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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
5章:吸血鬼と少年
125/207

125:母親と息子


「狩る者だと? はっ……吸血鬼ハンターのつもりか?」


 男の曖昧な答え方にレドは笑い飛ばし、挑発するように聞き返す。

 大昔には吸血鬼を狩る組織も存在した為、男がそれに倣って狩る者と名乗っているのだと思ったのだ。だが男は大した反応を見せず、相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべながら雨で濡れた髪を払った。


「まさか、そんなご大層なものじゃない。単に個人的な理由で吸血鬼を狩っているだけ……趣味みたいなもんだ」


 剣状態になった蛇腹剣をクルクルと回しながら男はそう答える。その間にも彼はジリジリとレドと距離を詰め、逃走されないように逃げ道を塞いでいた。レドもその行動に気が付き、男に対しての警戒心を高める。


「最初はこんな辺境の土地に吸血鬼など居ないと思っていたが、まさか本当に出てくるとは。噂も馬鹿には出来んな。クク、魔物を暴れさせた甲斐があるってもんだ」

「……ッ」


 やはり男の言葉からして魔物達を暴れさせていたのは彼らのようだ。吸血鬼をあぶり出す為の作戦と言ったところだろう。杜撰な作戦のようにも思えるが、現にレドはそれでのこのこと冒険者の前に出て来てしまった。彼女は悔しそうに拳を握り絞め、自分の考えなしな行動を恨んだ。まぁその作戦を事前に見抜いていたとしても彼女は魔物を止めようとしただろうが。


「……ふん、はた迷惑な話だ。妾はのんびりと暮らしていただけだと言うのに」

「そんな事は関係ない。貴様が吸血鬼というだけで狩りの対象だ。貴様の首をはね、棺桶に入れてやる」


 男は笑いながらふざけた口調でそう言った。レドはその言葉を聞いた瞬間、ギンと眼力を強めて男の事を睨みつけた。


「ならばお前達を倒し、妾はさっさと帰らせてもらおう」


 痛む脚を怒りで無理やり動かし、濡れている地面を蹴って飛び出す。そして手に出現させた剣を握って男に斬り掛かった。だが男も瞬時にそれに反応し、蛇腹剣で受け流す。勢いの方向性を失ったレドはそのまま地面に滑り込むように着地し、男の方に振り返った。そして手に持っていた剣を迷いなく投げ飛ばす。


「展開!」


 更に彼女は手の中に連続で剣を出現させ、投石のように幾つも投げ飛ばす。放たれた剣はどれも一級品の品。幾つもの武器を所有しているレドだからこそ出来る戦法。流石の男もこれは避けられないと判断し、蛇腹剣を伸ばすと撃ち落として攻撃を防いだ。


「ハハハ! その程度でこの俺に勝てるとでも?」


 レドは更に剣を投げ飛ばすが、男は怯まず蛇腹剣を振り回す。刃は異様な程精密に剣に直撃し、まるで意思があるかのように動く。剣は次々と落とされ、更に男はレドへと接近してきた。レドは空間魔法で地面から巨大な斧を出現させ、牽制をしてから一度距離を取る。脚の痛みが酷くなってきたが、何とか精神力で耐え忍ぶ。


(あの蛇腹剣……ただの武器ではないな。〈魔剣〉か……厄介な)


 一級品の剣でも刃こぼれ一つせず、蛇腹剣の異様な精密性。ただの武器でないことは間違いない。雰囲気からして魔剣で間違いないだろうとレドは判断した。

 男は再度蛇腹剣を振り回す。複雑な地形の森の中だというのに刃は踊るように木々の合間をすり抜け、レドの方へと向かって来た。すぐさま彼女は双剣を出現させ、その刃を弾き返す。


「そらそら、その程度か? 吸血鬼ぃ!」


 男が少し柄を動かしただけで鉄の糸の刃は蛇のようにヌルリと動き、再びレドに襲い掛かった。もう一度レドは双剣で弾こうとするが、今度は当たる直前で刃は動きを変え、懐に入り込んで来た。真っ赤なドレスが斬り裂かれ、腹部から血が飛び散る。


「ぐっ……!」


 深手ではない。後一歩間違えていれば胴体と別れている羽目になっていたが。

 瞬時にレドは地面を蹴り、後ろへと下がる。出来る限り蛇腹剣の攻撃範囲から逃れる為だ。だが恐らく大して意味のない行為だろう。男は絶対にレドを逃がさないという目つきをしている。それだけ強い意思が彼の瞳からは読み取れた。ただしそこには邪悪さも滲み出ているが。


「ふん、気付いたか? そうさ、これは魔剣……〈蛇王の剣〉だ。貴様ら吸血鬼を殺す為に手に入れたんだ。有難く思うんだな」


 レドの動きを見て警戒している事を見抜き、男は引き寄せた蛇腹剣を自慢するように持ち上げた。やはりレドの予想通り蛇腹剣は魔剣だったようだ。

 確かに近距離、中距離両方の攻撃方法を持つ武器は有能だし、吸血鬼にも効果的だ。厄介な技を多く持つ吸血鬼を近づかせず攻撃でき、例え接近して来たとしても瞬時に剣に切り替えて戦う事も出来る。おまけにここまで精密な動きが出来るのだ。単純に脅威である。


「----ッ!」


 その直後、レドの足元に銀の矢が突き刺さる。続けて何本もの銀の矢が飛んで来た。すぐさまレドは後ろに飛び、攻撃から回避する。すると男の元に先程のクロスボウを持った冒険者達が集まって来た。


「リーダー!」

「おお、吸血鬼を追い詰めましたか! 流石です!」


 クロスボウを装填しながら冒険者達はレドを取り囲むように広がり、装填し終えたクロスボウを構える。やはり蛇腹剣の男は冒険者達のリーダー格だったようだ。冒険者達が集まるとふぅとため息を吐き、雨で濡れた前髪を掻き分ける。


「ふん、大したことないな。吸血鬼。やはり貴様、人間の血を吸っていないな?」

「……!」

「おまけに身体に病を抱えているとは……つくづく惨めな奴だ」


 ふと弱っているレドの様子を見て男はそう言って来る。その言葉を聞き、レドは顔を顰めた。

 吸血鬼にとって血は生きる為に絶対必要なものではない。中には血を飲む事に抵抗を覚える吸血鬼も居る。だが吸血鬼の身体を万全の状態で動かす為には人型種族の血を摂取する必要があり、血を飲まなければ身体が弱ってしまうという弊害があった。レドもそのせいで身体が脆くなり、あまつさえ病気になってしまう始末だ。今のレドにはもう残されている時間すら少ないのだ。


「ククク、それで善人ぶってるつもりか? 吸血鬼の時点で貴様が死ぬ事は確定しているんだよ。精々苦しみながら死ぬんだな」


 男は小馬鹿にするように地面を蹴り、唾を吐き捨てる。彼にとっては血を飲んでいるかいないかは関係なく、吸血鬼である事が重要のようだ。

 レドも今更自分が無害である吸血鬼だと証明する気はない。昔の吸血鬼がどのような事をして来たかは知っているし、そもそも自分は魔族だ。狙われるような存在である事は十分承知している。


「さぁて、雨も酷くなってきた……そろそろ終わりにするか」


 男はいやらしい笑みを浮かべ、蛇腹剣を回しながらそう言って来る。その言葉を聞いて周りの冒険者達もレドの頭部にクロスボウを向ける。いつでも殺せる準備を進めているようだ。逃げ道も塞いでいる。レドはいよいよ危機感を覚えた。


「はぁ……はぁ……」


 フラリと脚から力が抜け、レドは崩れかける。脚の痛みが酷い。視界もぼやけ、意識が朦朧となり始める。良くない傾向だ。血を流し過ぎたし、無理な動きをし過ぎたせいで身体に負荷をかけた。このままでは先に自分の身体の方が限界を迎えてしまう。レドは自身の胸を抑え、辛そうに息を吐き出した。

 そんな見るからに弱っているレドを見て男は鼻を鳴らす。


「そうだ。貴様そのまま自害してくれないか? そうすればこっちも手間が掛からずに済む。どうせこれから八つ裂きになるしな」


 自分達が勝つ事は確定している。だがレドの実力ならば簡単には命を奪わせてくれないだろう。こちらにも損害が出る可能性がある。それを考慮して男はレドにそう話を持ち掛けた。


「フフ……我々吸血鬼も舐められたものだな」


 レドは雨に打たれながら薄っすらと笑う。その様子に周りの冒険者達は気味悪さを覚え、クロスボウを強く握り締めた。何か仕掛けて来るのではないか、そう警戒心を高める。


「本気で妾を殺せると思っているのか? 見くびるな。お前達など妾にとって羽虫と変わらん」


 ユラリと立ち上がり、レドは男の事を睨みつける。これだけ雨に濡れ、傷だらけになったとしても未だに彼女は美しく輝いていた。紅い瞳は炎を灯し、黄金の長髪は月のように煌びやかに揺れる。それこそ上流貴族のように、彼女は優雅に佇む。


「ハッ、そんなボロボロで何が出来る? それとも何か、奥の手でもあるのか?」

「察しが良いな……その通りさ」


 今更何かしてきても大したことはないだろうと考えている男はそう挑発する。だがレドは意外にも真面目に返し、笑い返して見せた。


「特別だ。お前達に妾の秘蔵コレクションを見せてやる」


 震える右腕を動かし、横に振るう。そこで手を広げると、レドの背後の空間が歪み、そこから様々な武器が出現した。しかもただの武器ではない。先程の一級品の品とは違い、今度のは伝説級の聖武器や魔武器、更には妖刀まで混じっている。


「展開ーーーー〈十二・聖魔武器〉」


 レドが言葉を発すると武器は円を描くように広がり、レドを中心に浮遊する。

 冒険者達は驚愕していた。彼らですらそれらの武器が聖剣や魔剣の類である事に気付き、それが十二本もある事に恐怖していたのだ。先程まで笑っていた蛇腹剣の男も言葉を失い、焦った表情を浮かべている。


「馬鹿……な……」


 有り得ない光景に男は何とか絞り出した声でそう否定の言葉を零す。

 聖武器や魔武器は特別な武器だ。人生で一度か二度出会える代物で、それを自分の物に出来る確率も限りなく低い。男が持っている蛇腹剣ですら何度もダンジョンに潜り、ようやく手に入った代物だ。故に一個人が伝説級の武器を複数持っているなんてことはあり得ないのである。


「なっ……あれ全部伝説級の武器か……?!」

「聖槍に魔斧まで……こ、これ程の武器をどうやって……ッ!?」


 周りの冒険者達も思わずクロスボウを下ろし、露骨に動揺する。それだけ彼らの目の前に広がっている光景は異常なものだったのだ。そしてレドはゆっくりと歩き出し、空中に浮いている武器を一本掴んだ。


「覚悟は出来たか? ……今から妾は、お前達を蹂躙する」


 レドはそう言った直後、一瞬で冒険者達の前へと移動する。クロスボウを下げていた冒険者達はろくに反応する事が出来ず、棒立ち状態であった。そんな彼らにレドは躊躇なく手にしていた純白の大剣を振るう。


「聖剣〈戦神の大剣〉!」


 軽く横に振るっただけで津波のような衝撃波が巻き起こり、森を巻き込んで冒険者達は吹き飛ばされていく。それはまさしく戦神を象徴する圧倒的な攻撃力であった。それを見てようやく他の冒険者達も正気に戻り、慌ててクロスボウを構え直した。


「ひ、怯むな! 数で押せ!!」

「撃て! 撃つんだ!!」


 例え伝説級の武器を使いこなすと言っても相手は一人。それも死に掛け。圧倒的に有利なのは自分達には変わりない。そう思い込んで冒険者達は四方に散らばり、クロスボウの矢でとどめを刺そうとする。

 それに気付いたレドは空いている手を広げ、浮いている武器の中から弓を引き寄せる。黒と白が混じった美しい弓。レドは大剣を捨てるとその弓を構え、矢を番わずそっと糸を弾いた。


「魔弓〈白薔薇の弓〉!!」


 その瞬間、矢から白い矢の形をした光が放出される。光は地面にぶつかると大爆発を起こし、冒険者達はそれに飲み込まれた。全員がクロスボウを落とし、地面に倒れ込む。だが何人か意識を保っている者達は立ち上がり、剣を引き抜くとレドに向かって襲い掛かって来た。


「ぐっ、ぅ……!! 何をしてる!? 相手はたかが一人だぞ!!」

「取り囲め! 武器を使わせるなぁ!!」


 武器さえ使わさなければ良いと考えた冒険者達は何人かが後ろへと回り込み、武器を持っているレドの腕を剣を振るう。しかしその前に弓から光の矢が放たれ、冒険者達は爆風で吹き飛ばされて木々に激突した。

 このままではまずいと思った蛇腹剣の男も動き出し、レドから距離を取りながら蛇腹剣を振るって刃だけ放つ。するとレドは魔弓を捨て、刀に切り替えた。


「妖刀〈天ニ煌めく龍ノ刀〉!!!」


 目に見えぬ速度で刃を撃ち返す。同時に刀の衝撃波で残っていた冒険者達も地面に倒れ込んだ。

 そしてレドは一瞬で男の前まで移動する。男は蛇腹剣を引き戻す暇もなく、半ばやけに拳を振るった。だがレドが軽く刀を振るっただけで男の腕はズタズタに斬り裂かれ、鮮血が吹き出す。


「な、ぁッ……」

「これで終わりだ」


 男の脚を払い、バランスを崩した男に刀を振るって蛇腹剣を弾く。そしてもう片方の手に新たな武器を引き寄せた。漆黒に覆われ、黄金の鎖に巻かれた奇妙な剣。とても戦闘には使用出来なさそうな見た目をしているが、レドはその剣を選んだ。これこそが、レドの本当に最後の奥の手。


「魔剣〈戒めの黒剣〉ッ!!!!」


 魔剣を振るうと同時に周りに居た冒険者達も巻き込んで男は吹き飛ばされる。地面には大きな斬撃跡が出来上がり、雨雲が一瞬揺れ動いた。それ程の威力だったのだ。レドは周りの敵が動かなくなったことを確認すると、レドは大きくため息を吐き、魔剣を下ろす。


「はぁ……はぁ……」


 レドの顔色は悪く、普段から白いその肌は更に青白くなっていた。よく見ると魔剣に巻かれている鎖がレドの腕にも巻き付いており、まるで浸食するように絡み付いていた。レドはそれをうっとうしそうに見下ろしてから、空間魔法で武器を収納する。


「少し……無理をしすぎたかな……」


 傷口を抑えながらレドはその場に膝を付く。傷を放置し、身体も大分冷えてしまった。吸血鬼でなければとっくに死んでいただろう。

 ふと銀の矢で貫かれた脚を見る。全く再生はしておらず、ズキズキと激痛が広がって来る。意識しないでいた痛みが戻って来た。流石のレドも声を漏らし、辛そうに地面に拳をぶつけた。


「くっ……身体が動かん……情けないぞ。それでもホルダー家の娘かと……お父様に、怒られてしまうではないか……」


 脚を引きずりながらレドは何とかその場から離れようとする。だが弱点の銀の矢で攻撃され、身体に幾つもの傷を負ってしまった為、もう殆ど身体は言う事を聞いてくれなかった。彼女はそんな自分の状態に思わず笑みを零す。

 そんな時、雨の中から足音が聞こえて来た。思わずレドは警戒するが、どうも様子がおかしい。冒険者達にしては足音が軽く、どこか焦っているようなそんな足音だったのだ。


「婆さん……! 婆さん!!」


 聞き慣れた声が聞こえて来る。不安げで、泣きついてきそうな声。まさかと思ってレドが顔を上げると、案の定目の前の草むらから息子であるアレンが現れた。


「ばっ……婆さん!!」


 傷だらけのレドが居る事に気が付くとアレンは慌てて駆け寄る。アレンが手を差し伸べると、レドも仕方なくその手を受け取り、アレンの身体にもたれ掛かるように身体を寄せた。


「アレン……この、馬鹿者……何でお前、村に戻ってない……?」

「ご、ごめんっ……俺、どうしても気になって……ッ」


 レドは自分の言う事を聞かなかったアレンを嗜めるが、その声にはいつもの覇気がない。弱々しく、掠れた声であった。それを聞いてアレンもレドがどれだけ弱っているかを察し、不安そうに彼女の手を握り絞めた。


「い、一体何が……こいつらが、やったのか……?!」


 アレンはレドが弱った原因を探ろうとする。すると周りに倒れている冒険者が目に入った。状況からしてレドは冒険者に襲われたのだと判断し、子供ながらも彼らのことを憎そうに睨みつける。


「良いから、早く村に戻るぞ……ここに居るのはまずい」


 アレンを落ち着かせ、ゆっくりと立ち上がりながらレドはそう言う。

 まだ近くに他の冒険者が居るかも知れない。彼らの様子からして恐らくパーティを組んでいただけの連中だろうが、自分を狙っている冒険者が彼らだけとは限らないのだ。脅威がまだ残っている可能性がある以上、この場に留まるのは危険だ。


「全く……お前は本当にやんちゃな奴だな。帰ったら、説教だぞ……」

「わ、分かってるよ……だから婆さん、今は……」


 アレンの肩を借りながらレドはそう厳しく言う。あれだけ注意したのに言う事を聞かなかったアレンに怒っているのだ。だがその表情はどこか柔らかく、優し気だった。なんだかんだ言ってアレンが来てくれた事が嬉しかったようだ。

 だが、そんな二人を引き裂くように背後から影が揺れ動く。


「逃がさんぞ。吸血鬼ぃ……!」


 蛇腹剣の男が、血だらけになりながらも起き上がっていた。そして蛇腹剣を拾い上げると身体を捩じり、勢いよく振る。鉄の糸に繋がれた刃がレドとアレンに向かって放たれた。いち早くそれに気付いたレドは反射的にアレンを突き飛ばす。代わりに彼女は腹部に深く突き刺さり、彼女は悲鳴を上げた。


「う、ぐぅぁあッ!?」

「ば、婆さん!」

「今だ撃て!!」

「はっ!」


 男はニヤリと笑って腕を振る。すると起き上がっていた冒険者達がクロスボウを構え、一斉に銀の矢を放った。蛇腹剣が刺さって動けずに居たレドはその何本もの銀の矢に貫かれる。


「う……ぁ……」

「ハハハハハッ!! 油断したな! 詰めが甘いんだよ!!」


 レドの攻撃はすさまじいものだった。複数の伝説級の武器での猛攻。これに耐えられる者は少ない。だが今の彼女はひ弱で、全盛期ほど武器を活かせている訳ではなかった。その結果、何人かの者は生き残ってしまったのだ。当然無傷とは言えないが。


「やれやれ……妾も、老いたものだ……」


 何本もの銀の矢に貫かれながらも、レドはまだ倒れずに笑ってみせた。その生命力の強さに冒険者達は恐怖を覚える。だがもうひと押しだ。男はレドの腹から刃を引き抜き、もう一度蛇腹剣を振ろうとする。だがその時、アレンがレドの前に飛び出した。


「お前らぁぁぁあああ!!」


 一瞬で詠唱を終え、アレンは風魔法を放つ。子供ながらも強力なその突風によって冒険者と男は吹き飛ばされ、尻もちを付いた。


「ッ……!」

「うぉわ……な、なんだ?!」


 アレンの事を意識していなかった冒険者達は突然の攻撃に驚く。蛇腹剣の男も吸血鬼のレドばかりに意識を向けていた為、まさか子供が魔法で対抗して来ると思っていなかったのだ。


「……アレン、こっちへ!」


 アレンが作ってくれた隙を利用してレドは彼を掴んで傍に引き寄せる。そして地面に向かって手を向けると、土魔法を発動して辺りの地形を変形させた。巨大な土の壁が出来上がり、レド達の姿は見えなくなる。

 起き上がった冒険者達は慌てて後を追おうとするが、土の壁は簡単に破壊出来ず、完全にレド達を見失ってしまった。


「ッ……! に、逃げられた!」

「まずい……どうしましょう?! ケインさん!」


 冒険者達は土の壁を叩きながら不満を述べ、一人が蛇腹剣の男の方を振り向いてどうするかを尋ねた。すると男は頬に付いていた血を拭いながら肩を竦める。


「問題ない……あの傷だ。銀の矢にあれだけ貫かれれば、もう長くない」


 既にレドは幾つもの致命傷を受けている。銀の矢は吸血鬼の再生能力を鈍らせる。それを何本も受けたのだ。あの傷では放っておいても勝手に死ぬと男は判断した。何人もの吸血鬼を葬って来た彼だからこそそれが分かった。


「それよりも撤退するぞ。誰かに見られたら面倒だ」


 蛇腹剣の男は剣を引き戻すと少し慌てた様子で周りの冒険者達にそう言う。

 彼らは冒険者であるが、今回は何の依頼も受けずにこの山に来ていた。街で吸血鬼が住む山があるという噂を聞き、半信半疑で訪れただけに過ぎないのだ。故にもしも魔物を暴れさせていたところを一般人に見られれば、立場的に面倒な事になる。なるべく早く撤退する必要があった。


(あの吸血鬼の傍に居たガキが気になるが……アレは人間のようだからな。放っておいても問題ないだろう)


 歩きながら男はレドの傍に居た少年、アレンの事を思い出す。

 あの様子からして吸血鬼と親しい関係なのだろう。吸血用の眷属なのか、または召使いなのかは知らないが、完全に自分達に敵意を向けていた。出来れば始末しておきたい。そこまで男は考えたが、所詮は人間である為大した脅威にはならないだろうと判断し、無視する事にした。

 冒険者達はそそくさと退散していく。やるべき事をやりおえたかのように、彼らは山を下って行った。









 アレンはレドを肩で抱えながら必死に山を下りていた。だが子供の力では限界があり、おまけに雨が酷い為、中々村に辿り着けずに居た。だがそれでも諦めず、雨でずぶ濡れになりながらも前に進み続ける。


「はぁ……はぁ……」

「アレン……もう良い、下ろしてくれ」

「で、でも……!」

「大丈夫だ……奴らの魔力も感じない。これだけ離れれば、平気だろう」


 途中でレドは下ろして欲しいとお願いし、アレンは躊躇いながらも言う通りに彼女を芝生の上に座らせた。レドは近くの切り株にもたれ掛かりながら脚を伸ばし、傷口を抑えて深く息を吐き出した。


「婆さん、治癒魔法を……」

「無駄だ。銀の矢で貫かれてる……この傷は治せない」


 アレンは治癒魔法を使おうとするが、レドは彼の手を払って無駄だと一蹴した。

 銀の矢で貫かれている部分からはとめどなく血が流れ続けており、雨と共に土の中に染み込んで行く。


「はー、全く……お前にかっこ悪いところを見せてしまったな……伝説の吸血鬼がこんな様だ」


 レドは酷く残念そうにため息を吐き、肩を落とした。

 彼女はこう見えて負けず嫌いで、格好をつけたがる性格だ。特にアレンの前では優雅に振舞い、歴戦の吸血鬼としての威厳を見せたがっていた。それなのにこんな無様な自分を見せてしまい、恥ずかしがっているのだ。だがアレンはそんな事を気にしている暇はなかった。


「だ、大丈夫だよ。婆さんは強いだろ? 今シェーファの母親呼んで来るから……治癒用の薬草で、この傷も全部治るって……」


 レドの手を掴みながらアレンはそう言葉を投げ掛ける。途切れてしまいそうな繋がりを必死に結びつけるように、彼は強くその小さな手を握り絞めた。だがそんなアレンに申し訳なさそうにレドは目を瞑った。


「すまんなアレン……妾はもう、長くないんだ」


 彼女はそっと胸元に手を当てる。そのすぐ横には銀の矢が突き刺さっており、生暖かい血の感触がした。そして目を開けると、アレンの今にも泣き出してしまいそうな顔が見えた。それを見てレドは弱々しく笑みを零す。まるで仔犬のようだと思った。


「血を飲まない吸血鬼は弱くなる……死に至る訳ではないが、必要な栄養を十分に摂取出来ていないんだ。そのせいで身体が脆くなり、病気にもなりやすくなる」

「そ、そんな……」

「今まで嘘を吐いていてすまなかった。お前に、心配をかけさせたくなかったんだ……」


 レドはそう言うとアレンの頭をそっと撫でた。だがその手は小刻みに震えており、触れるのが精一杯だった。だがしっかりとレドの想いは伝わっている。とうとうアレンの目からは大粒の涙が雨粒と共に流れた。


「妾が死んだ後は村長を頼れ……まぁお前一人でも、大丈夫だと思うが……妾にもしものことがあったら、あ奴がお前の面倒を見る事になってる……」

「や、やめてくれ……そんなこと言わないでくれ。婆さん!」


 レドの手がゆっくりと下がっていく。アレンは慌ててそれを掴んだが、レドの腕にはもう力が入っていなかった。彼女は咳き込み、口から赤黒い血を垂らしながら最後の力を振り絞って想いを伝える。


「妾が居ないからって不貞腐れるなよ? 妾など、ただの一介の吸血鬼に過ぎん……街に出れば、色んな人と出会える……冒険者になれ。お前は……お前で居て良いんだからな。アレン……」


 レドにとって、アレンは大切な存在だ。最初はただの気まぐれで引き取ったに過ぎなかったが、いつの間にか彼のことを気に掛けているようになっていた。アレンの将来を気にし、自分が居なくなった後の事を気にし、アレンのことばかりを考えるようになっていた。レドは確かにアレンの事を愛していたのだ。例え血が繋がっていなくてもそこには家族の絆が存在していた。だから最後にレドはめいっぱい笑って見せる。アレンに格好いいところを見せる為に。


「お前は忌み子なんかじゃない……妾のかけがえのない息子だ……」


 それを最後にレドは笑顔のまま目を開かなくなった。ダランと腕は垂れ、身体が崩れかかる。


「婆さん……婆さんッ、ぁ、あ……ッ」


 アレンは思わず近づき、レドの肩に触れた。雨でずっと濡れていたせいでその身体はかなり冷たい。試しに揺さぶってみるが、何の反応もない。いつもなら揺らすなだとか、悪戯をするな坊や、などと言い返して来るはずなのに。アレンはしばらく言葉を失っていた後、静かに涙を流しながら声を震わせた。


「母、さん……」


 炎は消えた。もう二度と灯ることはない。

 アレンは自分の前で一つの命が消えた事を嫌でも実感していた。同時に自分の胸の奥に訳の分からない痛みが広がる。気付けばアレンは泣き叫んでいた。


「ぁぁぁぁぁあああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 子供の叫び声は雨の音で虚しく掻き消される。

 それで良かったのかも知れない。雨のおかげで血の匂いは広がらず、気配も感じ取られない。魔物が彼らの存在に気付くことはない。

 雨はただ振り続ける。

 家族を包み込んで。





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