118:家族と共に
一体何が起きているのか、アラクネには何一つ分からなかった。突然呪いの霧をリーシャに消された事、突然配下の蜘蛛の支配権を奪われた事、その全てが理解出来ない。唯一分かるのは、とにかく目の前で自分にとって最高に苛立つ状況が起こっている事だけ。
アラクネは自分に歯向かって来る蜘蛛達を撲滅しようと蜘蛛の脚を振るう。だが蜘蛛の勢いは雪崩の如く凄まじく、強化魔法を駆使してもアラクネ一人の力だけでは押し返せない程だった。それを悟ると瞬時に彼女は回避に専念し、糸を吐いて動きを止めようとして来る蜘蛛達から逃げ回った。
「くそっ……くそっ……くそぉ!!」
壁を蹴り、蜘蛛の脚を使って跳躍しながらアラクネは歯を食いしばる。今すぐにでも呪いを発動し、この街に生き残っている人間を全て蜘蛛にしてやりたい気分だった。だが目の前で襲って来る蜘蛛達がそうはさせてくれない。
(どうなってやがる……?! 何が起こったんだ……?!)
アラクネは逃げ回りながら何故こうなったのかを冷静に考える。
蜘蛛達が自分の命令を聞かなくなったのはルナが何かを叫んでからだ。彼女は自分の力に苦しんでいるのか、何やら悩んでいる様子だった。だが魔術師の女に助けられた途端、何かを吹っ切れたような顔になって立ち上がった。そこから蜘蛛達が自分に向かって襲って来たのだ。であるならば、ルナが何かをしたのだと考えるのが自然だろう。
「「「ギギギギィィィァァァアアアアアアアアアア!!!」」」
「しまっ……!!」
突如横から別の蜘蛛達が現れる。跳躍した直後だったアラクネは空中で避ける事も出来ず、その大軍に襲われて吹き飛ばされた。壁にガツンと鈍い音を立ててぶつかり、床に背中から落ちる。
「げほっ……がはっ……!」
一瞬息が出来なくなり、激痛と共に息を吐き出す。お腹と背中から痛みがジンジンと広がって来るが、タフなアラクネは何とか立ち上がる。
大した傷ではない。動ける事には動ける。だが既に呪いを発動し、体力は大幅に削られている。蜘蛛の支配権も奪われ、少しずつ追い詰められているこの状況は、正に最悪と言うべきだろう。そうアラクネは憎たらしそうに視線を上げる。すると数歩先に同胞であるルナが立っていた。周りには本来アラクネの傍に居るべき蜘蛛達が控えている。
「ルナ、ちゃん……」
「……これは私からの、最後の情け。今すぐ街の人達の呪いを解いて、そしてこの大陸から出て行って」
ルナは拳を握り絞めながらそうアラクネに言い放つ。その姿は緊張している素振りはあるが、怖がっている様子はない。最初の頃の彼女とは思えない強い覚悟が滲み出ていた。それを見てアラクネは吐き出すように笑う。
「はっ……お優しいねぇ。ルナちゃんは……育て方が良いのかな?」
ルナは魔族とは思えない程優しい。基本魔族と言えば粗暴で自分勝手で、ある程度教養がある人物でも結局は邪悪な事を考えている者が多い。だからこそ魔族達が住んでいる場所は暗黒大陸と呼ばれる程邪悪な印象を持たれているのだ。
そんな優しい魔族というルナに新鮮さを覚え、アラクネは手を叩きながら笑った。そしてブラリと彼女は力なく手を下ろす。
「でも悪いんだけどさぁ……アタシは負けず嫌いなんだよ!!」
「----ッ!」
アラクネは身体を傾けると背中の蜘蛛の脚でルナを斬り裂こうとする。ルナはその攻撃に反射的に手を前に出したが、その前に間に入る様にアレンが飛び出して来た。
「ルナ!」
「ぁ……お父さん!」
アレンは剣を突き出し、アラクネの蜘蛛の脚とぶつけ合わせると無理やり軌道を変える。だが衝撃を全て受け流せた訳ではなく、彼の剣に亀裂が入った。瞬時にアレンはその剣を捨て、ルナを守るように下がる。
「くそっ……がぁぁ!! 元はと言えばてめぇがこの街に来なければ……!!」
またもや自分の行動を邪魔された事に怒り、アラクネはアレンに尋常ではない殺気を向ける。そして伸ばしていた蜘蛛の脚を突き刺そうと動くが、今度は彼女の横から聖剣を振りかぶったリーシャが現れた。
「隙あり!!」
「ぬがっ!?」
黄金の斬撃を叩き込まれ、アラクネはまたもや横方向へと吹き飛ばされていく。
脅威が一時的になくなったのを見てアレンはふぅと息を吐き、リーシャも肩に付いていた糸を取った。どうやら二人共アラクネが蜘蛛に襲われている間に糸の拘束から抜け出したようだ。
「ルナ、大丈夫か?」
「うん。お父さんとリーシャこそ、平気?」
「もっちろん! あれぐらいでやられないよー。むしろルナのおかげで助かった」
アレンに心配されると、ルナの方も二人の事を心配する。幸い誰も重症は負っていないらしい。リーシャも相変わらず明るい表情を浮かべ、聖剣をトントンと肩に乗せながら笑顔を浮かべる。
「魔力は平気なのか?その力は……」
「……一応、安定してるっぽい。この力も、使いこなせてる」
アレンは周りの蜘蛛達を見て複雑そうな表情を浮かべながらルナに尋ねる。ルナもまだ完全に自分の力を理解した訳ではない為、不安な部分もあるが、それでも操作出来ている事を伝える。
「凄いじゃんルナ! 蜘蛛さん達を操れるなんて。これでもうアラクネも怖くないね!」
「そ、そうだね」
リーシャはもう敵ではないと分かった途端周りの蜘蛛達を気味悪がる素振りを見せず、隣にいた蜘蛛の頭をポンポンと触る。その蜘蛛に付いている無数の目玉は全てがしっかりとリーシャの方に不気味に向いているが、彼女は気にしていないようだった。
「あ、そうだ! 父さん、私も聖剣の名前が分かったの。その名も〈王殺しの剣〉だって!」
「王殺しって……そりゃまた随分と物騒な名前の聖剣だな」
ふとリーシャはアレンの方に顔を向けると手にしている聖剣を自慢するように見せながらそう伝える。
自分がようやく聖剣に認められた事、そして聖剣の名を教えてもらった事を報告し、嬉しそうに頬を緩ませた。まるで子供が珍しい虫でも見つけた時のような反応だ。一応手に持っているのは伝説の聖剣だと言うのに。
「でもまだ使い方がよく分かってないの。どうすれば力を引き出せるかな?」
「それこそ聖剣自身が教えてくれるさ。リーシャはただその言葉に耳を傾ければ良い……っと、その前に……」
まだ聖剣の正しい使い方が分かっていないリーシャはアレンに教えてもらおうとする。だが会話をしている最中に横の方から物音が聞こえて来た。そこにはフラフラと立っているアラクネの姿があった。どうやらもう復活してしまったらしい。アレンは向きをアラクネの方に向け腰からナイフを取り出す。そしてリーシャとルナに向けて話し掛けた。
「まずはアラクネを倒すぞ。二人共、一緒に戦ってくれるか?」
「「もちろん!」」
もう二人に下がっていてくれと言う気はない。リーシャも覚悟を決め、ルナも自分の悩みを乗り越えてくれたのだ。それならば共に戦って応えなくてはならない。アレンは二人の元気な返事を聞き、満足そうに頷く。
「はー……はー……残念だよ、ルナちゃん。ルナちゃんは、良い子だと思ってたのに……」
アラクネはこの状況でも笑っている。むしろ今の状況を受け入れたからこそ笑っているのだ。呪いを消され、配下も奪われ、全てを奪われていた。ならばもう笑うしかない。笑って忘れよう。そして全てを壊そう。最悪の魔王候補である彼女は街での戦力確保ではなく、破壊へと目的を変える。
「教えてやるよ。魔王候補の恐ろしさってやつをさあああああああああ!!」
アラクネは叫ぶ。すると彼女の背中から失っていた分の蜘蛛の脚が再生し、四本の鋭い蜘蛛の脚が完全に元通りとなった。更に彼女は床に拳を打ち付けると、赤黒い魔力の塊が彼女の身体を覆う。強化魔法だ。それもかなり強力な魔法である。
その状態でアラクネは地面を蹴り、蜘蛛達が捉え切れない程の速度で向かって来る。それを見て瞬時にアレンは手を振るい、魔法で床に倒れていた本棚を起こし、盾代わりにする。目の前からは凄まじい轟音が聞こえて来た。
「くっ……! ルナ、蜘蛛達でアラクネを取り囲むんだ! 逃げ回らないようにするだけで良い! リーシャ、聖剣の一撃はアラクネに効く。隙が出来たらどんどん攻撃しろ!」
「わ、分かった!」
「任せて、父さん!」
アレンは衝撃に耐えながらリーシャとルナに指示を出す。二人はそれを聞くとすぐに頷き、異論を述べずにそれぞれ行動に移った。ルナは手を振るって蜘蛛達に命令し、アレンに言われた通りアラクネを包囲する。本棚に突っ込んでいたアラクネはそれに気が付くとすぐに離脱しようと跳躍するが、蜘蛛達の糸によって地面へと叩きつけられる。そこへすかさずリーシャが現れ、斬撃を放った。
「そりゃあ!」
「うぐぅううッ……!!」
着実にアラクネは削られていく。呻き声を上げて床を転がり、斬られた部分を抑えながら何とか立ち上がった。だがその手足は言う事を聞かず、力が思う様に入らない。アラクネは憎たらしそうにリーシャとルナの事を睨んだ。そして反撃に出ようと蜘蛛の脚を広げる。だがその前にルナが手を伸ばすと、蜘蛛達の足元から影が飛び出し、アラクネを拘束した。
「今だよ! リーシャ!」
「ナイス、ルナ!」
ルナの合図にリーシャは予め打ち合わせしていたかのように反応し、瞬時にアラクネの所へと飛び込む。拘束されたままでもアラクネは脚を動かして反撃しようとするが、リーシャが剣を振るうと黄金の衝撃波が飛び出し、彼女はその光に飲み込まれた。ボロボロの姿になって彼女は現れ、その場に膝を付く。それでもまだ体力は尽きていないようで、ふらつきながらも立ち上がった。
その様子を見ていたアレンは浮かせていた本棚を戻し、冷静にリーシャとルナの事を分析する。
(リーシャの力は純粋に強化されたって感じか。剣の勢いも鋭さを増してるし、聖剣自体も威力が上がってる。後は能力だけだな……)
リーシャの動き、聖剣の力からアレンはそう判断する。
彼女の場合は変化が分かり易い。純粋に身体能力が上がり、剣から放たれる黄金の斬撃も強化されている。弱っているとはいえ魔王候補のアラクネを一方的に追い詰める程の実力だ。勇者らしい力と言えるだろう。
(ルナの方は精神操作?それとも蜘蛛を服従させているのか?それに強力な強化魔法も使ってるな。蜘蛛達が全員強化されてる)
一方でルナのは少し分かり辛い力だ。魔王固有の能力なのかアラクネの配下を奪い、指揮権を自分の物にしている。更に強化され蜘蛛達はより硬く、素早く動けるようになっていた。ルナが強化魔法を掛けているのだ。あれだけ強力な魔法を全ての蜘蛛達に掛けている所を考慮すると、彼女の魔力は更に増大したのだろう。それにしても自分にではなく他者に力を与えるのが何ともルナらしいと言える。
「くそったれがぁぁああ!」
突如怒りの咆哮を上げるアラクネは蜘蛛の脚を伸ばすと、辺りを無差別に破壊し始めた。すぐにリーシャは下がり、ルナも蜘蛛達に距離を取らせる。
最早なりふり構っていられない状況のようだ。塔自体が大きく揺れ、天井から瓦礫が落ちて来る。
「うわっ、まさかあいつ、この塔を壊す気!?」
「その前に倒さないと……!」
このままでは塔が壊されてしまう。流石にリーシャとルナもその崩壊に巻き込まれれば無事では済まないだろう。そうなる前にこちらが動かなければ。そう判断したアレンはナイフを握り絞めると走り出した。
「ルナ! その強化魔法はまだ使えるか?」
「え、えっと。うん!」
「じゃぁ掛けてくれ! あと付加魔法も!」
「ええ?わ、分かった!」
ルナに指示を出し、強化魔法と付加魔法を掛けてもらう。身体が急に軽くなり、若かった頃のように素早く動けるようになる。そしてナイフにも影が付加され、影の剣のように形を変える。
「リーシャ! 隙を突くからその瞬間奴の左側の脚を斬るんだ! 右はこっちがやる!」
「うん、任せて!」
突然の指示にリーシャはすぐさま反応し、アレンと同じように走り出す。途中横からアラクネの脚が向かって来るが、身を低くしてそれを回避し、そのままアラクネの元まで入り込む。そしてアレンは視線をアラクネの真上にある天井に向けた。その天井部分は彼女の無差別な攻撃のせいで崩れかけ、一部分が崩壊している。亀裂が入り今にも落ちてきそうだ。そこに向かってアレンは炎の球を放った。見事命中し、脆くなっていた天井が崩壊する。そして瓦礫の雨がアラクネに降り注いだ。
「ぬぐぅッ!?」
「今だ!!」
瓦礫の雨に襲われてもアラクネは怯むだけで倒れはしなかったが、それでも動きは一瞬止まった。その瞬間アレンは合図を出し、リーシャと共に飛び出す。リーシャは光を纏った聖剣を、アレンは影を纏った剣を、アラクネの蜘蛛の脚に向かって振るう。
「うぐぁぁぁぁぁぁあああああ!!?」
アラクネの短い悲鳴と共に四本の蜘蛛の脚が宙を舞った。彼女はバランスを崩したようにふらつき、仰向けで床に倒れ込む。
「やった……!」
リーシャは倒れたアラクネを見て思わず拳を握り絞める。ようやく手応えらしい手応えを得たのだ。アラクネ自身も分かり易く弱っている。これなら後少しで勝てるかも知れない。彼女はそんな希望を持った。隣に居るアレンも、もう少しで攻略出来るかと考え始めている。だがアラクネは背中を抑えると、震えながらゆっくりと起き上がり始めた。
「くっ……ぁぁぁぁあぁ……やってくれるじゃねぇか。人間風情がよぉぉ……!」
「うぇぇ、まだ立つの!?」
「流石にしぶといな」
アンデッドのようにヌラリと起き上がるアラクネを見てアレンとリーシャは表情を暗くする。
あれだけ攻撃をしたと言うのに未だにアラクネは倒れない。流石は魔王候補と言うべきか、やはり簡単には攻略出来ない対象のようだ。アレンは自分の手にジワリと汗が滲み出るのを感じ取った。するとアラクネは蜘蛛の巣模様と血でグシャグシャになっている顔を上げ、真っ赤な瞳でアレン達の事を見た。
「クク……ハハハ……お前らに、面白いもん見せてやるよ」
狂ったように笑い、アレン達の事を指差しながらアラクネはそう言う。完全に正気を失った瞳をしており、身体の広がっている蜘蛛の巣模様が歪に揺らめいた。
「本当は傷がまだ癒えていないから……止めようと思ったんだが……ここまでアタシを追い詰めたご褒美だ……」
少し躊躇うようにそう言った後、アラクネは手を床に付け、姿勢を低くした。すると妙な音が聞こえ始める。骨が折れるような鈍い音と、肉が斬り裂かれる痛々しい音。それと共にアラクネの身体も震え、彼女の瞳が赤く輝いた。
「伏して拝め」
次の瞬間、彼女の少女だった身体が全く別の生き物へと変貌していく。部屋を埋め尽くす程の巨大となり、長く鋭い八本の脚が地面へと突き刺さる。低い唸り声が響き渡り、アラクネはアレン達の事を見下ろす。
それはアレン達がこれまで見て来た蜘蛛達と同じ姿をしていた。ただし色は赤黒く、まだら模様は蜘蛛の巣模様へと変わっている。まるで蜘蛛達の親玉のような見た目をしたその姿に、三人は恐怖を覚えた。
「ちょっ……こんなの反則でしょ!?」
「リーシャ、下がるんだ!」
こんな事態を想定していなかったリーシャは不満をぶつけるように聖剣を振るう。だがそんな事を言ったところでアラクネが意見を聞いてくれる訳もなく、巨大蜘蛛と化した彼女は咆哮を上げてその脚を動かした。ギギギッと床を削りながら脚はリーシャ達の方へ向かって行き、慌てて二人はそれを回避する。命中しなかった巨大な脚は壁へと激突し、意図も簡単に破壊してしまう。
「うわわ! 一発であの威力……ッ」
「お父さん、崩壊が進んでる。このままだと後少しで塔が崩れる……!」
「くっ……不味いな」
塔の崩壊が始まっている。ただでさえアラクネの無差別攻撃で壊されていたのに、そこに巨大蜘蛛が現れるという状況まで加わってしまったのだ。単純に重さだけでも無理があるし、あんな巨体で動き回られれば被害は尋常ではない。アレンはどう動くべきかを考え、視線を後ろに向ける。そこには地面に膝を付いて辛そうにしているファルシアの姿があった。杖を握り絞めて、何とかそれを支えにして倒れないようにしている。やはり魔力切れのせいで身体が動かないようだ。アレンはそれを見て今の状況を改めて考慮し、作戦を考える。
「……一旦下がろう。このままだとファルシアが危ない。それにこんな所で戦ったら塔の崩壊に巻き込まれる」
悩んだ末、絞り出すようにアレンはそう答えを出す。
ここでアラクネを逃す可能性がある選択は不味いのだが、それ以上に今自分達が立たされている状況が危険だ。まずはこの塔から離れる必要がある。
「で、でも父さん……!」
「大丈夫、アラクネを逃がす訳じゃない。場所を変えるだけだ」
リーシャは納得いっていなさそうな顔をしていたが、アレンはすぐに離脱する準備を始める。その間にもアラクネは壁を破壊しながら三人に向かって脚を振り下ろす。何とかそれを回避するが、アラクネの脚は床を貫き、下の階層まで届いてしまった。そのせいで半分の床がなくなり、次々と残りも崩壊していく。
「わわ……ッ!」
「急ぐぞ!」
一瞬落ちそうになったルナを引き上げ、アレンは走り出す。リーシャとルナもその後に続き、階段の方へと目指す。
「ファルシア! 一時撤退だ!」
「ッ……分かったわよ」
膝を付いているファルシアの前まで来るとアレンは彼女の手を引っ張る。ファルシアも頷くと何とか起き上がり、杖を使いながら無理やり身体を動かして走り出した。そして階段まで辿り着き、ファルシアを先に行かせ、遅れてやって来たルナの手を引っ張る。そしてリーシャを確認すると、彼女はまだ向かってきている途中だった。その背後からアラクネの大木のような脚が飛んでくる。
「リーシャ!!」
アレンは反射的に走り出す。リーシャの事を庇うように手で掴み、身を低くさせる。だが自分は間に合わず、彼の身体に強い衝撃が走った。ギリギリの所で自分も回避行動を取ったおかげで吹き飛ばされずに済んだが、脚が掠った部分は引き裂かれたような傷が出来ていた。アレンはその部分を腕で抑え、倒れ込む。疲労のせいか、それとも血が出ているからか、思考が回らない。彼の視界は白く霞んだ。