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12:囚われた勇者と魔王



 腕を縄で縛られ、逃げないように何人かの白ローブの人物達に見張られながらリーシャは口惜しそうに顔を顰めた。

 ここは洞窟の中。リーシャとルナを攫った勇者教団はひとまずここを根城にする事にした。本当は本部にそのまま連れて行くつもりだったが、王都の兵団が居るなど予定外の障害があった為、警戒して洞窟に身を潜める事にしたのだ。


「…………」

「勇者様、どうか分かってください。我々は貴方様を邪悪な者の手から救ったのです。これは全て貴方様の為なのですよ」


 この集団を纏めているリーダー格らしき白ローブの男がリーシャにそう語り掛けてくる。

 何が邪悪な者の手だ、とリーシャは心の中で毒吐いた。そしてチラリと男の向こう側の景色を見る。そこには薬で眠らされたルナの姿があった。彼らが人質として連れて来たのだ。


 本来、この程度の集団などリーシャが本気になれば造作もない相手だった。だが最初にルナを人質に取られ、リーシャは迂闊に動く事が出来なかったのだ。

 チラリとルナの手の甲に巻かれている包帯を見る。まだ取れてはいない。だがもしもちょっとしたきっかけであの包帯が解けてしまえば……たちまちルナが魔王である事がバレてしまう。ましてやこいつらは勇者を信仰する狂信的な信者。ルナが魔王だと分かれば何をしでかすか分からない。否、確実に殺すであろう。

 そのような不安があったからこそ、リーシャは様子見に徹するしかなかった。


「貴方様はずっとあの男に騙されていたのです。奴は勇者様の力を独占し、この世を混乱に陥れようとした屑です」


 先程からずっとこれである。リーシャはうっとおしそうにため息を吐いた。

 この集団のリーダー格らしきこの男は仮面越しにずっとリーシャに語り掛けていた。それもリーシャが大好きなアレンを蔑む言葉で。


(何が騙されていた、だ……ルナを人質に取られなければ、あんた達なんかみんな一瞬で倒してやるのに……!)


 リーシャは心の中で不満を述べる。美しい金色の瞳を揺らしながら、強くその白ローブの男を睨みつけた。

 大好きな父親を馬鹿にされ、妹のルナまで人質に取る。そんな奴らをリーシャは信用出来なかった。勇者教団などと言われた所でそんな事知った事ではない。自分の幸せを奪うような奴らは全員倒す。リーシャは縄で縛られている腕を怒りで震わせた。


「貴方様はその手に勇者の紋章を宿した選ばれた子供……ご安心ください。我々が貴方様に正しき教えを授け、必ずや魔王を打ち倒す立派な勇者にしてみせます」


 仮面越しでも分かるような笑みを含んだ声で白ローブの男はそう言った。

 まるで自分が全て正しいとでも言うように。自分達が行っている事は全て正義なのだとでも言いたげに。全く悪意のない声色で男はそう言った。それがリーシャには許せなかった。自分達の平穏を崩しておきながら、それが正しい事なのだと思っている。理解出来ない目の前の男の頭の構造にリーシャは吐き気を覚えた。


「では勇者様、今はお休みください……あの忌まわしい村を焼き終わったらすぐに出発致しますので」

「…………ッ!!」


 何でもないかのように男は恐ろしい言葉をポロリと言った。ちょっとした用事を済ませてくるかのような、そんな軽い一言。だが今までずっとあの村で育ってきたリーシャがすればそれは最も怒りを覚える一言。思わず剣もないのに男に斬り掛かりそうになった。しかし手が縄で縛られている為、結局何もせずその場に座り込む。そして白ローブの男は監視していた部下達も連れてその場から去った。ご丁寧に眠っているルナを連れて。


 一人になった後もリーシャは冷静に状況を分析した。

 どんな時も焦ってはならない。アレンから習った事だ。状況が理解出来れば解決策が見つかる。その教えに忠実に従い、リーシャは辺りを見渡した。


(多分今私が居る場所は洞窟の一番奥……迷路みたいになってて、ここに連れ込まれた時もいくつか部屋みたいになってた……縄を解いたとしても、ルナを連れて無事に逃げ出せるかどうか……)


 リーシャは自分がここに連れ込まれた時の事を思い出し、洞窟の構造を頭の中に思い浮かべて逃走ルートを計算した。しかしルナがどこに連れて行かれたのかが分からない。それまで剣もない状態で果たして無事ルナを見つけ出す事が出来るか……?至極困難だと言えよう。流石のリーシャでもいつものように明るい表情を浮かべる事が出来なかった。

 そのまましばらく考え込んでいると、通路の方から一つ光の球が入り込んで来た。ふわふわとまるで蛍のように飛んでいる。リーシャはそれが小精霊だと気付き、目を細めて出口付近を睨んだ。


「……貴方の仕業ね、女王サマ」


 リーシャが冷たくそう言うとふわふわと飛んでいた小精霊が途端に輝き始め、光り輝く女性へと姿を変えた。それはいつしかリーシャの元に現れた精霊の女王であった。女王は相変わらず優しい笑みを浮かべながらリーシャの事を見つめる。対照的にリーシャは女王の事を忌々しそうに睨みつけていた。


「お許しを、勇者様。貴方様をあの男から引き離す為……致し方なく彼らを利用したのです」

「だったらもっと穏便に出来ないの?王都の兵士を使うとかさ」


 女王は申し訳なさそうな顔をしながらリーシャにそう言った。するとリーシャは勇者教団に対しての不満を述べ、もっとマシな方法はなかったのかと怒気を含んだ声で言い返した。


「私の声を聞ける人は限られています……精霊を信じなかったり、欲深い者には我々の声は聞こえません」


 どうやら誰もが精霊の声を聞ける訳ではないらしい。リーシャからすればそのような情報至極どうでも良い事だったが、一応聞いておく事にした。


「ですが彼らのような勇者様を強く信じる者達なら、僅かですが私の声を届ける事が出来ます。本当なら魔王の子を始末するように命じておきたかったのですが……」

「そんな事をしたら、私は貴方を一生許さない」


 女王がおまけついでに言った言葉に対してリーシャは強い殺気を放ちながらそう言った。普段の明るい彼女からは信じられない程冷たい声で、目を血走っていた。それに怯えながらも、女王はリーシャが縄で縛られていて何も出来ないだろうと高を括り、余裕の態度を保った。


「いい加減意地を張るのはおやめ下さい。貴方様の力はこのような場所で発揮されない。魔族を滅ぼす事こそが貴方様の使命なのです」


 リーシャからすれば女王の言葉など先程の白ローブの男と同じただの押し付けでしかなかった。自分が正しいと思っている事を相手に強制させる。正に悪意のない悪意。少なくともリーシャはそう感じた。


「既に勇者様を騙した男も眠り粉で潰れました。少なくとも丸一日は動けないでしょう」


 勝ち誇った笑みを浮かべて女王はそう言い放った。だがリーシャはそれを聞いたところで不安には襲われなかった。アレンが眠り粉で潰れた事は事実であるが、リーシャはそれが事実だろうと虚偽だろうと信じている事が一つあったのだ。


「ふん……貴方達は私の父さんの事を全然分かってないわね」

「……なにがです?」


 リーシャがちっとも反応を示さないのを見て不思議に思った女王はそう尋ねる。すると今度はリーシャが余裕の笑みを浮かべて口を開いた。


「父さんはね、勇者の私や魔王のルナよりもずっと強い人なの。貴方達なんかが、父さんに敵う訳ないのよ」


 リーシャにとって父親であるアレンは自分の最大の目標である。自分を育ててくれた父であり、剣の師匠であり、勇者としてではなくリーシャという個人として接してくれた恩人。故にリーシャはアレンの事を信じている。彼なら絶対に助けてくれると。

 そう信じているリーシャの金色の瞳は黄金の如く綺麗に輝いていた。





 森の奥まで移動し、洞窟を確認したアレンは入り口から少し離れた岩場から様子を伺っていた。まだかすかに震えている手をチラリと見て、忌々しそうに舌打ちをしてから腰にある剣に手を伸ばす。


「あれが教団が隠れてる洞窟か……」


 既に何人か白ローブの連中が出入りしているのを確認している。あの洞窟で間違いはないのだろう。アレンは額から垂れた汗を拭いながら静かに息を吐いた。

 勢いで飛び出しはしたが、まずは冷静にならなければならない。アレンは何も勝算がなくて村を飛び出した訳ではない。敵が洞窟という狭い空間に入ってくれたのは好都合だ。多数を相手にしないで済む状況が作れる。どのような罠を仕掛けてくるかは既に身を以て知っているし、対抗手段は練れる。


「ただ問題なのは……身体が思う様に動いてくれないって事だな。出来るだけ無駄な戦闘は避けるか」


 震える手を見ながらアレンは悔しそうにそう呟いた。

 眠り粉の効力のせいでここまで来るのにも大分苦労した。正直言って立っているのもやっとという状況だ。そんな状態で果たして自分はリーシャとルナを助け出す事が出来るだろうか?アレンはそう自分に問いかける。浮かんで来た答えは当然、絶対に助け出すであった。


「まぁそれでも……神様とやらは俺の味方してくれてるようだ」


 圧倒的に自分に不利な状況にも関わらずアレンは無理に笑みを作ってそう言った。何故ならば場所が良い。あの洞窟を教団が根城にしたという事がアレンを味方してくれていた。


 剣を握り絞めながらアレンは岩場から移動し、洞窟の中へと入り込む。洞窟の中はダンジョンのように迷路になっている為、様々な通路に分かれている。同時に死角となる場所も多い為、白ローブの人物と遭遇してもアレンはすぐさま岩場や角に隠れてやり過ごした。

 その調子で上手く白ローブの人物達の監視を掻い潜りながらアレンは洞窟の奥へと進んで行き、リーシャとルナが捕まっているであろう場所を探した。


(懐かしいな。小さい頃はよくこの洞窟で遊んだっけか……そのおかげでここの構造はよく覚えてる)


 通路を移動しながらアレンはそんな事を思い出す。

 アレンがまだ子供だった頃はこの洞窟が彼の遊び場でもあった。昔はここに魔物も住みついており、ちょっとしたダンジョンでもあった。アレンは武者修行のつもりで毎日この洞窟に潜っていたが、今では魔物も狩りつくしていまい、迷路のように続く洞窟だけが残ってしまった。その時の思い出が今こうして役に立っているのだから、昔の自分に感謝だと笑みを零しながらアレンは思った。


 そして長い通路を進み続け白ローブの監視を潜り抜けると一つの部屋にアレンは辿り着いた。そこには縄で縛られているルナの姿があり、アレンは急いで彼女の元に駆け寄った。


「ルナ……!」

「ん……んぅ……」


 どうやらルナも眠り粉で眠らされてしまっていたらしく、アレンはルナの縄を解くと頬をぺちぺちと叩いて呼びかけた。反応はあるが、やはり薬の効力が強すぎるのか中々目を覚まさない。


(出来ればリーシャとルナが同じ場所に居てくれればすぐに逃げ出せたんだが、そう上手くはいかないか……俺に眠ってるルナを運びながらリーシャを助け出せるか……?)


 出来るか出来ないかではなく、やらなくてはならない。だが言葉にすれば簡単だがいざ実行に移すのは難しいものだ。特にアレンは物事を計算して分析してから結論を出す為、それがどれだけ大変な事かを十分頭で理解していた。だが彼は諦めるつもりなど毛頭ない。


「ほぅ、まさかもう動けるようになっていたとは意外だ……やはりあの時邪魔が入ってでも始末しておくべきだったかな」

「……!!」


 不意に背後から声を掛けられる。まさかと思って振り向くとそこには複数の白ローブ達が集まっていた。それを率いるように一人の白ローブの男がアレンの事を仮面越しに見つめている。声色からしてあの時勇者教団だと名乗った人物。そしてリーダー格であろうことが伺えた。


「お前達っ……リーシャを返せ!」

「返せだと?人々の希望を奪ったのは貴様だ。屑め。勇者様は民を守る救世主である。それを我が物にしようとした貴様は魔族よりも薄汚い!」


 アレンが怒りでそう大声で言うと、白ローブの男もまた不機嫌そうな声色でアレンにそう言い返した。

 アレンはやはり白ローブ達はリーシャが勇者だと思い込んでいるのだと判断する。実際は本当に勇者なのだが、いずれにせよ狂信的な彼らが勇者を手にしたところでろくな使い方をしないのは明白だった。故にアレンは反抗し、リーシャを助ける決意を固める。


「リーシャは俺の娘だ」

「はっ! よくもまぁそんな事が言えたものだな。洗脳して自分の子供だと思わせていたくせに」

「…………」


 リーシャは自分の子供であるとアレンは訴えるが、白ローブの男には何を言っても無駄だった。

 確かに血は繋がっていない。だが自分達はずっと暮らして来た絆がある。それが虚偽の物だと罵るのならば、アレンはその人物を絶対に許さないだろう。自分が子供達を愛して来たのは事実なのだ。それを嘘なのだと決めつけられれば、流石に温厚なアレンでも怒る。アレンはルナを抱き寄せ、静かに拳を握り絞めた。


「お前には生贄となってもらおう。勇者様に更なる力が与えられるよう、精霊様に捧げるのだ。光栄に思うが良い。貴様のような屑な人間でも人々の役に立てるのだぞ?」


 手を後ろで組みながら白ローブの男はそう言って来る。仮面の表情は分からないがきっとさぞかし笑みを浮かべているのであろう。それも彼が考えている事と同じような狂気的な笑みを。


「お前達、奴を死なない程度に痛めつけろ。私は勇者様の元に向かう」

「お任せください。このような男、我々がすぐに片づけて見せましょう」


 そして白ローブの男は部下らしき白ローブ達にそう言って手を振るうと、自分はその場を去って行った。残された部下達はそれぞれナイフを手にしてアレンににじり寄ってくる。アレンは持っていた剣を握り絞め、ルナを抱いたまま構えを取った。


「出来るだけ傷つけたくなかったが……やるしかないか」


 アレンは冒険者として日々魔物を相手にしてきた。どんな敵もその剣で薙ぎ払い、どんな強敵も魔法で打ち倒して来た。本来自分の力は人に向けるべき物ではない。そう考えていたからこそ、アレンは白ローブと遭遇した時も剣で斬るような事はせず、気絶で済ましていたのだ。だが最早、その制限もしていられる状況ではなかった。


「ふん、薬の効果で立っているのもやっとの貴様に何が出来る?」

「勇者様を謀った悪しき者め。我々が天誅を下してやる」


 白ローブ達の人物はふらついているアレンを見て仮面越しに余裕の笑みを浮かべながらそう言った。事実アレンはまだ薬のせいで上手く事が出来ない。だがアレンにはそんな事は関係ない。稲妻のごとく走り出し、一気に白ローブ達の懐に入り込む。


「なっ……!?」


 アレンは剣を振るった。気づいた時には白ローブの人物達は自分達の身体から真っ赤な血が出ているのを眺めており、アレンは既に部屋の出口まで移動していた。白ローブ達は何が起こったのかを理解する暇もなく、その場に崩れ落ちた。


「悪いが俺も手段を選んでる場合じゃないんだ。死にたくなかったら強く傷口を抑えてろ」


 ふぅと息を吐きながらアレンは倒れている白ローブ達にそう言い捨て、その部屋を後にした。白ローブのリーダーを追い掛ける為、リーシャを助ける為に彼はルナを抱きながら走り出す。



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