一ノ三 魔物
「――は?私が花月家の娘を監視?何で急にそんなことを」
「彼女の力が本当なのかを調べたい」
「あー…あの体に秘められた力とか言う奴」
「そう。…あの力を解放して欲しい。この鍵を渡す。この鍵が彼女の力を解放する唯一の鍵だ」
「…機会を見て彼女の心に埋めろと」
「あぁ。…解錠するのを忘れずにな」
「―――承知」
そう言うと灰色の髪をした少女は目の前にたたずむ漆黒の影から鍵を貰いすっと消えた。
「期待しているぞ――――雪花」
その漆黒の影はその漆黒よりも黒く見える部屋の奥に姿を消した。
数日後――
「…え?ここ数日で妙な力感じた?本当やの?」
都家の前で飛椴、月榮、雪姫の三人は集まっていた。
月榮がここ数日妙な力を感じると言う発言からこうなった。
「あぁ。…すっげー力感じるんだよ。…なにかは分からないけれど多分お前を狙ってきてる奴だ」
「――そないな事が……」
「確かにここ数日変な気配ばっかり感じるわね。都家と花月家の周辺をうろうろしているような」
「……待て。誰かがこの周辺にいる」
警戒して月榮が立ち上がる。
それに続いて飛椴や雪姫も立ち上がる。
(確かに――…何やこの気配は)
その気配の持ち主は月榮が睨み付ける先から出てきた。
飛椴達の姿を視線に留めると立ち止まった。
警戒するように三人を見ている。
その眼差しはどんな刃物よりも鋭かった。
「――誰や」
「…何処かの忍者家の正統継承者だな」
「何でそん何わかんの」
「そりゃそうだ。忍者家の正統継承者の証の勾玉、付いてるだろ。彼奴の髪飾りとして」
「あ…」
彼女の灰色の髪には蒼勾玉が付いている。
「にしても何処の奴だ?」
「さぁ……分からんなぁ…」
そう言って飛椴が一歩少女に向かおうとした。
――次の瞬間飛椴は胸倉を誰かに掴まれその場に体を強打する。
「飛椴!?」
「――花月飛椴、よね」
「え?そ、そやけど…」
「思ったより早く見つかった…」
そう言うと目の前の少女は解錠と大きい声を上げた。
(な、何するつもりや…!?)
少女は懐から妙な形の鍵を取り出し、飛椴に近づける。
「飛椴!その少女から離れて!貴方の力を解放しようとしてるのよ!」
「え!?でも、力…つ、強うて離れられな…!」
「それに貴方は今、指一本さえも動かせないはずよ」
「――か、金縛り!?」
「残念だったわね。――大人しく力を解放するのよ。花月飛椴」
「そ、そんなん…!」
『この力、解放せんように頑張る。…力解放して、人傷つけたないから…』
そう言ったのは自分だ。
なのにこの場で解放されてしまうなんて…
(嫌…そんなの…)
「飛椴!!!お前、自分で解放しないように頑張るって言ったんじゃないのか!?人を傷つけたくないって言ったの飛椴じゃなかったのか!?」
「そやかて今この状況で…どう…やって…」
(あかん…何か何かに飲み込まれていくような)
「騒がしい女ね…。取り敢えず初対面で名乗りさえもせずに申し訳ないけど…解放、させてもらうわ」
そう言って少女が心臓付近に鍵を近づけた瞬間二人を途轍もなく眩しい光が包み込む。
「くそっ…!」
「駄目よ月榮!今この状況で飛椴を助けに行こうなんて…無茶よ!」
「彼奴を助ける!それだけだ!」
「月榮…」
今この場で助ける気なんて無い等と意地を張っている暇はない。
本当に助けなければ――
(彼奴の望みが…!)
袖で光を遮りつつ、光の中へ飛び込む。
(くそっ…何処にいるんだ飛椴!)
「…うぐっ……」
「飛椴!?いるのか!?」
「たす、けて……苦しっ…」
声のする方を振り向いても飛椴の姿は何処にも見えない。
(何でだ…?)
取り敢えず声のする方へ突き進む。
数分歩いて見えた光景は――
「ひ、飛椴…!?」
飛椴の体から黒い何かが出てきている。
(何なんだこれ…!)
「げつ……えい……」
「飛椴!しっかりしろ!」
「あかん…!今此処におったら月榮が…傷つく!そんなん嫌や!逃げて月榮!」
「俺はお前を助けに来たんだろうが!逃げてたまるかよ!」
「人傷つけた無い!そう言ったんは…うっ…!」
「飛椴!畜生!此奴等……!?」
「死になさい…」
「ひ……飛椴…?」
次の瞬間月榮の体全体に電気が走った。
その発生源は腹だった。
突き刺さっているのは刀。
その刀を突き刺したのは……
「うっ…な、何でお前…!」
「五月蠅い!死になさいと言ったら死ぬのよ!」
(此奴…!魔物に憑依されて…!)
「残念だったわね、都月榮。彼女は既に体に潜んでいる魔物に憑依されてるわ」
「お前は…さ、昨期の…」
「月夜雪花。以後お見知りおきを。……あらあら、魔物に憑依された彼女に刺されたのね。…この力なんかでよくもまあ世界を潰せるなんて噂が流れたものだわ。でも彼女のこの力なら…案外出来るんじゃない?」
「お前何者だ」
「…貴方が知ることではないわ。…さてと一仕事終了したし、帰ろ。……お大事にね?都月榮」
冷ややかな笑みに嫌みたっぷりの言葉。
畜生と歯を食いしばるしかできなかった。
雪花の姿は消えたものの――…
(此奴をどうやって取り戻せば…)
先程の黒い物体は飛椴の背後にはない。
きっと体の中に入り込んだのだろう。
「…くそっ、痛みが…!」
腹を押さえつつ飛椴の元へ駆け寄る。
月榮を見た飛椴はいつもの飛椴とは違う顔で月榮に喋り掛けた。
「またあんた!?殺されたいの!?」
「飛椴、目を覚ませ!!いつまでも魔物なんかに憑依されてるな!俺の所へ戻ってこい!」
「何馬鹿言ってるの!?誰が飛椴ですって!?」
「お前は飛椴だ!」
「五月蠅い!…殺すわよ、本当に!」
「飛椴!戻ってこい!」
そう言って月榮は飛椴の肩を掴み、揺らす。
(飛椴――!)
此処は何処なのだろうか。
真っ暗で何も見えない。
自分は今どうなっているのか。
其れさえも分からない。
感覚さえも失われ無重力の世界にいるような気分だ。
『――てこい!』
「え…?」
『飛椴!戻ってこい!』
「げつ…えい?」
どうして月榮の声が聞こえるのだろうか。
今彼が此処にいるわけではない。
と、真っ暗な所に弱く光が差し込む。
其処に映っているのは
「月榮が…け、怪我してる…。な、何でや…。月榮!どないしたんや!」
『!?ひ、飛椴!?飛椴か!?』
「月榮!おるよ!…な、何がおこっとるんや!」
『話は後だ!魔物に勝て!お前今魔物に憑依されてるんだ!』
「そ、そんなん言われても…」
『勾玉を使え!あの女勾玉が力抑えていることは知らなかったらしいからな!』
「それで何とかなるん!?」
『大丈夫だ!信じろ!勾玉を置いて解錠しろ!其処が出口のはずだ!』
「うん!」
そう言って飛椴が床に勾玉のペンダントを置こうとしたその瞬間だ。
胸に先程と同じぐらいの痛みが走った。
(ま、またこの痛みが…!痛い…っ。耐えられへん!これ!)
『飛椴!!!!!!耐えろ!』
「う、うん…。……解錠!」
そう言うと勾玉のペンダントの中心部から光が湧き出てくる。
『いけ!飛椴!』
「分かった!」
『――…待ってるからな』
「え…?」
そんな優しい声音を最後に飛椴の体は鍵を入れ込まれたときと同じぐらいの光に包まれた。
「は、離して!殺すわよ!」
「…飛椴が戻ってくるまでこの手を離さない」
「しつこいわね……うっ。や、止めて!出てこないで!い、いやああああああああぁっ!」
(飛椴!)
断末魔のような声の後月榮の腕の中に力尽きた飛椴の体が倒れ込む。
その数秒後、飛椴はゆっくりと目を開ける。
「――…ん」
「飛椴…?」
「…げつ、えい…!」
飛椴がそう言った後二人の周りを包んでいた光が無くなり、元の景色が戻ってきた。
その場に立ちつくしていた雪姫が飛椴を見つけた瞬間駆け寄ってくる。
「飛椴!大丈夫!?」
「お姫、さん…!大丈夫やて、うちは。…でも月榮が…誰がこんな怪我を…」
そう雪姫に問いかけたが月榮と顔を見合わせ辛そうな表情をする。
雪姫は飛椴が魔物に憑依されているときからずっと外から一部始終を見ていたのだ。
…だから分かっている。
魔物に憑依されていた飛椴が、月榮を傷つけたことを。
「…言っても良い?飛椴。衝撃を受けるかもしれないのよ?」
「え…?…わ、分かった」
雪姫はふぅと息をついた後重い口を開いた。
「――飛椴。貴方よ」
その瞬間一気に飛椴の顔が青ざめる。
(嘘…!)
「そ…んな…」
「魔物に憑依されてた貴方が…死になさいって月榮に言って、腹に刀を突き刺したのよ…」
(うちが…人傷つけた…なんて。自分の言うてる事と全くちゃう事してる…)
飛椴は耐えきれなくなって立ち上がり森の奥へと一心に走った。
「飛椴!!!」
月榮の声が聞こえても振り向くつもりなんて何処にもなかった。
いつもなら飛んで行くはずなのに今は飛ぶ気になれなかった。
ただ走りたかった。
「御免…月榮…」
涙声でそう言いつつ、ずっと走り続けた。
心の中に何か違う想いが生まれていると、感じつつ…。
げっくんがどさくさに紛れてあんな事やこんな事をしていましたn(おま