126:冒険者ギルド
その後、アレンはレドの遺体を屋敷の庭に埋めた。
誰にも手伝ってもらうことなく、誰かに伝えることもなく、まるでレドが死んだことを知られたくないかのようにアレンはそれらの作業を全て一人で行った。
それから村に戻り、魔物の対処が済んだことを村人達に伝えた。村長はレドの姿がないことを問うてきたが、アレンは何も答えなかった。それを見て村長も何かを察したのが、それ以上追求しようとはしなかった。
そしてアレンはレドの遺言通り村長の計らいで新しい家に住むことになった。アレンもレドの居ない屋敷で生活する気にはなれなかった為、それに同意した。
新しい家には一人で住んでいたが、時折村長や近所の村人が様子を見に着たりしていた為、特に不便はなかった。
それから数年後、すっかり青年へと成長したアレンはとうとう村を旅立つ決意をした。
「うう、ひぐっ……ぅぐ……」
「おいシェーファ、そんなに泣くなよ。アレンも困ってるだろ?」
早朝、村の門の前では旅立つアレンを見送る為に多くの村人が集まっていた。その中には幼馴染のダンとシェーファの姿があった。するとシェーファはアレンが居なくなってしまうことがさみしいのか、珍しく子供のように泣きじゃくっていた。
「うくっ……知らないからね。あんたみたいなぼんやりした奴が王都に行ったところで、すぐ逃げ帰って来るのがオチなんだから……」
泣いているのを見られるのが恥ずかしいらしく、手で顔を隠しながらシェーファは恨み言を言うようにそう言葉を零す。それを聞いてアレンは困ったように頭を掻いた。
「そうならないように努力するよ」
「ふん……馬鹿アレン」
アレンが答えるとシェーファは鼻を鳴らし、ダンの後ろへと隠れてしまった。
なんだかんだ言ってシェーファもアレンが旅立ってしまうことがさみしいようだ。普段はクールに振舞っている彼女も友人は大切らしい。そんなシェーファを励ますようにダンは肩を叩き、視線をアレンの方に向けた。
「頑張れよ、アレン。俺は応援してるぜ」
「まぁ、ぼちぼちやるさ」
ダンもさびしげではあったが、シェーファのように大泣きする程ではなかった。むしろアレンの旅立つ勇気を尊敬しており、彼を称えていた。
「もうお前と馬鹿やれないと思うとさみしいよ。まぁお前は器用だから、王都でも上手くやれるだろ」
「ああ。ダンも元気でな」
「おう、いつかまた会おうぜ」
ダンは拳をぐっと突き出し、そう言葉を投げ掛ける。アレンもそれを聞くと頷き、拳を重ね合った。
それからアレンは他の村人達とも言葉を交わし、最後に村長の前に立つ。
「アレン、くれぐれも無理はするのでないぞ。お前さえ良ければいつでも村に帰って来て良いのだからな」
「有難う、村長……今まで世話になった」
村長はアレンに優しく言葉を掛けるが、アレンは僅かに視線を逸らして頷くだけだった。村長はその時の彼の目つきに気が付く。レドを失って以来、一人で生きるようになってからアレンがするようになった瞳。まるで飢えた獣のような、鋭い目つき。アレンは未だその危うさを孕んだ目つきをしていた。
村長は悲しそうに息を零す。結局、自分の力だけではアレンのその変わってしまった瞳を元に戻すことは出来なかった。他の村人達も協力してアレンに優しく接したが、彼が昔のような優しい性格を取り戻すことはなかった。
きっとそれはレドを失った理由と関係しているのだろう。だがその原因すらアレンは語ろうとしてくれなかった。自分達は小さな子供一人救うことは出来なかったのだ、と村長は無力さを呪った。
一方でアレンは普段通りの態度で皆に接する。自作した装備を身に纏い、茶色のマントを羽織って門の前に立つ。そして最後に村人達の方に振り返ると、彼なりに精一杯の笑みを浮かべて手を振った。
「じゃあな、皆」
そう言ってアレンは背を向け、迷いなく門を抜けて村から旅立った。村人達は手を振ったり、応援の言葉を送っていたが、アレンは一度も振り返ることなくやがて姿は森の中へ入る。
しばらく足場の悪い所を歩き続けるが、やがて山のふもとまで来ると道が見えて来た。旅人や商人が使う道だ。普段アレン達村人はここまで山を下りることはない。せいぜい反対側にある西の村に訪れる時くらいである。つまり、この景色を見るのはアレンは初めてであった。
「さてと……この道をまっすぐ行けば王都に着くのか……」
アレンは鞄から地図を取り出し、きちんと道順を確認する。
王都までの地図は西の村で入手している為問題はない。気になるのはどれくらい時間が掛かるか、道中に脅威がないかくらいだ。
道順を確認し終えた後、アレンは自然と地図をぎゅっと握り絞めた。そして険しい顔つきで眉間にしわが寄って行く。
「……俺は俺のやりたいことをするぞ。婆さん」
誰かに宣言する訳でもなく、ただ静かにそう呟くとアレンは地図を鞄にしまい、再び道を歩き出した。その足取りは力強く、迷いがなかった。
それからアレンは通りかかった商人の馬車などを利用し、数日かけて王都へと辿り着いた。門のところで一度門番に止められたが、村人の証を見せて王都に来た理由を言うとあっさりと入ることが出来た。人の出入りが多い都市の為、出入りはそれ程厳しい訳ではないらしい。
アレンは少しだけ緊張しながら王都の中へと脚を踏み入れる。するといきなり視界に道が埋め尽くされるくらいの人混みが飛び込んで来た。更に村では見た事ないくらい高い建物に、奥の方には巨大な城が見えて来る。
「ふー、ようやく着いた。ここが王都か。村と比べてめちゃくちゃ広いな。人も多いし、建物でっかぁ」
アレンはそんな初めて見る光景に目を回し、一度落ち着く為に大きく息を吐き出した。
青年になったと言ってもアレンはまだ大人ではない。多少なりとも初めて見る王都に興奮している節があった。だが気持ちを落ち着かせた後、彼は王都に来た明確な理由を思い出す。
「さてと、それじゃぁやることやったら早速冒険者ギルドに向かうか」
アレンは自身の目的を果たす為に歩き出す。
まずは寝床の確保。適当な宿屋を見つけてそこの部屋を借りる。お金はレドが遺してくれた分がある為、当面は心配ない。まるでこうなることが分かっていたかのような準備の良さだ。アレンは宿屋の店長にお金を渡すと、残りのお金が入った袋を大切そうにしまった。
そしていよいよ目的である冒険者ギルドへ向かう。
冒険者ギルドはレドの屋敷よりも大きな建物で、まるで要塞のようであった。入り口には大きな扉が設置されており、冒険者らしき重装備を着た者達が何人も出入りをしていた。
アレンはそれを見ても臆することなくギルドの中へと入る。すると中ではカウンターに座っている者や依頼書の前に立っている数人の冒険者達がアレンのことに気が付き、視線を向けた。だがすぐに興味を失ったかのように視線を戻す。そしてアレンもまっすぐ受付の所へと向かった。
カウンターで冒険者になりたいことを伝え、受付の女性は分かりましたと愛想の良い笑みを浮かべて頷く。それからアレンは簡単な試験を受けることとなった。
冒険者になる為にはある程度の実力と覚悟がなくてはならない。そこさえクリアすればどんな人物でも冒険者になることが出来る。アレンは一般的な知識や危機回避能力があるかどうかのペーパーテストを受けた後、試験官の人物と手合わせを行った。既にレドの訓練を受けているアレンは十分な実力があると判断され、難なく試験は合格出来た。
「おめでとうございます。今日から貴方は銅級冒険者です。こちらが冒険者の証であるバッジです」
カウンターの方に戻ると先程の受付嬢が銅で出来たバッジをアレンに渡して来た。綺麗な装飾が施されており、中心には何やら古い文字が刻まれている。アレンはそれをピンと弾き、宙に浮かして片手でキャッチした。
「銅ってことは、上は銀とか金なのか?」
「はい。冒険者は銅、銀、白銀、黄金の四つに分けられています。黄金級はほんの数人しか居ない最上級の冒険者です」
「ふーん……」
じゃぁ自分はなれないな、と自虐的なことを考えながらアレンは銅のバッジを見つめる。
別にもっと上の冒険者に興味がない訳ではないが、自分の目的はもっと別のことにある。今はそんな肩書や地位に興味を持っている場合ではない。アレンはばっさりとそう切り捨てると、さっさとバッジを懐にしまった。
「依頼は今日からでも受けられます。銅級なのでまだ下級の依頼しか受けられませんが、上級冒険者を目指して頑張ってください」
「あいよ……あ、最後に、お姉さん名前なんて言うの?」
早速依頼を受けようとアレンは依頼書が張られている掲示板に向かおうとする。だが思い出したように立ち止まり、受付嬢の方に顔を向けて名前を尋ねた。まだ王都に来たばかりで色々と知らないことが多い為、少しでも情報を得られるよう、名前だけでも知っている関係になりたいと考えたのだ。
すると受付嬢はニコリと可愛らしい笑みを浮かべた。それは客に向ける形だけ良い笑みとは違う、本当に相手のことを心から想うような優しい笑みであった。
「ライラと申します。まだ新人ですが、精一杯皆様のサポートをさせて頂きます」
「そっか、よろしく。俺はアレン。また何か分からないことあったら聞くから、その時は頼むよ」
受付嬢ライラはそう言って丁寧にお辞儀をする。アレンも手を振って最低限愛想よく振る舞い、その後はさっさと掲示板の方へと向かってしまった。
下級の依頼書が張られている掲示板の前に着くと、そこにはたくさんの依頼書が張られていた。庭の草むしりのお願いから王宮からの直接の依頼など内容は様々。魔物の討伐や戦闘がメインの依頼は少ないが、それでもダンジョンの探索などやりがいがありそうな依頼まで色々とある。
「おーぅ、なんだなんだぁ? 随分と目つきの悪い新人が来たな」
ふと後ろから男の声が聞こえて来る。アレンは顔は向けず視線だけそちらに向けると、そこには少し赤みが掛かった茶髪の男が立っていた。上等そうな装備を身に纏っており、腰には妙な雰囲気を放つ剣をぶら下げている。更に顔には幾つか切り傷があり、それなりに実力者の雰囲気を放っていた。
アレンは思わず警戒心を高めたが、男は酒でも飲んでいるのか瓶を片手に上機嫌な声で話し掛けて来た。
「よぅ、俺の名前はグラン。白銀級冒険者だ。先輩だぞぉ? ちゃんと敬え。ガッハッハッハ!」
豪快な笑い方をし、冒険者の男グランはそう自身の名を明かす。そして冒険者の証である白銀のバッジを見せて来た。それを見てアレンは驚いたように目を見開く。
高い実力を持っていることは雰囲気から何となく分かっていたが、まさかこんな豪快な男が上級の冒険者だとは思ってもみなかったのだ。
「坊主、名前は何て言うんだ?」
「……アレン」
グランの質問にアレンは渋々答える。
無視しても良かったのだが、白銀級と接点を作っておく良い機会でもある。冒険者やギルドの情報も知ることが出来るし、損はないだろうと判断したのだ。
「アレンか。よし、坊主。お前は何が出来る?」
「……複数の属性魔法と、あと大抵の武器もある程度なら扱える」
名前を聞いておいて結局坊主呼びなことに呆れながらもアレンは正直に答える。するとグランは感心したように口笛を鳴らした。
「ほぅ、そいつは若いのに随分と器用だな。それなら……ふむ、よし。おい、メルフィス!」
グランは何やら考えるように両腕を組んだ後、少し離れた所に居る青年の冒険者に声を掛けた。
アレンよりも少しだけ年上で、頭一個分身長が高い青年。小麦色の髪を後ろで結って一本に垂らしており、優し気な顔つきで綺麗な緑の瞳をしている。冒険者には似合わない小奇麗な服の上から白いマントを羽織っており、手には木の枝で作れた素朴な杖が握られていた。
「何ですか? グランさん」
「メルフィス。こいつはアレン。今日冒険者になったばかりの新米だ。んでアレン、こっちはメルフィス」
メルフィスが近づくとグランは二人に簡単な紹介をする。するとメルフィスはチラリとアレンの方に向き、お辞儀をした。アレンも釣られてなんとなく頭を下げる。
「お前の先輩冒険者だ。階級は銀級で、周りからは〈閃光の魔法使い〉って呼ばれてる。魔術師協会に所属しながら冒険者をやってるんだ。若いのに結構腕が立つんだぜ」
どうやらメルフィスは見た目通り魔術師らしい。魔術の研究を行う組織である魔術師協会に所属している時点でかなり魔術に精通している人物であることが分かる。
「メルフィス、お前バランス型の冒険者探してたろ? アレンはお前の要望にばっちりだ。こいつとパーティー組め」
突然グランがそんな事を言い出す為、アレンは目を見開いて驚いた。
単純な自己紹介でもするのかと思えば、いきなりパーティーを組めと言う。流石のアレンもその豪快過ぎる決断に戸惑いを隠せなかった。
「なっ……そんな急に……」
「なぁに、パーティって言っても一時的だ。お試しみたいなもんさ。坊主だって簡単な依頼とは言えいきなり一人は危ないから、相棒を連れて行けって」
アレンは断ろうとするが、グランは豪快に笑いながらそれをサラリと流した。
確かにパーティは拘束力は然程ない。解散しようと思えばいつでも解散出来る。だが初日でいきなり知らない人と組まされるのはアレンも抵抗があった。むしろ他人と組むのはあまり好きではないのだが、これも経験かと無理やり納得する。
「……分かった」
アレンは頭を掻いた後、仕方なくそれを了承した。
魔術師協会の人間と接点を持てるのだと前向きに考えよう。それに話からして腕が立つ冒険者だということは分かる。戦いぶりを見れば参考になるかも知れない。アレンはそう考えることにした。
「あはは……じゃぁそういう訳でよろしく。アレン君」
「……よろしく」
こうして二人はパーティを組むことになり、パーティが結成するとグランは豪快に笑いながらカウンターの方へと戻って行ってしまった。アレンはそれを見てまるで嵐のような男だと思った。
そしてアレンとメルフィスは早速依頼を受けることにする。メルフィスは銀級冒険者の為中級の依頼を受けられるが、アレンは銅級の為、下級の依頼書から選ぶことになった。
「アレン君は結構戦えるみたいだね。じゃぁ討伐依頼でも良いかな?」
「何でも構わない。足手まといにはならないようにする」
「ん……じゃぁこれにしよう。魔物の討伐だけど、数が多いだけだから大丈夫だと思う」
しばらく悩んだ後複数の魔物を討伐する依頼を受けることにする。どうやら旅人や商人に悪さをする小型の魔物が付近の森に潜んでいるらしい。死傷者は出ていないので脅威は小さいのだが、放置する訳にもいかない為、冒険者達に討伐依頼を頼んだそうだ。
アレンとメルフィスは準備を済ませた後、王都を出て小型の魔物が潜んでいる森へと向かった。
その森はそれ程木々が密集している訳でもなく、日差しもある為視界は明るい場所だった。これなら死角から狙われることも少ないだろうとアレンは判断し、腰にある剣をいつでも抜けるように準備をしておく。
そうして数分間歩き続けていると、早速目標の魔物が現れた。猿型の魔物で、人間の顔くらいしかないかなり小型の魔物。しかしそれらは木々の上に何十匹も潜んでおり、ケヒケヒと気味の悪い泣き声を上げながらアレン達の事を見下ろしていた。
アレンはすぐさま武器を構える。メルフィスも同じように杖を構えた。すると魔物達も二人を敵と認識したらしく、甲高い泣き声を上げながら飛び掛かって来た。
アレンはまず風魔法を発動し、魔物の群れを吹き飛ばす。小型の魔物だがいっぺんに襲い掛かられればひとたまりもない為、群れを散らす作戦だ。メルフィスも予めその作戦を立てていた為、光魔法を発動し、辺り一面に眩い光を放った。その隙にアレンは飛び出し、目が眩んでいる魔物達を倒していく。
その調子でアレンとメルフィスは初めてとは思えない息の合った連携で魔物を圧倒していった。
そんな最中メルフィスはアレンの新米とは思えない慣れた動きに驚き、アレンはメルフィスの魔術師としての高い素質に驚いていた。
「よっと……これで終わりかな」
数分後、ようやく魔物達を狩り終わり、メルフィスは肩に杖を乗せて短く息を吐く。隣ではアレンは額から垂れていた汗をそっと拭った。
やはり王都に来たばかりで試験も受け、ろくに休憩も取らなかった為、多少は体力が消費していた。アレンはそんなまだまだ未熟な自分を嫌うように膝を叩いた。
「良い動きだね。とても新米とは思えないよ。アレン君」
「どーも……これ、依頼達成の証明はどうすれば?」
「魔物の部位を持ち帰れば良いんだよ。出来れば分かり易い箇所だと良いね」
アレンは言われた通り魔物の部位をはぎ取り、それを依頼用の袋に詰める。これを持ち帰れば依頼達成と判断され、報酬を受け取ることが出来る。
そして魔物の死体の始末をした後、二人は王都へ戻る為に来た道をゆっくりと戻り始めた。
「君みたいな頼もしい後輩が居ると助かるね。良ければこれからもパーティを組んでくれるかい?」
「まぁ……俺は構わないけど」
「なら良かった。これからもよろしく」
「……よろしく」
どうやらメルフィスはアレンの戦いぶりを気に入ったらしい。アレンも彼となら上手く戦っていけると思った為、これからもパーティーを組む事にした。それに見知らぬ街を一人で生きていくのはたいへんなことだ。先輩が居れば何かと心強い。
「そうだ。他に何か聞きたいことはあるかい? 一応先輩だから、色々教えられるけど」
ふとメルフィスは思い出したように手を叩き、そう言って来た。するとアレンは少し考えるように顎に手を当て、そっと口を開く。
「……白髪で、病人みたいな顔した男を知ってるか? 蛇腹剣を持ってる男だ」
アレンの表情が僅かに暗くなる。だが前を向いていたメルフィスはその変化には気付かず、その人物に心当たりがないか必死に頭の中を探った。
「いやぁ……知らないなぁ。その人は冒険者なのかい?」
「ああ、多分……」
「そっか、知り合いとか? 何か用事が?」
メルフィスが気になるように尋ねると、アレンは答え辛そうに目を細める。だがすぐに迷いを捨てると、恐ろしい言葉をくちにした。
「見つけ出して、殺すつもりだ」
「おっさん、勇者と魔王を拾う」2巻発売決定!
詳しくは活動報告を見て頂ければ幸いです!!