123:レドの屋敷
渓谷の街の騒動から数か月、ようやく落ち着いて来たアレン達は村で平穏に暮らしていた。王都で報告を終えたシェルも無事戻り、彼ら家族は遂に平和な日常を取り戻したのだ。だが、変わった事もある。
魔王候補という初めて格上の敵と戦った事により、勇者であるリーシャは危機感を抱いていた。
これまで彼女はどんな強敵も、人智を超えた存在も打ち負かす事が出来た。しかし、アラクネだけは別だった。自分一人ではどうにもならない敵。己の技が通じない存在。倒せたのもアレンやファルシアの援護、そしてルナとの共闘があったからだ。だがそれは逆を言えば、そこまでしなければ倒せなかった敵、という事でもある。そんな存在がまだまだたくさん居るとアレンから聞き、リーシャは焦りを覚えたのだ。
このままでは皆を守れない。まだ子供の自分ではあの強さには到底届かない。そう思った彼女は更なる力を求めた。村に帰って来てから剣の稽古を増やし、アレンにも長時間付き合ってもらうようになった。その姿を見て村人達は「昔のアレンのようだ」と口を揃えて言ったが、リーシャ自身は気にしている様子はなかった。彼女はただ純粋に強くなろうとしているのだ。
「やああぁぁっ!」
「おっ……とっと!」
今日もリーシャは庭でアレンと模擬戦を行っている。芝生の上を華麗に駆け、鋭い突きをリーシャは放つ。それを下がりながらアレンは剣をぶつけ、ギリギリの所で受け流す。
「くっ……!」
リーシャの突きの威力があまりに強い為、アレンは一瞬バランスを崩す。だが地面を蹴ってすぐに体勢を立て直すと、更に後ろへ下がり続けた。
止まればやられる。今のリーシャは勢いが凄まじい。ほんの一瞬でも隙を見せれば、間違いなく彼女はその隙を突き、勝利をもぎ取ろうとするだろう。それだけの意思が今の彼女からは感じられた。
だからと言ってアレンもただやられる訳にはいかない。リーシャが真っすぐ向かって来ると言うのならば、あらゆる技を使ってそれを妨害すれば良いだけだ。
彼は持っていた剣を左手に持ち変え、右手を突き出して風魔法を発動する。少し前からとうとうアレンはリーシャとの模擬戦で魔法を使うようになっていた。それだけリーシャの実力が上がっているという事だ。手の平から小さな竜巻が発生し、草むらを揺らしながらリーシャへと放たれる。だが彼女は手にしている聖剣に力を込めると、黄金の斬撃を放って簡単にそれを打ち消してしまった。
「だったら……!」
あれくらいの威力では牽制にもならない。ならばとアレンは地面に手を付け、今度は土魔法を発動する。轟音を立てながら地面が形を変え、土の壁がリーシャを取り囲んだ。すると彼女はこれは聖剣で破壊する必要はないと判断し、土の壁を蹴ってそこから脱出した。だがそれこそがアレンの策である。出てくる場所が分かっていたアレンはその場所に向かって何十本もの水の槍を放った。リーシャはその包囲網に気が付き、思わず目を見開く。
流石にこれだけの数なら全て回避する事は出来ないだろう。威力は低いが水の槍一本でも当たれば水は形を変え、リーシャを拘束する。それがアレンの策であった。
「----ふっ!」
しかしリーシャは焦ることなく、冷静に腕を横へ払う。すると彼女の周りに複数の光の球が現れた。それらはリーシャを守るように彼女を囲み、向かって来た水の槍を弾いてしまう。
「なにっ……!?」
光の球の正体は小精霊達だ。リーシャは精霊達の力を借りる事や操る事が出来るようになっており、それを戦闘で活かす方法を見つけたのだ。
策を破られたアレンは動揺する。するとリーシャはすぐさま接近し、勢いよく聖剣を振るう。アレンも何とか反応し、その一撃を剣で受け止めるが、腕に強い衝撃が伝わって来る。
更にリーシャが地面を思いきり蹴ると、草むらの蔓がアレンの脚へと絡みついて来た。妖精王の力だ。動きを封じられ、踏ん張りがきかなくなったアレンは体勢が崩れ、リーシャに剣を弾き飛ばされる。そして容赦なく眼前に聖剣を突きつけられた。
「はぁ……はぁ……私の、勝っち~!」
「ふー……とうとう一本取られたかぁ」
僅かな沈黙の後、聖剣を降ろしてリーシャは拳を突き上げながらそう喜びの声を上げた。アレンも短くため息を吐いた後、笑いながら手をプラプラと振る。するとリーシャは震える手をぎゅっと握り絞め、目頭を熱くさせる。
「やった! やった! 初めて父さんに勝った!」
「ああ、強くなったな、リーシャ。もう手も足も出ないよ」
子供らしくピョンピョンと跳ねながらリーシャは声を震わせる。アレンに勝てた事が余程嬉しかったようだ。アレンも娘の成長を感じられるのは素直に嬉しい事なので、頷きながらリーシャの事を褒める。
実際のところ単純な実力だけならリーシャはとっくにアレンの事を超えている。剣を振る速さ、剣術の鋭さ、どれも既に一流のレベルに達している。聖剣を手に入れてからその成長ぶりは特にすさまじく、遂には精霊の女王と妖精王の力を使いこなす程だ。そんな相手に元冒険者というだけのアレンが勝てる訳がない。知識や技術がリーシャよりは多少ある為、それで何とか立ち回れているくらいだ。決めての一撃を入れる事は絶対に出来ない。もはやリーシャにあと必要なのはリーチを埋める為の大人の身体くらいだろう。そんな事を思いながらアレンはふと彼女の事を見る。
「背も少し伸びたんじゃないか?」
以前よりもリーシャの身長は伸びており、髪も少し長くなって大人っぽくなった印象を受ける。あくまでも以前のやんちゃだった頃と比べればだが。しかし最近のリーシャはかなり真面目で、稽古をしている時は真剣そのものだ。女の子の場合は成長が早いと言うし、彼女も大分身体と心が育ってきたという事なのかも知れない。
「そうでしょ~。もうすぐ十歳だからね。あとお姉ちゃんだし!」
アレンの言葉を聞いたリーシャはクルリと振り返り、自身を指差しながら自慢げに笑ってそう言う。その姿は先程の模擬戦の時に見せた鬼神のような威圧感はなく、まさしく子供らしい可愛い仕草であった。
既にシェルが来てから一年以上が経ち、リーシャとルナも九歳になっている。それだけ年月が経てば成長期の子供は大きくなって当然だ。十歳という二桁の年齢を迎える事で自意識も芽生えているのだろう。特に彼女はルナの姉という肩書にこだわっている為、案外姉御肌なのかも知れない。
「実力もめきめき付いているし、このままだと剣聖にでもなっちゃいそうだな」
「あ、良いねそれ。目指しちゃおっかな、剣聖」
アレンが冗談半分で言うと、リーシャは軽い口調で返事をした。彼女も本気にしている訳ではないだろうが、それでも今の実力なら本当に実現しそうなので、何だか恐ろしい気持ちになる。
リーシャは変わった。明確な目的を持ち、アラクネと対峙した事で自分に必要なものを理解した。だから彼女は強くなる為にただひたすらに力を求めようとする。飢えた獣のように。
「二人共、まだ稽古していたの?少し休憩したら?」
「ワフワフ」
そんな二人の元にクロを連れたルナがタオルを持ってやって来た。アレンとリーシャにタオルを手渡し、稽古ばかりしている二人に呆れたように首を左右に振っていた。
当然ルナも成長している。リーシャと同じように背が伸び、髪も胸元くらいまで長くなった。元々容姿もかなり整っており、落ち着いた性格である為、リーシャと比べるとかなり大人びた印象を受ける。何より変わったのはよく笑うようになった事だろう。ルナは渓谷の街でアラクネと対峙して以降、何か吹っ切れたのか以前の引っ込み思案な部分を見せなくなった。友達とも積極的に遊ぶようになり、今ではリーシャと同じように笑い合う程だ。
そんな彼女の横では同じく成長したダークウルフのクロが律儀にお座りをしている。全長は以前よりも二倍程大きくなり、尻尾は鎌のように鋭く伸びている。目つきも少し鋭くなり小さな犬のようだったクロも今では立派な魔物となっていた。
「ああ、有難うルナ。悪いなわざわざ」
「ううん、別に良いんだけど……あまり無理しないでよ、お父さん。リーシャは体力馬鹿だから」
「体力馬鹿って何!?」
タオルを受け取りながらアレンがお礼を言うと、ルナは心配そうな目つきで彼の事を見つめる。どうやらそれなりの歳になって来ているアレンの事を心配しているらしく、どこか責めるようにリーシャの方に視線を向けた。するとリーシャはバツが悪そうな表情を浮かべ、思わず視線を逸らす。
「リーシャはまだ子供だから体力が有り余っているだろうけど、お父さんはいつまでも元気って訳じゃないんだよ。はちゃめちゃするリーシャに付き合って怪我したらどうするの?」
「うっ……」
「この前だって一回腰痛めたんだから、稽古するにしたって気を付けなくちゃ駄目でしょ」
「ご……ごめん」
くどくどとルナに注意され、リーシャは申し訳なさそうに俯いて謝った。反論する余地がないと判断したらしい。
そんな二人の会話を聞いていたアレンは複雑な心境であった。確かにアレンはもう若くない。いよいよ身体の事を気遣わないといけない年齢である。ただでさえ最近は急な動きも出来なくなり、身体が鈍くなってきているのだ。この前なんか畑仕事をしている時に急に腰が動かなくなる事があった。身体は資本である為、大切にしなければならない。故に娘に心配されると言うのは純粋に嬉しいのだが、同時に自分がもう年寄りなのだという事を痛感させられ、何だか寂しい気持ちもあった。
「まぁまぁ、俺だって身体動かしてた方が鈍らないし、怪我もしないように気を付けてるからさ」
「なら良いけど……くれぐれも無理はしないでね」
アレンがそう弁護をするとルナも何とか納得してくれたらしく、ため息を吐いて家の中へと戻って行った。クロもその後に続く。
それを見届けるとリーシャはちょっと不機嫌そうに唇を尖らせていた。ルナに言われた事を気にしているらしい。少し前まではルナがリーシャにこんな意見を言うなんて事はなかった為、何だか不思議な感覚だ。それだけ子供達も変わったという事だろう。リーシャの頭を撫で、アレンは子供達がどんどん成長していくのを実感しながらリーシャと共に家の中へと戻った。
家の中ではリビングでシェルが掃除をしている途中で、机の上を布巾で拭いていたところだった。彼女は廊下からアレン達が帰って来る足音が聞こえると手を止め、身体を起こして身なりを整える。
「あ、お帰りなさい。先生」
「ただいま。シェル」
「お稽古は終わったんですか?なんかリーシャちゃん笑顔ですけど」
「まぁな、今日遂に負かされちゃってさ」
シェルの質問にアレンは髪を掻きながら恥ずかしそうに答える。リーシャの実力は理解しているが、それでも娘に負けるというのはそれなりに悔しいようだ。
「あら、じゃぁ今夜はお祝いですね。おめでとう、リーシャちゃん」
「えへへー、ありがとう」
アレンの答えを聞くとシェルは一瞬驚くが、すぐにリーシャの方に顔を向けると彼女の事を褒め称えた。リーシャも嬉しそうにお礼を言い、ニコニコと笑みを深める。その様子をソファに座って眺めていたルナはやれやれと言った表情で首を横に振った。
それから四人はいつも通り全員でテーブルを囲んで昼食を取る。最近はリーシャも料理技術が上達して来た為、一緒に作る機会が増えて来ていた。ルナはやはり味覚が少し違う所もある為、まだお勉強中。四人は机に並べられている季節の野菜サラダや西の村から分けてもらったお肉を頬張り、お腹を満たす。
昼食を済ませた後、アレンはソファで一休みする。最近はごはんの量も少なくなり、食べた後はソファに座ってゆっくりする事が増えて来た気がする。そんなますます老人っぽくなった自分の身体に気落ちしながらふとアレンは綺麗に掃除された部屋を見つめる。先程までシェルが掃除をしてくれていた為、床や壁もピカピカだ。それを見て彼は思い出したように口を開いた。
「あー……そろそろあっちの屋敷も掃除もしないとなぁ」
そんなアレンの言葉に部屋の端でクロと遊んでいたルナとリーシャがピクリと反応する。食後のお茶を淹れていたシェルもその手を止め、驚いたようにアレンの事を見ていた。
「それって、もしかして先生のお母様が住んでいた屋敷の事ですか?」
「ああ、村の奥の方にあってな。この前一度覗いた時すごい荒れてたから、大掃除したいと思っていたんだ」
お茶の入ったカップを渡しながらシェルはおずおずと質問する。アレンの母親であるレドの事はまだ明らかになっていない事もある為、あまり深入りしては駄目かと思ったのだ。だがアレンは別に気にした様子は見せず、ちょっと別荘の様子が気になる程度の口調で答えた。
「私も行きたい! 良いでしょ? 父さん」
「私も、レドお婆ちゃんのお家なら行ってみたい」
いつの間にか近づいて来ていたリーシャとルナがソファに寄り掛かりながらアレンにそうお願いをする。その勢いは中々すさまじく、ソファの上に乗っかって来そうな勢いだった。
「ん、そうか……そうだな。二人も一回連れて行かないとな」
まだアレンはリーシャとルナを屋敷に連れて行った事がなかった。そもそもアレン自身が屋敷に行こうとする事がなかった為、そのような機会がなかったのだ。だが子供達はレドの屋敷が気になっているようである。アレンもいつか連れて行きたいとは思っていた為、良い機会だと考えた。
「シェルも行くか?」
「あ、私は今日シェーファさんとお茶会があって」
「……シェル、最近あいつと仲良いな」
「あ、あははは……良い人ですよ? シェーファさん」
ふとシェルも誘うと、彼女は用事があると言う。最近はエルフのシェーファと仲が良いらしく、よくお茶会をするそうだ。幼馴染で幼い頃の事を知っているアレンはその事に複雑な気持ちだった。何か自分の恥ずかしい昔話をしているんじゃないかと不安に思ったのだ。
「よーし、それじゃぁ三人で行くか。二人共大掃除手伝ってくれるか?」
「うん! 任せて」
「頑張る」
ソファから立ち上がりながらアレンがそう尋ねると、リーシャとルナは力強く拳を握り絞めてやる気を表現して来る。元々掃除は得意な為、お手伝いにも抵抗がないようだ。
という事で急遽屋敷を大掃除をする事になり、服を着替えて準備をするとアレン達は村の奥へと向かった。木々が生えて密集している地帯に入り、草むらを掻き分けながら更に奥へと進むと、目的の場所へと辿り着く。
木々が開けた場所にポツンと建っている大きな屋敷。ボロボロで苔もこびり付いており、植物の蔓が無数に絡まった廃墟のようにも見える。
「おー、相変わらず幽霊でも出てきそうな雰囲気だな」
前見た時とは変わらない光景にアレンはため息を吐きながらそう感想を零す。その隣ではリーシャとルナが「やっぱりそう思っていたんだ」と驚いた様子でアレンの事を見ていた。一応もう亡くなっているレドと過ごした屋敷である為、変な事を言わない方が良いと二人は考えていたのだが、アレンはそんな事全然気にしていなかった。
「んじゃ早速始めるか。まぁ一日で全部終わらせるつもりはないから、今日は適当に家の中見ながら整理する感じでやろう」
「はーい」
「分かった」
アレンにそう言われて二人も素直に頷き、いよいよ屋敷の中へと入る。相変わらず中は埃だらけで散らかっており、床には本や家具が散らばっていた。植物の蔓も入り込んでさながらダンジョンの中のようになっており、魔物でも出てきそうな雰囲気だ。
アレンはまずその植物の蔓を切りながら廊下を進んで行く。リーシャとルナは既に玄関の所で周りが気になっているらしく、辺りをチラチラと見回していた。
「父さんこれなにー?」
「ん、それは婆さんが集めてた武器コレクションだな。まぁそこにあるのはただの飾りだけど」
「お父さん、この魔法書はなに?」
「それも婆さんが集めてたやつだ。どこで手に入れたのかは知らんが、そういうのなら書斎に山ほどあるぞ」
壁に飾ってあった斧や槍の武器を見てリーシャは目を輝かせ、床に散らばっている本の中から魔法書を見つけてルナは興味津々と言った表情を浮かべる。どうやら二人にとってこの屋敷は宝の山だったようだ。
そんな事を繰り返しながらようやくリビングへと辿り着き、アレンは一呼吸置く。最初にいきなり根詰めると身体に響く為、なるべく意識して一呼吸置くようにしていた。そんな自分の老人臭い態度に、レドが見たら間違いなく「老いたな、坊や」と言葉を掛けて来るだろうなとアレンは思った。
「レドお婆ちゃんって色々珍しい物持ってたんだね」
「ああ、そういうのを集めるのが好きだったらしい。中には百年前の伝説の剣とかもあったらしいぞ」
「ええ、今それどこにあるの!?」
「さぁ、分からん」
アレンが物心つく前からレドは秘蔵コレクションを所持していた。その中には明らかに個人が所有する規模ではない武器も存在しており、レドは面白半分でアレンにそれを持たせようとしたこともあった。もちろんまだ子供だったアレンはそんな物おっかなくて全然持とうとはしなかったが。
そんな伝説級の武器達なのだが、レド亡き後その行方は分かっていない。彼女は主に使用する武器を魔法で他空間に収納していた為、残っているのは通常の武器や飾り用の武器しかないのだ。他空間に収納されている武器がどうなったのかは、未だ判明していない。
「ええ~、何それ。すっごい気になるー」
「だよなぁ。俺もだよ」
リーシャが酷く残念そうに言うと、アレンも両腕を組んで惜しむように言葉を零した。
せめて冒険者時代にそのような伝説の武器一本あれば、自分ももう少し主力になれただろうに。彼はついそんな年寄り臭い事を考えてしまった。最近はやたらと昔の事を思い出すようになってしまっている気がする。アレンはいかんいかんと首を横に振った。
(結局のところ、俺も婆さんの事よく知らないままだったよなぁ……)
掃除を再開しながらふとアレンはそんな事を思う。
レドは自分の話を全然してくれなかった為、彼女の分かっている事と言えば少々変わり者の吸血鬼というだけだ。家族関係はどうなっているのか、どのような経緯でこの村に住むようになったのかも何も知らない。アレン自身も気になってはいたが、無理に聞き出そうとしなかった。今更ながらそれを寂しく思う。
「お父さん、こんなのあったよ」
そんな事を考えているとふと別の部屋を掃除していたルナがボロボロの古い紙を持ってきた。彼女はそれをアレンの前で広げて見せる。そこには子供が描いたと思われる似顔絵が描かれていた。
「うわっ、そんなの残ってたのか。どこにあったんだ?それ」
それはアレンがまだ小さい頃、恐らく物心つく前に描いたであろうレドの似顔絵だった。だが描かれているレドは棒のように身体が細く、かろうじて髪が黄色で描かれている為判別出来るが、初めて見た人はそれが何なのか絶対に分からないだろう。上の部分にレドと名前が書かれているのが唯一の救いだ。
「書斎で大切そうに箱の中に入ってた」
「ええぇ……婆さんの奴、そんなの保管してたのか」
前に来た時はそんな物見当たらなかったが、どうやらレドはその絵をなくさないように箱に閉まっておいたらしい。何だか恥ずかしいような、嬉しいような複雑な気分にアレンは困った表情をしながらその絵を受け取った。
「レドお婆ちゃん、わざわざ箱の中に入れてたって事は相当大事にしてたんだろうね」
「そうかね……まぁ婆さんは収集家だったからなぁ」
「きっとそうだよ」
アレンが気恥ずかしそうに頬を掻いていると、ルナはニコリと微笑みながらそう言って来る。何だか自分の事のように嬉しそうな笑顔だ。そんな彼女の顔を見ているとアレンも何だか口元が緩んだ。
それから部屋の蔓を全て切り終えると、アレンは腰をトントンと叩きながら大きく息を吐き出す。リーシャとルナも床に散らかっている物を整理していた為、額には少しだけ汗が浮かんでいた。だがこの部屋だけでも大分綺麗になった方だろう。少なくとも歩けるスペースはかなり増えたはずだ。
「よーし、それじゃ一回休憩にするか。二人共」
「「はーい」」
アレンがそう言うと二人も作業の手を止め、一度休憩を取る事にする。三人はとりあえずくつろげそうなリビングへと向かった。そこには長テーブルに、幾つかの椅子が無造作に置かれている。
「シェルさんがお菓子持たせてくれたんだ」
「あ、良いな―。私にもちょうだい!」
ルナとリーシャはその椅子に座って持ってきたお菓子を広げた。アレンも近くに転がっていた椅子を起こすと、そこにゆっくりと座る。するとそこから見える光景が幼い頃の自分の記憶と重なった。
(そう言えば、昔は婆さんとこうやって飯を食べてたよな……)
すぐ傍にレドが座り、共に食事を取る。そんな事を昔は毎日繰り返していた。懐かしい記憶である。隣で自分の娘達がお菓子を頬張っている姿を見るとアレンも何だかほっこりとした。
(あれから俺も随分と歳取ったなぁ……もう三十年くらい経つ訳か)
先程反省したばかりだと言うのにアレンはまた昔の事を思い出していた。
まだ自分が子供で、冒険者を目指していた頃。あの時の自分は今もそうだが未熟で、夢ばかりを追い求めている少年だった。もっともその夢は、あまり人からは褒められない目指してはならないものであったが。
アレンはそっと目を瞑る。それだけですぐにあの時の光景が蘇って来た。