131:疑惑
数日後、治癒魔法のおかげで大分身体を動かせるようになったアレンは早速冒険者ギルドへ向かった。すると入り口を通るなり他の冒険者が寄って来て、アレンに賞賛の言葉を送った。
「おぅ、アレン。お前まだ若いのにダンジョンボスと戦ったってな」
「よく生き残れたな。流石メルフィスと組むだけはあるぜ」
「……どーも」
褒められることになれていないアレンは冒険者達に対して不愛想な返事をする。それでも周りは気にせずアレンを褒め続けた。昼間から酒を飲んで浮かれている者や、やたら肩を小突いて来る者。皆話がしたいから盛り上がっているという雰囲気だった。
どうやらヘビーデーモンと交戦した話が広まっているらしい。だがアレンとしては結局実力で敵わず、助けられた側の為、複雑な気持ちだった。
「おぅ坊主! ヘビーデーモンと戦ったってぇ? 五体満足で帰って来るとはたいしたもんじゃねぇか!」
「グラン……あんたまた昼間から酒飲んでるのか」
カウンターの方に移動しようとすると、その途中でテーブル席の方からグランが声を掛けて来た。その手には酒瓶が握られており、彼の顔も赤くなっている。それを見てアレンは呆れたようにため息を零した。
「祝いだよ祝い! 坊主が生きて帰って来た事にな!」
「絶対俺が来る前から飲んでたろ……」
「がっはっはっは! まぁかたいこと言うな! お前も飲め!」
どうせ適当な理由を付けて酒を飲みたいだけなのだろうとアレンは思い、さっさとグランの前を通り過ぎる。
いつまでも彼らに捕まっていては肝心の仕事が出来ない。自分には果さなければならない目的があるのだ。アレンはその決意を忘れないよう、しっかりとした足取りで進み、ようやくカウンターへと辿り着く。
「ふぅ……今日はやけに話し掛けて来る奴が多いな」
「急に人気者になっちゃって大変そうですね。アレン君」
アレンがため息を吐きながらカウンターに寄り掛かると、向こう側から受付嬢のライラが話し掛けて来た。愛想の良い笑みを浮かべ、どこか面白がるようにアレンのことを見つめている。
「人気者? ……なんで?」
「だってダンジョンボスと戦って生き残ったんでしょう? 凄いですよ。まだ冒険者になったばかりなのに」
アレンが疑問そうに尋ねると、ライラは指を振りながら説明した。
本来ダンジョンボスは普通の冒険者でも遭遇したくない相手であり、討伐する時は複数のパーティで挑むのが推奨される。何の準備もなしにそれと遭遇すれば、間違いなく命を落とす。それだけ危険な魔物なのである。
それにも関わらずまだ冒険者になったばかりのアレンは見事生き残った。更には先輩冒険者を庇う余裕まで見せ、メルフィスとの連携で追い詰めてみせたのだ。それはどの冒険者から見ても賞賛されるべき功績である。
「……でも負けた。俺は運良く生き残れただけだ」
アレンは落ち込むように俯き、自分の手を見つめる。そして弱々しく握り締めた。
アレンは知っている。自分はあの怪物に敵わなかったことを。単純な戦闘力を見れば、明らかに魔物の方が上だったことを。自分は仲間に恵まれ、状況に恵まれた。偶々生き残ることが出来たのだ。そうアレンは認識していた。だがライラは首を横に振り、励ますように優しい声を出した。
「それが大事なんですよ。生き残ることが。生きてさえいれば何だって出来るんですから」
アレンが思わず顔を上げると、ライラはどこか寂しそうな表情でこちらを見ていた。その瞳はアレンではなくどこか遠くを見ているようで、何だか悲し気にアレンには見えた。だがすぐに表情をいつもの笑顔に戻し、ライラは一度その場を離れ、グラスを持って戻って来る。
「どうぞ。私からのお祝いです。生きて帰って来たことの」
「……ありがと」
ライラはそう言うとカウンターの上にグラスを置き、飲み物を注ぐ。茜色で不思議な匂いを放つ飲み物。アレンはお礼を言うとそれを受け取り、口を付けた。甘くて苦い味が口の中に広がる。
それからアレンはカウンター席に座り、その飲み物をチビチビと飲みながらギルドの様子を眺める。相変わらず冒険者達は賑やかで、まるで祭りでも行っているかのようだ。その中からメルフィスの姿を探すが、見つからない。今はまだ来ていないようだ。
「ところでさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「はい、何ですか?」
ふとアレンはあることを思い出す。それを聞いて皿を運んでいたライラも動きを止め、アレンの方に顔を向ける。
「白髪で病人みたいな顔色の男を知らないか? 多分冒険者だと思うんだが、真っ黒な鎧を着てて蛇腹剣を持ってる……」
アレンが探している男。メルフィスに尋ねた時は情報を得られなかったが、受付嬢のライラなら何か知っているのではないかと思い、尋ねる。するとライラは一瞬目を見開いたが、すぐに微妙そうな顔をし、ふっと笑みを零した。
「……えー、何ですかそれ。怪しさ満点じゃないですか。知りませんよ。そんな人」
「だよなぁ……」
そもそもライラは新米の受付嬢だ。特定の人物の情報を持っている可能性は低い。知らなくても仕方がないことであった。
特に期待もしていなかった為、アレンは気にせず飲み物を口にしながら思考を続ける。
(王都のギルドなら何らかの手がかりは掴めると思うんだが……まぁ地道にやっていくしかないか)
アレンが探している男の情報はとても少ない。容姿や身なりが分かっているだけで、それも数年前のことだ。今の容姿と一致しているとは限らない。冒険者というのも恐らくそうだろうという情報なだけで、確実な証拠もない。
手がかりが何一つない、希望のない道のりにアレンは不安を覚える。だがこの旅を止めるつもりは毛頭なく。彼はグラスに入っていた飲み物を飲み干し、大きく息を吐き出した。
「そう言えばセレネさんに会ったらしいですね。どうでした? 彼女」
ふとライラがカウンターにもたれ掛かりながらそう尋ねて来た。それを聞いてアレンは病室で合った黒衣の少女のことを思い浮かべる。
「どうって……まぁ、不思議な感じの人だったかな。強いのは分かるんだが、掴みどころがないって言うか……」
「そうですか? 私は結構話しやすい人だと思いますけど」
「確かにそうなんだが……俺は……」
説明の途中でアレンは言葉を止め、迷うように持っているグラスを揺らす。グラスに移っている自分の顔は今の自分の気持ちを表現するように歪んでいた。
セレネは一見明るく、人当りの良い性格に見える。周りの印象から見ても恐らくそうなのだろう。だがアレンはそれとは別にもう一つの感覚をセレネに抱いていた。ただしその感覚がどういうものなのか具体的には表現出来ず、アレンは誤魔化すように頭を掻いた。
「まぁ美人ですし、目を惹く髪色をしてますもんね。アレン君も男の子だから、ひょっとして一目ぼれしちゃったんじゃ?」
「ねーよ。そんなこと」
アレンの言いにくそうな態度を見てライラはからかうようにそう言って来る。それに対してアレンは見るからに嫌そうな表情を浮かべ、グラスを突き出した。
「わざわざお見舞いにも行ったらしいですね。珍しいんですよ? セレネさんって普段は依頼でずーっとギルドに居ないですから、基本は一匹狼なんですよ」
ライラはグラスを受け取り、片付けをしながらそんなことを言って来る。だがアレンは気にした素振りを見せず、短く息を吐き出した。
「別に……ただ助けた奴が生きてるかどうか確認しただけだろ」
「そうですかねぇ。メルフィスさんの話では結構気にかけてた様子って言ってましたけど……」
アレンが否定してもライラは簡単に話題を止めようとはしない。
多分面白がっているのだろう。アレンからすれば自分にはそんな気持ちはないし、そんな余裕もない。興味のない話であった。
「あっと、噂をすればですよ」
ふとライラがギルドの出入り口の方に視線を向け、そう言う。アレンも振り返って同じように視線を向けると、丁度扉を開けて黒髪の少女が入って来るところだった。真っ黒なローブを纏い、漆黒に覆われた不思議な雰囲気を放つ少女。彼女はニコリと微笑み、周りの冒険者達に挨拶をした。
「やっほー、皆昼間から飲んでるねー」
「おー! セレネ! 来たのか。お前も飲めよ!」
「セレネ! この前のダンジョンボスを倒した話を聞かせてくれ!」
現れたセレネに冒険者達は歓喜の声を上げ、酒を勧めたり武勇伝を話してくれとお願いをし始める。アレンとは比較にならない程の人気ぶりであった。だがセレネは彼らを上手くいなしながら移動し、アレン達が居るカウンターへとやって来た。
「ふぃー、相変わらずだね。ここの皆は」
「セレネさん、また依頼受けに来たんですか?」
「ううん、今日はちょっと別の用事」
カウンターに手を置きながらセレネは疲れたように肩を落とす。彼女の艶のある黒髪が揺れ、その隙間から見える漆黒の瞳が美しく輝いた。それから彼女はアレンの方に顔を向けると、ヒラヒラと手を動かしながら微笑む。
「やっ! アレン君。もう元気になったの? 凄いね」
「どーも……まぁぼちぼち動かせるようになったよ」
セレネの質問に対してアレンは肩を回して見せながら答える。
正直まだ本調子ではないが、それでも歩き回れるくらいには回復した。治癒魔法さまさまである。
「ね。今からちょっと付き合ってくれない? そんなに時間は取らないからさ」
「…………」
急にそんなことを尋ねて来たセレネにアレンは驚いたように視線を向ける。だが自分も話したいことがあった為、少し考えた後了承の意味でコクンと頷いた。
「ああ、分かった。じゃ、ライラ。ご馳走様」
「え、ああ、はい……」
ライラにそう言って席を立つ。セレネもそれを見ると付いて来てと言って歩き出した。周りのテーブルでは冒険者達が物珍しそうに見ていたが、アレンは気にすることなくセレネに付いて行く。
ギルドを出た後、二人はしばらく街の中を歩いていた。目的地は言わず、セレネは散歩を楽しむかのように呑気に鼻歌を歌いながら歩く。
「アレン君はまだこの街に来たばかりなんだっけー? どこに住んでるの?」
「……安い宿屋だよ。道具屋の前にある」
「へー、そうなんだ。あそこの女将さんなら知ってるよ。優しいでしょ?」
「ああ、そうだな」
歩いている最中、セレネは何気ない会話を持ち掛けて来る。アレンも別に秘密にしておく理由はない為、無難に答えておいた。
やがて二人は丘の上に辿り着いた。街を見下ろせる開けた場所。辺りに建物はなく、時折街の子供達が遊んでいたりする。今は周りの人は居ないようだ。
ふと視線をセレネの方に向ければ、彼女は何か小さな実のようなものを食べていた。
「あ、アレン君も食べる? これ」
「……どーも、いただきます」
視線に気が付き、セレネは懐から小さな袋を取り出してそこから実を差し出して来る。拒む理由もなかった為、アレンは有難くその実を一粒貰い、口に放り込んだ。
(にっが……!)
一齧りしただけで思わず口元が歪む程の苦みが溢れ出た。食べれない訳ではないが、何度も食べようと思う味ではない。
「それで? 俺に何か用があるんだろう?」
「んー、まぁ用はあるんだけど、でもないような……?」
「なんだそりゃ?」
何度も噛んだ実を飲み込んだ後、アレンは改めて話題を振る。だがセレネから返って来た答えは何とも曖昧なもので、アレンは不可解そうに首を傾げた。
「えへへ、ごめんごめん。ちょっとアレン君と喋りたかっただけなんだ。なんか気になるんだよね。君のこと」
セレネはクルリとその場で回り、黒髪を揺らしながら両手を合わせてアレンにそう言う。
「ふーん、奇遇だな。俺も実は、あんたのことが気になってたんだ」
するとアレンは両腕を組みながらそう返す。そんな思わぬ告白を聞いてセレネは一瞬ドキリとし、動揺するように肩を揺らした。
「一つ聞きたいことがある」
「うん、なに?」
アレンの要求に対してセレネは臆することなく、笑顔のまま頷く。アレンはそんな彼女の漆黒の瞳を見据えたまま、小さく深呼吸をした後、自分が今まで疑問に思っていたことを口にした。
「あんた、魔族だろ?」
「おっさん、勇者と魔王を拾う」2巻、8月10日に発売致します!
詳しくは活動報告を見て頂ければ幸いです!