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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
4章:魔王候補アラクネ
120/207

120:戦いの後



 渓谷の街の脅威は消え去った。避難所に立てこもっていた住人達は青の大魔術師ファルシアからのその宣言を聞き、歓喜した。安堵して胸を撫で下ろす者。遅れてやって来た恐怖に涙を流す者。何故こんな事になったのかと怒りを募らせる者。反応は様々だ。だがそれでも、この事件を解決した事になっているファルシアに全員が感謝した。


 翌日から早速復興が始まった。幸い動ける住人は多かった為、すぐにでも日常を取り戻そうと住人達は瓦礫を懸命に退かし、壊れた建物を補強した。

 一番大変なのは〈大蜘蛛の呪い〉が解けた人達だった。どうやらアラクネはかなり広範囲の村や街の住人を呪いで蜘蛛にしていたらしく、たくさんの行方不明者が発見された。呪いが解けた人達は記憶がないのか何故自分がこんな所に居るか分からず、多くが混乱していた。ひとまず彼らは渓谷の街で保護し、その後の措置は王都の兵士が来てからする事となった。

 まず街の住人に必要な事は日常を取り戻す事。彼らは懸命に身体を動かし、大変な作業でも笑顔で身を費やした。その中にはアレンの姿もあった。


「先生、無理しないで良いんですよ?怪我人なんですから」

「シェルだってそうだろう。大丈夫さ、負担にならない範囲でやるから」


 その隣には案の定シェルの姿もあり、彼女はフードを被りながら住人達の瓦礫を退かす作業を手伝っていた。

 二人は本来前日の戦いで負傷し、休まなければならない怪我人である。だが真面目な性格の彼らは魔法は使わず、自分が出来る範囲の手伝いをしようと朝から復興の手伝いをしているのだ。


「この街の人達はたくましいですね。あんな事件があった後でもこうして頑張ってるんですから」

「そうだな。シェルが居てくれたから安心出来たんじゃないか?」

「そう、でしょうか……」


 シェルは活気にあふれながら作業をしている住人達を見て複雑そうな表情を浮かべる。今回自分が途中で戦線から離脱してしまった事をまだ引きずっているようだ。正義感の強い彼女ならば当然だろう。アレンも気持ちは理解出来る。すると瓦礫を横に退かしながら彼女の方に顔を向けた。


「そんな気にするなって。そもそもシェルが最初に頑張ってくれたから被害が最小限に収まったんだぞ。氷での拘束も呪いから解かれた人達を無事助けられたし、最善の対処だったよ」


 アレンはシェルの肩に手を乗せながらそう励ましの言葉を掛ける。

 蜘蛛の侵攻があった時、氷魔法は敵を無力化するのに適している為彼女は拘束系の技を使用した。それはあくまでも無駄な被害を増やさない為のシェルの考えだったが、そのおかげで呪いで姿を変えさせられていた多くの人達を無傷で助ける事が出来た。これは最大の成果と言えるだろう。


「……有難うございます」


 それらの事を伝えると、シェルはちょっと申し訳なさそうな顔をしながらそうお礼を言った。まだ気持ちの整理が付いていないのだろう。だが彼女が立派な行動をしたのは事実である。そしてまだまだ彼女は成長するはずだ。新米冒険者だった彼女は大魔術師となる程の才能を持っている。いずれ英雄と呼ばれても不思議ではないだろう。アレンはそう確信を得ていた。同時に自分はそうではない人間である事を心の奥底で改めて理解した。


 今回は本当にギリギリの戦いだった。幾つもの奇跡が起きた上で何とか勝利と言える物を掴み取れたようなものだ。アラクネは本当に強敵の中の強敵と呼べる存在だったし、アレンはこれまで戦って来た中で最も厄介な相手だと感じた。もしもファルシアが予め調査の依頼に来ていなければ、自分は何の躊躇もなく蜘蛛達を手に掛けていただろう。実際亡き者にしてしまった蜘蛛達も居る。川で凍っていた巨大蜘蛛は大型の魔物だったが、人間だった者も居るはずだ。それを思うとアレンはやり切れなさを覚えた。自然と拳を握り絞める力が強くなる。


「なーに渋い顔してるのよ。あんた達は」


 そんな二人の前にファルシアが現れた。どこか不機嫌そうな表情を浮かべており、腰に手を当ててアレン達の事を呆れたように見ている。


「おう、ファルシア」

「おうじゃないわよ。もっと街の人達みたいに喜びなさい。魔族を倒した、脅威は去ったーって」


 アレンの挨拶もサラリと流し、彼女は周りの住人達に手を向けながらそう言う。確かに周りの住人達は脅威が去った事に喜んでおり、暗い表情をしている者は一人も居なかった。家がなくなってしまった事よりも今自分が生きている事を素直に有難く感じているようだ。


「あんな化け物を倒せたのよ?はっきり言って運が良かったわ。私もシェルリアもボロボロだったし、あの子達はホント凄いわね」


 ファルシアもアラクネはかなりの強敵だったと感じているらしく、その事実をしっかりと受け止めていた。ただアレン達と少し違うのは、もう終わった事だと判断し、今に目を向けているという点だろう。普段はアレンがしている事である。


「ところで、本当に良いの?アレンさん達の功績は隠して。実際のとこあの魔族を倒したのはお嬢ちゃん達じゃない」

「ああ、良いんだ。二人も目立ちたくないって言ってるしな」


 ふとファルシアは周りを気にしながら少し声を抑えてアレンにそう聞いて来た。

 今回魔王候補のアラクネを倒したのはファルシアという事になっている。と言うより今回の事件に対処したのは大魔術師のファルシアとシェルの二人だと住人は思っている。そう言う様にアレンがお願いしたのだ。何せリーシャとルナの正体が正体である。表立って言える訳がないだろう。それに子供二人が魔族を倒したと言って信じてもらえるか怪しい。もっとも、この処置はファルシアが二人の事を秘密にしてくれなければ意味のない事だが。


「あ、シェルリア。貴女は一回王都に戻りなさいよ。今回の事件を協会に報告しないといけないんだから」

「ええ~……先輩が一人で報告してくださいよ」

「駄目に決まってるでしょ。協会に所属してるならちゃんと責任を果たしなさい。仮にも大魔術師なんだから」

「うぐ……」


 ファルシアに指を突き付けられ、シェルはバツが悪そうな表情を浮かべる。

 やはり魔術師協会にも色々とあるらしく、大魔術師としてシェルにも説明責任があるそうだ。そうなると一旦分かれる事になるだろう。リーシャとルナが悲しみそうだが、事件はもう解決しているのでそんなに長くはならないだろう。アレンはそう考える。


 それからシェルは一度宿に戻ると言ってその場から立ち去る。するとファルシアはアレンに場所を変えようと言って来た。何か重要な話があるらしい。アレンは頷いでファルシアと共にその場から移動した。作業をしている住人達の前を横切り、崩壊した図書塔へと辿り着く。この辺りはまだ住人達が作業をしておらず、人気がない。街のシンボルとも言える図書塔は最上階だけ壊れており、地上にはその瓦礫が幾つも散らばっている。


「それで、話ってなんだ?」

「…………」


 別に聞かなくても分かるのにアレンはついそう尋ねてしまう。するとファルシアも言い辛いのか、足元に転がっている小さな石ころを脚で蹴り、俯いていた。そして迷うように瞳を揺らしながら、ゆっくりとアレンの方に顔を向ける。その表情はどこか弱々し気だった。


「あの子達は、今何してるの?」

「宿で寝てるよ。疲れちゃったのか、二人共ぐっすりさ」


 あの子達とは当然リーシャとルナの事だろう。心配しているのか、気になるようにファルシアは聞いて来た。そして寝ているだけだと知ると、ちょっと安心したように息を吐く。なんだかんだで優しい所がある彼女である。そして視線を背けると、ファルシアは少しずつ話し始めた。


「……今回の事は、ホントに感謝してるのよ。アレンさん達のおかげで、事件は解決出来たようなものなんだから」


 彼女は気まずそうに髪を弄り、そう言う。ファルシアが素直にお礼を言うなんて随分と珍しい事だ。アレンは意外そうな顔をし、頭を掻く。


「そりゃぁ、光栄だな」

「本気で言ってるのよ。正直あの魔族は私だけじゃ倒せなかった……おチビちゃんとお嬢ちゃんは、本当に凄いわ」


 やはり大魔術師のファルシアから見てもリーシャとルナの力は異常に映ったらしい。あんな小さな子供達が化け物を倒す。それはおとぎ話のように捉えれば勇気ある行動に見えるが、実際の姿を見れば恐怖を覚える内容でもある。言い方を変えればリーシャとルナはあんな怪物のようなアラクネよりも強大な力を持っているという事なのだ。戸惑いを覚えて当然である。だがファルシアの場合は二人のおかげで最悪の事態を免れた事も理解している為、複雑な気持ちなのだろう。


「単刀直入に言うわ。私は国王に仕える預言者として、人類の希望である〈勇者〉の存在を伝える義務がある。そして厄災となるであろう〈魔王〉を排除する使命がある……」


 覚悟を決めてファルシアはアレンの方に顔を向けると、嘘ではなく正直に自分の思いを伝えた。

 そもそも預言で勇者と魔王が現れると言ったのはファルシア自身だ。彼女にとって勇者であるリーシャは長年探していた人物であり、希望とも言える。そんな存在を無視する事は出来ないだろう。そして魔王。本来なら魔族の王であり、人類の敵であるその存在は更に軽視する事が出来ない。多くの人類がきっと排除すべきだと考えるだろう。ファルシアだって、ルナの事を知る前はそう考えていた程だ。


「でも私だって人間よ。今回の事件の功労者はあの子達だって分かってる。勇者のはずのおチビちゃんは、本気で魔王のお嬢ちゃんを助けようとしてた……お姉ちゃんだからって」


 ファルシアはルナを助けようとしているリーシャの姿を見ていた。最初はこんな子供に何が出来るのかと思っていたが、彼女は確かな実力を持っていたし、本気でルナを助けようとしていた。それを見て大した姉妹の絆だと思っていたが、二人の正体が分かってから更に衝撃を受ける事となった。


「アレンさん、貴方は私にどうして欲しい?やっぱり黙っていて欲しい?」

「…………」


 予想外にもファルシアはそんな事を尋ねて来た。その態度は普段の強気な彼女らしくなく、まるで助けでも求めているかのような聞き方だ。だがアレンも迷っている。いつものようにすぐに答える事は出来なかった。


「それは……ファルシアが決める事だ。あの子達には平穏に暮らして欲しいが、だからと言って俺にファルシアの使命を邪魔する資格はない。俺は皆に本当の事を隠してるからな。結局我が身が可愛いだけさ」


 アレンは悩んだ末にそう答えた。答えている間にも彼自身今自分が喋っている事が本音なのか分からず、視線が泳いでしまう。正しい事なんて分からないし、自分が思っている本当の気持ちだって分からない。まるで自分の身体が自分の物ではないかのような感覚だった。ただ一つ彼が決めておいた事は、ファルシアが決断した時、その答えを受け入れる事である。仕事仲間であったファルシアに国を裏切ってまで嘘を吐いてもらおうとは思っていない。その時はリーシャとルナを連れて逃げるだけだ。村の人にも、誰にも迷惑は掛けずどこか遠い場所に隠れ住む。その時はシェルも付いて来てくれるかな、そうアレンはぼんやりと考えていた。


「はぁ……ずばりと本音を言って欲しかったから聞いたのに……」


 アレンの答えを聞いたファルシアは一度顔を背け、背中を向けながらブツブツと呟く。そしてどこか面白そうに笑みを零し、額に手を当てた。

 ファルシアからすればアレンには本音を言って欲しかった。そうすれば、悩んでいる自分は仕事仲間の意思を優先する事が出来る。国と友人で揺れている心の天秤を傾ける事が出来たのだ。だがアレンは優しかった。普通の人間なら自分の要求を突き付けて来るはずなのに、彼はそれをしないのだ。その答えは、ファルシアにとって優し過ぎたし、辛すぎた。


「どうすれば良いのよ、私は……」


 ファルシアはアレンには聞こえないくらいの声でそう呟いた。彼女は悩み続ける。自分の心がどちらを望んでいるのか分からず、苦しみ、答えを出せないでいる。アレンもファルシアの審判を受け入れようとしている為、ただ大人しく答えを持っている。すると、そんな二人の真上から声が聞こえて来た。


「魔王を排除したところで、人間達に利があるとは思えないけれどね」


 声がした方にファルシアとアレンは反射的に顔を向けると、そこには巨大な瓦礫の上に立っているレウィアの姿があった。だがフードで顔を隠しておらず、大魔術師のファルシアが居るにも関わらず彼女は素顔を晒している。


「貴女、あの時のフードの……!」

「初めまして。青の大魔術師ファルシア・フオロワ。私はレウィア。今回のアラクネと同じく、魔王候補の一人よ」

「……!?」


 レウィアは最初の頃と違って隠す素振りを見せず自分の素性を明かしていく。アラクネとの邂逅で魔王候補の存在を知ったファルシアは当然衝撃を受け、杖を構えた。


「レウィア……?!」

「ああ、ありがとね、おじさん。作戦通りアラクネを弱らせてくれて。無事あの女を封印する事が出来たよ」


 アレンも正体を知られて良いのかと慌てるが、そんな心配をよそにレウィアはお礼を言って来る。まるで目の前のファルシアなど眼中にないかのような態度だ。


「どういう事よ?アレンさん」

「えーと、これはその……レウィアはあのアラクネとは違って悪い魔王候補じゃなくて……」


 アレンがレウィアの正体を知っていたと見抜くとファルシアは説明しなさいよ、という鋭い目つきで睨んだ。その視線を突き付けられながらアレンはどう説明すれば良いかと悩み、口を必死に動かす。

 その時、先程まで瓦礫の上に居たはずのレウィアの気配が消えた。一瞬アレンの方に意識を向けていたファルシアはそれに気が付き、動揺する。するといつの間にかレウィアはファルシアの背後に移動しており、腰の魔剣に手を添えていた。


「まぁ杖を下ろしてよ。ファルシアさん」

「……ッ」


 全く反応する事が出来なかった。その事実にファルシアは戦慄を覚える。もしも今ここで剣を抜かれていれば、いとも簡単に斬られていただろう。そう実力差を感じさせるほどレウィアの動きは早すぎた。

 そもそもあのアラクネを倒すのにもここまで苦労したのだ。それと同じ魔王候補であるレウィアに敵う訳がない。ファルシアはじわりと手に汗がにじむのを感じ、思わず杖を落としそうになった。


「安心して。敵意はないから……まぁ、貴女のこれからの選択次第で態度は変わるかも知れないけど」

「……私を脅すつもり?」

「そうだね。分かり易く言った方が良いか……私は今から貴女を脅す。だから返答には気を付けて」


 レウィアは本気で脅すつもりらしい。魔剣を僅かに引き抜き、その真っ黒な刀身を光らせる。気のせいか、その剣の刃が見えた瞬間どこからか悲鳴が聞こえて来るような気がした。僅かに寒気を感じ、ファルシアは唇を噛みしめる。


「レウィア、どういうつもりだ?」

「ごめんね。おじさんの友達を傷つけたくはないけど、私も手段を選んでいられないの」


 アレンも黙っている訳にはいかない為、レウィアに真意が何なのかを尋ねた。すると彼女の冷たい顔が僅かに歪み、レウィアは申し訳なさそうな表情を浮かべる。彼女にも事情があるらしく、余裕もないようだ。


「……何で私を殺さないのよ?貴女は魔王の事を知られたくないだけなんでしょ?だったら口封じすれば良いじゃない」

「私はそれでも構わない。でもそれだとおじさんは嫌がるだろうし、私の事を嫌いになるだろうからね。だから脅すだけにする」

「はっ……随分仲が良いようで」


 ファルシアは自嘲気味に笑う。こんな状態では最早笑う事くらいしか許されないからだ。レウィアは選択肢を与えているかのような口調だが、脅しているという事は望みの答えが出なければ殺すという事である。そんなの、選択肢とは言わない。

 彼女は小さくため息を吐いた後、チラリとアレンの方に視線を向けた。


「アレンさん、貴方また厄介なの抱えたわね」

「……すまん」


 ファルシアは弱々しく笑い、精一杯の冗談のつもりなのかそう言った。アレンもそれに対して力なく笑い返すと、申し訳なさそうに謝った。


「それで、どんな話をしてくれるって言うの?」


 諦めたようにファルシアは目を瞑る。そして気持ちを切り替えたのかいつもの力強い目つきになると、堂々とレウィアの方を振り返ってそう尋ねた。レウィアも魔剣に添えていた手を離し、口を開く。


「貴方達には少しだけ秘密を教えてあげる。私達〈魔王候補〉の事をね」


 そっと人差し指を口に置き、冷たい表情のままレウィアはそう言う。それはまるで劇を始める前の動作のように丁寧で、物静かな振舞いであった。

 それを見てファルシアは何ともわざとらしい態度だと感じたが、内容からして真面目な話だという事は分かる。何せ今回この街を半壊し、人間の大陸を混乱の渦に巻き込んだのはその魔王候補なのだ。大魔術師としては絶対に入手しておきたい情報だ。アレンも話に耳を傾け、真剣な表情を浮かべる。

 黒の語り部が、ゆっくりと口を開いた。


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