核開発を止めろ 名探偵藤崎誠が挑む
「どうした?」
藤崎は肩を落とし、丸くした背中に声をかけた。
男はスツールを回転させ、藤崎の方を向いた。
「総理ッ?」
と藤崎の後ろの客が驚きの声を上げた。
総理大臣の太田は、微笑み、軽く手を上げて答えた。
だが、これ以上寄せ付けない威厳も放った。
「お前が呼び出したんだろうが?
こんなバーに、名探偵さん」
太田は答えた。
太田と藤崎は官僚時代の同期で、政治家へ転身後、
いろいろ藤崎に知恵を借り、とうとう総理まで登り詰めた。
「まあな、行き詰っていると思って」
藤崎はバンと太田の背中を叩いた。
「元気出せよ。
日本の総理だろう」
太田は小さく笑った。
そして、驚いたように呟いた。
「最近、笑ってなかったな」
あの国のせいであろう。
ミサイル発射実験。
それに核実験。
安保理国の警告さえ無視するK国。
「やばいのか、K国」
藤崎は切り出した。
太田は首を振った。
「いや、そんなこともない」
「それは、そうだろう。
打ったら、おしまいだ」
藤崎は頷く。
「彼らにとって核は守り神のようなものだろう。
他から侵略を許さない。
それに核を持つ国々が造るなというのも変な話だ」
「そうだ。
だから、K国周辺以外は無関心だ。
逆に白けている」
太田は苦虫を潰したような顔をする。
「だから、国際世論がまとまらない」
「じゃあ、米国が本気なのか?
米国本土にとどく大陸間弾道弾を恐れているというのか?」
藤崎は詰め寄る。
また、太田は首を振った。
「政府じゃないんだ」
太田の顔に影が差す。
「戦争してみたい奴がいるんだ」
「奴らか」
藤崎はやっぱりという顔をした。
「軍産複合体・・・」
「奴ら、新兵器を試したいんだ。
無人の戦闘機、ドローン、戦車とか。
それを世界に見せつけたいんだ」
「K国を武器の見本市にする・・・」
藤崎は黙り込む。
「奴らはソウルや東京に被害が出ようが、お構いなしだ。
逆に被害を大きくなった方が、武器が売れると思っているくらいだ」
太田はそう言うと頭を抱えた。
沈黙が続く、藤崎は太田をちょっと元気づけようと思って呼び出した。
だが、予想以上の事態がせまっていることに驚かされた。
藤崎はニヤリとした。
異常である。
こんな話を民間人にしていいはずがない。
これは太田からの無言の依頼だ、と。
藤崎は頭脳をフル回転させた。
ロックグラスの氷は完全に溶けていた。
ずっと握り締めている手を雫が濡らす。
藤崎はすっと顔を上げ、立ち上がる。
胸に手をあて、深く頭を下げた。
「名探偵にお任せあれ」
それから、3日を総理の太田はK国首都に電撃訪問した。
世界中を驚かしたが、
「日本に何ができる」という批判は海外メディアだけでなく、
国内でも同じ、いや、それ以上だった。
滞在2日で帰国した太田に手土産が無かった時、
落胆というより、やっぱりそうだろうと評せられた。
いや、選挙を見すえたパフォーマンスとさせ、酷評された。
だが、その一週間後、K国と米国との会談が実現した。
K国は核とミサイルの開発を完全に放棄することを約束した。
当然その見返りとして、総額10兆円の支援を求めた。
米国は、国連監視団の無制限の調査権を要求し、K国はそれを受領した。
世界中は驚いたが、K国の作戦だろうという見方が強かった。
だが、K国は即座に調査団を受け入れた。
調査団は、核爆弾がミサイルの弾頭のサイズになっていることに驚かされた。
調査団はプルトニウムの量を徹底的に洗い出した。
実験で使用された量、未精製原料、精製された量、
それを米国がつかんでいる輸入量と比較した。
それを確認した時点で支援が始まった。
それから、順次、実験施設を廃止していく。
最終的には5年はかかる予定だ、
その間、約100名の調査団が駐留する。
そして、核廃棄終了後、米国大統領とK国指導者に
ノーベル平和賞が贈られるのは確実だった。
は~、藤崎はため息をついた。
その吐き出した分を埋めるように、ロックグラスを掲げ、一口含んだ。
依頼、いや頼みごとは果たしたが・・・
今回もジュリアとの関係に進展はなかった。
ダム湖をヴァーチャルリアリティ技術で沖縄の海にする、
いいアイデアだったが。
は~、とまたため息をつき、背中を丸めた。
バシっ、と響くと、藤崎の背中が熱くなった。
「名探偵さん、またふられたのか」
太田は笑い声を上げた。
「そんなんじゃない」
藤崎は両方の肩甲骨を回し、痛みを和らげようとした。
「ありがとうな、この前は」
太田は神妙な顔をした。
「でも、驚いたよ。
あんな事をいうなんて。
米国を滅ぼす方法をK国に教えてやれなんて」
藤崎は鼻で笑う。
「米国だけじゃない、日本も中国も滅ぶ。
まあ、滅ぶと言っても人が死ぬわけじゃない。
政治体制が変わるだけだどな」
「でも、本当に資本主義、民主主義は滅ぶのかな」
太田は呟く。
「22世紀にこのままの国の体系を維持できるのはK国くらいだろう。
米国、日本、中国も変わるざる得ない。
そういうことを準備して、政治の舵を取らなきゃいけない。
CO2問題よりよほど深刻だぞ」
「本当に来るのか。
大失業時代が・・・」
「分からない。
予想がつかない。
人工知能の進化は」
藤崎は眉間にシワを寄せる。
「民主・資本主義の最大の敵は、失業者・・・」
太田は呟く。
失業者が増えれば、共産主義的な議員が増え、
政治体系が変わると予想される。
それを防ぐために、政府は失業手当を厚くするだろうが、
それで人間の生甲斐まで作れるのか危うい。
「でも、K国は違う。
全部、軍人に回せばいいからな」
藤崎はずっと遠くを見つめているように言った。
「でも、お前は恐ろしい男だな。
核開発を止めて、人工知能で米国を滅ぼせ、
と日本の総理にK国へアドバイスさせるなんて」
「今なら核廃棄は高く売れる。
その金を全部ツッコめば、人工知能の開発のトップに踊り出られる。
それに他の国は、失業者がでれば導入に歯止めがかかる。
でもK国は違う。
突き進むことができる」
「でも、本当に恐ろしいよ、お前は。
人工知能が発達すれば、今までのデータで
核実験も弾道ミサイルの実験もできると言わせるなんて。
まあ、そこまで言わないと、納得しなかっただろうがな」
藤崎はニヤリとする。
「人工知能の発達で人類は岐路に立たされる。
日米の在り方が正しいのか、果たしてK国が正しいのか」
「第二の幕末か」
太田は嬉しそう呟く。
幕末、政治思想が一変した時代だ。
二人とも幕末の人物が好きだった。
それも幕府側の。
小栗上野介、河井継之助、土方歳三、松平容保・・・
彼らは時代にあがない、多くは命を落とした。
だが、後世彼らを評価する人もいる。
二人はグラスを合わせる。
「K国に」と藤崎が言うと、
「K国に負けない日本に」と太田が言った。
「あっそうだ」
太田はワザとらしく言った。
「今度、その祝賀パーティーがあるんだ。
政界、財界人が大勢来る。
国内だけじゃなく、海外も」
藤崎は興味なさげだった。
「お前も来いよ」
太田は招待状を藤崎の前に置く。
藤崎は見つめるだけで、手に取らない。
「夫人同伴だから、無理か~」
太田はその招待状を取ろうとする。
すっと藤崎は手を伸ばし、
招待状を掴み、上着の内ポケットにしまう。
「ありがとう」
藤崎は太田の真意を理解した。
ジュリアをパーティーに誘えというのだ。
「総理に」と藤崎は言い、
太田をグラスを合わせた。