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雪月花  作者: ふうや
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一ノ四 決意



「――鍵を埋め込めたか」

「あんなの余裕だったわ」

「良くやった。――引き続き監視を続ける。コントロールはお前に任せた」

「…承知」

「力を解放したとき、どういう様子だった」

「彼女は京女だけど解放した瞬間から京女の面は全然無し。――…貴方と関わっているんでしょ?その女」

「まぁそれなりに関わっている」

「微妙ね。それなりって」

「彼奴だけは…亡くしたくなかったのだがな」

「恋人とかその類のように見えるのだけれど」

「そう言うところか。……雪花。監視を頼む」

「――了解」


そう言うと雪花は立ち上がり数秒後にすっと消えた。


「心に宿っているのは分かっている――花彈」



***


「はぁ…はぁ……」


飛椴は近くの川原の前に来ていた。

(うちは……どうなっとるんや)

力を解放した後、何が起きたんや――?

月榮を傷つけたって…


そんなに変わってしまったのか。

力を解放した自分は。


「――…っ」


膝を抱え其処に顔を埋める。

自分は仲間を傷つけてしまった。


思うだけでまた悲しさが込み上げてくる。


(――少しでも自分を抑えられへんのやろか。それに何で勾玉のペンダントは力を抑えられへんかったのや…?)


あの鍵は何?

ペンダントの力は嘘?


考えるほど疑問が湧いてくる。

何故今回勾玉の力が発動されなかったのか。

あの鍵がある時点で力が無効にされるのか?


「――あんま考え込むなよ、飛椴」

「…へ?…げっ月榮!?」

「珍しいじゃんか。いつもなら気配感じて振り向くはずなのに」

「別にっ。それに考え込んでるわけやおへん」


そう言うと飛椴は川原に向かって石を投げた。

四回ほど小さい飛沫を上げて中に沈んだ。


「お前さ。自分を責めるなよ」

「え?」

「怪我の事だよ。…別に気にしてねーから」

「…言った事とやってる事ちゃうし。それに…仲間を傷つけてしもたんや。自分が許されへんのよ」

「だから自分を責めるなって」

「うちがやった事何やろ!?違うん!?」

「いや、そうだけどよ…」

「何が起こったんか未だに把握出来ひんけど、確実にわかるんはそれだけやろ!?うちが月榮傷つけた!そんなん考えてるだけで耐えられへんのや!」

「――飛椴は、その…悪くない、から」

「え…?」

「あれは体に潜んでる奴がやった事だ。…飛椴は、悪くねーから」

「でも」

「気にすんなよ。…そんな些細な事で」

「月榮………うん。ありがと」


そう言うと飛椴は笑顔になった。

(安心した…)


「――やっと笑ったな」

「はえっ?」

「昨期まで全然笑ってなかったから…。べ、別に恋愛的な意味なんかじゃねーんだからな!」

「それでも…安心した。なんか落ち着いたわ」


そう言うと飛椴は川原に寝転がった。


「この川原な。昔、ある子と一緒に来た場所やねんよ」

「ある子?」

「うん。凄く綺麗な子やったんよ」


その人はもう…おらへんのやけれども。


「え!?」

「でも死に方が妙やったんよ。この川原の岸で足を滑らせて転落死。…おかしいとおもわへん?この川水深一メートルぐらいしかあれへんねんで?」

「確かにな…」

「それで、あるお人はこう言いはったのやて。『忍者の誰かによって殺された』ってな。しかも戦国の世から続いてる忍者家の、誰かに」

「だとしたらあり得るな…血とか、あったんだろ」

「其処が引っかかるのや。…血一滴も見当たらなかったんやそうな」

「撲殺とか…其処ら辺になるのか」

「うん。…多分やけれども」

「――飛椴」

「なんどすか」

「その人の名前、聞いてるか」

「ううん。全く」

「それが分かれば話は早いんだがなぁ…」

「そやかてその人は既にこの世の人やあらへん」


見つけたとこで、何の意味にもなりはせんのや

飛椴のその言葉に月榮はそうだなと短く答えた。


「…でも」

「どうかしたのか?」

「もし…もし、そのお人がうちの心に取り憑いとる人やとしたら…どうしたら」

「それでも消すしかねぇよ」

「…そうやんね」


そう言って飛椴は俯く。

一時自分が姉のように慕っていた人物を消すというのは辛いことだ。

(そないな事…出来ひんよ…)


「…辛いのは、わかるけど。しゃーねーだろ。…命まで左右するような苦しみをずっと抱えておくよりは、良いだろ」


うん、と水の流れる音に消されてしまいそうな小さな声で飛椴は答えた。


あの苦しみをずっとずっと続くよりは、絶対に良い。

でもそれで大切な人が消えてしまうと思うとあまり納得は出来ない。



そんな中月榮は飛椴よりもずっと暗い顔をしていた。

何か辛いことでも聞いたかのように。


「…なぁ、飛椴」

「なんどすか」

「唐突な話だけどもし、俺等が敵同士だったらどうする?家が敵同士だったら」

「…そないな事、あらへんやろ?敵同士なんてそんな事あらへん。…でも、もしそうだったとしてもうちは普通に接していく他はあらへん。大切な仲間やねんから」

「――だよな」

「でも、何でそないな事…」

「本当に普通に接してくれるんだよな」

「え?…う、うん」

「――昨日、母さんから聞いたんだ」



花月家と都家は戦国の世からの敵同士なんだってよ――



「げ、月榮?そないな嘘、止してぇな」

「嘘じゃねぇんだ!」

「だから…だからあんな事聞いたんか」

「そうだ。…距離を置かれる気が、してな。…何なんだ俺。随分な弱音吐いてるな。…悪ぃ」

「――月榮は、どないしたいの?」

「え?」

「月榮はその事実を知って、敵であるうちをどうしたい?」


いつか殺すことになるんと違うか?


「なっ!そんな事!」

「敵である以上は殺されることを覚悟の上で生活していかなあかんのや。敵同士が殺し合うなんて良くありすぎたこと故」

「俺は…そんな事するつもりなんてない。殺せと命じられても絶対に行かない」

「うちだって行くつもりはこれっぽちもありはせん。…でも逆らって殺されることだってあり得ますのや」

「なら良い。逃げてやるよ」


さらりと月榮はそう言う。

(…本当なら、飛椴も連れて行きたい所なんだが)

敢えて言わないでおく。


「…月榮は、強いやっちゃ。其処まで言えるなんてな」

「別に。ただそう思っただけだ。別に強くなんて無いし」

「ふぅん。…うちは…どうなんやろか。あんま強うは無いと思う」


心も、体も。

そう言うと飛椴は膝を抱える腕に少しだけ力を込めた。

月榮も川面を見つめるだけでかける言葉が見つからない。


「いつか、心に宿ってるこのお人が…完全にうちの体を蝕んだら」

「止めろ!」

「…え?」

「あ、いや…良い。続けろ」

「どないしたのや?」

「良いから続けろ」

「う、うん。…完全にうちの体を蝕んだら、もう…この世にいることは出来んのやな」


そう言うと飛椴は悲しく笑う。


自分に待ちかまえている運命がこれほどに酷いものだとは思いもしなかった。

普通の忍者として、女の子として、生きていけるのだと思っていたのに。

待ち構えていたのは、悲しい運命だけ。


「運命は…変えられんのや。いつかこのお人に心も体も蝕まれて行かれる」


そう呟いた後、飛椴はまだ飛礫を打った。

低く数回撥ねて水底に沈んでいく。


「…さあて。こんな事考えてる場合やおへんわ。帰ろっと」


飛椴は悲しみを感じさせないように明るく振る舞う。

ただ今を生きる。それしか道はない。


「ほら月榮!何しとんの?帰るよ!」

「……あぁ」

「何や月榮。偉い沈んだ口調やなぁ…」

「いや、気にするな」

「そ、そう?」


そうは言ったものの、言葉だけではなく顔までが沈んできている。

一体何があってこんな事になったのだろうか。

自分は何か言ってはならないことでも言ったのだろうか。





だが月榮はそれで悩んでいたのではなかった。

心の奥深くでの飛椴への想いがどんどん大きくなって来ている事に動揺しているのだ。


敵同士の恋愛は論外な行為だ。

だから、さっさとこの想いを消したい。

消さなければならない。

だが、月榮はそれを出来ずにいる。

(なんでだよ…!)

思いが残っているために歯痒さ、もどかしさを何度も感じるようになった。


それに、己を責め続ける飛椴を慰めることすら出来ないのだから好きになっても何の得にもならない。

気にするな、とそれぐらいの言葉しか掛けてやることが出来ない。

そう言ったところで飛椴は更に気にするような性格だ。

つまり逆効果な事をし続けている


そして最近、本当に彼女と会って良かったのだろうかと思うことが多くなった。


会ってしまったからこんな想いが生じたのだ。


消すための方法は、ただ一つ。

(彼奴から離れることだ)

いつかは…いや、近いうちに彼女と距離を置かねばならない。


御免な、飛椴。

心の中で月榮は飛椴に謝罪をする。


距離を置くことを決めた月榮の瞳には蒼すぎるぐらいの空が映っていた。

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