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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
5章:吸血鬼と少年
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132:彼女は魔族



 確証があった訳ではない。何か気になる点があった訳でもないし、おかしな点があった訳でもない。彼女は至って普通に周りの冒険者達とも接していた。そこに違和感を覚える部分は一切なかった。

 だが、アレンは何となく彼女が普通の人間とは何かが違うと思った。それは自分がレドの隣に立っていた時、同じ場所に立っているはずなのに彼女だけ別の場所に居る感覚と似ていた。圧倒的な力を持つ者が、自分の手には届かない高見に居る感覚。

 故に彼はセレネが魔族だと思い、尋ねてみることにしたのだ。いちいち怪しむよりもさっさと聞き出した方が良い。そう彼は考えたのである。

 するとセレネは、大して慌てる様子も見せず、しまったという表情を浮かべて口を手で隠した。


「あれー? 分かっちゃった? おかしいなぁ、魔力は調整して人族に合わせてるし、見た目も人族とあまり変わらないはずなんだけど……」


 魔族にとって人族に正体が知られることは中々重大事件なことのはずだというのに、セレネは悪戯が失敗してしまった子供のようにペロっと舌を出して笑う。あまり気にしていないのか、彼女はアレンを警戒する素振りも見せなかった。


「凄いねアレン君。誰も私の正体に気付かなかったのに」

「別に、ちょっと覚えがあっただけだ」

「いやいや、結構凄いことだよー。私ちゃんと注意してたんだから」


 セレネは感心した素振りで自身の頬に手を当て、アレンのことを見つめる。それに対してアレンは少し肩を竦めた。


「それで、アレン君はどうするつもりなの? 魔族だと分かった私を、退治しちゃったりする?」


 この状況すらも楽しんでいるようにセレネは漆黒の瞳を転がし、顔を僅かに傾けて試すようにアレンにそう質問した。アレンはすぐには答えず、セレネから僅かに視線を逸らして黙り込む。そして短く息を吐き出した後、口を開いた。


「……そんなつもりはない。ただ、確かめたかっただけだ」


 セレネが魔族だから、どうこうするつもりなどない。そもそも実力的にも考えてどうすることも出来ない。きっと彼女ならば自分を一瞬で口封じ出来、あっという間にこの場から姿を消すことも可能だろう。アレンもそれが分かっているからこそ、追及するようなことはしない。


「俺は魔族に育てられた。元々住んでた村も亜種族が多い。だからそういうのは、どうでも良い」


 アレンは自分の出自を明かした。すると魔族に育てられたことは流石に驚いたのか、セレネは意外そうに口を開けた。


「へー、魔族に。それは随分と優しい魔族に拾われたんだね」


 人族と魔族は今は争いをしていないが、大昔は大陸一つが消失する程の戦争を行っていた。人族は魔族を天敵とし、魔族は人族を忌み嫌っている。故に魔族が人族を育てるなんてことは普通は考えられなかった。


「ああ……そうさ。優しい人だったよ」


 アレンはコクリと頷き、懐かしそうに呟く。顔を俯かせている為、その表情がどのようになっているかセレネからは見えなかった。


「あんたは何で人間の大陸に居るんだ? それもよりによって王都に」


 切り替えるようにアレンはそう尋ねる。

 魔族が人間の大陸に居ることはとても危険だ。強大な力を持つレドですら山の中にある村でひっそりと暮らしていたくらいである。何らかの理由で人間の大陸に居るにしろ、目立つ行為は控えるべきなのだろう。

 なのにセレネはもっとも人が多い王都で、冒険者として生活している。ギルドでは〈黒衣の剣士〉と呼ばれ、それなりに有名になっている。正体が知られる可能性が増すというのに。

 するとセレネはニコリと微笑み、街の景色を眺めながら口を開いた。


「私はねー……まぁ観光みたいなものかな。私のお家って色々厳しくてさ、ある歳になったらしないといけないことがあるんだ」


 喋っているセレネは笑顔だが、その瞳はどこか寂し気にアレンには見えた。恐らくあの目は街を見ているのではなく、この大陸の向こう側にある魔族の大陸を見ているのだろう。自分の故郷を、あまりよく思っていないのかも知れない。


「それをすると私はもう自由に好きなことが出来なくなる。言う事を絶対に聞かないといけなくて、逆らうことも出来ない」


 セレネは表情を変えない。ただ変わらず街を見つめたまま、静かに言葉を続ける。その姿は冷静に怒っているようにも見える。だがセレネはすぐにアレンの方に顔を戻し、にぱっと明るい笑みを浮かべた。


「だからその前に少しでも外のことを知りたいと思って、人間の大陸に来たんだ。良い所だよね。ここって」

「そうか……魔族も色々大変なんだな」

「アハハハ、お互いさまだよ」


 珍しくアレンは他人のことを気に掛ける。セレネが魔族ということもあるのかも知れないが、何となく村の人達と同じような感覚を抱いたのだ。

 アレンが居た村は元々は皆訳ありの亜種族が集まって出来た村であった。種族の掟に従えない、種族の価値観が合わない、そんな縛りから抜け出そうと皆自分達が自由に生活出来る場所を求めた。セレネもそう感じている者の一人なのかも知れない。そう思うとアレンも少しだけ彼女のことが気になったのだ。


「まぁ……俺はあんたをどうこうするつもりはないし、あんたも何も企んでないなら、このことは誰にも言うつもりはない」

「うん、助かるよ」


 アレンがそう言うとセレネは安心したように肩の力を抜き、アレンに優しく微笑みながらお礼を言った。


「でも良かった。見抜いてくれたのがアレン君で」

「……? なんでだ?」


 ふとセレネが振り返ってそんなことを言って来たので、意味が分からないアレンは首を傾げながら質問する。するとセレネはクスリと笑みを零した。


「私皆にずーっと本当のこと隠して過ごしてたからさ、ちょっと寂しかったんだ。本音で話せないからね。だから魔族だってことを気にしないアレン君に知ってもらえて、良かったなって」


 真っすぐな瞳でセレネが言う為、アレンは思わず正面から彼女の顔を見れなかった。何となく恥ずかしい気持ちになり、身体を横に向けて顔を隠してしまう。


「……あんた変わってるな」

「えー、アレン君だって変わり者って言われてるよ?」


 そう言い合うと二人は笑みを零す。アレンは何だか久しぶりに笑った気がして、気持ちが少し楽になったのを感じた。

 この時間だけ、復讐のことを忘れて生きていられる。そんな気さえしてしまった。だがアレンは忘れることは絶対にしない。目的を果たすまでは。

 それから二人は適当な雑談を交わしながら街の広場まで戻る。そしてそろそろ解散する流れの時、アレンはあることを思い出した。


「そうだ、まだちゃんとお礼を言ってなかった」

「お礼?」

「ああ、ヘビーデーモンを倒してくれただろ? あの時」


 ダンジョンで助けてもらったことをアレンはまだきちんとお礼をしていなかった。彼は咳払いをし、改めてセレネに頭を下げる。


「助けてくれて有難う。セレネ。この恩は必ず返す」

「フフ、真面目だね、アレン君。別に良いよ。私がピンチな時に助けてくれれば」


 アレンの態度に面白がるように笑いながらもセレネはきちんと返事をする。

 それからセレネは用事があるからと言ってギルドとは反対方向に向かって歩き出した。別れ際に手を振り、アレンにお別れを言う。


「じゃぁねアレン君! またギルドで!」

「ああ、またな」


 最後まで元気よく手を振るセレネにアレンも手を振り返し、彼女が見えなくなると面白がるように笑みを零す。すると横から聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「あれ、アレン君?」

「……メルフィス」


 それはメルフィスであった。本屋にでも寄ったのか、脇に何冊もの本を挟んでいる。メルフィスは先程まあでセレネが立ち去った場所に視線を向け、次にアレンの方へと戻した。


「さっきアレン君と一緒に居たのって、もしかしてセレネかい?」

「ああ、そうだけど」

「へぇ、珍しいな。随分と気に入られたみたいだね。アレン君」


 メルフィスは興味深そうに顎に手を置き、何かを考えるように視線を動かし、アレンにそう言う。アレンからすればあまり実感がないため、大した反応も見せなかった。


「別に、ちょっと話しただけだぞ」

「街の中でだろう? 彼女は基本ギルドで依頼を受ける時くらいしか顔を見せないから、普段何をしてるのか知ってる人が少ないんだ」


 どうやらセレネは大っぴらに活動している訳ではないらしい。メルフィスの話では住んでいるところも分からず、彼女のことを詳しく知っている人は少ないらしい。

 セレネの正体を知っているアレンはそれを聞いてなるほどと納得し、静かに頷いた。


「まぁ繋がりをもつことは良いことさ。特にセレネは高い実力を持ってるからね。いざという時は彼女を頼ると良いよ」

「そうだな……そうさせてもらうよ。既に借り一つ作ってるけど」


 実際に彼女の実力を間近で見た為、メルフィスの言葉にアレンも同意する。

 あれだけの実力を持っているのならば冒険者だけでなく、騎士にだってなれるだろう。もちろん騎士になれば正体を気付かれる可能性が更に上がる為、そのようなことは絶対に起こらないだろうが。


「ところでメルフィスは今日何してたんだ? ギルドに居なかったけど」


 ふとアレンはメルフィスの方に顔を向け、そう尋ねる。すると急にメルフィスはニヤリと笑みを浮かべ、何やら怪しい顔つきをし始めた。


「ああ、ちょっとね……実は魔術師協会の方に用事があったんだ。試験的なものを受けてて……それが合格すれば、昇進出来るんだ」

「へぇ、凄いじゃんか。結果はどうなんだ?」

「まだ分からない。まぁ、期待して待っててよ」


 どこか楽しそうな口ぶりで話すメルフィスにアレンは意外そうな表情を浮かべる。メルフィスは普段冷静で、余裕を持った大人な印象を受けるが、今の彼は子供のようにウキウキとしている様子だった。


「それじゃ、アレン君。今日は依頼どうするかい? 実はさっき報酬が良い依頼があるって話を聞いたんだけど」

「ああ、良いんじゃないか? メルフィスに任せるよ。俺はメルフィスの判断に従う」


 話題を仕事のことに変え、二人は自然とギルドに向かって歩き始めた。

 今日もまた冒険者達は日銭を稼ぐ為、己の武器を駆使して戦いへと身を投じる。







「おっさん、勇者と魔王を拾う」2巻、8月10日に発売致します!


詳しくは活動報告を見て頂ければ幸いです!

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