135:復讐を
王都の昼は騒がしい。市場は食べ物を求める人々で埋め尽くされ、店の人は大忙しとなる。一日の中で一番忙しい時間帯だ。店側も多くの人が流れて来る為、少しでも商品を売ろうと力強い声で呼びかけていた。
「らっしゃいらっしゃい、新商品だよー!」
「お母さん、これ買ってー!」
「これ美味そうだな。親父、一つくれ」
道では子供達がはしゃぎ回り、大人達は世間話に花を咲かせている。冒険者達も午後の活力を溜める為に、入念に食事を取っており、周辺に設置されたテーブルではお祭りのように料理が置かれ、賑やかに過ごしていた。
そんな中に一輪だけ、異質な花が紛れ込んでいる。真昼間なのにも関わらず黒いローブを纏い、フードでしっかりと顔を隠した男。彼は頼りなさげな足取りで道を歩いていた。
「…………」
隙間から見えるその顔は真っ青で、人の生気など微塵も感じさせない程弱々しい。はみ出ている髪も色が抜け落ちたような白色で、その男はまるで死人のようだった。
「げほっ、ごほっ……」
「だ、大丈夫ですか? ケインさん」
しばらく歩いていると男は突然苦しみ出し、隣を歩いていた仲間らしき男が心配そうに声を掛ける。だがフードの男は手をあげて大丈夫だと伝え、口元から垂れている血を拭った。
「ああ……平気だ……このくらい、大したことじゃない」
「で、ですが……その調子だと貴方の身体は……」
「くだらないこと言ってるんじゃないぞ。俺が大丈夫だと言ったら大丈夫なんだ」
ケインと呼ばれた男はかなり体調が悪そうで、ただでさえ血色の悪いその顔に大きな陰を落としていた。仲間は不安そうだが、ケインはそれを一蹴し、脱げかけていたフードを被り直すと再び歩き出した。
「さっさと行くぞ。俺達の使命を果たしに」
何事もなかったかのように人混みに紛れ、ケインは前へと進んで行く。仲間もそう命令されてしまえばもう何も言えず、黙ってケインの後を追い掛けた。
そんな光景を、遠くのベンチで観察している者達が居た。
「……あれがそうなのかい? アレン君」
「……ああ。顔はきちんと確認出来なかったが……多分間違いないと思う」
メルフィスとアレン。二人はベンチに座り、あたかも休憩している冒険者達を装いながら怪しい黒いローブの男の様子を伺っていた。
アレンは険しい目つきをし、拳を静かに震わせる。
「ようやくだ……ようやく見つけた……」
数年かけて遂に見つけた仇。募らせた思いは今や地獄の業火のように燃え上がり、殺意の衝動が身体を支配する。だがアレンはギリギリのところで正気を保ち、深呼吸して何とか震える拳を落ち着かせた。
「へー、あれがアレン君の復讐相手? まぁ見るからに何かやってますって顔してるよねー」
すると突然アレン達の座っているベンチの後ろからセレネが顔を出す。彼女は興味津々と言った表情で黒ローブの男が去って行った方向を見つめていた。
「セレネ……何で君まで付いて来るのさ」
「だってアレン君から交換条件で事情教えてもらっちゃったからさー、気になっちゃうでしょ? 友達の復讐劇」
メルフィスはこんな状況でも元気なセレネに困ったような表情を浮かべ、ため息を吐く。
実はセレネは怪しい男の情報をアレンに聞き出された際、聞き出す理由を要求していた。その要求をアレンは承諾し、幾つかはメルフィスに伏せておいたまま、レドがあの男に殺されたことを説明した。
「でも個人的にはやめた方が良いと思うよー。復讐なんてアレン君には似合わないもん」
「……そんなこと、お前に決められる筋合いはない」
「それはそうなんだけどさー」
セレネは自身の黒髪を指で弄りながらそんなことを言う。セレネの本心は復讐などしないで欲しいらしい。だがアレンはその言葉を冷たく一蹴した。友人からの制止程度で止められる程、彼が溜めた憎悪はぬるくないのだ。
「まぁ、確かに……セレネの言う通り今回は僕もやめた方が良いと思うかな。アレン君の意思に口出さないって決めてたけど、アレはちょっと厄介だよ」
傍観者的な立ち位置だったメルフィスも珍しくセレネの言葉に賛同する。
彼なりに黒ローブの男の魔力を探ったのだが、それが何やら異質だったのだ。別の何かが混ざり合ったような気味の悪い魔力。メルフィスはそれが引っ掛かった。
「あの男から嫌な雰囲気を感じる。多分魔武器を持ってるね……魔防具もかな? とにかく、近づかない方が良いと思うよ」
いずれにせよあの男が魔武器を所持していることはハッキリしている。そんな危険な相手に自ら近づくのは自殺行為に変わりない。
セレネもメルフィスの助言に同調するように頷き、アレンの方に心配そうな視線を向ける。だが彼の瞳は静かに殺意の炎が灯っていた。
「関係ない。ずっと探してた奴がようやく見つかったんだ。俺はやる」
気付けばアレンの拳は再び震えており、今にもあの男を追い掛けそうな勢いだった。それを見てメルフィスは冷や汗を流す。
アレンは覚悟を決めた時、それ以外に道はないとでも言うように一貫した行動を取るようになる。パーティを組んだばかりの頃、初めてヘビーデーモンと戦った時もそうだった。自分が信じたことにはとことん真っすぐになるのだ。
この状態のアレンにどれだけ言葉を掛けても説得は出来ないだろう。メルフィスはそう判断し、ため息を吐いて自身の頭を掻いた。
「……はぁ、そうかい、分かったよ。アレン君の気持ちが変わらないって言うなら、僕も協力する。だからすぐに行動しようとしないでくれ。アレン君」
「…………」
相棒である為、メルフィスはアレンの復讐に加担することにする。
いずれにせよあの男が危険な人物であることには変わりない。だとすればアレンの復讐も方法次第では正しい行動に変えることが出来るかも知れないのだ。
「このまま目的を果そうとすれば、君はただの悪人として騎士に捕まることになってしまう。だからまずは情報を入手して、あの男が極悪人だってことを証明出来る材料を用意しよう」
あの男が大量の魔武器を所有していることは分かっているのだ。ならばその糸口から探していけば、不法なことをしている証拠が見つかるかも知れない。それさえ用意出来れば、アレンがあの男を倒す正統な理由も手に入る。
「私が会った時もあいつらはたくさんの魔武器と魔防具を装備してた。普通あんな大量の装備を手に入れることなんて出来ない。何か怪しいことをしているのは確かだね」
メルフィスがあの男を追い詰める方法を提案すると、セレネもそれが一番良いやり方だと賛成する。二人の説得でアレンも一応は理性を取り戻し、やみくもに復讐しようとすることは諦めた。
「幸いあいつは冒険者のようだから、ギルドに戻って情報を探ろう。簡単に尻尾は出さないだろうけど、何か手掛かりはあるはずだ」
あの男が冒険者であることは分かっている。ならばギルドに頼めば資料が手に入るはずだ。もちろん簡単には見せてもらえないだろうが、そこは無理にでも頼み込むしかない。
「……分かった。メルフィスの判断に従う」
アレンは静かに頷き、メルフィスの言う通りにする。
何年も待ったのだ。後少しくらいなら待てる。アレンは静かに息を吐く。己の中に溜まっていたドス黒い感情を発散させるように。心を入れ替えるように。
それから三人は一度ギルドに戻り、黒ローブの男の情報を探ることにした。
奴も冒険者であるはずなら一度は王都のギルドに来ているはずである。その時に名前くらいは伝えているはずだと考えたのだ。すると、予想もしなかったことが起こった。
「……意外にも簡単に分かっちゃったね」
三人はカウンター席に座りながら、テーブルの上に置かれた資料をまじまじと見つめる。その向かい側には受付嬢のライラの姿があった。
「数日前の真夜中にやって来たんです。遠方のギルド登録者らしくて、今朝方資料が届きました。名前はケイン・ベンジャー。他にも仲間の冒険者が複数居て、一応パーティを組んでいるようです」
ライラは手に持っている資料を広げながらアレン達にケインという冒険者についての説明を行う。
冒険者というのは当たりだったようで。やはり推測通りギルドにも顔を出していた。意外にも呆気なく手に入った情報にアレンは思わず面喰う。
「ありがと、ライラちゃん。でも良かったの? 個人の情報を簡単に明かしちゃって」
「もちろん規定違反です。バレたら私凄い怒られます」
「えー、じゃぁ何で?」
セレネの質問にライラは困った表情を浮かべた後、髪を弄りながらチラリとアレンの方に視線を向ける。
「アレン君が、困っていたようですから……」
そう言うとライラはアレンから顔を背けてしまう。それを見てセレネは「ふぅん」と呟き、面白そうに薄っすらと笑みを浮かべた。
「ありがとう、ライラ。恩に着る」
「いえいえ、お気になさらず。アレン君は大切な友達ですから」
アレンはライラの真摯な態度を受け、丁寧に頭を下げてお礼を言う。ライラは恥ずかしそうに首を振って顔を上げるように言うが、アレンはしばらくの間律儀に頭を下げ続けていた。
「それにこの男、実はギルド側も困っていたんです。遠方のギルドでの評判は最悪で、嫌な噂が多いだとか……ほら、あの通り死人のような顔をしてますし」
ライラは口の横に手を置き、ヒソヒソ声でそう話す。
やはりギルド側も問題視しているらしく、何らかの措置は取りたいらしい。だが事はそう簡単には進まないようだ。
「本当は捜査をしたいんですが、どうやらあの男、何か強力な後ろ盾があるようです。皆さんも何をするにせよ気を付けた方が良いですよ」
大量の魔武器や魔防具を所持しているならば、普通のパーティでないことは明白。何らかのバックアップがあり、そこから装備を入手しているのだろう。ライラは最後にそう伝え、口元に人差し指を当ててから仕事に戻っていった。三人は資料を手にテーブル席に戻り、これからの作戦を考える。
「資料によると彼らは街外れにある屋敷を拠点としているらしいね。ここを調査すれば、何か分かるかも知れない」
テーブルの上に置かれた資料を指差しながらメルフィスはそう言う。アレンも資料を確認し、頭の中にある王都の地図と比較し、明確な場所を頭の中に思い浮かべる。
「探るんだったら夜だね。少なくともまだ奴らが尻尾を出していない以上、私達がしようとしていることは世間一般的にはしちゃいけないことだから」
トントンと何回かテーブルを指で叩き、セレネはどこかこの悪事を楽しんでいるような、そんな余裕の表情を浮かべる。彼女からすればアレンの復讐も依頼を受けるのと同じことであり、実力があるが故に達観した態度を取ることが出来るのかも知れない。
「二人共良いのか? これは依頼でも何でもない、ただの俺のワガママだ。無理に付き合う必要はないぞ」
アレンは真剣な顔つきで二人に最終確認を取る。
自分で復讐をすると言っておいてなんだが、アレンは自分がしようとしていることは歓迎されないものだと理解していた。だからこそ、そんなことに二人は関わらせたくないと、僅かに残っている理性で確認を取ったのだ。だがメルフィスとセレネがアレンを拒絶することはなかった。
「そんな寂しいこと言わないでくれよ。アレン君。僕は君の相棒だよ。荊の道を行く時も一緒さ」
「私だってアレン君の友達だよ! ホントは復讐なんてして欲しくないけど、アレン君の心が満たされない
って言うなら、満たされるまで付き合ってあげる」
二人は優しく笑い、それぞれアレンに勇気を与える言葉を掛ける。アレンはそれを聞いて戸惑う様に頬を掻いた。どう言葉を返せば良いのか分からず、俯いてポツリと呟く。
「……ありがとう」
長年探した仇の相手は分かった。募らせた思いは成熟し、ようやく手が届くところまで来た。後はもう、行動に移るだけ。
アレンの瞳が禍々しく歪む。強い意思が灯っているその光は、ドス黒い色へと変貌していった。
「おっさん、勇者と魔王を拾う」2巻、8月10日に発売致します!
詳しくは活動報告を見て頂ければ幸いです!