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ヤンキーVS魔法少女  作者: 平良野アロウ
第三章 自由行動編
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第66話 谷底の仔獅子

 オリオン大陸西部の旧ケフェウス王国領は、前時代的な貴族主義が色濃く残る土地柄であった。そのため、妖精界で最も貧富の差が激しい地域と言っても過言ではない。

 ハンバーグはそこにあるカリストという土地の生まれである。物心ついた頃には既に孤児院におり、親の顔は知らず。

 この孤児院では不思議と男児ばかり集められており、女児は一人もいなかった。そして幼い子供達に学校も行かせず毎日戦闘訓練を行わせるという、明らかに異常な場所であった。劣悪な環境で、虐待のようなトレーニング。しかしそこで育った子供達は、何の違和感も持つことなく職員達に従っていた。

 最年長であり最も強かったハンバーグは、他の子供達から兄貴分として慕われる存在だった。

 そして十二歳になった時、ハンバーグは地下闘技場へと出荷された。この孤児院は、身寄りの無い子供を集めて拳闘士にするための施設だったのである。

 カリスト地下闘技場は、この地の領主であるアンキモ卿が立てたものである。彼は旧ケフェウス王国領貴族の例に漏れず、貧民を物とも思わぬ悪辣な男であった。

 貧民同士を戦わせて、貴族や金持ちがその勝敗に金を賭ける。それがこの地下闘技場。拳闘士達は奴隷も同然に扱われ、時に試合で命を落とすことさえあった。

 少年の身であったハンバーグは、当然誰からも舐められる立場であった。専ら晒し者にされる目的で、デビュー戦のカードはその闘技場で最も残虐な拳闘士と組まれた。

 だが実際の試合では、誰もが目を疑った。いつものように甚振りながら戦おうとする相手に、ハンバーグは先制のジャンプハイキック。その一撃がこめかみに当たり、相手は一瞬気を失いかけた。その隙を見逃すことなく、ハンバーグは空中に浮いたままパンチとキックの乱舞を浴びせる。着地するまでに、六十四発の打撃。相手は完全に気を失い、巨体はグラリと倒れた。

 少年拳闘士が、巨漢をまるで寄せ付けることなく圧倒する鮮烈デビュー。それはこの闘技場に新たなスターの誕生を予感させるものであった。

 ハンバーグは圧倒的に強かった。十二歳の新人にも関わらず、常勝無敗が当たり前。これほど強い拳闘士は見たことがないと言われるほどに。

 だが戦いというものは、常に強者が弱者に勝てるとは限らない。反則技や裏工作、もしくはたとえ卑怯な手を使わず正々堂々戦ったとしても、火事場の馬鹿力や偶然恵まれた幸運等。弱者が強者に勝つ要素はいくらでもある。

 どんなに強い自分も、いつどんな要素で敗れ命を落とすかわからない。だからその可能性を少しでも無くすため、ハンバーグはある魔法を開発した。

 獅子の威圧。自分より弱い相手と戦っている時、その相手を弱体化させる魔法である。言わば常に強者が弱者に勝つための魔法。一見すると格下相手にイキるための魔法に見えて、その本質は生きるための魔法なのだ。

 奴隷同然に扱われている拳闘士であるが、永遠にそうというわけではない。ファイトマネーを貯めていけば、いずれは自由を買い取ることもできる。しかしそんな夢見る拳闘士達を甘い罠が誘う。

「このカードゲームに勝てばファイトマネーが倍になるよ」

 試合を終えた拳闘士の控え室に、そんな提案を持ちかけにやってくる人物がいる。それは闘技場の運営に雇われたプロのカジノディーラーである。甘い誘いに乗せられて勝負に乗ったが最後、拳闘士はせっかく手に入れたファイトマネーを全額没収されてこととなる。ハンバーグも、初めて手にしたファイトマネーをそうして失った。

 悔しくてたまらなかったハンバーグは、トレーニングの傍ら必死でギャンブルを学んだ。そして見事なまでのギャンブルの才能に開花し、獅子の威圧も相まって毎回ディーラーから逆に金をせしめるまでになったのである。

 ひたすら勝ち続け金を稼ぎ続けること一年、孤児院の後輩で一歳下のカシューが、拳闘士として闘技場にやってきた。デビュー戦はやはり晒し者にする目的で、既にこの闘技場最強の拳闘士となっていたハンバーグとの対戦が組まれた。

 いざ試合が始まると、ハンバーグは一撃でカシューをふっ飛ばし気絶させた。それは同じ釜の飯を食った者へのせめてもの優しさであった。

 瞬殺でデビューを迎えたカシューであったが、流石はハンバーグと一緒に鍛えてきただけあってその後は順風満帆に勝ちを重ねていった。

「おいカシュー、お前まさか、一生ここで拳闘士なんかやるつもりじゃねえだろな」

「どういうことっスか、兄貴」

「俺は金を貯めたらさっさとこんなとこ出て行くつもりだ。広い世界で自由を謳歌するのさ」

「流石兄貴! スケールがでけえ!」

 それはごくありふれた考えであったが、長年あの異常な孤児院で育ったカシューにとってはとても斬新に聞こえた。


 試合とギャンブルを繰り返し、二人の所持金を合わせて二人分の自由が買えるようになった頃。二人はそれ以上稼ぐこともなく、すぐさま自由を買った。それが、茨の道であることも知らずに。

 自由の身となって投げ出された世界は、荒れ果てた貧民街だった。

 道行く人々は皆薄汚い格好をしており、どににいてもなんとなく悪臭がする。飲んだくれやホームレス、そして犯罪者がうろつく無法地帯。

 遠くに目を向ければ高い壁が聳え立っており、その向こう側がこちらからは見えない。季節や時間帯によってはあの壁が日光を遮り一日中日の当たらない場所もあり、街全体にじめじめとした空気が漂っている。

 壁の向こうにあるのは、華やかな市街地である。あちらとこちらは完全に分断されており、行き来することに厳しい規制が掛けられている。

 あちらの市民が汚い貧民街を見なくて済むように立てられた、臭い物に蓋をするための壁。こちら側に住む貧民達は、これを見る度自分達が負け犬であることを認識させられるのだ。

 ここの住人は元々貧民として生まれた者だけでなく、壁の向こうで職を失ったり借金を抱えた者もいる。そして領主アンキモは貧民達からもしっかりと税金を徴収し、絶対に壁の向こうに戻ってこられぬようにしているのだ。

 せっかく自由の身となった拳闘士も、そこから行き着く先は碌な職も無い貧民街。これこそが、何も考えずに浮かれて自由を買った拳闘士への罠であった。闘技場で死闘を繰り返していた方がよほど稼げるし、健康的な生活を送れる。拳闘士を辞めた者への制裁とも言うべきものであった。

「あ、兄貴……俺達本当にここで生きていけるんスか?」

「大丈夫だ。考えはある」

 焦るカシューとは対照的に、ハンバーグの表情は不敵だった。

 二人が最初に向かったのは、かつて二人がいた孤児院であった。今もこの場所では、子供達が拳闘士にされるべく鍛えさせられている。まずはこの場所を襲撃し、自分達の後輩を救出するのだ。

 戻ってきた二人を見て、孤児院の職員は言った。

「ハンバーグにカシュー……まさかお前らがこんなにも早く辞めちまうとはな。せっかくうちの孤児院から出た優秀な拳闘士だってのに。それとも何か? お前らもその歳で俺らと同じ育成する側になりたいってか?」

 孤児院の職員達は、ハンバーグと同じく自由を買って引退した拳闘士である。しかし彼らは上手く闘技場の運営に取り入り、次世代の拳闘士を育成して闘技場から金を貰うビジネスをさせてもらっていた。この貧民街には親のいない子供なんていくらでもいる。それらを攫って憂さ晴らしに暴力を振るうついでの戦闘訓練をさせるだけで金が貰えるという、安い商売だ。

 ハンバーグは何も言わず、いきなり駆け出して職員を殴り飛ばした。吹っ飛ばされた職員は後ろの棚に頭から突っ込む。

「て、てめえ何のつもりだ!」

「ちょっとばかしお礼参りでもしてやろうと思ってな」

 もう一人の職員に目を向ける。

「てめえら育ててやった恩を忘れたのか!」

「忘れちゃいないぜ。耐久力の訓練と称してお前らからサンドバッグにされたことはよォ!」

 ハンバーグは跳び上がると、空中から職員の頭を掴んで体重をかけ床に叩きつけた。

 まずは二人撃破。ここの職員は総勢六人で、その全員が元拳闘士だ。勿論、皆自由を買えるだけの額を稼げる程度には強い。だが今のハンバーグからしてみれば、取るに足らない相手だった。

 奥の扉から、騒ぎを聞きつけた他の四人が姿を現した。だがそれより先に、ハンバーグはカシューを子供達の捕らえられている部屋へと走らせる。自分が敵を引き付け、その隙にカシューが子供達を救出する算段である。

「なあハンバーグ、お前闘技場で全戦全勝して調子こいてるようじゃねーか。そろそろ俺達で現実見せてやろうか?」

 やってきた職員の一人は、既に仲間を二人倒されたにも関わらず余裕でいる。

「リンチだリンチ! いくらあいつでも俺達四人を相手に勝てるわけがねえ!」

 やる気満々の職員達は、一斉に襲い掛かる。ハンバーグはその場で身構えた。

 四人の職員は散開し、四方から取り囲むように攻撃する。それに対し、ハンバーグは冷静沈着に対応。回し蹴り一発で、四人を纏めて薙ぎ倒した。

「ぐ……この……」

 一人が倒れこみながらも銃を抜く。ハンバーグは足下で倒れている職員を掴むと、銃を持った職員目掛けて投げつけた。銃を持った職員はこのまさかの行動に驚き怯み、そのまま下敷きになって倒された。

「銃に頼るとか、拳闘士のプライドもクソも無えな」

「このガキ!」

 ハンバーグが挑発すると、残りの三人はそれぞれが自分の得意な技を繰り出す。安い挑発に乗せられて自分の武術をアピールするような行動に出たことに、ハンバーグはニヤリと笑う。

 まずは鉄拳の連打を浴びせてくる男を足払いで転ばせ、顔面を爪先で蹴飛ばす。続けて、組み付いて投げようとしてきた男の襟を逆に掴み、天井に向かって投げる。最後に、空中から踵落としを繰り出してきた男の足首を掴んで握り潰し、槍投げの要領で正面に向けてぶん投げた。

「お前らと同じ技を使う奴なんざ、闘技場で飽きるほど倒してんだよ」

 一人目は顔面が凹んで体を痙攣させており、二人目は上半身が天井を突き抜けてめり込み、三人目は壁をぶち抜いてどこかへ飛んでいった。元拳闘士六人を相手に、無傷の完勝。この男はあまりにも強すぎた。

「兄貴! 全員無事に救出したッスよ!」

 丁度その時、職員全員が倒されたのを確認したカシューが子供達と共に姿を現した。

「よし、そんじゃ次はこのカスどもをここから運び出すのを手伝え」

 ハンバーグとカシュー、そして子供達は、気を失った職員達を外に運び出す。命までは取らないが、とりあえず身包みを剥いで複数個所の骨を折っておき外に放置する。

 その後、自分達孤児は踏み入ることを許されなかった職員専用スペースの探索を始めた。

 子供達の住んでいるみすぼらしい部屋とはまるで違い、便利な魔法家具や調度品が並んでいる。冷蔵庫を開ければ、貧民街ではまず見られないような食べ物がずらり。

「ちっ、あいつらいいもん食ってやがるな。俺らにはクソマズい肉体強化用の栄養食しかよこさなかったくせによ」

「兄貴、金庫見つけたッスよ!」

「どれ、俺に貸してみろ」

 ハンバーグは右ストレートで金庫の扉をぶち抜き、そのまま扉を引っこ抜いた。中には札束が積まれている。流石領主直営の地下闘技場だけあって、報酬はかなり良いようだ。

「でかしたぞカシュー、この金も俺らのもんだ。この孤児院もそのまま俺らの住処として使えるな」

「でも兄貴、これからどうするんスか? ここじゃ収入無いし、この金を使い切っちゃったら……」

「安心しろ、俺に考えがある」

 ハンバーグは、院長室に子供達全員を集めた。自分は院長の豪華な椅子に座り、机の上に足を乗せる。

「いいかお前ら、俺達はこれから、盗賊団を結成する」

「と、盗賊!?」

「ああ、だがただの盗賊じゃねえ、義賊だ。貧しい人からは決して物を盗まず、貴族や金持ちだけを狙うんだ。そしてこの貧民街に住む貧しい人達に、盗んだ金の一部を分け与えるんだよ」

「凄え! 流石兄貴だ!」

「俺は闘技場にいた頃からそれを計画していた。俺達の死闘を上から見下ろすあの連中の鼻を明かしてやりたいとな。そして今の俺達ならそれができる。闘技場で戦い抜いた俺とカシュー、そして拳闘士になるべく鍛えられた仲間達。俺達は史上最強の、正義の盗賊団だ!」

 それはとても現実的とは言えない、少年らしい夢物語だった。しかしその言葉に感銘を受けた子供達は、すっかりその気にさせられていた。

「団の名前はもう決めてある。レグルス盗賊団だ。あの人間界最強生物、ライオンを模った星座の一等星を名前に冠するのさ。カッコいいだろ!」

「流石ハンバーグの兄貴だ! 一生付いていくぜ!」

「俺感動したぜ兄貴!」

 子供達が口々に称賛すると、ハンバーグはふっと笑う。

「今日からは兄貴じゃねえ。俺のことはお(かしら)と呼べ」

「了解ッス、お頭!」

 少年達は、揃って右拳を突き上げる。

 この孤児院をアジトとし、レグルス盗賊団ここに結成。その最初の活動は、市街と貧民街を分かつ関所の襲撃であった。金持ちから金品を奪うには、とにもかくにも市街側に出なければならない。

 関所の番人は、アンキモの私兵である。財力に物を言わせた強力な装備を身に付け、市街側に出ようとする貧民を厳しく見張る。かつて闘技場のチャンピオンとも言われた無敗の拳闘士が関所の番人に挑んで敗れたという逸話があるほど、彼らの実力は高い。

 ハンバーグは自身とカシューを含む選りすぐりの実力者五名を団員から選出し、関所襲撃チームとした。そして何と、この堅固な関所に真正面から突撃していったのだ。

「何だガキども、食いもんならやらんぞ」

 初めは適当にあしらうつもりでいた番人だったが、少年達の筋肉の付き方を見て目つきを変える。

「俺達とやる気か? ガキだろうと容赦はせんぞ」

 ハンバーグの眼前に槍を向けたその時だった。ハンバーグの拳が、番人の鎧を砕いた。王国軍の正規兵に支給されるものより高い防御力の鎧が、素手の一撃で粉砕。番人は吹き飛ばされ、門に背を打ち付ける。だがこの程度では門はびくともしない。

 この騒ぎを聞きつけて、更に三名の番人が姿を現した。だがそれも、ハンバーグは彼らが攻撃を繰り出すより先に一人一発で撃破してゆく。後は門を残すのみ。

「こんな門は、こうしてやるぜーっ!」

 ここでかましたのは、跳び蹴りである。足が触れた瞬間、門は自動で電撃を放つ。しかしそれをものともせず、ハンバーグは門を蹴倒した。

 あまりのパワーに留め金が吹き飛び、轟音を立てて倒れる門。今こそまさに、ゴミ箱の蓋がこじ開けられた瞬間だった。

 門の向こう側の人々は、この非常事態に悲鳴を上げていた。

「行くぞお前ら! そのまま向こうに乗り込めーっ!」

 ハンバーグは向こう側にいる人の中から、貴族と思わしき服装の中年男性に目をつける。

「あのオッサンが一番金持ってそうだな。あいつを狙え!」

「了解ッスお頭!」

 世間を知らぬ少年達は、いよいよもって走り出した。決して後戻りできぬ犯罪の道へと。総ては、己の信じる正義のために。



<キャラクター紹介>

名前:セラ・アズライル

性別:女

年齢:34

身長:151

髪色:焦茶

星座:牡牛座

趣味:子供の服作り


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