移動し、木箱を蹴って空中から男へと襲い掛かる。呆けていた男はそれを見てようやくアレン達が侵入者だと気が付き、遅れて腰にあった剣を引き抜く。
「……ッ!!」
「このガキ……ッ!」
刃がぶつかり合い、火花が散る。流石に勢いを付けても大人の力には負けてしまい、アレンの剣が弾かれる。だがアレンはもう片方の手に短剣を忍ばせており、着地する間際に男の手首を短剣で斬り裂いた。
「あぐっ……!?」
深い傷ではなくとも手首を傷つけられ、男は思わず剣を手放してしまう。その隙にアレンは足蹴りで男の頭を蹴り飛ばし、木箱に激突させて沈黙させる。
「アレン君……!」
「気絶させただけだ……とりあえず縛っておいてくれ」
メルフィスは不安げな声を上げるが、アレンは剣を弾かれた方の腕を抑えながらそう言う。
皆殺しにするつもりはない。アレンの目的はあくまでも仇の男を殺すことだけ。その間無駄な戦いをするつもりはない。
アレンの指示通りセレネが近く寄ると、男を鎖で縛り付ける。これでとりあえず無力化出来ただろう。
「な、なんだ!? 今のは何の音だ!?」
「倉庫の方から聞こえて来たぞ!」
廊下の奥の方から騒ぎ声が聞こえて来る。どうやら今の戦闘音を聞かれてしまったらしい。アレンは面倒くさそうにため息を吐き、両手に持った武器を握り直す。
「ちっ……気付かれちまったな」
「そうだねぇ……さてさてどうする?」
アレンの横ではセレネが面白がるように笑みを浮かべ、荊の剣を引き抜く。アレンはそれを見ながら、これからすべきことを考えた。そしてチラリとメルフィスの方に視線を向ける。
「メルフィス、指示をくれ」
「……!」
いつだってメルフィスは的確に状況を分析してくれる。その上で最適な作戦を提案してくれる。ならば今回も、メルフィスに任せれば正しい道を示してくれるだろう。アレンはそう判断した。
「子供達を安全な場所に連れて行く。まずはそれが最優先事項だ。二人で道を切り開いてくれ」
任されたメルフィスは思考を巡らせ、二人に指示を与える。それを聞いたアレンとセレネは力強く頷いた。
「了解」
「まっかせてー!」
そう言って二人は先行して廊下へと出る。そこでは黒ローブの男達が集まっており、全員が凶悪な武器を手にしていた。
「お前ら、ここで何をしている!?」
一人がそう叫び、歪な形をした剣を突き付ける。同時に周りの男達も武器を構え、アレンとセレネを囲んだ。だが二人は焦りの表情を見せず、あくまでも冷静に男達と対峙していた。
「よーし、さっきはアレン君が活躍したから今度は私の番ね!」
「お好きにどーぞ」
ピョンピョンと足踏みしながらセレネはそう言う。その余裕な態度を見て男達は苛立ち、肩を震わせた。
「掛かれええええええ!!」
一人の男がそう叫んだ瞬間、周りの男達が一斉に二人へと襲い掛かった。だがアレンは迎え撃とうとはせず、すぐに身を低くする。次の瞬間、その廊下には血の噴水が巻き起こった。
「ぐぁあああ!?」
「な、なんだ……!?」
まるで突風のように何かが通り過ぎる。すると男達の身体から血が吹き出し、纏っている鎧が砕かれ、武器が吹き飛ばされた。そのあまりにも一瞬過ぎる出来事に男達は自分の身に何が起こったのか分からず、悲鳴を上げてのたうち回った。
「悪いんだけどさぁ、私はアレン君ほど器用じゃないんだ。気絶させるとか、力を微妙に調整する攻撃が出来ないの……だから……」
トン、と男達の間にセレネが現れ、荊の剣を回転させながらそう言う。その表情は満面の笑みだが、漆黒の瞳はいつも以上に黒く染まっており、目だけがちっとも笑っていなかった。
「死なない程度に、痛めつけるね」
そう言うとセレネの姿が消える。同時に斬撃音と共に男達が吹き飛ばされ、鮮血が飛び散った。そのまま嵐のようにセレネは男達を無力化していき、最後には声が出す気力がない程男達は負傷し、床に倒れた。
その様子を、身を低くして巻き込まれないようにしていたアレンは呆れたように見つめていた。そしてゆっくりと立ち上がると、セレネの方に顔を向ける。
「怖い女だな……セレネは」
「アハハ、皆には内緒だよ」
剣に付いた血を拭きながらセレネは振り返って笑みを浮かべる。その顔には返り血が生々しく付着しており、彼女の可愛らしい顔には全然似合わぬ姿であった。
すると廊下の奥から足音が聞こえて来る。反射的に二人はその方向を向いた。
「なんだ? これは……貴様らが、やったのか?」
それは今にも死にそうな程生気のない肌に、痛々しい程刻まれたしわ、色が抜け落ちた白髪に死人のような暗い顔をした男、アレンの仇であるあの男であった。アレンがずっと探していた男が、そこには立っていた。
「ケイン……ベンジャーッ!」
「……くっ!」
ケインは無残に倒れている自分の仲間を見るなり、目の前に居るアレンとセレネが只者ではないことを悟った。そして何の躊躇もなく背を向けて逃げ出す。それを見たアレンは思わず脚が一歩前に出る。
「……ッ!」
だがすぐに追い掛けようとはしなかった。まだギリギリ残っている理性が、それを止めさせた。アレンは困ったように瞳を揺らし、セレネの方に顔を向ける。その表情は普段のアレンと比べるととても弱っており、まるで助けを求める子供のようであった。
セレネはそんな彼の顔を見て、静かに頷く。
「……良いよ。追いかけて。子供達は私とメルフィスが何とかするから」
「……ッ、悪い!」
セレネがそう言うと、アレンはすまなそうに頭を下げて走り出す。その動きは一度決めたら迷いはなく、凄まじい速さで彼は廊下を駆け抜けていった。その姿を、セレネは寂しそうに見送る。
「……する前じゃ、何を言っても無駄だよね……私の声は、届かないもんね」
セレネの本音はアレンに復讐など遂げて欲しくなかった。過去に囚われず、未来の為に生きて欲しいと願っていた。だがそれは、本人からすればただの綺麗ごとだと、偽善者の戯言だとなじられるだろう。復讐を終えていない者では、そんな言葉はただ自分を縛り付けるだけの荊だと思うに違いない。故にセレネは最後まで彼を説得しようとはしなかった。彼の心に踏み入れるつもりはなかった。どうせ自分の声は届かないと、知っているから。
「でもねアレン君、復讐の為に生きる鬼は……復讐を終えた時、生きる意味を見失うんだよ。その意味、分かってる?」
セレネは手を握り締め、ある表情を浮かべる。それはは普段の明るい彼女が滅多に見せないような、とてもとても悲しい表情であった。
「死なないでね。アレン君」
「おっさん、勇者と魔王を拾う」2巻、8月10日に発売致します!
またカウントダウン企画もありますので、詳しくは活動報告をご覧ください!




