127:ダンジョンの影
次の日、アレンはギルドのカウンター席に座り、飲み物を片手にぼーっとギルドの様子を眺めていた。
何人かの冒険者達は依頼書の前で睨めっこをしており、他の冒険者達はテーブル席の方に座って昼間から酒を煽っている。どこからか陽気な歌が聞こえて来ると、一人の冒険者が踊り始め、他の人達もそれに釣られて楽しそうに歌い出す。冒険をする者という名を持ちながら、随分と怠慢な光景であった。
「……なんて言うか、意外と冒険者って暇なんだな」
「良い依頼がないと大体こんな感じですよ。ウチはレストランも兼ねてますからね。お昼を食べる為だけにギルドに来る人も居ます」
アレンがため息を吐きながら感想を零すと、カウンターの向こう側に居る受付嬢のライラがそう教えた。
王都のギルドでは料理も提供している為、ギルド内では依頼を受けるだけでなく食事を取ることも出来る。カウンターやテーブルも多く設けられている為、居つく冒険者達が多いという訳だ。
「そういうもんか」
「そういうものです」
アレンが興味なさげにそう言うと、ライラはニコリと微笑んで頷く。すると隣の席から男がお酒のお代わりを注文した。ライラは愛想の良い笑みを浮かべながら応え、厨房にお酒を取りに行く。
ライラはまだ新人の受付嬢である為、カウンターでの仕事も受け持っているらしい。その辺りの規則をアレンは知らない為、大して興味はないが、顔見知りのライラが色々と教えてくれるのは助かっていた。
「ところで、アレン君こそ依頼は受けないんですか?」
「んー……まぁ受けるつもりではあるんだけど……」
カランとグラスを傾け、氷を口に放り込みながらアレンは掲示板の方へと視線を向ける。
アレンはまだ銅級冒険者。受けられる依頼も下級のものばかりの為、報酬は少ない。生活していくにはたくさんの依頼を受けて少しでも報酬金を多く手に入れなければいけなかった。
だが、彼はまるでそんなことには興味ないとでも言うように冷たい瞳で掲示板を見つめ、やがてカウンターの方へと視線を戻した。
「もう少し様子を見るよ……」
「いっぱい依頼を受けないと昇格試験を受けられませんよ? アレン君は筋が良さそうだから、すぐに上級冒険者になれそうですけど」
「期待し過ぎだ。俺にそんな実力はない」
「えー、昨日メルフィスさんだってアレン君は見所があるって言ってましたよ」
「…………」
持ち上げられることに慣れていないアレンは口を閉じて黙ってしまう。ライラはそれを見て彼なりに照れているのだろうと思った。
それからライラはカウンターの仕事に戻り、アレンも飲み物をおかわりしてそれをちびちびと飲みながら時間を潰す。するとアレンの元に一人の青年が近づいて来た。
「やっ、アレン君」
「……メルフィス」
小麦色の髪を後ろで結って垂らし、優し気な顔つきをした翠目の青年、メルフィス。彼はアレンの前に現れると微笑んで手を振り、挨拶をする。そんな姿を見てアレンは複雑な表情を浮かべた。
「良さそうな依頼があったんだけど。一緒に受けないかい?」
「ん……ああ、やるよ」
メルフィスは一枚の依頼書を見せながら誘う。アレンもグラスに入っていた飲み物を一気に飲み干すと、カウンターにお代を置いてメルフィスと共に移動した。
受付で手続きを済ませ、早速目的地へと向かう。道中、街を歩きながらアレンは聞こえないくらい小さくため息を吐いた。
「……来ないかと思ったよ」
「ん? ……ああ、ハハ。昨日言ってたことを気にしてたのかい?」
アレンが後悔している表情を浮かべながらそう言うと、メルフィスは大して気にしている素振りも見せず頬を掻く。
「まぁ、確かに最初は驚いたけど……実はそこまで珍しいことじゃないんだよ。君みたいな目的を持った冒険者はね」
メルフィスは前を向いて歩きながらどうってことないようにそう言った。それを聞いてアレンは意外そうに顔を上げ、メルフィスの方を向く。
「そうなのか?」
「うん。これまで三人くらいそういう人達を見て来たかな」
指を折って数えながらメルフィスは自分の記憶を思い起こす。人を殺すことを目的としている人間などそう居ないと思っていたアレンは思わず口をぽかんと開けた。
「一人目の人は復讐で、恋人を殺されたとか言ってた。二人目は友人に頼まれたらしいよ。三人目は……忘れた」
指を立てながらメルフィスは懐かしそうにそう言う。
アレンよりも少し歳が上なだけのはずなのに、どうやらメルフィスは多くの人物と出会ったことがあるらしい。
「まぁとにかく、冒険者は良くも悪くも誰でもなれる職業だからね。色んな人達が集まる所なんだ。だからアレン君もそんな気にする必要はないよ」
王都に来たばかりのアレンが簡単に冒険者になれたように、冒険者は厳しい審査がない。身の上が分からない人間が冒険者になることだって出来るのだ。だからこそ様々な人間が集まる。その中には当然、純粋に冒険者になることを目的としていない者も混じっている。
「君の目的や理由を無理に聞き出すつもりはない。冒険者の中には悪い奴もたくさん居るからね。僕はあくまでもアレン君の実力を気に入っただけだから、単純に仕事仲間として接して欲しい」
メルフィスはアレンの方に顔を向けながらそう自分の思いを伝えた。
自分達はパーティを組んでいるだけであって、お互いのプライベートに踏み込むような仲ではない。共に依頼を受ける仲間としてだけ付き合う。メルフィスはアレンのことを考えてそう歩み寄った。
「それじゃ駄目かな?」
「いや……助かる」
アレンはそれを聞いて申し訳なさそうに俯き、お礼を言った。
実際今の自分には余裕がない。少しでも早く目的を果たさなければならないのだ。そして何より恐ろしいのは、自分は新たな仲間を得て、レドを失った悲しみを忘れてしまうことだ。
あの時の出来事を過去のこととして忘れたくない。あの時の怒りを嘘だったとは言いたくない。何よりレドの為にも必ず復讐を果したい。だからアレンは、ただただ冷たい瞳をしたまま生き続ける。
「まぁ僕も先輩冒険者だからさ、何かあったらアレン君の力になるよ。仮にも〈閃光の魔法使い〉って呼ばれてるんでね」
「ああ……その時は頼りにさせてもらうよ。メルフィス」
最後にぽんと自分の腕を叩きながらメルフィスは自分の頼り甲斐を主張する。
もっとも細身の彼に主張出来る程の筋肉は付いていない為、見た目だけでは頼り甲斐は感じなかったが、昨日の戦いを知っているアレンはメルフィスの実力を十分理解している為、頼もしそうに小さく頷いた。
そうして二人は街の門に辿り着くと、手続きを済ませて街の外へと出た。相変わらず広大な大地が広がっており、涼しい風が流れて来る。
「それで、今回の目標は?」
「昨日と同じ魔物の討伐さ。だけど今回はダンジョンに潜る。アレン君はダンジョン経験は?」
ダンジョン。魔物や罠が潜んでいる特殊な迷宮。経験を積む為や珍しいアイテムを入手する為に潜る冒険者が多く、ダンジョンは様々な地域に幾つも存在している。難易度はまちまちで、時には伝説級の魔物が潜んでいるダンジョンが発見されることもあった。
当然ずっと村に住んでいたアレンにダンジョン経験があるはずもなく、首を左右に振る。
「普通の洞窟ならあるが、ダンジョンはない。問題あるか?」
「いや、アレン君の実力なら大丈夫だよ。最下層まで潜る予定はないし、今回の目標も上層だから、比較的弱い魔物しか居ない」
メルフィスはしっかりと依頼書を確認しながらそう答える。
どうやら今回のダンジョンはアレンの実力でも問題ないらしい。そもそもダンジョンは階層によって徘徊している魔物の実力も変わり、比較的深く潜る程強い魔物が潜んでいる。最下層にダンジョンを形成している核となるものが存在している為、魔素が濃くなって魔物が強くなるそうだ。故に魔素が薄い上層なら魔物も影響を受けない為、大して強くない魔物が多いらしい。
それからしばらくして、二人は目的のダンジョンに到着した。街の一番近くにある比較的攻略が簡単なダンジョン。そこは遺跡のような場所になっており、中央に建てられた入り口からダンジョンに潜れる仕組みになっている。
メルフィスは何度もダンジョンに潜っている為、大して恐れず入り口を開けてダンジョンの中へと入る。アレンも少し遅れて後を追いかけた。
中は薄暗く、周りが土の壁で出来ている大きな迷路の形状となっていた。通路は意外と広く、かなり奥まで続いているらしい。どこかに通気口でもあるのか、冷たい風が吹いていた。
「ここがダンジョンか……何か涼しいな」
「入口が幾つもあるからね。迷子にならないよう気を付けて」
メルフィスは杖を振るい、小さな光の球を出現させて辺りを照らす。
いくら実力のある冒険者でも暗闇は危険だ。どこから敵が襲って来るか分からない。アレンも腰にある剣に手を添え、いつでも動けるよう準備をした。
少し先へと進むと広い空間へと出た。幾つもの通路が繋がっており、所々に魔物の爪痕らしきものがある。恐らくこの空間でよく魔物と冒険者が戦闘するのだろう。
「……?」
ふと、メルフィスは脚を止める。周りに光の球を浮かせたまま注意深く辺りを確認し、不可解そうに首を傾げた。
「どうした? メルフィス」
「ん……いや、気のせいかも知れないけど……何と言うか……」
アレンが周りを警戒しながら尋ねると、メルフィスは地面に膝を付き、集中するように目を瞑った。そして小さく息を吐いて目を開けた後、何やら納得いかなそうな表情を浮かべる。
「魔物の気配が少なすぎる。襲って来る魔物が全然居ないし、魔力もかすかにしか感じない……」
メルフィスが疑問に思っていること、それはダンジョン内から感じられる魔物の気配が異常に少ないということであった。
いくら難易度の低いダンジョンと言え、これ程魔物が少ないダンジョンは明らかにおかしい。だが通常のダンジョンを知らないアレンは不思議そうに首を傾げる。
「いつもと違うのか?」
「うん。普段ならもっとたくさん魔物が徘徊しているはずなんだ」
立ち上がり、杖を強く握り締めながらメルフィスはそう言う。
異常な状況であることは間違いない。問題はそれが自分達にとって有利なのか不利なのかを見極めることだ。現状ではまだ何とも言えない。
口元に手を当てて少し悩んだ後、メルフィスは口を開いてある提案をした。
「もう一つ下の階層に行ってみようか。大して強さも変わらないから、アレン君でも問題ないはずだよ」
「分かった」
単にこの階層だけ魔物が少ないだけかも知れない。多くの冒険者が殆どの魔物を討伐してしまったのか、単純に数が減っているだけなのか。いずれにせよこの階層では依頼も達成することが出来ない為、二人は狩り場を変えることにした。
更に奥へと進み、下の階層へと行ける階段を見つける。アレンはそれを見て何故ダンジョン内に階段があるのかと疑問に思ったが、今は聞かないことにした。
下りた先の階層は上の階層とさして雰囲気は変わらない。ただし迷宮になっている部分は少なく、大きな空間が広がっていた。城一つ建ちそうなくらい広く、それだけ暗闇も広がっている。メルフィスは光の球を前に出し、アレンと共に警戒しながらその空間を進んだ。
「う~ん……やっぱり、妙だな。魔物達がまるで隠れているみたいだ」
しばらく進んだ後、メルフィスはもう一度目を瞑って意識を集中させた後、やはり魔物の気配が少ないことに疑問を覚えた。
正確には魔物が完全に居ない訳ではない。かすかに気配は感じるのだが、息を潜めているようにその存在感は薄いのだ。
「なんでそんな状態に? 冬眠時期とか?」
「いや、違うと思う。大体色んな種族が居るんだし、いっぺんに冬眠なんてありえない」
メルフィスは現状で魔物達が出て来ない理由を考える。だがすぐに思い付く原因は浮かばず、困ったように杖で地面を突いた。
すると突然、前方の暗闇の中から走る音が聞こえて来た。
「……ッ!」
すぐさまメルフィスは光の球を前に移動させ、アレンも剣を引き抜く。その数秒後、二人の前に昆虫のような見た目をした四足型の魔物が複数現れた。しかしその魔物達はアレン達に構うことなく、通り過ぎて暗闇の中へと姿を消してしまう。
「な、なんだ……!?」
「今のは……キラーセクト! 人間を真っ先に襲うはずの魔物が何故……!?」
メルフィスは通り過ぎた魔物を見て驚きの声を上げる。
何故ならば今の昆虫のような見た目をした魔物はキラーセクトと言い、凶暴な魔物として知られているからだ。何より恐ろしいのは人間を背後から狙い、気付かれぬまま食い殺そうとして来る習性があるところである。そんな魔物が第二階層に居るのはおかしいし、自分達に目もくれず通り過ぎるのも明らかにおかしい。メルフィスはいよいよこのダンジョン内で異常現象が起こっていることを悟った。
「……これは、どう考えてもおかしいよな?」
「ああ……おかしい。それもかなりの、異常事態だ」
ダンジョン知識がないアレンでも流石に異常だということは分かり、辺りを更に警戒する。メルフィスも杖を手元に戻し、光の球で周りを再度確認した。
「メルフィス、方針を決めてくれ。お前の方がダンジョンに詳しいだろう?」
「……一度出口に戻ろう。このままダンジョン内に居るのは危険だ。まずは情報を確認する必要がある」
メルフィスは一度撤退することを提案する。アレンは素直にそれに従った。
ダンジョン内で異常が起こっていることは明白だ。どのような異常事態なのかは分からないが、わざわざそんな場所に留まり続ける理由はない。一度安全な場所に戻り、他の冒険者などと情報を共有する方が得策である。もしかしたら原因が分かるかも知れない。
二人は周囲を警戒しながら来た道を戻り始める。その際、アレンは何となく嫌な感覚を覚えていた。このまま無事に撤退することは出来ない。きっと何か嫌なことがある。そんな気がしたのだ。
アレンは手にしている剣を強く握り締める。その瞳は変わらず、冷たいままであった。
「おっさん、勇者と魔王を拾う」2巻、8月10日に発売致します!
詳しくは活動報告を見て頂ければ幸いです!!