第55話 絶望の島
アルタイル家の屋敷はもぬけの殻。家財一式から小物に至るまで何もかも船に積み込まれ、他人にくれてやる物など無いと言わんばかりであった。
ホーレンソーは全てが積み込まれた後に船を抜け出してきたため、勿論ホーレンソーの部屋も空っぽである。
使用人達は解雇された身であるため、給料も貰えないのにホーレンソーの世話をしてやる義理は無い。皆この島の出身者であるため新しい仕事を見つけるのは難しいことではなく、それぞれが早くも新しい道を歩き始めていた。
ホーレンソーはとりあえず屋敷に戻ったはいいが、この虚無さに唖然としていた。後先考えず島に残る事を選択したものの、前途多難であった。
(さて、これから僕はどうすべきか……)
「お困りのようですな、坊ちゃま」
後ろからした声に、ホーレンソーは振り返る。そこに立っていたのは執事のクラッカーである。
「何だクラッカー、僕を笑いに来たのか?」
「とんでもございません。このクラッカー、先祖代々アルタイル家に仕えてきた身です。坊ちゃまがお困りとあれば、たとえ無給でもお力になりましょう」
「うむ、ではクラッカー、まずはこの屋敷で僕が暮らせるようにしたまえ」
「お言葉ですが坊ちゃま、既にこの屋敷は新しい領主の物です。今の坊ちゃまにこの屋敷に住む権利はありませぬ」
「何!? それでは僕には住む家も無いというのか!?」
「本来であれば旦那様達と共に王都に行かれるはずでしたからな。事前に言って下されば何かご用意できたものを……」
領主の息子から一転してホームレス。ホーレンソーは愕然とした。
「そこで坊ちゃま、私に一つ提案がございます」
「何だ?」
「ライチ様のお家に居候させて頂く、というのは如何でしょう?」
「な……」
ホーレンソーの脳裏に、ライチと一つ屋根の下で暮らす妄想が駆け巡った。
「よ、良いぞ! それは良い……!」
「坊ちゃまの生活費は私が工面致しましょう。それでは早速ライチ様のお父様に交渉して参ります」
「うむ、頼んだ」
暫くして交渉は無事成功したことをクラッカーが伝えに来て、ホーレンソーはライチの家で暮らすこととなったのである。
「うむ、これから世話になってやろう」
新しい家族に、上から目線で挨拶。
「坊ちゃまを何卒宜しくお願い致します」
クラッカーは深々と頭を下げた。
「部屋はライチと同室でよいぞ。何せ将来結婚するのだからな」
「あなたって本当にもう……」
ライチは呆れてものも言えなかった。
「む? 何やら外が騒がしいな」
窓の向こうから、ざわめき声が聞こえる。
何の事かと思っていたら、一人の男が只事ではない様子でこの家に駆け込んできた。
「大変な事が起こった! 緊急事態だ! すぐに皆集会所まで来てくれ!」
「何だって!?」
ライチの家族四人とホーレンソー、クラッカーは揃って村の集会所まで行く。集会所には、島民全員が集まっていた。
ホーレンソーは平静を装っているが、内心ではびくついていた。
(まさか島民全員で僕を吊るし上げるつもりか!?)
島民の多くはアルタイル家の者に良い感情を持っていない。自分が島に残ったことがばれ、復讐でもされるのではと考えていた。
大変な事とやらが何なのかわからぬまま不安を募らせる中、村長が壇上に立つ。
「皆様、今日はお忙しい中お集まり頂き誠にありがとうございます。本日皆様をお集めしたのは他でもありません。実は先程、島民のオカユ氏が行方不明になりました」
集会所内がざわめく。オカユはこの島に住む若い狩人である。
「オカユ氏は港でアルタイル家の出港を見送った後、森に狩りに向かいました。その後別の島民が森に入った際、オカユ氏のものと思わしきおびただしい量の血痕と、遺留品の弓矢と服の一部が見つかったのです」
ざわめき声が大きくなる。
「あの場に遺体は無かったものの、あの出血量からすればオカユ氏は既に亡くなっている可能性が高い。そしてその場には、巨大な魔獣と思わしき足跡も残されていたのです」
「つまりオカユは巨大な魔獣に食われたと?」
「少なくとも、カロン島狩猟組合ではそう見ております」
一人の島民の尋ねに、村長の隣に立つ狩猟組合長が答えた。
「馬鹿な、この島にそんな魔獣がいるものか」
別の島民が返す。カロン島には、小さく大人しい魔獣しか生息していない。だからこそアルタイル家の者達は安心してホーレンソーを一人で森に行かせられるのである。
妖精を捕食できるような魔獣などこの島にはいない。それは島民誰もが知っている常識であった。
「誰かがオカユを殺して、その偽装工作でやったんじゃないのか?」
一人の島民がそう言ったところで、突如外から咆哮が鳴り響いた。空気を震わせ、天まで届くような咆哮である。
「な、何だ今のは!?」
「本当にいたんだ、巨大な魔獣が!」
先程まで村長の話を疑っていた島民達は、一転してパニックになる。
震える大地。鳴り響く足音。何か大きなものがこちらに向かってくる。
集会所の壁を突き破り、それは姿を現した。高さだけ見ても妖精の背丈の三倍はある、四足の魔獣。鋭い爪を持ち、背中には大きな翼、長い尾の先には棘の突いた球体があり、体は黄色い体毛に覆われている。大きな口からは剣のように長い牙が二つ外に出ており、頭には曲がりくねった角が二本。ぎょろりとした威圧感のある両目に加え、額には第三の目を持つ。
魔獣は入って早々、一番目立つ位置にいた村長と狩猟組合長に突っ込んでいった。逃げる間も無く魔獣の爪と牙に倒れる二人。集会所は阿鼻叫喚に包まれた。
島民達は揃って出入口へと押し寄せる。無論、ホーレンソー達も。ライチの両親は子供達を先に行かせようとするも、押し寄せる人波に呑まれて子供達とはみるみるうちに引き離される。
「ライチ! ナゲット!」
「お父さん! お母さん!」
お互いに呼び合うも、その姿はすぐに見えなくなった。ライチの弟ナゲットは、両親を探しに行こうと人波を逆流しようとする。
「ナゲット!」
ライチが弟の名を叫んだのも束の間、ナゲットは人波の中へと消えた。
「坊ちゃま!」
クラッカーはホーレンソーの手を掴み、はぐれないように引き寄せる。
「ライチも頼む!」
「畏まりました」
クラッカーは側にいたライチも掴むと、二人を抱え上げて出入口から脱出した。
集会所の中からは悲鳴が絶え間なく聞こえる。クラッカーは必死に走りながらも、他の島民に避難指示を出す。
「皆さん、アルタイル亭に避難してください! あそこならば頑丈に作られています!」
集会所からの脱出に成功した島民達は、クラッカーの後に続いて屋敷へと走った。
「お父さん……お母さん……ナゲット……」
屋敷の中で、ライチは泣き崩れた。他の島民達も泣く者、放心する者、現実逃避する者ばかり。誰もが絶望していた。
「一体何故……こうなったのだ……」
泣きじゃくるライチを前に、ホーレンソーは立ち尽くす。これからライチと一つ屋根の下薔薇色の日々が始まると思っていたのに。
あまりにも突然に起こった、理解不能の惨事。自分達が一体何をしたというのかと、誰もが思った。
「本当にあんな魔獣がいただなんて……」
先程集会所で巨大魔獣の存在を否定していた島民が言う。
「一体どこから出てきたっていうんだ……」
「きっとアルタイル家の奴らがやったんだ!」
一人の島民が叫ぶ。ホーレンソーはびくりとした。
(馬鹿な! いやそんなまさか……)
自分の家族がそんなことをするはずがない。そう信じたかったが、まさかという思いが頭を駆け巡る。
「いや、あいつらは確かにクズだが、こんな殺戮をするような連中ではなかったはずだ」
「じゃあ一体何だっていうんだ!」
何だと聞かれても、誰も答えることができない。
一方で魔獣に詳しい狩人は、また別の視点からあの魔獣に疑問を抱いていた。
「あんな魔獣は図鑑でも見たことがない。まるで様々な魔獣の特徴を併せ持っているみたいだ」
「そんなことよりも、今はあいつをどう対処するかを考えるべきじゃないのか!?」
こんな時にそんな話は論外だと、狩人の話は跳ね除けられる。
「船に乗って島から脱出しよう! それが一番だ!」
「まだ生き残ってる人がいるかもしれないのに、それを見捨てて私達だけで行くわけには……」
「そんなこと言ってる場合か! 俺達だけでも生き残るんだよ!」
感情的な議論が続く。だがこうしている間にも、魔獣は殺戮を続けていた。
「皆さん落ち着いてください!」
痺れを切らしたクラッカーが叫ぶ。
「まずは妖精騎士団に連絡致しましょう。彼らならばあの魔獣を退治できるはずです」
クラッカーはこの場を代表し、フェアリーフォンで騎士団に電話をかける。
暫く話した後電話を切ると、クラッカーの表情は浮かない様子だった。
「騎士団はすぐに出動したものの、この島には王都に繋がるワープの魔法陣が無いため到着にかなり時間がかかるそうです」
「おいおい、そんなん待ってたら全員食われちまうぞ!」
「仕方がありません、騎士団を待つのは諦めて、我々だけでこの島を脱出しましょう」
クラッカーの提案に、皆が頷く。
「まずはこの場にいる健康な男性を三つの部隊に分けましょう。一方は港に行き、脱出のための船を確保します。もう一方は村に行き、生き残っている者を探すのです。そして最後の一つが、この屋敷の警備。武器に関しては心当たりがあります。私についてきてください」
男達はクラッカーの後について、屋敷の庭に出る。
「おい、外に出たら不味いんじゃないのか? もし今魔獣が出てきたら……」
「こちらです」
クラッカーが案内してきたのは、庭にあるカンパチ像。この島を切り開いた偉大な開拓者であるが、直系の子孫であり現在の当主であるパンプキンからは自分達をこんな島に押し込めた者として忌み嫌われていた。使用人を取り纏める立場のクラッカーは何度も取り壊そうとするパンプキンの意見に反対し、この像を守り続けてきたのである。
「ホーレンソー坊ちゃま、像の裏の魔法陣にお手を」
「う、うむ」
何のことだかわからないがとりあえずホーレンソーは像の裏に回り、像を載せる台の裏に刻まれた魔法陣に手を触れる。すると魔法陣は光を放ち、像が動いてその下に階段が現れた。
「こ、これは!?」
「坊ちゃまがこの島に残られたのは幸運でしたな。いえ、むしろこのために残られたのやもしれませぬ」
階段を下りると、その先に広がっていたのは武器庫であった。
「す、凄え!」
男達は思い思いに武器を手にしてゆく。武器庫にかけられた魔法により、ここに保管された武器は四百年前と変わらぬ輝きを放っていた。
「クラッカー、ここは一体……」
「ケフェウス王国時代のアルタイル家は軍人の家系。有事のためにこれだけの武器を隠し持っているのも当然です。坊ちゃま向きの武器も、ほら、あちらに」
クラッカーの目線の先には、銀色に輝く弓。ホーレンソーはまるで吸い込まれるようにその弓を手に取った。弓にはカンパチ・アルタイルの名が刻まれている。正真正銘、かつて先祖が使っていた弓である。
「それでクラッカー、君はどの武器を?」
「私には自前の物があります故」
クラッカーは魔法陣を出現させ、そこからガトリングガンを召喚した。
武器を手に取った男達は一旦屋敷に戻り、残った者達に別れを告げる。武器を持っているとはいえ相手はあの巨大魔獣である。生きてここに戻ってこられる保障は無い。
「ライチ、君の家族はきっと生きている。必ず僕が探し出して、連れて帰ってみせる」
「ホーレンソー様……」
ライチはいつになくしおらしくなり、ホーレンソーの手を握った。
「申し訳ありませんが、坊ちゃまは村ではなく私と共に港に行って頂きます」
だがそこに水を差すように、クラッカーが言った。
「何故だクラッカー、僕も村に行き……」
「向き不向きを判断した上でのことです。その方が作戦成功率が上がります」
ホーレンソーの目を見て、冷徹に言う。
この時ホーレンソー自身は気付いていなかったが、これは状況次第でそのままホーレンソーを船に乗せて逃がすためのものであった。
「すまないライチ、僕は村に探しには行けないが、それでも君の家族はきっと生きていると僕は信じている」
「はい……」
ライチの目が潤む。
今は自分にできることを精一杯やるしかないと、ホーレンソーは強く決意した。
クラッカーや数名の男達と共に、ホーレンソーは港へと向かう。
いつどこで魔獣と出くわすかわからない道筋、弓を握る手に緊張が走る。
程なくして港に到着、ここまで魔獣が出る気配は無かった。
だが港への到着は決してゴールではない。ここで船を確保し、再び二部隊に分かれる。一方は屋敷に戻って他の者達をここまで護衛し、もう一方はこの場に残り船を守る。ここからが本当の仕事なのだ。
そして一同は停泊する船を見た時、愕然とした。
船が破壊されている。しかもその周りは大量の血で濡れており、海水も血に染まっていた。
「遅かったか……」
一人の島民が地面に座り込んで言う。
クラッカーについていった者達とは別の脱出した島民が港に向かったものの魔物に追いつかれ、食い殺される際に船も破壊された。そういうことだと皆は理解した。
暴れる魔獣によって船は修復不能なまでに破壊されており、既に一隻も残されていない。この島から脱出することは不可能なのだ。
「そんな……それじゃあ僕達は一体どうしたら……」
「まずは屋敷に戻りましょう。脱出の手立てが無くなった以上、騎士団が到着するまで持ち堪えるしかありません」
クラッカーは目を閉じ首を振る。男達は落胆に肩を落としながら帰路を歩いた。
<キャラクター紹介>
名前:山田晴香
性別:女
学年:中一
身長:148
3サイズ:77-55-80(Bカップ)
髪色:茶
髪色(変身後):ピンク
星座:蟹座
衣装:女騎士風
武器:剣
魔法:剣で斬った無機物を消滅させる
趣味:ファッション研究