特別短編:アレンとシェルの距離
皆様、いつも「おっさん、勇者と魔王を拾う」を読んでいただき有難うございます。
ご報告です。この度、「おっさん、勇者と魔王を拾う」の2巻発売が決定致しました!
なので今回は2巻発売決定記念ということで特別短編をお送りします。
2巻の詳細に関しては活動報告に載せておりますので、是非お目を通して頂ければと思います。
これからもお付き合い宜しくお願い致します!
天気の良い日のこと、王都で報告を終えたシェルは無事アレン達の村へと戻り、いつも通りの日常を送っていた。別段大きな変化を迎える訳でもなく、彼女は今日もまた日課である洗濯干しを庭で行う。
「んー、気持ち良い風。この分なら洗濯物もすぐ乾きそう」
暖かな風を肌で感じながらシェルは手際よく洗濯物を干していく。日差しも丁度当たってくれている為、早い内に洗濯物を回収出来るだろう。
そんなことを考えながらシェルはふと横に視線をやった。そこでは庭の開けた場所でリーシャとルナが真剣な表情で対峙している。更にリーシャの手には聖剣が握られており、ルナも手を広げ、魔法を詠唱していた。そしてルナが影の槍を地面から出現させた瞬間、リーシャが走り出した。
「てやああぁぁぁぁ!!」
「はぁぁあっ……!」
ルナは出現させた影の槍を放つ。しかしリーシャは立ち止まることなくその槍の放射を躱すと、一瞬で間合いを詰めて勢いよく聖剣を振るった。瞬時にルナは影の盾を出現させてそれを防ぎ、空いているもう片方の手を振るうと巨大な影の拳を出現させて放った。リーシャはその拳に吹き飛ばされ、宙を回転して地面に着地する。
「ぬぐっ……! 小精霊!!」
手数が足りないと感じたリーシャは精霊達の力を借りる。勇者の声に反応した小精霊達は光の球体となって現れ、リーシャの周りを浮遊した。そして彼女がルナに聖剣を向けると、それが合図だったように複数の光の球体がルナへと襲い掛かった。ルナはすぐさまそれを影で弾き返す。その間にリーシャが向かって来ることに気が付き、ルナは手を突き出して魔法を詠唱した。
「影よ、闇よ、咎人を縛り上げろ!」
得意の拘束魔法を発動し、影の鎖がリーシャに襲い掛かる。だが彼女が何やら呟くと、辺りの植物が意思を持ったかのように動き出し、リーシャを庇って影の鎖に拘束された。その隙にリーシャは跳び上がり、太陽を背に聖剣を振り上げる。
「これで、とどめぇぇえええ!!」
「くっ……――――!!」
聖剣が光り輝き、凄まじいプレッシャーが放たれる。このままでは防ぎ切れない光の斬撃を撃たれると悟ったルナは思わず歯を食いしばった。だがその時、突如跳んで現れたクロがリーシャを後ろ足で蹴った。
「ワウ!!」
「ぬぇあッ!?」
バランスを崩したリーシャは聖剣を振るうが、放たれた斬撃はあらぬ方向へと飛んでいく。そのまま彼女が蹴られた部分を抑えながら地面に着地した。そして邪魔をして来たクロの方を忌々しそうに睨んだ。
「ワオオオォン!!」
「ちょっとルナ! クロ使うなんてズルいじゃん!」
「ズルくないよーだ。クロは私の臣下だもん。それにリーシャだって精霊操ってたでしょ」
「なっ……くぅ」
リーシャが一対二は卑怯だと主張すると、ルナはリーシャも精霊達を使った為、数的な卑怯にはなっていないと言い返す。するとリーシャはそれを言い返すことが出来ず、悔しそうに歯を食いしばった。
「さぁやっちゃえクロ! 付加魔法、闇属性!!」
「ワフッ!!」
クロに指示を出してルナは魔法を詠唱する。するとクロの身体が炎のように揺らめく影に包まれた。闇属性の力を授ける付加魔法だ。特にダークウルフのクロにとっては相性が良い属性と言える。
影を纏ったクロはいつもより更に速く走り、一瞬でリーシャの背後へと回り込む。流石のリーシャでもそのスピードには対応出来ず、クロの尻尾攻撃を受け、地面に盛大に転んでしまった。そのままクロは倒れているリーシャの上に飛び乗り、ペロペロと彼女の顔を舐める。
「わひっ! やめっ、やめてクロ! ひゃっ、ぃひひひ!」
リーシャは聖剣を手放してしまい、クロにされるがまま顔を舐められ続ける。余程くすぐったいのだろう。彼女は苦しそうに手足をバタバタと動かしていた。その様子を見てルナは両腕を組み、満足そうに笑う。
「はい、私の勝ちー」
「ズ、ズルいーッ!!」
リーシャの事を見下ろしながらルナは自分の勝利を宣言する。だがリーシャがそれを納得出来る訳もなく、クロに舐められ続けながら必死に反論した。
そんな二人の凄まじい戦いを眺めていたシェルは結果を見て面白がるようにクスリと笑う。
「凄い戦いだったね、二人共。何だか私も見とれちゃった」
「あ、シェルさん。邪魔になってなかった? 洗濯物汚れてない?」
空になった籠を持ちながらシェルが二人に近寄ってそう言うと、ルナは心配そうに尋ねてくる。彼女はあれだけ激しい戦いをしたというのに息一つ乱れていなかった。
「うん。全然大丈夫だよ。二人が上手く戦っていてくれたから」
ルナを安心させるように笑顔でシェルは答えてみせる。するとようやくクロから解放されたリーシャが顔を涎でベトベトにしながら寄って来た。散々舐められたせいか意気消沈としており、聖剣を引きずりながら歩いている。
「ううぅ~、顔がベトベトで気持ち悪いー」
「あはは。リーシャちゃん、井戸で顔洗ってきたら?」
「そうするー……うぅ」
とても勇者とは思えない姿にシェルは苦笑する。そしてリーシャは顔を洗う為に井戸の方へとノソノソと向かって行った。彼女が居なくなるとそのリーシャを倒したクロが上機嫌に尻尾を振っており、ルナにじゃれついていた。
「ワフワフ」
「クロありがとね。カッコよかったよ。流石私の一番の臣下」
ルナは活躍してくれたクロの喉を撫でて労をねぎらう。するとクロは嬉しそうに舌を出し、更にクルクルと尻尾を振った。そんなルナの様子を見てシェルは興味深そうに自身の頬に指を当てる。
「それにしてもルナちゃん、随分と雰囲気変わったね。戦いの最中もリーシャちゃん相手に全然物怖じしてなかったし、何て言うか、頼もしくなったっていうか……」
シェルが気になっていたこと、それはルナの雰囲気が変わったということだ。王都で報告を終えて帰ってきて以来、ルナは性格が以前よりも明るくなっていた。積極的に友達と外で遊ぶようになり、闇魔法を怖がることなく使うようになったのだ。
「そう? まぁ私もいつまでも悩んでるのは良くないと思ったからさ。自分の力を受け入れることにしたんだ」
対してルナはそんな自分の変化を重く受け止めている様子はなく、いつも通りの態度で話す。
「そしたら結構肩の荷が軽くなった。今は視野も広がって、色々なことが考えられるようになったよ」
自分の力を受け入れることは相当覚悟がいることのはずだったのに、そんな素振りは一切見せない。それだけ今の彼女はたくましくなったということなのだろう。それを見てシェルは感動したように口元に手を当てた。
「そっか……ルナちゃん、何だかお姉さんになったね」
「えへへ、リーシャの方がお姉ちゃんだけどね」
ルナの成長をシェルは自分のことのように喜び、ルナもそんな喜んでくれているシェルを見て笑う。するとクロもワンと吠え、そんな二人の間でバタバタと尻尾を振ってアピールしていた。ルナはクロの頭を撫でて落ち着かせ、ふとシェルの方に視線を向ける。
「シェルさんもそろそろお父さんにアタックしたら? そしたらお父さんの見る目も変わるかもよ?」
急にルナはそんなことを言うと、クロと共に家に戻って行ってしまった。残されたシェルは一瞬言われた言葉が理解出来ず、呆然とする。
「えっ、ええぇ~……?」
そしてようやく頭が正常に動き出し、言われた言葉を理解すると顔を真っ赤にさせた。生暖かい風が当たり、前髪が目元にかかる。シェルはそのまま誰に見られている訳でもないのにフードを被り、顔を隠してしまった。そして慌てて家の中へと戻って行く。
それから昼頃、畑仕事から返って来たアレンと共に四人で昼食を取る。食事が終わるとリーシャとルナは友達と遊ぶ約束があるからと言って家を出ていた。そして残されたシェルはいつものように家の中で掃除をする。
(まさかルナちゃんにあんなこと言われるとは……うぅ、何か急に頑張らないといけない気がして来た)
布巾でテーブルを拭きながらシェルは頭の中でルナに言われた言葉を思い返す。そして何だか危機感を覚え始めた。
よくよく考えれば自分はアレンとの関係を全く進展させられていない。正式に家に住まわせてもらうことにはなったが、立場は未だにアレンの元教え子なのだ。リーシャとルナは慕ってくれているが、肝心のアレンとの関係が進められていなければ意味がない。
そこまで考えたところでシェルは小さく息を吐き出し、もどかしそうに自身の髪を弄った。
「どうした? シェル」
「ひゃっ!」
突然後ろから声を掛けられ、シェルは思わず変な声を上げてしまう。慌てて振り返れば、そこには心配そうにこちらを見ているアレンの姿があった。
「せ、先生……すいません。ちょっと考えごとしてました」
「おう、そうか」
アレンはそう言うと手に持っていた武器を部屋に運んでいく。どうやら物置の整理をしていたらしい。
それからアレンが自室に入ると部屋からはガラガラとしまう音が響き、数分すると手ぶらになって戻って来た。それを見てシェルはまたルナの言葉を思い出し、どうしても居ても立ってもいられなくなり、布巾を握り絞めて口を開いた。
「あの、先生にちょっと聞きたいことがあるんですが、今お時間良いですか?」
「ん? ああ、全然構わないけど」
緊張で僅かに声を震わせながらシェルはそう話し始める。そんな彼女の勇気を振り絞った言葉を聞いてアレンは別段気にした様子もなく、頬を掻きながら頷いた。
「えっと……ぶしつけな質問になっちゃうかもしれないんですけど……先生は今後、ご結婚とかって考えていないんですか?」
シェルは顔から火が出るような恥ずかしさを覚えながらそう尋ねる。正直アレンの顔を真正面から見ることができず、その視線は床や天井をグルグルと行き来していた。
一方でアレンはシェルの質問を聞き、少し困ったように頬を指で掻いている。
「えー、あー……そうだなぁ」
この歳でそう言った話をするのは少し照れくさいのか、アレンはすぐには答えず視線を背けた。そして一度咳払いをした後、ようやく話し始める。
「別に意識してなかったわけじゃないけど……でも俺ももう歳だし、そんな出会いはないんじゃないかなーと思ってるのが現状かな」
アレンとしてはもう結婚のことはそこまで真剣に考えていなかった。
冒険者の頃はいずれ誰かと一緒にならねばならないなと思っていたが、リーシャとルナを拾ってからはそう思わなくなったのだ。やはり勇者と魔王ということもある為、そんな責任を一緒に背負ってくれる相手は現れないと考えていたのだろう。だからこそ、アレンにとってシェルが傍に居てくれるのはとても心強いことであった。
「だいたいこんな冴えないおっさんと結婚したいなんて皆思わないだろ?」
「そ、そんなことないですよ! 先生には先生の魅力があります!」
「ええぇー、そうかぁ?」
そもそも自分を過小評価しているアレンはそんな自虐を言う。するとシェルは力強い口調でそれを否定したので、アレンはそんな彼女の真剣な顔を見て嬉しさと恥ずかしさが混ざった複雑な表情を浮かべた。
「その……た、例えば、先生は気になってるお相手とか居ないんですか?」
シェルはもう一つ気になっていたことを尋ねる。知りたいような知りたくないような内容だが、いつまでも言わなければ関係が進まない為、思い切って聞いてみることにした。
するとアレンは両腕を組み、考え込むように眉を顰めた。
「んー、気になる相手か。そうだな……」
パッとアレンの中で思い浮かんだ相手は二人。幼馴染のシェーファと大魔術師のファルシアだ。だがシェーファは既に別の男性と結婚しており、彼女とは腐れ縁のような間柄でしかない。ファルシアも仕事上の関係であり、信頼し合ってはいるが親しい仲という訳ではない。そういう意味ではやはり一番親しいのはシェルと言えるだろう。だがその場合は気になっているとは言えない為、アレンは更に考え込む。するとある人物のことを思い出した。
「……今は居ないが、昔一人居たな」
「だ、誰ですか!? その方は?」
アレンがそう言うとシェルはテーブルを叩いて身を乗り出しながらそう尋ねた。その焦ったような素振りにアレンは驚き、慌てたように答える。
「まぁ何十年も前の話だよ。俺が冒険者になったばかりの時の先輩の女冒険者で、当時は凄腕の剣士として有名だったんだ」
アレンが冒険者になったばかりの頃ということは、シェルはまだ子供か生まれていない時の話だ。そのことを知るとシェルは何故か悔しい気分になった。
その間にもアレンは記憶の引き出しを開け、まだ若かった頃の自分が心惹かれた人物の顔を思い出そうとしていた。
「その人は自分の好きなことを貫く真っすぐな人でさ。当時の俺は憧れてたんだと思う……多分」
彼女は可憐で、自分の意思をしっかりと持っており、いつも笑顔な人だった。何より彼女の剣技は凄まじく、当時は〈剣聖〉候補とまで言われる程であった。アレンはそんな極まった技術を持つ彼女に憧れを抱いていたのだと、今更ながら昔の自分の気持ちを理解した。
「確か〈黒衣の剣士〉とかって呼ばれてたかな。今思うともっと色々話しとけば良かった」
「随分、慕ってたんですね……」
「まぁ、俺もガキだったからな」
アレンはソファに腰を下ろしながら楽しそうにそう言う。シェルは自分の知らないアレンの話の為、興味深そうにそれを聞いていた。
「その人とは、結局……?」
「ん、彼女はすぐに冒険者を引退しちゃったよ。元々趣味でやってただけらしいから」
口振りからして仲は進展しなかったのだろうと思い、シェルが質問をするとアレンは肩を竦ませながら答えた。
冒険者は副業として行っている人も居る為、辞めるのは大して珍しいことではない。料理人をしながら冒険者の仕事をする者も居るくらいだ。その為辞める手続きは簡単で、その女性も他にすることがあるからと言って簡単に冒険者を辞めてしまった。
「じゃぁ、今は気になってるお相手は居ないんですね……」
「まー、そういうことになるかな」
シェルはその女性が今はもうアレンとは関係ないと知るとどこか安心したように表情を緩めた。昔の話だということは分かっているのだが、どうしても嫉妬してしまうのが乙女の本音なのだ。
何にせよこれでライバルが居ないことが分かった。シェルはふぅと息を吐き、いつの間にか力んでいた肩を楽にさせる。
彼女としては同じ大魔術師のファルシアが意外と厄介だと思っていたのだが、アレンの方は意識をしていないようだ。これなら問題ないだろうとシェルは判断する。
「シェルこそどうなんだ? この村にだって若い男は何人か居るだろ。意外と好きな奴とか居るんじゃないのか?」
ふと、今度はアレンの方がシェルに質問して来た。その意外な問いかけにシェルは緊張した様子で答える。
「い、居ませんよ。私は……」
「えー、そうか? 結構シェルって村人の間で人気なんだぞ。言い寄って来る男どもとか居るだろ?」
「それは、時々ありますけど……私にその気はありません」
村に来た時からシェルは人気者だ。容姿は整っており、人当りも良く、大魔術師という称号まで持っている。そんな女性を村の若い男達が放っておく訳がない。高嶺の花だと思いながらも近づこうとするのが男というものなのだ。だがシェルからすればアレンにしか興味がない為、例え言い寄られたとしても普通に流していた。それを知るとアレンはふむと声を漏らし、自身の髭を弄る。
「じゃぁ結婚はどうするんだ? のんびりしてると俺みたいになっちゃうぞ」
シェルは正式にこの村で生活することになった。そうなると彼女の意思にもよるが、いずれは家庭を築かなければならない。村の中の男か、それとも外の人間かは分からないが、いつかは誰かと一緒になった方が幸せのはずだ。もちろん自分の趣味を優先するのも構わないのだが、そうすると今の自分みたいに機会を失うことになる。それだと後々嫌だろう。
そのことをアレンがシェルに尋ねると、彼女は迷うように口元に手を当てると、少し俯きながらアレンに視線を向けて口を開いた。
「その時は……先生が私を貰ってくれますか?」
「……え」
シェルの言葉にアレンは一瞬キョトンとする。そしてどういう意味かを理解し、再度確認しようとすると、その前にシェルはバッと手を上げて制止した。
「な、何て……冗談です! 私掃除に戻りますね!!」
そう言うと彼女は顔を隠しながら大慌てで部屋を出て行った。アレンが引き留める間もなく、彼女はリビングから姿を消してしまう。そしてシェルは廊下を走ると、パニックになっている頭を必死に落ち着かせながら後悔した。
(うわぁぁ、やばい! 勢いで言っちゃった! あー、もぉぉぉ、ルナちゃんが変なこと言うからだよぉ)
今この場には居ないルナを完全に逆恨みし、シェルは涙目になる。それから彼女は庭に飛び出して箒を手に取ると、修行でもしているかのように一心不乱に掃除をし始めた。
一方で家の中に残されたアレンはソファに座ったまま、先程の言葉を思い返していた。
(俺、シェルの婚活応援しないと責任取らないといけなくなるのか……頑張らないといけないな)
アレンは先程のシェルの発言は発破をかけるようなものだと思っていた。
自分が結婚出来なければ貴方のせいなのだから、貴方が責任をもって結婚しろ。そんな感じの意味合いだと捉え、勝手に使命感を抱く。
それにアレンとしても、シェルがどことも知れない男と結婚するのは何だか面白くなかった。
(ん? ……面白くない?)
ふとアレンは自分が今一瞬抱いた感情に疑問を持つ。何故自分はそんなことを思ったのだろうか? シェルが誰か他の男と結婚するのは至極当たり前なことだと言うのに。
アレンは首を傾げ、ソファから起き上がるとお茶を淹れる為に台所へと向かう。カップに淹れたお茶は何だか濁っているように見えた。