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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
5章:吸血鬼と少年
124/207

124:雨の中で



 それは雨の酷い日であった。数歩先は降り注ぐ雨で景色を消され、周りをろくに見渡す事が出来ない状況。年に一度か二度しかないであろう豪雨の日。そんな日に、村は危機的状況に陥っていた。


「うわぁぁぁぁ! 魔物だあああぁぁ!!」

「なんで村に魔物が……? に、逃げろおおお!!」


 雨の中村人達は走り回っていた。そのすぐ後ろからは狼型や蝙蝠型の魔物が追いかけて来ており、目を血走らせ、咆哮を上げていた。


「グルゥァアアアアアア!!」


 流石に亜種族に村人達もこの数には対抗できず、ただ逃げる事しか出来ない。家の中に閉じこもってバリケードを作り、安全なところへと隠れる。避難し遅れた村人達はただ走って逃げるしかなく、悲鳴を上げて魔物から逃げ続けていた。だがやがて体力が尽き、追い付かれそうになる。


「ゴアアァァァァ!!」

「ひいっ……やめてくれ!」


 一人の村人が雨で足を滑らせ、転んでしまう。他の村人達もそれに気が付き、助けようとするが、その前に転んだ村人の前に魔物達が舞い降りる。鋭い牙を剥き出しにし、唸り声を上げる。それを見ては無力な村人達には何もする事が出来なかった。だが次の瞬間、上空から飛来した無数の槍によって魔物達は貫かれた。


「グゴガァアアッ!!?」


 一瞬の出来事で魔物達は何の抵抗も出来ず、悲鳴を上げて悶え苦しむ。村人達は何が起こったのか分からず呆然としていたが、そんな彼らの元に真っ赤なドレスを着た幼い少女が現れた。


「やれやれ、倒しても倒してもキリがないな」


 黄金の長い髪に真っ赤な瞳を持つ美しい少女。幼いながらもきちんとドレスを着こなし、子供とは思えない立ち振る舞いで魔物の身体に突き刺さっている槍を引き抜く。血が飛び散ったが、それも気にしていないようだ。


「レ、レド・ホルダー!?」

「早く避難しろ。魔物に喰われても知らんぞ」

「ひ、ひぃっ……」


 レドに忠告されると村人達は怖がるように声を漏らし、慌てて避難を始めた。それを見送ってからレドは小さくため息を吐く。すると間髪入れずに彼女の後ろの雨の中から巨大な蛇型の魔物が顔を覗かせた。


「シャアアアア!!」

「おっと」


 巨大蛇はレドを飲み込もうと大口を開けて接近したが、レドはそれが分かっていたかのように身体をズラし、回避する。そして地面を蹴ると建物の屋根を飛び移り、移動を開始した。巨大蛇も身体をうねらせてそれを追い掛ける。


「キシャァァァアアアアアアアア!!!」

「ふん、しつこい蛇だな」


 恐ろしい形相をし、咆哮を上げる巨大蛇を見てレドはため息を吐く。その間にも巨大蛇は何度も噛み付こうとレドに攻撃を仕掛けたが、その全てをレドは器用に回避した。やがてレドは柵が並んだ村の端に辿り着き、チラリと巨大蛇の方を確認する。すると迫って来ていた巨大蛇は突然首を伸ばし、大口を開けてレドを飲み込もうとした。だが彼女はそれを華麗に躱すと、片腕を伸ばして手を広げる。


「展開」


 レドがそう呟いた瞬間、伸ばしていた手の先の空間が歪み、そこから鋸のように歪な形をした巨大な大剣が現れる。レドはその大剣の柄を握り絞めると、巨大蛇の腹に突き刺し、そのまま引き裂いた。一瞬で腹を引き裂かれた巨大蛇はそのまま柵を突き破って木々に激突し、ピクピクと痙攣するとやがて動かなくなる。それを確認してレドは地面に突き刺した大剣に手をかざし、軽く横に振った。


「収納……全く、血で服が汚れてしまったじゃないか」


 大剣を空間魔法で収納してからレドは自分の真っ赤なドレスを見下ろす。そこには赤い生地の上からでも分かるくらい蛇の赤黒い血がこびり付いており、彼女は酷く残念そうに首を横に振った。


「まぁ雨のおかげで多少はマシか」


 濡れてしまった前髪を掻き上げながらレドはそう気持ちを切り替える。先程まで真横に死体となっている巨大蛇と戦っていたというのに、その敵の血が付いた事も彼女にとっては汚れが付いてしまった事と同程度の些細な事のようだ。

 ふと彼女は包帯が巻かれている両腕をそっと撫でた。少し痛むが支障はない。まだ問題なく動かせる。彼女はそう確認し、自分を安心させるように頷いた。すると彼女の前に一人の男が雨に打たれながら走り寄って来る。


「レドッ……!!」

「ん……村長か、外は危ないぞ。家の中に隠れていろ」


 雨の中から現れたのは村の村長であった。彼は横に巨大蛇の死体がある事に気が付き、驚いて腰を抜かしそうになる。だがそんな暇はないくらい事態は深刻な状況の為、村長は焦った表情でレドの方に顔を向ける。

 

「一体何が起こっているんだ? 山の奥から魔物が次々とやって来るぞ!?」

「分かっている。全部妾が対処するから心配するな……問題は、原因が分からないところだが」


 現在、この村は山奥からやって来る魔物達の襲撃に遭っていた。今までも魔物が村に入り込んで来るという事件は何度か遭ったが、同時に大量の魔物が襲って来るなど、この村では一度もなかった。魔物除けも効いていないところを見ると、明らかに異常事態と言える。


「だ、大丈夫なのか? お前、その腕で……?」

「案ずるな。この山の魔物程度なら小指だけでも問題ない。とにかく、妾は森の方に向かうから、お前達は避難していろ」


 村長は包帯で巻かれたレドの両腕を指差しながら心配そうに指摘するが、彼女は問題ないと首を横に振るだけで一切気にしている様子がなかった。そう言われてしまっては彼もそれ以上言う事は出来ない。いずれにせよこの村の安全はレドの手に懸かっているのである。万全の状態じゃないにせよ、彼女が戦ってくれなければ村は魔物に滅ぼされてしまうのだ。故に、村長は言われた通り引き下がり、避難を始めた。

 それを見届けた後、レドは柵を飛び越えて森の方へと向かう。木々を通り抜け、しばらく進んだ後開けた場所に出た。彼女はそこで一度立ち止まると、足元を確認する。


「さて……魔物達はどこからやって来ているのか」


 豪雨のせいで分かり辛いが、辺りを這いずり回った跡や、足跡などの痕跡から魔物達は山の奥の方から来ている事は分かる。だがその方向性はバラバラで、村へ向かっている魔物の痕跡は一部しかない。という事は魔物達の狙いは村ではないという事だ。むしろこの荒々しい痕跡は何者からか逃げているようにも見える。レドはその様子に気が付き、不可解そうに眉を傾けた。


「何やら怪しいな……とりあえず上に登ってみる必要がありそうだ」


 いずれにせよ山の上から魔物達はやって来ている。そこで何かが起こっている事は間違いないのだ。レドはまずそこへ向かう事にした。だがその時、彼女は背後から気配を感じ取った。振り返ると同時に、草むらを掻き分けて一人の少年が現れる。


「婆さん……!」

「アレン……? 何をしている? 屋敷に居ろと言っただろう。外は危ないぞ」


 現れたのは剣を持ったアレンであった。雨に濡れ、息を荒くしながら彼は近寄って来る。この様子だとここまで慌てて追いかけて来たらしい。レドは言う事を聞かずにここまでやって来たアレンに驚き、慌てて彼の元に駆け寄った。既にここは森の中である為、いつ魔物が現れるか分からない。まだ子供であるアレンを守る必要があった。


「大量の魔物が現れてるんだろう? 俺にも戦わせてくれ……俺だって戦えるんだ!」


 アレンは剣を握り絞めながら力強い瞳でそう訴え掛けて来る。

 どうやら彼は一緒に戦う為にここまで追い掛けて来たようだ。剣を持っている時点で薄々感じていたが、レドは想像が当たってしまい、困ったように額に手を当てた。


「馬鹿を言うな。お前はまだ子供だぞ。それに今回の魔物達は今までとは訳が違う。危険なんだ」


 アレンの肩に手を乗せながらそう言い聞かせる。だがアレンの瞳には揺るがず、レドは自分の言葉が伝わっているのか心配になった。それくらい彼の意思が曲がる事はなかったのだ。


「婆さんから戦い方は十分教わった! もう一人でも戦える。だから頼むよ……俺はもう忌み子で居たくないんだ!」

「……ッ」


 悲痛とも取れるその言葉がレドの胸に突き刺さる。本当に心臓を何かに貫かれたかのように痛みが走り、彼女は僅かによろけるとアレンから一歩離れた。

 彼の言いたい事は分かる。変わりたいのだ。忌み子ではなく、普通の人間へと。

 恐らく今回の魔物達の襲撃を自分のせいだと思っているのだろう。忌み子は災いを呼ぶ存在。自分が居るから村に魔物を呼んでしまった。そう考えているのだ。もちろんそれは事実ではないし、全く根拠のない憶測である。子供であるが故にそう思い込んでしまっているだけだ。だが例えレドが今それを間違っている言ったところで、アレンはそれで納得してくれないだろう。責任を感じている彼はせめて自分の手で村を守り、少しでも罪悪感を減らしたいのだ。それが分かってしまうからこそ、レドは苦しそうに表情を歪める。


「良いかアレン、自分の身を犠牲にして何かを守ろうとする事は立派だが……自分から傷つこうとするのは愚か者がする事だ。お前は何の為に戦おうとしている? 村を守る為か? それとも自分の為か?」


 言い聞かせる事は出来ない。ならばとレドはアレンに試すような疑問を投げ掛けた。すると彼は言葉を詰まらせ、複雑な表情を浮かべる。

 アレンも馬鹿ではない。レドが言いたい事は理解出来た。自分がただ我儘を言っているだけな事も分かっていた。本当ならここで大人しく村に帰るのが正解なのだろう。だが、アレンはそう簡単に引き下がらなかった。

 

「お、俺は……ただっ……!」

「……気持ちは分かるが、お前は村に戻れ。村の中なら安全だ」

「ッ……」


 今度は厳しめの口調でレドはそう命令する。

 普段からレドは上から目線な態度だが、今回ばかりは本気の声色でアレンに忠告していた。そこまでされてしまえばアレンも怯んでしまい、自然と一歩後ろに下がる。

 すると横の草むらが揺れ、そこから四匹の巨大な狼型の魔物が現れた。漆黒の毛皮に覆われたダークウルフだ。


「----!」


 いち早くレドはその襲撃に気が付き、腕を伸ばしてアレンを引き寄せると庇う様に前に出た。そして空間魔法で長剣を取り出し、襲い掛かって来るダークウルフの牙を華麗に受け流す。


「グルォォァァアアアアアアッ!!」

「下がれ! アレン!」

「うぉ、わッ……!」


 獰猛な大人のダークウルフ。それも四匹。アレンのような子供など一瞬で食べられてしまうだろう。レドは出来るだけアレンを下がらせながら狼達の相手をし、アレンに近づかせないようにする。


「ゴォァァアアア!!」


 四匹のダークウルフ達は素早い連携でレドに攻撃を仕掛けて来る。一匹が飛び掛かればすぐ背後からもう一匹が突進を仕掛け、左右からもアレンを狙ってくる。レドは何とかその攻撃に対応し、長剣で狼達を受け流し続けた。だが三匹が同時に飛び掛かって来た瞬間、一匹が横からアレンを狙って来た。先に仕留められそうな方を仕留めるつもりなのだろう。すぐさま空いている手をかざし、レドは空間から出現させた大剣で三匹のダークウルフを弾き飛ばす。


「させるか……!」


 更にレドはアレンに襲い掛かっているダークウルフの方に身体を向けると、地面を脚でダンと踏んだ。するとその先にある地面が歪み、そこから槍が突き出て来た。ダークウルフはその槍に貫かれ、悲鳴を上げると動かなくなる。


「グルゥァウアアアアアア!!」

「展開!」


 同族が倒されたのを見て他のダークウルフ達は怒りを剥き出しにし、唸り声を上げてしてレドへと飛び掛かる。それを見たレドは手を上に払い、空間魔法で何十本も出現させた槍で串刺しにした。

 動かなくなったダークウルフ達を見てレドはふぅと短く息を吐き出す。だがそんな彼女に追いうちをかけるように雨の中から何匹もの魔物達が現れた。それを見てアレンは思わず慄き、レドは弱々しく苦笑した。


「収納っ……はぁ、全く。どうやら、休ませてはくれなさそうだな……」


 展開していた武器を空間魔法で収納したレドは疲れたように肩を落とす。すると魔物達はレドに向かって唸り声を上げた。服に付いている魔物の血から敵と判断しているようだ。レドの魔力を感じても逃げないところを見ると、それだけ実力のある魔物なのか、それともそんな判断をしている余裕はないということか。いずれにせよ魔物達はレドを排除すべき存在として認識している。彼女は嫌でも戦わなくてはならなかった。


「アレン、お前は引き返すんだ。ちゃんと言う事を聞くんだぞ。良いな?」

「ば、婆さん! 待ってくれ! 俺は……!」


 一度振り向いてアレンにそう忠告し、レドは空間魔法で出現させた槍斧を握り絞めると魔物達の方へ振り返った。そして地面を蹴り、魔物達の中へと突っ込んで行く。アレンは何かを言おうと手を伸ばしたが、それが届く事はなく、声も雨の音に飲み込まれてしまった。


「ゴァァァアアアアアア!!」

「村には手を出させん。悪いがお前達は狩らせてもらうぞ」


 複数の魔物を相手にしながらレドは山の奥へと移動していく。魔物達もレドを追い掛け、村からはどんどん離れて行った。その間にもレドは斧槍で魔物達を狩り、空間から出現させた武器で着実に数を減らしていく。周りからは次々と新しい魔物達がやって来るが、レドは気にせずその全てを果敢に相手にした。

 やがて山の天辺に辿り着き、その頃には魔物の数も大分少なくなっていた。代わりにレドが手にしている斧槍もポッキリと折れており、幾つかの武器も使い物にならなくなってしまったが。

 レドは疲れ切ったようにその場に膝を付き、容赦なく雨に打たれる。


「はぁ……はぁ……」


 辺りには大量の魔物達の死体。雨が混ざった血が広がり、レドはその中心に立っている。彼女自身も魔物達の返り血で汚れており、腕に巻いている包帯も破れかけていた。その下からは痛々しい火傷の跡が見えている。


「う、く……けほっ……ごほっ」


 突然レドは咳き込み、慌てて口元を手で押さえた。すぐに咳が収まることはなく、彼女は苦しそうに肩を揺らして地面の上に崩れ落ちた。

 ようやく咳が収まった後、彼女はゆっくりと手を口から離す。するとそこには赤黒い血が尋常ではない程こびり付いていた。


「やれやれ……人間からすれば健康的な生活を送っているはずなのに、吸血鬼からすれば不健康というのは、おかしな話だな……」


 レドはその血を雨で洗い落としながら弱々しく笑みを浮かべる。

 心臓の音は大分不規則で、時折それは身体にも影響を与えて来る。もはや限界に近いという事なのだろう。今回の戦いであまりにも身体を駆使し過ぎた。今までのツケが回って来たという事だ。

 そんな風にレドが自虐していると、雨の中から何かが飛来する音が聞こえた。レドはその音に反応し、身体を起こそうとする。だが次の瞬間、脚に激痛が走った。


「ぐ、ぁッ……!?」


 ドスリと音を立ててレドの脚に銀色の矢が突き刺さった。思わず彼女は悲鳴を上げて仰向けに倒れ込む。続けて脚からは尋常ではない程の痛みが広がって来た。炎で焼かれるような耐えがたい痛み。それにレドは悶え苦しむ。


「うっ……ぁ、が……銀の、矢だと……?」


 自分の脚に刺さっているのが銀製の矢だという事に気が付き、レドは苦しみながらも手を伸ばして矢を何とか引き抜こうとする。触れた手にも激痛が走ったが、歯を食いしばって引き抜き、遠くへと投げ捨てた。だがすぐに二本目、三本目の銀の矢が飛んで来た。レドは空間魔法で地面から盾を出現させ、それを防ぐ。


(なんだ?! ……何者だ……?!)


 脚を引きずりながらレドは距離を取り、どこからか飛んでくる銀の矢を警戒する。

 吸血鬼にとって銀は弱点だ。身体に焼かれるような痛みが走り、日光と同じように再生が出来なくなる。わざわざそんな矢を放ってきたという事は、間違いなく敵はこちらを吸血鬼だと知っているという事だ。つまり、狙いは自分。レドはそう判断して剣を出現させ、握り絞める。すると雨の中からマントを羽織り、重装備の男達が現れた。その手には銀の矢が装填されているクロスボウが握られている。


「脚をやったぞ! これで逃げられないはずだ!」

「次は頭を狙え! 絶対に仕留めろ!!」


 男達は転がっている魔物達の死体を盾にしながらクロスボウを撃って来る。その矢をレドは下がりながら何とか避けるが、その間にもマントの男達は横に広がり、彼女を囲うような陣形を組んで来た。レドも脚を負傷しているせいでいち早くその場から離脱する事が出来ず、歯を食いしばる。


(こいつら……冒険者か?! 何故こんな辺境の山に……!?)


 男達の身なりや動き方からレドは冒険者だと予測する。全員の装備が共通のものではなく、持っているクロスボウの種類もバラバラの事からそう判断したのだ。それでいて連携は取れているのだから、恐らくは冒険者辺りが妥当なところだろう。いずれにせよ、吸血鬼の自分を狙っている事には間違いない。レドは雨に濡れて解きかけていた包帯をきつく結び直し、大きくため息を吐いた。


(何にせよ、妾を狙っているということは……敵で違いないようだな……ッ)


 ジリジリと距離を詰めて来る冒険者を見てレドも魔物の死体の陰に隠れながら軽く舌打ちをする。そしてどう動くべきかを考えた。

 体調は最悪。脚は負傷中。魔力も消耗。駄目なところばかりである。この状態で吸血鬼対策をしている冒険者達と交戦するのは分が悪いだろう。もちろん勝つ事も出来るが、それはそれで問題がある。正規の組織に所属している冒険者を傷つけたとなれば目を付けられる可能性が高い。何故か自分の情報を知られている以上、迂闊に手を出すのは不味い。レドはそう判断した。故にこの場をいち早く離脱するのが得策だと考え、彼女は覚悟を決めた後、地面を蹴って跳躍した。


「逃げたぞ! 撃て!! 絶対に逃がすな!」

「くそ! あの脚であんな動けるなんて!」


 木々を飛び移りながらレドは離脱を謀る。すぐ後ろからは冒険者達がクロスボウで銀の矢を撃って来るが、レドはそれらを華麗に躱しながら枝を蹴り、森の中へと逃げ込んだ。

 村へ戻るのはまずい。とにかく今は一度身を隠せる場所で傷を癒すしかない。そう考えてレドは村とは反対方向を目指す。


(何故冒険者が……魔物達が暴れてるのは奴らの仕業なのか? そもそも何故妾の事が知られたんだ……?)


 脚の痛みに耐えて移動しながらレドは現状を確認する。

 魔物の騒動と冒険者達の関係は分からないが、冒険者達が自分を狙っている事は追ってきている時点で間違いない。それにわざわざ装備を揃えて来ているのだ。あまりにも準備が良すぎる。だが何故自分を狙っているのかは分からない。何か問題を起こした覚えはないし、冒険者に目を付けられるような事をした記憶もない。単純に吸血鬼を狙っているというならそれまでだが、理由が不明瞭なのは気味が悪い。

 そうレドが考えていた時、シュルルと音を立てて何かが接近して来た。それは鉄の糸で繋がれた剣の一部であった。その刃がレドの無事な方の脚に直撃し、肉を抉られる。


「ッ、あ、ぐぁ……!?」


 攻撃でバランスを崩されたレドは木の枝から落下し、地面をぶつかって派手に転がった。美しい金髪は乱れ、真っ赤なドレスもボロボロになる。おまけに両脚も負傷してしまった為、満足に動く事すら出来なくなる。その痛みにレドの口からは嫌でも苦しそうな掠れ声が零れた。


「く……ぅ……」

「おやおや、伝説の吸血鬼にしては随分とひ弱だな……まさか人間の血を飲んでいないのか?」


 地面の上に倒れ苦しんでいるレドを嘲笑うかのように気取った声が聞こえて来る。すると、雨音と共に木々の陰から一人の男が現れた。

 蛇腹剣を持ち、刺々しい漆黒の鎧に身を包んだ細身の男。白髪で、生気がなく目の下には目立つ隈がある。まるで病人のような容姿をしている。一見戦う者には見えない見た目をしているが、そんな彼からは幾つもの死線を潜り抜けて来た実力者の気配をレドは感じ取った。死を恐れていない淀んだ瞳。よく見れば顔には幾つもの切り傷が薄く残っている。


「お前……何者だ?」


 他の冒険者達とは明らかに雰囲気が違う。レドはゆっくりと起き上がりながら男の事を睨みつけ、そう疑問を投げ掛けた。すると男はケラケラと笑いながら、それでいて怒ったように眉を傾けるという妙な表情をしながら口を開く。


「吸血鬼に名乗る名などない……俺はただ、貴様らを〈狩る者〉だ」


 男はそう言って蛇腹剣を引き寄せ、一本の剣に変形させる。そしてその刃を妖しく光らせながら、薄気味悪く笑った。



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