1:二人の赤ん坊
冒険者ギルドというのは、主に依頼を受けたりして仕事をこなす組織である。試験を合格すれば誰でもなれるお手軽な職業であり、依頼も選別さえすればリスクを少なくして達成する事が出来る。小遣い稼ぎにも丁度良い、正に子供の憧れの職業である。
だが、どんな物にも寿命はある。通常冒険者は誰でもなれるのが売りだが、それはあくまでも表向き。中には向いていない者や、能力的に不可能な者も居る。その中の一つとして、寿命と言うものがあった。
冒険者は主に十代や二十代の者が一番多い。それが全盛期だからだ。もちろん三十代になってからも冒険者を続ける者は居るし、四十、五十になっても未だ衰えない強者の冒険者も居る。だがそれはほんの一握り。大抵は年齢で仕事の継続が不可能になった人間は、ギルドから戦力外通告を言い渡される。
「大変申し上げにくいですが、アレンさん。貴方はもう冒険者を続けるのは荷が重いと思われます」
カウンターに座りながらギルドの職員が言いにくい表情を浮かべてそう言う。それを聞いて無精髭を生やした男性、アレンもバツの悪い表情を浮かべた。
三十代後半になってから大抵の人はギルドを自主的に辞めるか、こうやって戦力外通告を言い渡されて辞めさせられる。だがそういう人達は大抵冒険に憧れていただけだったり、副業として冒険者をやっていたりする一般人の為、大した問題にはならない。問題なのは、アレンみたいな冒険者一筋にやって来た人間だ。
「そうか……」
「アレンさんの活躍は本当に素晴らしいのですが……年齢的に体力も衰えて来ていますし、現場でも苦戦されていると聞きます。これ以上の継続は貴方の為にもならないと言うのが上の判断です」
現在三十代後半のアレン。もうすぐ四十を迎える。冒険者を続けて行こうと思えばまだまだ行けるが、日に日に体力は落ちていくばかり。これ以上依頼を受け続けていずれ死ぬ可能性もある。ギルドの上層部もそのような事は起こって欲しくないのだろう。冒険者は常に命の危険の瀬戸際だが、だからこそ現場で冒険者が死亡するという状況は極力作ってはならない。周りからのイメージも考慮してむしろその辺の事は敏感になっている。だから年長者のアレンがヘマをして死んでもらっては困るのだ。
戦力外通告を伝え終わった職員は手を合わせながらアレンの答えを待っていた。非常に複雑そうな表情を浮かべており、むしろ気を遣わせてしまってアレンまで悲しい気持ちになって来る。
答えなどもうアレンは分かっていた。我儘を言って冒険者を続けようとすれば、確実に仕事先で自分は死ぬ。自分が組んでいたパーティーでも足を引っ張ってばかりだったし、ここらが潮時なのだ。
そう判断し、アレンは職員の人に頭を下げて今まで世話になったと伝えた。
冒険者ギルドでは退職しても退職金が出るような事はない。
そもそも冒険者ギルドと言う組織は正式な物ではなく、根本はまだ魔王が居た時代に戦力不足を感じた国が非正規雇用として臨時的に作られた組織であった。今あるギルドはその名残だ。その為ボランティアの一つとして捉えられている為、退職金が出る事はない。
幸いアレンは今までの報酬金をこつこつ貯金して来た為、すぐに金に困るような事はない。しばらくは故郷の村で静かに暮らすのが良いだろう。そう考えを纏めて荷造りをさっさと済まし、彼はこの王都から立ち去る事にした。その途中、つい先日までパーティーを組んでいた人達とすれ違った。
「あれ~?アレンさんじゃないっすか」
向こうもアレンの事に気が付き、リーダー格である青年が話しかけて来た。
程ほどに鍛えられた筋肉に高い身長、体内からは魔力も感じられる。若いっていうのは本当に良いな、とついつい彼の事を見てアレンはそんな感傷に浸ってしまう。
「その恰好、もしかしてギルド辞めるんすか?」
「ああ、今まで世話になったな」
「いや~、確かにアレンさん最近パーティーでも足引っ張ってたし、キツそうだったっすからね。辞めて賢明なんじゃないんすか?」
青年はストレートに言って来る。そこまで直球で言わなくても良いだろう。アレンは顔を顰めたのだが、やはりこれが現実なのだと痛感させられた。
彼らはこの辺りでは有名なパーティーで、まだヒヨッ子だった頃にアレンが面倒を見る形でパーティーに入った。その頃から彼らの目まぐるしい活躍を見せつけられてきた。そしてアレンは悟ったのだ。ああ、これが世代交代ってやつなのかと。
「まぁ心配しないでくださいよ。アレンさんが抜けた後でも俺らはしっかりやっていきますから」
「そうだな……お前らなら大丈夫だろ」
事実であろう。彼らには最早自分は必要ない。こんなおっさんよりも他にパーティーを組める冒険者はいくらでも居るし、彼らだけでも十分事足りるはずだ。そう思ったからこそアレンも何の心配もしていない。後腐れなくこの街から離れる事が出来る。
「じゃ、さよならっす。田舎でも元気で」
青年はそれだけ言うとさっさとアレンの前から立ち去った。後に続いて他のメンバー達も追い掛ける。するとアレンの前を通り過ぎた白いローブを羽織った一人の少女が立ち止まり、アレンの方を見て来た。確か見習いの魔導士で、アレンも色々と魔法の事を教えたりしていた子だ。そんな彼女はおずおずと肩を竦めながらアレンに頭を下げて来た。
「あの……今までお世話になりました」
彼女はそう言うと慌てて青年達の後を追った。
今時の子にしては随分と礼儀を弁えている。パーティーの中でも一番大人しくて言う事を聞く良い子だった。ああいう子が将来大魔術師とかになるんだろうな。そんな事を思ってしまうのはやはり自分がおっさんになっただからだろうか、とアレンは苦笑した。
「さて……行くか」
アレンは荷物を背負い直し、今度こそこの街から出る為に歩き出した。
故郷の村に行くには途中まで馬車を使って行く。流石に歩きで行ったら何週間も掛かってしまうので、途中で休憩を挟み、最後は土地勘もあるので歩きで行く事にした。幸い盗賊や魔物に襲われるような事もなく、馬車での移動は無事終わった。そして懐かしい山道を歩きながらアレンは村へと向かう。
「ふぅ、この辺りの道も懐かしいな……昔は村を出て森でよく遊んだっけか」
ついつい昔の事を思い出してしまう。あの頃は良かった。森の中に入って迷子になるとか、そんな事を全然気にせず無我夢中で遊んだものだった。何より懐かしいのは有り余る体力があった事だ。あの時はどれだけ遊び続けても疲れなかった。今ではダンジョンに潜っただけで息切れをしてしまう程だが。アレンは懐かしく思いながら歩みを進めた。
「何年振りかな……」
荷物を背負い直し、大きく深呼吸をしてからアレンはそう呟く。
村を出たのは確か青年くらいの時か。あの時はこんな田舎で一生を終えたくないと思って村を飛び出したが、今となってはその村に早く帰りたいと思うようになっている。全く人間の人生とは不思議なものだ。子供の頃はあれだけ前へ前へと進みたがっていたのに、今はただ何処かで静かに暮らしたいと願っている。
アレンはそんな考えに浸っていると、ふと妙な感覚を感じ取って足を止めた。
「……ん?」
魔物の気配ではなく、かと言って獣の気配でもない弱々しい気配。それを感じ取ったアレンは一応警戒して荷物を下ろし、腰にある剣を引き抜いた。
冒険者ギルドを退職したアレンだが魔物を倒せない程弱くなった訳ではない。むしろアレンにはそこらの冒険者よりは強い自信がある。問題なのは体力がないのと、年齢的に長時間の戦闘が不可能という事だ。
ギルドの依頼には重要人物の護衛やダンジョンの探索と言った長時間掛かる依頼などがある為、アレンが辞めさせられたのはそういう理由である。だが魔物の数匹程度ならさっさと掃除出来る。彼は警戒しながら気配のする方向へと足を進めた。すると丁度木の根元の所に籠が置いてあった。それにゆっくりと近づくと、なんと籠の中には赤ん坊が入っていた。
「赤ん坊……?何でこんな森の中に……?」
まだ生まれて何か月か、小さな赤ん坊がそこには居た。あまりの事態にアレンは思わず頭を抱える。
何故こんな森の中に赤ん坊が居るのか?捨て子か?だからってこの道は故郷の村に続くだけの道。人など行商人くらいしか通らない。つまりわざわざ赤ん坊を捨てる為にここにやって来る人など居ないはずなのだ。だが籠が用意されていたり、中は丁寧に布が収められている。明らかに人が行った形跡が残っている。何か妙だ。アレンは眉間にしわを寄せた。
「あー……あぁー」
「おお、よしよし」
ふと赤ん坊と目線が合い、急に声を上げ始めた。慌ててアレンは赤ん坊の傍により、大丈夫だと言い聞かせるように笑顔を向けた。何故自分がこんな事をしなくてはならないのか……?見習い冒険者の世話なら何度かした事があるが、こんな赤ん坊の世話なんて一度もした事がない。アレンは困惑しながらも必死に赤ん坊をあやした。
「とりあえず村に連れて行くか……こんな所に居てはいつ魔物に襲われるか分からないからな……」
アレンはそう呟き、ひとまず赤ん坊を村に連れて行く事にした。村なら誰か面倒を見てくれる人が居るかも知れない。だがやはり疑問は残る。何故赤ん坊をこんな森の中に置いて行った?この場所には然程危険ではないが子供が襲われればひとたまりもない魔物が徘徊している。赤ん坊に愛情がなかったのか……それだったらわざわざこんな籠を用意するのも妙である……やはり分からない。アレンがそんな疑問に首を傾げていると、赤ん坊の手の甲に何かアザのような物がある事に気が付いた。
「ん?なんだこれ……」
それをよく見ようと赤ん坊の小さな手を取ると、幸い赤ん坊はアレンの事が怖く無いのか泣き出すような事もなく、簡単に手を見せてくれた。そして手の甲にあるアザをまじまじと確認する。剣のような独特の形をしたアザ。アレンはどこかで見た事があるような気がし、首を傾げる。
「ふむ……なんか〈勇者の紋章〉と似ているな……まぁ偶然だろう」
どこで見たかを思い出し、アレンは顔を頷かせて納得する。
そうだ、これは確か歴史の本で読んだ時に出て来た勇者の紋章だ。かつては魔王に対抗出来る唯一の人間として、特別な力と能力を授かって生まれる選ばれた子供として言い伝えられていた。この紋章が出るのは勇者の血族だけらしいが、その勇者の血族はもう居ない。最後の勇者は命を懸けて魔王と相打ちとなり、世界は平和を取り戻したのだ。それ以来勇者も魔王も一度も現れた事がない。最早伝説上の出来事だ。だからこのアザもただのアザだろう。アレンはそう解釈した。
「そう言えば魔王も同じように紋章があるんだっけか。確かそっちは翼のような紋章だとか……」
ふとアレンは歴史に載っていた魔王の紋章についての事も思い出す。何でも魔王と勇者は相反する存在らしく、性質は正反対ながら似ている存在らしい。その為魔王も魔王の血族の中から紋章が現れるらしく、その者は強大な魔力と圧倒的な魔法力を持っているらしい。
「……ん?」
そんな事をのんきに考えていると、アレンは再び妙な気配を感じ取った。今度のは強い魔力を持った気配。魔物の中には魔力を持った魔物も居る為、もしかしたら敵かも知れない。そう考えたアレンは下ろしてた剣を手に取り、赤ん坊を抱えながらその方向に向かった。するとそこにはーーーー。
「……おいおい、またかよ」
今度は岩の陰の所に籠が置かれていた。まさかと思ってアレンがゆっくりと近づき中を確認すると、案の定赤ん坊が入っていた。まさかの二人目の捨て子にアレンは世の中はどうなってしまったのかと頭が混乱した。ギルドで依頼ばっかり受けていたせいで外の情報など全然聞いていなかったが、まさか今は子供の疫病が流行っているとかそういうのなのか?もうおっさんには分からん、と嘆いた。
「あー……あぁー……」
「何で二人も赤ん坊が森に……はぁ、とにかく村に連れて行くか……ん?」
こうなっては仕方ないと頭を切り替え、アレンは二人を責任を持って村へ連れて行く事にする。そう思って籠の中に居る赤ん坊に手を伸ばすと、その子の手の甲にもアザがある事に気が付いた。翼のような形をしたアザ……何だか〈魔王の紋章〉にも似ている気がするが、まぁ気のせいだろうとアレンは気にしない。
「〈魔王の紋章〉に似てる……変な偶然もあるもんだ……」
大して気にもせず、こうしてアレンは二人の赤ん坊を抱えながら村へと戻る事になった。道中意外と赤ん坊って重いんだと感じ、息を切らしながらアレンは歩き続けた。そしてようやく念願の村に辿り着くと、数年ぶりに戻って来たアレンが赤ん坊を二人も連れて戻って来た事で大騒ぎになってしまった。