―破王との遭遇―
ゼロス方面です。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、も、もうだめ……はしれない……。」
「はぁ、はぁ、はぁ、あきらめんな!にげないと、おれたちあいつにくわれるぞ!」
とある森の中で彼らエルフの子供の2人は魔物がいないところで遊んでいたのだが、気づかないうちに森の奥に来てしまったようだ。
赤い髪の男の子が手をつないでいる水色の髪の女の子を励ましながら後ろから追ってきている巨大な熊の魔物から逃げていた。
「グガアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ひっ、あうっ!」
魔物化した熊は大きな雄叫びをあげる。それに驚き水色の髪の女の子が木の根に足が引っ掛かり、転んでしまった。
「あ!おいシエル、しっかりしろ!」
「う、うううう……あしが……いたい……。」
シエルと呼ばれた女の子は、先ほど転んだ時に足を挫いてしまい動けなくなってしまった。
彼女を起こそうと男の子が近づいた時には魔物化した熊が目の前に来ていた。
「グガアアアアアアアアアアアアアア!!」
魔物化した熊は彼らの近くまで来るとそこから垂直に立ち上がり、再び吠えた。彼らはそのまま近づいてくる熊から逃げるため後ろに下がるが、背後にある木でそれ以上、下がれなくなってしまっていた。
「ザックス、おねがい、わたしのことはいいからにげて!」
「ダメだ!おまえをおいてにげるわけにはいかない‼」
「で、でも、このままじゃふたりともたべられちゃう!」
ザックスと呼ばれた男の子はシエルの盾になるように前に出た。彼は足が震え、目に涙を貯めて、死にたくない、今すぐにでも逃げ出したいという気持ちでいっぱいだった。
だけど、彼は後ろにいる怪我をして動けない女の子の為に逃げる訳にはいかないと思いかろうじて前に立っていた。
「グガアアアアアアアアアアアアアア!!」
「くっ!」
魔物化した熊は右手を大きく上げて降り下ろした。キールはその恐怖に耐えられず目を閉じた。彼女も両手を握って「誰か、助けて」と小さく叫んだ。
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(……………………………?)
ザックスは直ぐに来るだろう衝撃がいつまでも経っても襲って来ないことに気がつく。恐る恐る目を開けると、そこには強大で小さな命を簡単に狩り取ることができる熊の手が、目の前にいる自分たちと同い年の黒い髪のエルフの男の子『ゼロス』に片手で止められていた。
シエルも異常に気付き、目を開けて目の前の光景に驚愕していた。
「ふむ、これが魔物化か。普通の熊よりは大きいし、力も強いな……だが、ただそれだけで別に何も変わらんな」
そんなことを言いながらゼロスは熊の攻撃を止めていた反対の手で熊の腹目がけて殴った。数十メートル後ろまで下がって止まり、魔物化した熊はその場で膝をついた。
「グ、グルルルルルルル……グガアアアアアアアアアアアアアア!!」
魔物化した熊は四つん這いでゼロス目がけて突進してきた。
「へえー、逃げずにまだ俺に向かってくるか。まあ、逃がす気はさらさらないけどな」
ゼロスは右手を横にかざし、収納魔法から1本の剣を取り出した。
そしてその剣に魔力を込めて、その場で剣を軽く振り下ろした。強い風が吹いたあと魔物化した熊は走る速度を遅め、数歩あるいた後その場で止まった。2人の子供たちは何が起きたのかわからなかったがすぐに驚愕の顔に戻った。
止まっていた魔物化した熊の額に一本の線ができ、次の瞬間真っ二つに斬り分かれて崩れ倒れた。
「よし、これで半分だな。思ったより手応えが無いから早く終わったな……とりあえずしまっておくか」
そう言いながらゼロスは収納魔法で半分になった魔物化した熊をしまった。
「危ないところだったな、大丈夫だったか?」
先ほどの光景を見て固まったように動かなかった2人は、その一言で我に帰った。
「……すげぇ、あんなデカイクマをいっしゅんでたおしやがった。おまえなにもんなんだ?」
「俺か?俺の名はゼロス・エーデルベイン。シロツナって村のエルフだ」
そうゼロスが名乗ると二人は驚いた顔してお互いを見た。
「……もしかしてエルフではめずらしいクロとシロのかみいろで、わたしたちとおなじとしなのにもうしょきゅうまほうがつかえて、おとなあいてでもまけないくらいつよいってうわさのふたごのクロいほう?」
「……まあ、そうらしいな」
なるほど、そんな噂が……あまり派手な事はしてないつもりだったのだがな……
「おれはザックス・イフリード。こっちはシエルっていうんだ、よろしくな!」
「………シエル・ウンディードです……よ、よろしく……です。」
ザックスという男の子は笑顔で挨拶し、シエルは恥ずかしそうに挨拶した。
「おう、ザックスにシエルだな、よろしくな。ところでシエルだっけ?怪我しているだろ、治してやるから足出せ」
「え?……ふ、ふえええええええええええ!?」
ゼロスは怪我をしているシエルのもとに行き、いきなり足を掴んで靴を脱がせた。
「お、おい!おまえなにやってんだよ!」
「うるさいぞ。ふむ、軽い捻挫だな。これくらいならすぐに治るな。ちょっと我慢してろよ」
「う、うん………」
ゼロスが足に治癒魔法を使った。淡い緑色の光が足に集中し、みるみる内に怪我が治っていく。
「むえいしょう!?すげぇ……」
「…………キレイ………」
2人がそんな乾燥を漏らしている間に光は弱まり、ゼロスは小さなため息を吐く。
「これで大丈夫だな。もう動いてもいいぞ」
「う、うん。………ふわぁ、ぜんぜんあしがいたくない!」
シエルは治ったことに喜び、ぴょんぴょんとその場で跳び跳ねた。
「ゼロス、おまえ、むえいしょうでちゆまほうもできんのかよ、すげーな!」
「まあ、魔法の中で一番得意な魔法だからな……」
そう俺は他の魔法は制御が難しくて扱いづらいが、唯一得意なのが意外も意外、治癒魔法なのだ。アイリスは普通に使えるが、俺よりは上手ではないのだから意外なのだ。恐らくあの頃の二つ名が関係しているかもしれないな。
「そういえば、もうひとりのほうはどこにいるんだ?」
「ん?ああ、アイリスか。あいつならもう1つの厄介事に首突っ込んでるぞ」
「え?おれたちみたいにまよいんこんだやつらがいるのか?」
「ああ、人間が盗賊みたいのに襲われてたからな。俺はこっちに来たけど」
そう答えるとザックスは難しそうな顔をする。はしゃいでいたシエルもこちらに戻ってきた。
「………だいじょうぶなのか?なんにんいるんだ?ふたり?さんにん?」
「いや、大体15人くらいいたと思いけど大丈夫だろう……たぶん」
その言葉を聞いてシエルは「どうしよう!」とアタフタと焦り始めた。ザックスは更に難しそうな顔になる。
「おいおい、たぶんって……あぶないんじゃないか!!たったひとりでじゅうごにんもあいてにするつもりかよ!!」
「ああ、本人は大丈夫だ。ただ、相手の方がな………」
「はあ?どういう……」
するとゴウッという音と共に風が吹き、とてつもない量の魔力を感じた。
「っっっっっ!!な、なんだ……これ!?」
「………すごいまりょく……こ、こわい……こんなの……ありえない……」
「…………あちゃー、遅かったか……2人とも、大丈夫だぞ。これ、アイリスの魔力だから」
2人が混乱している中、ゼロスだけは何事もなく2人を落ち着かせようとしていた。
「アイリスって、もうもうひとりのほうか?」
「ああ、あいつ俺より魔法使うの得意だから魔力もすごいんだよ。ハハハハハハハ……」
俺は誤魔化しながら棒読みのように笑った。だって本当のこと言っても信じられないだろうからな……
あいつは少し熱くなりすぎると周りが見えなくなり、ついつい昔の癖が出てしまうんだ。
転生する前まではいろんな世界に行き、様々な二つ名を持っていた。その中でだいぶ最初の頃だ。初めは黒が中心の服ではなく白い服を着ていた。暴れ終わった後、一々汚れを落とすのが面倒になってある時期に白から黒や赤の服を着始めた。
そんな白い服を着て暴れていたことから付いていた二つ名が『白い悪魔』である。
……………やれやれ、あいつのところに行かないと色々ややこしい事になってそうだ。
「お前たちは早く帰んな、俺は一応アイリスの方の様子みてくる。」
「……だいじょうぶ?」
「ああ、お前たちがいたらたぶんややこしくなるからな。それともまた熊の餌になりたいか?」
「ううっ、それはやだ……わかった。おまえもきをつけろよ!」
「おう、じゃあな!」
ゼロスは2人に別れを告げてアイリスの下へと走り出した。2人はそんなゼロスが見えなくなるまで見ていた。
「……いろいろとすごいやつだったな……」
「……うん、そ、そうだね……」
「また、あえるかな……」
「……らいねん……がっこうににゅうがく……だから、たぶん……またあえる……とおもう……」
「そっか……またあえるのがたのしみだな……」
来年また会えるだろうと期待しながら2人は自分たちの村へと帰るのであった。
誤字脱字がありましたらご報告お願いします。次回はアイリス側になります。