134:手掛かり
「おお、皆。アレンとメルフィスが戻って来たぞ!」
ギルドに戻ると、アレン達が戻って来たことに気が付き、たくさんの冒険者達が寄って来る。二人がダンジョン攻略に向かったことを知っている為、彼らの成果を聞きたがっていたのだ。
「よぅ死に狂い。またダンジョンを攻略したのか?」
「今月で三つ目だろう? このままじゃ全部のダンジョンを攻略しちまいそうだな」
「はいはい、どーもどーも」
群がって来る冒険者達をアレンは器用に躱し、質問から上手く逃れる。しかし隣に居たメルフィスは運悪く捕まってしまい、ダンジョンはどうだっただの質問攻めにあっていた。
「通してくれ。依頼の報告がしたいんだ」
「おいアレン、もっと色々話してくれよ。お前の武勇伝を皆聞きたがってるんだよ」
「悪いな。俺はお喋り上手じゃないんだ。そういうのはメルフィスから聞いてくれ」
「ちぇっ、なんだよー」
アレンは無口というわけではないが、依頼で体験したことをいちいち話す程お喋りというわけでもない。故に冒険者達との会話を遠慮し、カウンターへと向かうことを優先した。
そしてようやく冒険者達の包囲網を抜け出すと、アレンはカウンターに居る赤髪の受付嬢の前に立った。するとその女性はアレンのことに気が付き、ニコリと微笑む。
「お帰りなさい。アレン君。無事で何よりです」
「ああ、今回も何とか戻れたよライラ」
受付嬢ライラの言葉にアレンも頷き、少し肩の力を抜く。彼女の顔を見ると何となく安心感を得られたのだ。
「良いんですか? メルフィスさんを放っておいて」
「あー、良いんだよ。あっちはあいつに任せる」
テーブル席の方で冒険者達に囲まれ、ダンジョンのことを根掘り葉掘り聞き出されているメルフィスのことを見ながらライラは引きつった笑みを浮かべる。だがアレンは気にせず、チラリとメルフィスのことを見ただけですぐに視線をカウンターの方へと戻した。
「ほい、これが今日の成果。確認頼むよ」
「承りました。少々お待ちください」
アレンは袋を取り出し、それをカウンターの上にのせる。ライラは頷くとその袋を開け、中身の確認を始めた。
今回の討伐の証はゴーレムの目玉部分だった岩。しっかりと魔力の痕跡もある為、確認は比較的簡単である。
ライラはしっかりと鑑定してから満足そうに頷くと、アレンにニコリと笑いかけた。
「はい、問題ありません。討伐お疲れ様でした。こちら報酬金となります」
手続きを済ませてからライラは報酬金の入った袋を用意し、それをカウンターの上に置く。アレンはそれを受け取り、中身を確認せず懐にしまった。
「どーも」
「相変わらず凄いですね。ダンジョンボスは基本集団で挑むべき魔物なのに……アレン君とメルフィスさんは二人だけで倒しちゃうんですから」
「殆どメルフィスのおかげだよ。何せあいつは緑の大魔術師だからな」
ライラの誉め言葉にアレンは首を振り、テーブル席で冒険者達と喋っているメルフィスのことを見ながら答える。
大魔術師はただ魔術に精通していればなれるものではない。知識はもちろん、高い実力も必要とされるのである。まだ若くはあるが、メルフィスもその実力は高みに達している。本来なら冒険者など辞めて魔術師協会一筋になってもおかしくない程だ。だが未だに彼はギルドに所属し、ダンジョン攻略の日々を送っている。それがアレンには疑問だった。
「それでもアレン君も十分凄いですよ」
「そうかね……」
自分の実力は客観的に見れないアレンはピンと来ていないように頬を掻き、それで話をやめてしまう。そしてカウンター席に座ると、ライラから注文した飲み物を受け取り、それを一口飲んだ。
「そもそもアレン君は何で冒険者になったんですか? その実力なら騎士団にも入れたと思いますけど……」
ライラがカウンターに肘をかけながらそう尋ねる。それに対してアレンは僅かに目を細め、持っていたカップで口元を隠した。
アレンが冒険者ギルドに入った本当の目的はメルフィスにしか伝えていない。あまり人に言わない方がいいことはアレン自身も分かっている為、ライラにも秘密にしていたのだ。
「別に……ただ冒険者なら稼げると思っただけだよ。騎士団とかは俺の性に合わないし」
「えー、アレン君真面目だからすぐ馴染みそうな気がしますけどね」
アレンが飲み物を口に含みながら答えると、ライラは意外そうに口元に手を当てる。
ライラからの印象だとアレンは真面目な為、何かしっかりとした理由があって冒険者になったと思ったからだ。
「そう言うライラは何で受付嬢に?」
「あー、私は……」
アレンは誤魔化すように話題を変え、ライラに質問した。すると彼女は少しだけ視線を泳がし、頬に指を当てながら口を開く。
「よくある話ですけど、私も両親を亡くしたんです。だから何か仕事を探してて、その時に見つけたのが偶々ギルドの受付嬢だったわけです」
困ったようにライラが笑うので、思わずアレンも弱々しい笑みを浮かべた。
どうやら彼女も家族を亡くしているらしい。思わぬ共通点を見つけるが、だからと言ってそれを言うべきではない為、アレンは静かに息を吐いた。
「へぇ、偉いんだな。ライラって」
「別に普通ですよ。私の同僚も同じような境遇ですし、冒険者の中にはそういう人いっぱい居ますから」
冒険者ギルドには身寄りのない人が多く集まる。腕っぷしさえあれば誰でもなれる為、最終的にギルドを頼りにするようになるのだ。ライラの場合は受付係の方を選んだらしい。
「なるほど……皆苦労してるわけだ」
「物騒な世の中ですからね。噂じゃ理由もなく村一つを滅ぼされたなんて事件もありますから」
「なにそれ、こわ」
「ですよねー」
自分が聞かれても良い気分はしない為、アレンもライラからその話を深く聞き出そうとはしなかった。
この大陸には何千万という人々が住んでいるのである。自分と同じように親を亡くした者が居ることは当たり前だ。なんらおかしくない。問題はその後をどうやって生きていくかである。
アレンは復讐の道を選んだ。例えそれが何も生み出さないにしても、今のアレンにはそれ以外の生きる道を見つけ出せなかった。だからこそ彼は立ち止まらない。
アレンは拳を強く握り締めると、飲み物を全て飲み干し、カップをテーブルの上に力強く置いた。
「おーいライラちゃん。依頼お願いー」
「はい、ただいまー。じゃぁまた後で、アレン君」
「おう」
一人の冒険者が依頼書を持ってカウンターに来た為、ライラはそちらの方へと向かう。残されたアレンはカップを揺らしながらふとあることに疑問を覚えた。
(ん? ライラが受付嬢になったのって俺より少し前って言ってたよな……)
メルフィスから教えてもらった情報が正しければ、ライラは新米受付嬢のはずだ。だからこそカウンターの方の仕事も兼任しているのである。
アレンは思考を続け、カップを握り締める。中に入っていた氷がカランと揺れた。
(両親を亡くして仕事を探してた……じゃぁ、失くしたのって最近の出来事なのか?)
情報を整理するならばライラは数か月前に両親を亡くし、仕事を探して受付嬢になったということになる。
もちろん幼い時に亡くし、その後は親族に育てられたという可能性も十分ある。だがライラの口振りからすると亡くしてからすぐに仕事を探しているという感じだった。
(まぁ、良いか……)
しばらくカップを揺らしながらアレンは考えていたが、結局答えは分からない為、思考をそこで止めた。気になるのであればライラに直接聞けば良いだけの話である。そこまで深く考えることではないだろう。
それからアレンはテーブル席の方に移動すると、冒険者達に捕まっていたメルフィスと合流した。そして群がっている冒険者達を追い払い、メルフィスの向かい側の席に腰を下ろした。
「ひどいじゃないか、アレン君。僕一人に彼らの相手を任せるなんて」
「メルフィスはそういうの得意だろ。適材適所だよ」
「やれやれ、面倒ごとを押し付けられてるだけの気がするんだけどなぁ」
冒険者達の群れから見捨てられたメルフィスは根にもっているらしく、拗ねたように腕を組んでいた。だがアレンは別段気にした様子はなく、カウンターで注文していた飲み物をメルフィスに振る舞い、それでおあいことすることにした。
「ほい、これが今日の報酬。いつも通り半分」
「うん、有難う」
それからアレンは報酬金の入った袋を取り出し、分け前の分である半分をメルフィスに渡す。メルフィスもその分のお金を受け取り、お礼を言って自分の袋に入れた。
それを眺めていたアレンは頭を掻きながら少し躊躇うように口を開いた。
「良いのか? 分け前は半分で? 俺からすればメルフィスの方がずっと活躍してると思うんだが」
アレンが何となく発した言葉に、メルフィスはキョトンと目を見開いてアレンの方を向いた。どうやら彼にとって意外な質問だったらしい。
「いやいや、僕は基本後衛だし、半々で当然でしょ。アレン君は自分のことを過小評価しすぎだよ」
「よく周りからそう言われるが、俺はそんな気はしないんだがな」
「まぁ自分を客観的に見るって難しいからね」
メルフィスは笑いながら手を横に振り、アレンは十分戦力になっていることを主張する。だがいまいち実感がないアレンは複雑そうな表情を浮かべながら頬を掻いた。するとメルフィスは飲み物を置き、しっかりとアレンのことを見ながら口を開く。
「僕にとってアレン君は優秀な冒険者だよ。ほら、僕って戦い方がどうしてもワンパターンになりがちだからさ、攻撃力はあっても対応力がなかったりするんだ」
メルフィスの光魔法は扱いが難しく、どうしても攻撃魔法だと単調なものになってしまう。彼の切り札である光嵐ですらその場一帯を破壊し尽くしてしまう程だ。
彼が戦闘を効率的に進めるには、もっと小手が利く何らかの手段が必要だったのだ。
「だからアレン君みたいな何でもこなせるタイプの冒険者と一緒だと、安心して戦うことに集中出来るんだよ」
「ふーん、そういうもんなのか?」
「そうだよ。グランさんもそれでアレン君と僕を組ませたでしょ?」
「あー……そういえば」
メルフィスにとってアレンは理想的な相棒だ。
数多の武器を使いこなし、複数の属性魔法を使える。それだけで一人でも戦力になる程である。
どんな状況にも迅速に対応してくれる為、自分は余計なことを考えずに攻撃に意識を向けていれば良い。正に適材適所。メルフィスにとってアレンは十分頼りになる相棒なのだ。
「もう少し自分に自信を持っても良いんじゃない? アレン君」
「…………」
メルフィスの説明を聞いて少しだけ納得したようにアレンは頷く。だがまだ心の中で引っ掛かっている部分があり、その表情は明るくなかった。その直後、二人が囲んでいるテーブルに身を乗り出して来る人物が居た。
「そうだよ! アレン君は強いんだからさ、もう少し自信を持つべきだよ!!」
「うおわッ!?」
大きな声に驚き、アレンは思わず椅子から落ちそうになる。慌てて声がした方向を見ると、そこには黒髪の女性セレネの姿があった。
「セレネ、急に出て来ないでよ。びっくりするじゃないか」
「アハハハ、ごめんごめん」
メルフィスも胸に手を当ててため息を吐く。セレネも自分の頭を叩きながら謝るが、その表情は終始笑顔であった。
「戻って来たのか、セレネ」
「うん、ただいま。アレン君。ようやく依頼が終わったよー」
アレンの言葉にセレネは頷き、疲れたように大きく息を吐き出した。
普段のセレネだったら楽々と依頼を終える為、このような態度を取るのは珍しかった。故にアレンは少し気になったように彼女のことを見つめる。
「今回は随分と長かったな。強敵だったのか?」
「まぁねー。というかちょっと色々面倒なことになっちゃってさぁ。あ、注文おねがしまーす」
アレンが尋ねるとセレネはもう一度ため息を吐き、ズルズルと崩れるようにアレンの隣の席に座った。そして注文をし、不気味な色をした飲み物を受け取るとそれを美味しそうに飲んだ。
「面倒なこと? 何か問題でもあったのかい?」
「んー、依頼は無事達成出来たんだけどさー、その途中で厄介な同業者と出くわしたんだよね」
「同業者……冒険者か?」
「うん、そう」
メルフィスとアレンの質問に答えながらセレネは憂鬱そうな表情を浮かべる。どうやら高い実力を持つ彼女ですらそんな顔をする出来事だったらしい。
セレネは持っていたカップを握り締め、弱々しい声で語った。
「そいつらがまた怪しい連中でさー、魔武器とか魔防具をいっぱい装備してたのよ」
魔の属性を帯びた装備、魔武器、魔防具。強力な力を秘め、使用者に人智を超えた力を与える特別な装備。しかしその力に認められなかった者は大きな代償を支払うことになり、最悪の場合命を落とすこととなる。
裏の世界では闇市場でその装備は高値で売買されている噂もあるが、魔の装備を手に入れた者は殆どが命を落としたとか。故に魔の装備は呪われた装備とされ、人々はそれに触れようとしない。
「しかもリーダー格の男は真っ白な髪に病人みたいな顔してて、すっごい気味が悪いの」
ピクリとアレンの身体が揺れる。話を聞いていたメルフィスも同じくセレネの言葉に反応し、視線が動いた。
椅子から勢いよく立ち上がり、アレンはセレネの肩を掴む。
「セレネ、そのこと詳しく教えてくれ」
「……え?」
呆気に取られた顔でセレネはアレンのことを見上げる。彼の瞳は真っすぐと彼女のことを見つめており、セレネは困ったように笑みを浮かべた。
アレンの表情は笑い飛ばすことなど出来ないくらい真剣だった。
「おっさん、勇者と魔王を拾う」2巻、8月10日に発売致します!
詳しくは活動報告を見て頂ければ幸いです!