13:洞窟での戦闘
リーシャの元に慌ただしい様子で白ローブのリーダー格の男が戻って来た。既にその部屋に精霊の女王は居ない。いずれどちらが正しいか分かるという捨て台詞を残して消えてしまった。それから数分もしない内に男が戻って来た為、リーシャは何か異変があったのだと推測した。
「勇者様、申し訳ありませんがすぐにここから移動させて頂きます」
部下も連れずに白ローブの男はそう言う。その口調にはどこか焦りの色が見えた。
やはり何かがあったのだ。それもこの場所をすぐに移動しなければならない程の異常が。リーシャはそう判断すると笑みを含んだ表情で男に話しかけた。
「どうかしたの?随分と慌ただしいけど……」
「勇者様が気にするような事ではありません。すぐに問題は片付きます」
男はそう言うが、それならばわざわざ移動をする必要はないはずだ。リーシャは白ローブ達が何か問題を抱えているのだと見抜いた。一番考えられる可能性は侵入者。村の誰かが追って来たとか、兵士がやって来たとかであろう。その中でリーシャが一番あり得ると思った物は、父であるアレンが助けに来たという事だった。
「リーシャ!!」
部屋の中にリーシャのよく知る声が響いた。白ローブの男はビクッと肩を震わせて後ろを振り返る。そこにはルナを抱えたアレンの姿があった。片手には剣が握られており、その刃には血が付いている。リーシャは大好きな父親が助けに来てくれた事に満面の笑みを浮かべた。
「父さん!」
「馬鹿なっ……何故まだ貴様が生きている?」
喜ぶリーシャとは対照的に白ローブの男はまるで幽霊でも見たかのように驚く。
男はてっきり部下がアレンを痛めつけていると思っていた。アレンなどその程度の障害だと考えていたのだ。それでも勇者であるリーシャを移動させようと思ったのは、アレンに仲間が居る可能性と兵士達が近くで潜んでいるかも知れないと思っていたからだ。だが予想は外れ、もっとも問題ないと思っていたアレンが未だに追い掛けて来た。この事態に白ローブの男は不機嫌そうに舌打ちをした。
(魔物ですら一瞬で眠りに落ちる眠り粉を大量に嗅がせたんだぞ?ましてやここに来るまでの間にも私の部下は居たはずだ……それを全員倒して来たとでも言うのか?!)
白ローブの男の推測は当たっていた。アレンは眠り粉の影響を受けながらも白ローブの男を追い続け、立ちはだかって来た部下達を全員斬り倒して来たのだ。
「リーシャを返してもらうぞ」
「ぐっ……あり得ん。こんな屑に、ただの村人風情に……我ら勇者教団が負けるはずがない!」
力強く言い放つアレンに白ローブの男はとてつもない敵意を向ける。
彼にとってこの状況は最も好ましくない物であった。自分達が尊敬する勇者を遂に手に入れたというのに、それを邪魔する者、ましてや村人などと言う騎士ですらない存在に阻まれるのがとてつもなく許せなかった。
男は仮面越しにアレンの事を強く睨みつけた。そして手に力を込め、そこに魔力を収束させた。魔法を唱えるつもりなのだ。
「我が祈りに答えよ! 灼熱の聖鳥よ! その業火で我らの邪魔する者を焼き払え!!」
素早く詠唱を言い終えると男は手の平に出来上がった炎の塊をアレン達に投げつけた。ここの空間はそこまで広い訳ではない為、ただでさえ出入口に立っていたアレンは避ける事が出来ない。轟音と共に辺りに猛火飛び散り、アレンは炎に飲み込まれた。
「父さん!!」
「ははははは! どうだ! これが勇者様を信仰する我らの力だ!!」
炎に飲み込まれたアレンとルナを見てリーシャは思わず声を上げる。白ローブの男は流石にこれでアレン死んだだろうと思い、高笑いを上げた。しかし突然炎の勢いが弱まり、中心部から水の蛇が現れた。その蛇は辺りに飛び散っている炎を一瞬で消し去った。
「水の盾よ、我らを守りたまえ……子供に向かって随分と酷い事をするじゃないか。勇者教団様」
「なに……ッ?!」
傷一つに負わずに出て来たアレンを見て白ローブの男はまたもや驚愕する。
今度の衝撃はあまりにも大きかった。男はかつて魔術師として働いていた事があり、その実力はかなり高い物と言われていた。そんな彼が今しがた放ったのは渾身の火魔法。火力も十分、詠唱もきちんと言い切った。その一撃を、ただの村人の男であるはずのアレンに簡単に打ち消されたのだ。彼のプライドはズタズタに引き裂かれた。
(こ、こいつ……魔法まで使えるのか……?! ま、まさか、ただの村人ではないのか……!?)
今まで男はアレンなどただの村人の男で、たまたま勇者であるリーシャを拾っただけだと思っていた。自分に語り掛けてくれた精霊がそう言っていたからだ。だからそれを信じ、嘲笑った。所詮勇者教団の自分達には敵わない。屑のような存在だと。だがここに来て男はそれは違うのではないかと思い始めた。
自分の渾身の火魔法すら打ち消し、眠り粉を吸っても未だに動き続ける。そんな事をただの村人風情が出来る訳がない。男はひょっとしたら自分が相手しているのは、とんでもない存在なのではないかと疑い始めた。
「悪いが俺もキツいんだ。さっさと終わらせてもらうぞ」
「なっ……な、舐めるなあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アレンは少しふらつきながらそう言うと持っていた剣を構えた。いつまでも反抗して来るアレンに白ローブの男は怒りを覚え、咆哮を上げながら走り出した。
魔法が効かないからと言って手段がないわけではない。白ローブの男は懐からナイフを取り出すとアレンへとそれを突き立てた。しかしアレンはするりとそれを避け、すれ違い際に白ローブの足を剣で斬りつけた。鮮血が飛び散り、男は悲鳴を上げながら体勢を崩して地面に顔をぶつけた。
「ぐっ……は……あがぁぁぁ!?」
盛大に顔をぶつけて仮面が外れ、醜い顔をした白ローブの男は地面を転げ回った。動けば動く程傷が酷くなるというのに、男は自ら苦しめるように暴れ回っている。そんな彼を哀しそうにアレンは見つめ、リーシャの元へ向かう。
「ふぅ……大丈夫か?リーシャ」
「うん! 父さんが助けてに来てくれるって信じてたから!」
ルナを一旦下ろしてアレンはリーシャの縄を解いた。解放されたリーシャは嬉しそうにアレンに抱き着く。よっぽど父親が助けに来てくれた事が嬉しいようだった。アレンもリーシャが無事だった事を喜び、抱き着いて来る彼女の頭を優しく撫でた。
「がっ……あり得ん! あってはならんのだ! 我々崇高たる勇者教団が……下衆な人間などに負けるような事があっては……!!」
一方で暴れ回っている男は未だに地面を転げながら天に向かって訴えかけていた。最早立ち上がる事すら出来ない状況だというのに、それでも抵抗するのは強い意思を持っていると言えよう。しかし言葉で訴えるだけで、行動には移そうとしない。そこがアレンと白ローブの男の決定的な違いであった。
アレンもリーシャも最早白ローブの男に脅威はないと思って全く気にしていなかった。しかし、いつの間に現れたのか一つの光の球がふわふわと白ローブの男の真上を飛び、突然光り輝き始めた。
「まさかあの男がここまで強いとは……少々予想外です」
それは精霊の女王だった。まだこの部屋に残っていたらしく、顔だけ実体化させてその様子を見下ろしていた。女王はアレンの予想外の強さに驚きの表情を見せるが、その程度でリーシャの事を諦める程物分かりがよくなかった。
「仕方ありませんね……耐えられるか分かりませんが、少しだけ力を授けて上げましょう」
女王はそう言うと光の球に戻り、光の粒子を広げながら輝き始めた。リーシャがその異変に気付いた時には遅く、女王は星屑のように小さな光を白ローブの男に浴びせた。するとたちまち男の傷ついた足が治り、男は叫ぶのを止めて起き上がった。
「お……お、おおおお?! な、なんだ?力が湧いて来るぞ……?傷も痛くない!」
白ローブの男は女王の存在には気付いていなかったらしく、突然傷が治った事に驚き、更に自分の中から今まで感じた事もない力が沸き起こってくるのに歓喜した。
アレンも先程まで再起不能だったはずの白ローブの男が立ちあがったのを見て驚愕し、地面に下ろしていた剣を拾うと構え直した。
「なんだと?何故まだ立ち上がれる……?」
「ふははははは!! そうだ! もっと力ヲ! 私二力ヲォォオオオ!!」
男は溢れ出てくる力を更に求め、天を仰ぎながら手を伸ばした。彼の足元から光が溢れ始め、それが彼の身体を包み込んで行く。アレンは警戒し、僅かに距離を取った。まだ眠っているルナとリーシャを守るように彼女達の前に立つ。
そして光に包まれていた男は姿を変え、光り輝く騎士へとなっていた。その姿は初めに着ていた白いローブや仮面を模したような甲冑になっており僅かに透けて見える。恐らく精霊に近い存在となったのだろう。
「我ガ名ハ〈光の守護騎士〉……教団ニ仇ナス者ハ全員天ノ裁キヲ受ケルガイイ!!」
男の声色は変わっており、騎士に姿を変えた彼は野太く響くような声を発しながらアレン達に光輝く剣を向けた。アレンもリーシャ達の事を守りながら剣を構える。
「どうなってるんだ……?一体何が起こってる?」
アレンは困惑していた。倒したはずの男が突然復活し、二倍くらいの体格がある光の騎士へと姿を変えた。何らかの魔法なのか、それとも勇者教団の力だとでも言うのか。いずれにせよ騎士から発せられる強烈なプレッシャーはアレンに冷や汗を掻かせる程であった。
アレンは不安に思う。万全ではない今の自分にリーシャ達を守りながらこいつを倒せるかどうかを。
「父さん……!」
「リーシャ、ルナを守ってろ!」
いずれにせよ光の騎士は自分に対して敵意を向けている。あれが白ローブが自分に向けていた敵意と同じ物である事は明白だ。ならばアレンは先程と同じ事をするのみ。冒険者だった時はいつもしていた事だ。----敵を倒す。
アレンはリーシャ達を下がらせると剣を強く握り締めた。それと同時に光の騎士も動き出し、その体格とは裏腹にとてつもない速さでアレンの眼前へと迫って来た。
「----ッ!!」
気付いた時にはアレンの頭上に光の刃が振り下ろされていた。アレンはほぼ本能的に剣を頭上に突き出し、その光の剣を受け止める。ギィンと鈍い音が響き、アレンの手に電流のような衝撃が走った。
「っつあ……!!」
「----!」
腕が叫び声を上げている。痺れと激痛によって感覚が麻痺する。アレンは歯を食いしばりながら手に思い切り力を込め、光の剣を跳ね返した。騎士もまさか押し返されるとは思わなかったのか、僅かに動きが鈍る。その瞬間アレンは騎士の甲冑の隙間に剣を突き刺した。だが、手応えはない。
やはり人間の身体とは違うのかとアレンは嫌な予感が的中し、舌打ちをする。するお騎士も笑い声を上げてアレンを蹴り飛ばした。
「グハハハハハ!! 無駄ダ無駄ダァ! 私ハ既二人間ヲ超越シテイルノダ! 貴様ノ剣ナド無意味ィ!!」
騎士は野太い声で笑いながらそう言った。アレンは壁に激突し、咳き込みながら起き上がる。幸い剣は離さなかった。すかさずリーシャがアレンの傍に駆け寄り、心配そうに顔を覗き込む。
「父さん! 私も戦う!」
「駄目だ! ……お前達は下がってろ。お前はまだ子供だ……大人の俺に任せなさい」
リーシャは白ローブの男が持っていたナイフを拾ってそう進言した。しかしアレンは立ち上がりながらそれを許さなかった。
確かにリーシャの力があればあの騎士を倒す事が出来るかも知れない。だが確実とは言い切れないのだ。子供の彼女を危険な目に遭わせる訳にはいかない。ただの強がりかも知れないが、父親であるアレンは娘達に安全で居て欲しかったのだ。
「でも……!」
「心配するな。俺は何があってもお前達を守る」
心配そうな顔をするリーシャに優しく微笑みかけながらアレンはそう言った。
既に薬のせいで身体はボロボロ。相手は今まで相手した事がない化け物。更には剣が効かないという強敵。ーーーーだがそれがどうした?アレンはそんな困難に直面しても笑って見せた。
自分が冒険者だった時はそんなの日常茶飯事だった。毎日見たこともない魔物と遭遇し、時には硬い鱗で剣が弾かれ、時には特殊なバリアーで魔法は無効化された。自分が持つ武器で攻撃が効かないなどよくある事だ。だからアレンは様々な手段を用いた。武器を変え、たくさんの魔法を覚え、自力でアイテムを作った。今回もそれと同じ事をすれば良いだけだ。
どことなく懐かしい気分になりながらアレンは気持ちを冷静にさせ、静かに光の騎士を見つめて分析を始めた。
(僅かに透けているのは恐らくゴースト系、精霊系の体質を得たからか……何故そんな姿になれたのかは分からないが、ソッチ系なら俺の専門分野だ)
恐らく光の騎士はモンスター系の種族となったのだろう。それならばアレンの専門分野であった。人間の時なら多少躊躇いがあったが、こちらの姿をしていてくれるならむしろやりやすい。アレンは迫り来る光の騎士に立ち向かい、振り下ろされた剣に素早く対応した。
「フハハハハ! ソウダ、コノ力ガアレバモウ勇者モ必要ナイ!! 私ガ魔王を滅ボシ、コノ世界ヲ支配シテヤロウ!!」
「----ふっ!」
大きく振りかぶって振り下ろした光の剣を避け、アレンは騎士の股を潜り抜けて背後へと移動する。その際に彼は自身の剣に付加魔法を掛けた。火属性や水属性といった属性の力を付加させる特殊な魔法。時にその属性を得た剣は実体のない者に影響を及ぼす力を得る。
「聖なる炎の剣よ! 力を貸したまえ!」
詠唱を終えるとたちまちアレンの持っていた剣は赤い光に包まれ、まるで炎の剣のごとく熱を持ち始めた。そのまま背中の甲冑の隙間から躊躇なく剣を突き刺す。
「付加魔法、火属性……!」
「グッ……ガアアアァァァァ!? ナ、ナニィィィイ?! ア、熱イ! 身体ガッ……ァ、ァァアアアアアア!!?」
背中に剣を突き刺されたせいで騎士は死角に居るアレンを除去する事が出来ず、腕を振って暴れ回る。しかしアレンもピッタリと背後に張り付いており、そのまま剣を突き刺し続けた。火属性で得た効果によって騎士は炎の熱にもだえ苦しみ、身体を構築している光が粒子となって分散していった。
そして小さな爆発音と共に粒子は辺りに飛び散り、騎士を構築していた光は消え去った。代わりに人間の姿に戻った白ローブがその場に倒れ、動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
アレンはようやく脅威が去ったと判断し、大きく肩を落として息を切らした。ずっと痺れと痛みに耐えながら立っていた為、彼の脚は自然と震えていた。それくらい疲労が溜まっていたのだ。
「父さん!」
そんなアレンの元にリーシャが駆け寄って来た。目からは涙が零れており、我慢出来ずに泣いてしまう。アレンはもうフラフラで今にも倒れてしまいそうだった。駆け寄って来たリーシャを受け止め、力一杯抱いてあげた。
「良かった……! 父さんが無事で……!」
「おいおい……俺はそう簡単に負けないよ。言っただろう?お前達を守るって」
実際かなり危ない所だったがアレンはやせ我慢してリーシャにそう言って見せる。それを聞いてリーシャは安心したように笑みを見せた。
「さぁ戻ろう……ルナも一緒に、村に帰ろう」
リーシャを地面に下ろし、アレンはそう言ってまだ眠っているルナの元へ向かった。薬のせいで眠っている為、無理に起こさない方が良いだろう。そのままアレンはルナを抱き上げてリーシャと手を繋ぎながら洞窟を後にした。