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おっさん、勇者と魔王を拾う  作者: チョコカレー
4章:魔王候補アラクネ
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107:混乱の渦



 アレンとファルシアは大急ぎで来た道を戻る。行く手を阻むように並んでいる木々を避けて走り、少しでも早く街に着ける事を祈りながら前へと進む。そんな中アレンはこんな時に限って馬で来なかった事を後悔した。村に向かう時は短く感じた道も戻る時は果てしなく長く感じ、同じ景色が続くせいで本当に街に向かっているのか不安さえ覚える。それだけ今の彼は普段と違って冷静さを失っていた。


「……ところでアレンさん、街に着いたとしてもどうやって呪いの犯人を見つけるつもり?手がかりも何もないのよ?」


 走っている途中ファルシアはアレンの横に並びながらそう叫んで尋ねた。元々それは彼女が気になっていた事であり、街に到着する前に確認しておきたかったのだ。アレンはその疑問を聞くと走る速度は緩めず、前だけを見ながら話し始めた。


「これだけの規模の呪い……普通なら簡単に使用する事は出来ない。恐らく発動する時は何らかの大きな動作が入るはずだ」


 あくまでも予測ではあるがアレンはそう説明する。

 冒険者としての経験上、このような大きな影響を及ぼす呪いは必ず前動作が必要となる。アレンも呪いを発動する前に奇妙な踊りをするという敵と遭遇した事もあった。中には回りくどい方法を取らなければ発動しないものもある為、恐らくは今回の呪いにも前動作が必要だと見て間違いないだろう。


「具体的にはどういうのなの?」

「儀式だとか祈りだとか……少なくとも目立つ行動なのには間違いないと思う」


 ファルシアの質問にアレンは自分が経験して来た事を思い出しながら伝える。ファルシア自身も呪いの事はある程度知っている為、確認を込めての質問なのだろう。アレンの返事を聞くと納得したように頷いている。


「じゃぁつまり、街に着いて変な事してる怪しい奴が呪いの犯人と思って良いって訳?」

「まぁ……大雑把に言うとそういう事だ」


 何とも確実性のない探し方だが、手掛かりも情報も何もない今の状況ではそんな探し方しか出来ない。ファルシアは諦めるようにため息を吐き、前に視線を戻す。そんな彼女の顔は状況が状況だから仕方ないが眉間にしわが寄り、普段の美しい彼女とはかなりかけ離れたものとなっていた。


「ふん、何だか笑えて来たわ」

「そりゃ何よりだ。冒険者に向いてるぞ。この際兼業でやってみたらどうだ?」

「冗談。これ以上掛け持ちしたら身体が持たないわ」


 ふと二人はそんな冗談を言い合い、小さく笑みを浮かべる。先程までの張り詰めていた雰囲気も和らぎ、少しだけアレンの心にも余裕が生まれた。

 焦っても良いが冷静さを失ってはならない。アレンはその事を思い出して目を覚ますように顔を左右に振り、目つきを変える。

 大丈夫なはずだ。例え呪いが発動したとしても呪いの犯人を捕まえれば解呪方法も聞き出せる。迅速に行動すればすぐにこの事件は解決するはずである。そうアレンは自分に言い聞かせた。


「見えて来た!」


 そんな風にアレンが覚悟を決めていると、街を囲う壁が見えて来た。思わずアレンは声を上げるが、即座に息を飲む。街に出入りする場所の門の部分が破壊されていたのだ。何か大きな力によって突き破られたような跡があり、周りの壁もボロボロに破壊されている。


「ちょ、ちょっと……まさかアレって」

「ッ……先手を打たれた」


 ファルシアも門の異変に気が付いて動揺の声を漏らす。アレンも敵の方が先に動き出していた事を知ると悔しそうに拳を握り絞めた。


「----!!」


 その直後、アレンは反射的に身を引いた。何か嫌な予感がしたと思って足元を見てみれば、そこには木々の間に張られた蜘蛛の巣があった。アレンはすぐにそれが魔物の作った罠である事を察した。ファルシアも同様に立ち止まり、異変に気が付いて瞬時に杖を取り出す。するとそれが分かっていたかのように辺りの草むらや木々の上から大量の蜘蛛達が湧き出て来た。


「「「ギチチチチチチチチチチチィィィ!!!」」」

「待ち伏せ……?! 蜘蛛が?!」

「呪いの犯人の仕業だろうな……結構頭が回るみたいだぞ」


 街に近づいて来た者を警戒して蜘蛛の巣の罠を張り、周りには伏兵として蜘蛛達を忍ばせておく。何とも準備の良い事である。という事は向こうは呪いで蜘蛛にした者達を操れる力があり、呪いを使用する際邪魔されないように手を回しておく事を考えるだけの頭があるという事だ。何とも厄介であり、アレンにとってはやり辛い。彼も腰から剣を抜き、手放さないよう力強く握り締めて蜘蛛達と対峙する。


「で、何?例によって殺さないように倒すの?」

「出来る限りそれで頼む。苦労かけるが」

「ふん……慣れてるわよ!」


 当然蜘蛛達を殺してはいけない事を伝え、アレンとファルシアは各々の武器を構える。それと同時に視界を埋め尽くす程の蜘蛛達も波のように動き出し、アレン達へと襲い掛かった。





 渓谷の街の中は完全に混乱状態だった。突然街の中に蜘蛛が出現したと思ったら門が破壊され、そこから大量の蜘蛛がなだれ込んで来たのだ。警備をしていた兵士も突然現れた蜘蛛に対応出来ず倒され、他の兵士も冒険者も後手に回された。現在は街の大半を蜘蛛達に侵略され、至る所に巣を張られている。まるで軍隊のように蜘蛛達は街を襲っているのだ。


「うわあああぁぁぁ! な、何なんだよこの蜘蛛は?!」

「どっから湧いて来たんだ?! くそ、誰か助けてくれぇぇ!!」


 先程までは賑やかだった広場もあっという間に恐怖のどん底に落とされ、人々は襲い掛かって来る蜘蛛から逃げ纏う。一匹に飛びつかれればすぐに他の蜘蛛達が飛びつき、簡単に人間一人が捕まってしまうのである。中には糸で巻かれて拘束される者も居れば、噛み付かれて傷つけられる者も居る。いずれにせよ蜘蛛達は人間に対して敵意をまき散らしながら暴れ回っていた。


「くっ! どうする?」

「お前は右を抑えろ! 俺は前のをやる。後の奴らは住人を避難させてくれ!」

「ッ……分かった!!」


 街の冒険者達も黙って見ている訳にはいかず、自分達も戦いに参加する。装備が十分じゃない状態の者も居るが、それでも戦える力を持っている彼らは力を持たない住人達を見逃す訳にはいかなかった。冒険者同士で連携を取り、即席のチームワークで住人達の安全を確保する。しかし蜘蛛達は普通の魔物とは違って頭が回るらしく、それぞれ蜘蛛の糸で冒険者達を遠距離から拘束したり、壁を伝って背後に回って来るなど戦い辛い戦法を取って来ていた。それに冒険者達は苦戦を強いられ、少しずつ追い詰められていく。


「「「ギギギィギギギギギギィィィィ!!!」」」

「だ、駄目だ! いくら何でも数が多すぎる……!」


 蜘蛛達の勢いは激しく、冒険者達は一人、また一人と蜘蛛達の餌食となっていった。指示をしていた冒険者も糸で手持ちの武器を奪われ、仲間の冒険者達も疲労から抵抗が弱まってきている。そんな周りが絶望の表情を浮かべ気力が弱まる中、何処からともなく冷たい空気が流れ込んで来た。急に場が冷えて来た事に冒険者達も気が付き、蜘蛛達ですらその異変に気が付いて動きを止めた。


「凍れ……命の灯を奪う死の吹雪よ……その冷たさで時を凍てつかせよ」


 突然辺りが白い霧に覆われ、冒険者達から困惑の声が上がる。蜘蛛達もそれが何か不味いものだと感じたのか、気味の悪い声で騒ぎ始めた。その次の瞬間、蜘蛛達を覆っていた霧がパチパチと火花のような音を立て始めた。


「〈氷雪の牢獄〉ッ!!」


 何者かの女性の声と同時に轟音が響き渡り、広場に集まっていた蜘蛛達を飲み込んで巨大な氷が出現する。まるで氷山のように聳え立ち、多くの蜘蛛がその氷の牢獄に掴まった。拘束されていない蜘蛛達も氷で吹き飛ばされ、動揺しているのか呻き声を上げている。それは冒険者達も同じであった。


「なっ……こ、氷?」

「これ、上級魔法だぞ……しかもこんな規模で発動出来るなんて……」


 冒険者の中には魔法に精通している者も居る為、目の前で出現した氷が上級魔法だという事を察する。更に殆どの蜘蛛達を一瞬で拘束したのを見てこの術者がかなりの腕前であると伺える。当然冒険者達はこの現象を起こした人物を探すと、丁度全員の後ろに白いローブを纏った女性が杖を持って立っていた。


「無事ですか?皆さん。怪我人は下がってください」


 雪のように白い髪をし、水色の瞳を持つ美しい女性、シェルはそう周りに声を掛ける。今はフードを外している為、周りはすぐにシェルの素性に気が付いた。


「シェ、シェルリア・ガーディアン?! 大魔術師の?!」

「あの白の大魔術師が何でこの街に……!?」


 すぐにシェルが大魔術師である事に気が付き、冒険者達はまるで救世主が現れたかのように希望に満ち溢れた表情を浮かべる。実際彼女が今しがた行った行為は救世主と言われても謙遜ない為、シェルも群がって来る冒険者達を見て少し困ったように頬を指で掻いた。


「重症の方は居ないみたいですね。皆さんも安全な場所に移動してください」

「あ、ありがてぇ……助かったぜ! ガーディアン様!」

「命の恩人です! 有難う御座います!」


 命に関わる怪我人が居ない事を確認するとシェルは冒険者達に逃げるように指示をする。いくら冒険者達に戦える力があると言えど圧倒的に戦力が違い過ぎる。今は引くべき時だと判断した。冒険者達も怪我をしている者や武器を失っている者も居る為、言われた通り避難を始めた。シェルは追撃して来る蜘蛛が居ないか警戒しながらその場に留まり、自分の後ろに控えている二人に視線を移す。


「二人も大丈夫?付き合わせてごめんね。本当は真っ先に安全な所に連れて行かないといけないのに……」

「私達は大丈夫だよシェルさん! それに私達だって戦えるんだから。ね?ルナ」

「う、うん……」


 そこに居るのは当然リーシャとルナ。二人とも怪我はしておらず元気であり、リーシャなんかは戦う気満々で聖剣を振り回している程であった。だが隣のルナは少しだけ表情が暗い。不安そうに胸に手を当てている時もあった。


(アンナちゃん……大丈夫かな?図書塔の人達はもう避難を始めたから一応安全だと思うけど)


 ルナは遠くに見える図書塔を見ながらそんな事を心の中で思う。

 実は図書塔で避難が始まった時ルナは緊急事態をアンナに伝える為にトイレへと向かった。しかし既にそこには人が居なく、遅れて付いて来たシェルにもその事を伝えたが彼女は既に逃げたんじゃないかと言うだけであった。実際図書塔には蜘蛛が入り込んで騒ぎになっていた、それに気がついて先に逃げたと考えてもおかしくはない。もしくは一緒に来ている母親が連れて行った可能性もある。ただルナは姿が確認出来なかったのでそれが少し気に掛かっていた。


(無事でいて……って願うしかないか)


 いずれにせよこの緊急事態では探している暇などない。本当に先に逃げたのなら探したところで無駄だし、今はルナにもやらなくてはならない事がある。彼女はただ祈るしかなかった。


「とりあえず、これで少しは蜘蛛達も減らす事が出来たわね……氷が溶けたら復活しちゃうけど、時間は稼げるはず」


 トンと杖を地面に突き、シェルは額から垂れた汗を拭いながらそう言葉を零す。その仕草は息使いが乱れているようにも見え、体調が万全ではない様子だった。


「でもシェルさん、さっきの大技もう五回も使ってるじゃん。そのおかげでかなりの蜘蛛を拘束出来たけど、シェルさんが疲れちゃうよ!」

「それでもまだ街に侵入して来てる蜘蛛はたくさん居るわ。何とかして根本を叩かないと……」


 リーシャはシェルの事を見て不安そうにそう声を掛けるが、シェルは振り向かず視線を前に向けたまま返事をする。

 既に彼女は他の場所でも住人や冒険者の救助をしており、そこでも今の魔法を使用しているのだ。大魔術師であるからまだ魔力残量はあるとは言え、何度も大技を使っていればシェルにも疲労が来る。それでも彼女は休まずに戦っていた。大魔術師として街の人を守る為に。だがその決意も一向に減らない蜘蛛の軍団を前に弱まっていた。何せ先程のような大技で蜘蛛達を拘束しても他の蜘蛛達は全く恐れず、狂気に駆られたように襲い掛かって来るのだ。普通の魔物の大軍ならある程度数を削れば戦意がなくなるはずなのに、蜘蛛達の侵攻は全く止まらないのである。いくら大魔術師と言え無限に戦い付ける事は出来ない。


(この魔物達の動き……明らかに何者かが指示を出してる。何か狙いがあるの?)

 

 シェルは考える。魔物達のやけに軍隊らしい動きと、何故街を襲ったのかを。魔物達は人間を食べる訳でもなく、次々と襲って殺害するだけ。中には拘束して蜘蛛の巣に張り付けているだけの状態の者も居る。つまり向こうの狙いは街の戦力の低下だ。その上での何か目的があるはずなのである。だがそこまで考えた所で突然シェルの立っている地面がズンと揺れ動いた。続けてリーシャが声を上げる。


「シェルさん! あれ見て!」


 リーシャが指さす方をシェルが見ると、そこには街の建物よりも巨大な蜘蛛が居た。街を囲う壁をそのまま乗り越えて来たらしく、まるで竜のように巨大なソレは塔のように大きく長い八本の脚を動かし、街に穴を作りながら移動している。その度に轟音と地面が揺れ動き、巨大蜘蛛からの気味の悪い声も響き渡った。


「ッ……何あれ……エレンケルと同じくらい大きい」

「うわぁぁ……しかもかなり気持ち悪いよ」


 ルナも怯えたように眉を歪め、リーシャも巨大蜘蛛の体毛を見てブルッと肩を震わせた。同じくシェルも言葉を失い、圧倒的な戦力の差に心を打ちのめされる。

 空を覆いつくす程巨大な蜘蛛。他の小さな蜘蛛もそれに続くように足元で移動しており、次々に街を破壊していっている。それを見てシェルは深呼吸をし、意識を切り替えるとギュッと杖を握り直した。


「あれとも……戦わなくちゃいけないのよね」


 シェルの発した言葉を聞いてリーシャとルナは同時に彼女の事を見る。そして不安そうな瞳をし、自然とリーシャはシェルに歩み寄った。


「シェルさん、私達もッ……」

「二人共、お願いがあるの」


 リーシャが声を掛けようとするとそれを上書きするようにシェルが言葉を発した。リーシャは言葉を止め、ルナもリーシャの隣に並び立つ。そんな二人にシェルは顔だけ向け、申し訳なさそうな表情を浮かべて口を開いた。


「避難して……って子ども扱いはしないわ。本当はこんな事頼んじゃいけないんだけど……力、貸してくれる?」


 本来なら保護者として子供達の安全を一番に確保すべきなのだろう。救助をする際も二人を連れまわさず、誰か兵士に頼んで二人を安全な場所に連れて行ってもらえば良かった。だがシェルはそれをしなかった。もしも自分の力でも及ばない程の脅威が現れた時の事を想定し、勇者と魔王である二人にも協力してもらおうと手元に置いておいたのだ。我ながら酷い事を考える、とシェルは自虐的に笑った。だがリーシャとルナはそんなシェルの事を非難しなかった。


「もちろん! 任せてよシェルさん!」

「私達も……戦えるから!」


 リーシャは力強くそう言って聖剣を振るい、ルナも手を握り絞めて魔力を込める。

 二人共逃げる気など最初からなかった。シェルが救助をする際も二人は自分達も手伝おうと子供達の間だけで決め、自らの意思でシェルに付いて行く事にしたのだ。だからシェルが罪悪感を抱く必要はないし、詫びる必要もない。シェルはそんな二人を見て今度は有難そうに笑った。

 巨大蜘蛛が気味の悪い咆哮を上げる。それと同時に足元に居た蜘蛛達も動き出し、雪崩のように押し寄せて来る。三人は構え、襲い掛かる蜘蛛達へと立ち向かう。




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