119:勇者と魔王の絆
「と、父さん……!!」
倒れたアレンを見てリーシャは大慌てで彼の元へと駆け寄る。心配そうに手を掴み、怪我をしている部分を確認した。
致命傷という訳ではないが、それでも負傷した部分は脚だ。満足に走る事は出来ないだろう。このままでは逃げ切る事は出来ない。それを一番理解しているのはアレン本人で、しくじったという表情を浮かべて額に手を当てた。
「……怪我はないか?リーシャ」
「私は大丈夫だよ! でも、父さんが……!!」
「平気だ。見た目程酷い傷じゃないから」
やせ我慢である。アレンは既に長時間の戦闘を行い、魔力もかなり消費している。本当なら喋る事すら辛い状態だ。すぐにでも治癒魔法を行いたいが、そんなのんびりしている暇はない。今目の前にはこちらを狙っている巨大蜘蛛のアラクネが居る。塔の崩壊も進んでいるし、いち早くこの場から離脱しなくてはならない。
「リーシャ、逃げるんだ。俺も自力で走れるから、先に行け」
「……ッ、やだ! 絶対に嫌だ! 父さんを置いて逃げるなんて、絶対にしない!!」
見捨てろと言っている訳ではないのに、リーシャはアレンの指示を強く拒絶した。その美しい黄金の瞳を揺らしながら彼女はぎゅっと唇を噛みしめる。
「……リーシャ」
アレンは困った顔をしてリーシャの事を見上げる。彼女の瞳に迷いはなく、太陽のように輝いていた。
いつもは多少無茶をする事もあるが、最低限の事は言いつけを守ってくれる良い子だ。だが緊迫した状況だとリーシャの決断は大胆になる。勇者という強い力を持っている責任から来るのか、それとも元来の性格なのか、彼女は実に勇者らしい行動をするのだ。アレンは今更それを無謀と叱る事は出来なかった。彼女はもう、勇者としての覚悟を決めてしまったのだから。
「私があいつを倒す! もう弱り切ってるし、ルナの助けがあれば私達でも倒せる! だから……!」
リーシャは早口でそう意見を言う。視線を右へ左へとやり、落ち着かない様子だったが、それでもアラクネを倒したいという強い意思は伝わって来る。
確かにアラクネは弱っている。どれだけ攻撃しても何度も起き上がって来た彼女だが、あそこで巨大蜘蛛に変貌するという事は、逆にそれだけ追い詰められているという証明だ。ここでとどめを刺せば、彼女は今度こそ倒れるはずである。それに塔の崩壊も始まっているのだ。その崩落に巻き込めれば上手く彼女を倒せるかも知れない。
動けないアレンは頭の中でそう考え、計算する。自分がこれから出そうとしている答えがどれだけ危険か、どれだけ無謀かを。だがそれら全てを考慮しても、娘達の事を信じたいという思いの方が強かった。
彼は諦めたようにため息を吐き、リーシャの方に視線を向ける。
「分かった……リーシャに任せる。リーシャのしたいと思った事をしろ」
「……ありがとう! 父さん!!」
アレンの言葉を聞いてリーシャは弾かれたように顔を上げ、嬉しそうな表情をする。泣きそうなのに喜んでいるとは何とも子供らしい姿だ。
そして彼女は手にしていた聖剣を力強く握り締めると、アレンに背を向けて階段とは逆方向に向かって走り出した。
「ルナ、来て!」
「分かった!」
階段の所でアレンの様子に気が付いていたルナはリーシャに呼ばれるとすぐに駆け寄る。彼女も戦う気は満々のようで、その漆黒の瞳に力強い炎を宿していた。
そんな二人の存在に気が付き、暴れていたアラクネも無数の目玉を向け、ギチギチと低く不気味な音を鳴らしながら身体を動かす。それだけで部屋は揺れ、天井からは幾つもの瓦礫が落下して来た。
「時間がないから本気でやるよ。ルナはあいつの動きを止めて」
「任せて。でも無理はしないでよ……リーシャ」
「分かってる!」
リーシャはそう言うと勢いよく走り出し、ルナも手を振るって隅に隠れていた蜘蛛達に命令を出す。更に詠唱を行うと蜘蛛達に影を纏わせた。炎のように揺らめく影に覆われ、蜘蛛達も雄たけびを上げてアラクネへと飛び掛かる。巨体になったせいでアラクネも逆に俊敏な動きが出来ず、自分の脚に張り付いて登って来る蜘蛛達を振り払う事が出来ない。あっという間に彼女は蜘蛛の軍勢に脚を抑えられ、身動きが取れなくなる。
「はぁぁあああ!!」
そこへリーシャが黄金の光を纏わせた聖剣を叩き込む。轟音と共にアラクネの脚に命中するが、僅かに切り傷が出来ただけで有効な攻撃を与える事は出来ない。それでももう一度剣を振るうが、今度は別の脚が向かって来たので慌ててリーシャは脚を蹴り、巨大蜘蛛の真上を舞って回避する。そして聖剣を振るうが、逆に鱗のように固い背中に弾かれ、手に衝撃が走った。
「影よ、闇よ、咎人を……縛り上げろ!」
ルナも援護をする為の蜘蛛の軍勢拘束だけでなく、闇魔法を発動して幾つもの影の鎖を出現させ、それでアラクネの事を縛る。その鎖は今までよりも強力で、巨大なアラクネをも押さえつける程のものだった。
「ゴァァァアアアアアアアアアア!!」
アラクネは不気味に咆哮を上げる。すると彼女の背中部分が蠢き、突如棘のように鋭い蜘蛛の脚が何本も飛び出して来た。リーシャはギリギリの所でそれを空中で躱し、落下する勢いを利用して背中を斬り付ける。だがやはり通用しない。彼女は歯ぎしりをした。
その間にアラクネも身体を揺らすと蜘蛛達を振り払い、鎖を引き千切ると脚を一本動かしてリーシャをはたき落とそうとした。それに反応してすぐにリーシャはその場から離れ、ルナの居た場所まで戻る。
「どう?」
「駄目だ……硬すぎる!」
リーシャはアラクネの脚を見ながら忌々しそうに拳を地面に叩きつけた。
聖剣の力を使っても切断する事が出来ない皮膚だ。かなり頑丈なのだろう。攻撃を加え続ければ切り裂く事も出来るかも知れないが、生憎そんな時間はない。
「今までのやり方じゃ駄目なんだ……もっと、強力な一撃を……」
黄金の斬撃は確かに威力は強くなった。だが言ってしまえばそれだけだ。単純な攻撃力だけではアラクネの硬い皮膚を斬り裂く事は出来ない。もっと今までとは違う攻撃方法でなければならない。
するとリーシャはある事を思い出し、自分が持っている聖剣を顔に近づける。
「聖剣……! お願い、力を貸して」
聖剣は自分を認め、更に強力な力を使えるようになった。だがそれだけではないはずだ。〈王殺しの剣〉としての正しい使い方があるはずである。その力を求め、リーシャは聖剣に語り掛ける。
ーー其方はもう力の使い方が分かっているはずだ。選ばれし者よ。
「知らないよ! 使い方だって教わってないし、私はあなたの事をよく知らないもん!」
ーー否、我が力は勇者の為に在り、其方の力は我を操る為にある。其方は生まれる前から我の事を知っている。
「……!?」
突然意味不明な事を言い出して来た聖剣にリーシャは戸惑う。
自分は聖剣の使い方など分かっていないはずだ。名前を知ったのもつい先程の事だし、今までだって黄金の衝撃波を出すやり方しか知らなかった。それなのに聖剣は使い方は知っていると言う。リーシャは自分の剣が何を言いたいのか分からなかった。
ーー其方は既に精霊の女王と妖精王の力が使える。それが勇者の力……他者の力を我が物とする力だ。そして我はその力を剣技へと変える役目を持つ。
聖剣は輝きながらリーシャの頭の中でそう説明をする。その言葉にリーシャの心臓も何故か脈打つ。まるで答えを知っているかのように、心臓だけが反応を示した。
ーー其方が今まで使っていた力は我の力ではない。其方の勇者としての力だ。
黄金の斬撃は聖剣自体の力ではない。あくまでも聖剣は担い手の力を技として放つだけ。黄金の光はリーシャの勇者としての力であり、だからこそ使用する度にお腹が空くという現象が起こったのだ。
「私の、力……」
ーー望め。選ばれし者よ。其方が願う力は全ての敵を打ち砕く強大なる力か?ならばその思いを我に込め、振るうのだ。
アラクネを倒せる程の力。精霊の女王と妖精王の力を使えばそれは可能かも知れない。だがリーシャは僅かに躊躇する。
「私は……」
リーシャは聖剣を下ろすと、両手で握ったままその姿勢を維持した。剣先が震え、彼女自身も目元に髪が掛かり、表情が暗くなる。
聖剣の言葉を信じていない訳ではない。だが、ただ精霊の女王と妖精王の力を借りるだけでは駄目な気がしたのだ。それだけではアラクネを倒す事は出来ない。するとリーシャは弾かれたように顔を上げ、隣に居るルナに顔を向ける。
「ルナ、力を貸して……!」
「え……?」
「私に力を……ルナの全部をちょうだい!!」
突然の申し出にルナは一瞬硬直する。聖剣の言葉はルナには聞こえないのだ。リーシャが何故そんな事を言い出したのか分からないのは当然である。だが彼女の瞳を見れば本気である事は分かる。ルナは強く頷き、リーシャが差しだして来た手を握り返す。
「……分かった。私の全部、リーシャに託す」
そう言った途端、ルナの身体から影が溢れ出した。魔力を放出させた訳でもなく突然流出し、ルナは焦るが、不思議と嫌な感覚はしない。むしろ身体が軽い。溢れ出した影はそのままリーシャに注がれていき、やがて黒い光となって聖剣も覆って行く。
ーーそれが其方達の答えか……面白い!
精霊の女王でも、妖精王の力でもなく、リーシャが信じたのは家族のルナだった。一番近しい存在である彼女の力なのだ。その勇者の行動を見て聖剣は珍しく声を震わせ、楽しむように黒く輝く。
「ゴァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
アラクネが低い唸り声を部屋中に響き渡せる。拘束されていた彼女は脚に引っ付いていた蜘蛛達を剥がし、いよいよ動き出していた。部屋の天井を突き破り、破壊を続けながらリーシャ達へと向かって来る。
「いくよ! ルナ!!」
「うん……!!」
影を纏いながらリーシャは聖剣を構える。聖なる剣であるはずのそれは今では禍々しい黒剣と化し、まるで魔剣のようだった。
リーシャが力を込めると、黒い刃は天井に届くくらいまで長くなる。そしてルナもリーシャの後ろに回って肩に手を回した。その状態でリーシャは聖剣を大きく振りかぶり、向かって来るアラクネへと振り下ろす。
「「はぁぁぁああああああああああ!!!」」
天井を斬り裂きながら黒剣がアラクネへと直撃する。同時に巨大な衝撃音が鳴り響き、巨大蜘蛛の顔が弾け飛んだ。そのまま巨体は吹き飛び、あり得ない速度で後ろへと向かって行く。そして壁に激突し、巨大な穴が出来上がってしまった。
「ゴッ……ガ、ァァ……ぬぐぁあああ!!??」
巨大蜘蛛が悲鳴を上げ、身体が崩れていく。するとそこから蜘蛛の巣に覆われた少女の姿をしたアラクネが出て来た。血だらけで痛々しい姿をしており、身体もボロボロになっている。残された巨大蜘蛛の身体の方も朽ちていき、同時にアラクネが立っている床も崩壊していった。先程の衝撃でとうとう限界が来てしまったのだ。もうじきこの塔の最上階は崩壊する。
「がはっ……ごほっ! ……何なんだ?何なんだよお前らはぁ?! 魔王候補のアタシが、負けるなんて……何者なんだお前らはぁぁあああ!!?」
そんな状態でもアラクネは何とか起き上がり、ふらつきながら手を伸ばしてそうリーシャ達に問いただす。
魔王候補である自分がただの女の子達に負けたという事実が許せないのだ。そんな事は絶対にあり得ない。そう思い込んでいるアラクネは二人がどういう存在なのか知りたかった。故に、最後の最後でそんな質問をしたのだ。
数歩離れた先でリーシャとルナはアラクネの事を見つめる。そして迷いなく口を開いた。
「ただの勇者と」
「ただの魔王だよ」
二人が同時に答えると呼応するように手の甲にある紋章が輝く。アラクネはようやくそれを認識し、二人の言葉を聞いた途端息が止まったような気がした。否、現に数秒止まった。そのままアラクネは事実を理解出来たのか出来なかったのか、それが判明する前に床が崩れ落ち、塔から落ちて行った。
リーシャの身体から影が消え去り、真っ黒だった剣も純白の聖剣へと戻る。すると彼女は気が抜けたようにその場に膝を付いた。肩を掴んでいたルナもそれに釣られるように座り込み、肩を揺らしながら大きく息を吐き出す。
「……終わった?」
「みたい、だね」
アラクネの魔力はもう感じない。先程のように戻って来る気配もない。リーシャは自分達が勝ったのかと疑問そうに言葉を零し、ルナも頷いてそれに同意する。初めて強敵との戦闘に勝利した二人は、まだその事実を受け止められていなかった。
「良くやったな。二人とも」
「……父さん」
ふと後ろを向くとそこにはアレンが立っていた。どうやら治癒魔法で一時的に傷を塞ぎ、歩けるようにはなったようだ。それを見てリーシャとルナは安心したように頬を緩ませ、ようやく緊張感から抜け出す事が出来た。そして二人はアレンに抱き着き、怖かったのかその冷たくなった指先を温めるように身体を寄せた。アレンもそんな子供達の事を受け入れ、無事である事を喜ぶように頭を撫でる。すると後ろにある階段の方から足音が聞こえて来た。
「何よ。全然降りてこないから心配して来てみれば、終わっちゃったの?」
「ファルシア」
ファルシアはアラクネが居なくなっている事に気が付き、壁に巨大な穴が出来ているのを見て察したようだ。やがて彼女は呆れたようにため息を吐き、三人の事を見る。
「とりあえず下に行きましょ。もうすぐここ、崩れそうだし」
「ああ、そうだな。行こう二人共」
「「うん」」
ファルシアの言う通りにアレン達も避難を始める。四人は急いで階段を下りて行った。
先程まで激しい戦闘が行われていたその部屋は糸が切れたように床が崩れ始め、完全に崩壊していく。残された蜘蛛の巣は風に吹かれて弱々しく揺れていた。
◇
最上階が崩壊した図書塔。その真下では落下した瓦礫が地面に山となって散らばっている。その中では一人の少女が瓦礫に這いつくばるように身体を置き、フラフラと歩いている姿があった。
「はぁ……はぁ……くそ、ったれ……が……」
アラクネだ。黒い蜘蛛の巣で身体は覆われ、所々には肉片がこびり付いている。その状態でも分かるくらい今の彼女は傷だらけで、顔面は血で真っ赤に染まっていた。それでも未だに彼女は倒れず、何とかこの場から離れようともがいている。
「逃げるのは性に合わないが……しょうがねぇ……まずはここから離れて……肉を喰わねぇと……」
チラリと崩壊した図書塔を睨みながらアラクネはそう忌々しそうに言う。
負けず嫌いな彼女にとって逃げるという選択は屈辱的だ。だがそうも言っていられない程身体は負傷し、体力も消費してしまった。この状態では流石に戦う事は出来ない。それくらい彼女でも理解出来た。今は回復に専念しなければ。アラクネは弱々しい足取りでその場から離れる。だが突如、彼女の身体が影に覆われた。
「相変わらずしぶといね。アラクネ」
「ぐがっ……!?」
背中に衝撃。同時にアラクネは地面に衝突する。視界が一瞬真っ黒になり、何が起こったのか分からず、彼女は呻き声を上げる。そして鉛のように重い身体を動かして何とか背後に顔を向けた。するとそこには、自分がよく知る魔族が立っていた。
「レウィア……!?」
汚れたローブを身に纏った長い黒髪の少女、レウィア。自分と同じ魔王候補であり、最強と称される彼女がそこには立っていたのだ。当然アラクネは驚きで言葉を失う。そんな彼女を嘲笑うわけでも憐れむ訳でもなく、レウィアは変わらず無表情で見下ろす。その冷たく光る黒い瞳からは何の感情も読み取れない。
「な、何でてめぇがここに……?!」
「それは貴女にも言える事でしょう?魔王候補は勝手に他の大陸に侵入しては駄目なはずだよ?」
質問には答えず、レウィアはアラクネを嗜める発言をする。コツコツと足音を立てながらアラクネの周りを歩き、腰にある黒剣の柄に手を添える。まるで処刑人のようだ。
アラクネは必死に考える。何故ここにレウィアが居るのかを。
普通に考えれば自分を追い掛けて来たのだろう。彼女は魔王候補の中でも変わり者で、魔族の癖に争いを嫌っている。魔王候補になった理由も他の候補達が暴れないよう威圧する為だ。ならばここへは自分を止める為に来たと考えるのが自然である。恐らく途中で蜘蛛達の視覚共有を潰されていたのは彼女の仕業だろう。レウィアの腕ならそれくらい朝飯前である。
だが何故わざわざ一人で追い掛けて来たのか?魔王候補が他の大陸に侵入する事は禁止されている。それはもちろんレウィアにも適用される規則だ。それを破ってまで自分を止めようとする程彼女は人間を好いていたか?答えは否である。ならば他に何か理由が?
そこまで考えたところで、アラクネはルナの事を思い出す。
「は……ははっ、なるほど……てめぇ、知ってやがったな?」
「…………」
瓦礫の上に寝転がり、血を吹き出して笑いながらアラクネはレウィアの事を指差す。それだけでレウィアも言いたい事を察したのか、目を細めて睨むようにアラクネに視線を向ける。
「ルナちゃん……あいつは魔王だった。そういや一時期お前は姿見せない時があったな?その時こっちに来て知ったのか?てぇ事は……あの子が〈あいつ〉の娘か!! 噂は本当だったって訳だ!」
「……黙れ」
レウィアは冷たく命令する。だがアラクネが素直に言う事を聞いてくれるはずもなく、口から血を垂らしながらも彼女は愉快そうに言葉を続けた。
「そりゃそうだよな! お前にとっては腹違いの妹か! 守りたいよな、助けたいよな、アタシみたいな奴から救ってやりたいよなぁ!? だってお前は、〈お姉ちゃん〉なんだから!!」
手を叩き、ボロボロの状態でも彼女は楽しそうに喋る。それくらい今回のレウィアの行動は彼女にとって予想外だったのだ。それを楽しめないはずがない。
「良かったじゃねぇか。てっきりお前は命に優劣を付けず、どんな状況でも冷静な判断が出来る奴だと思ってたが……そうかそうか! 今回お前は大勢の民を見捨てて一人の妹を選んだのか!! あはははははぁ!!」
アラクネは大層愉快そうに顔を上げて大笑いする。だがその直後、彼女の身体に黒剣が突き刺さった。レウィアの魔剣だ。横たわっていた瓦礫にまで貫通し、打ち付けられたアラクネは血を吹き出す。
「がふっ……!」
「黙れと……言っている」
普段は感情をあまり見せないレウィアだが、今の彼女はとても不機嫌そうだった。突き刺している魔剣を握り絞め、僅かに剣先を動かす。それだけでアラクネの腹部の肉が削られ、呻き声が零れた。
「げふっ……ぁ、が……意外だったぜ……まさかお前が、そんな良い子ちゃんだったとはな」
アラクネはそんな状態でも楽しそうだ。どこまでも狂っていて、どこまでも楽しもうとする女。それがアラクネ。
やはり理解出来ない存在だとレウィアは一度目を閉じ、握っている魔剣に力を込める。
「……お前に、私の本当の姿を見てもらう必要はない。そしてこれからも、お前は何かを知る必要はない」
目を開くと、レウィアはいつも通りの冷たい目つきでアラクネの事を再度見る。そして彼女は魔剣に魔力を込めた。それが合図となり、禍々しい形をした魔剣から鎖が出現する。
「〈煉獄の剣・二奏・浄化の棺〉」
レウィアがそう呟いた瞬間、鎖がアラクネへと巻かれる。弱っている彼女はろくに抵抗する事も出来ず、手足を縛られ、身体の自由を奪われた。
「てめぇっ……まさか……!」
「私はお前を、殺しもしない。救いもしない……お前は私の剣の中で、永遠に炎で焼かれ続ける」
レウィアがしようとしている事を察したアラクネは必死に抵抗する。今までに比べると尋常ではない程彼女は慌て、暴れながら鎖を引き千切ろうとする。だが最早手遅れであった。彼女は鎖に引っ張られ、魔剣の中へと飲み込まれていく。気付けばその場からアラクネの姿は消え去っていた。
「おやすみ。蜘蛛の女王」
ヒュンと魔剣を横に払い、レウィアは剣に付着していた血を払う。そして魔剣を顔に近づけると、その刃をそっと指でなぞった。幻聴か、魔剣からは誰かの悲鳴のような声が漏れた気がした。