第152話 全ての黒幕
ガリ・ベテルギウスは、まだ妖精王国が六つの国家だった時代――およそ五百年前の王都オリンポスに生まれた。
代々研究職を務める名門貴族ベテルギウス家の三男であった彼は、父よりも兄よりも、歴代のどの当主をも上回る才覚の持ち主であった。
やがて成人した彼はゾディア国王からもその才能を認められ、王宮で魔法の研究をするようになった。
しかし己の才能を驕った彼は魔法の実験に失敗。王都オリンポスに大量の瘴気を発生させ甚大な被害をもたらしたのである。
妖精騎士射手座のレタスが己の命と引き換えに瘴気を消し去ったことでどうにか救われたものの、膨大な死者を出しあわや国家滅亡という事態。ガリはは斬首刑に処されることとなった。
だがガリは事前に完成させていたのだ。恐るべき魔法――自分を殺した相手の身体を乗っ取る魔法を。
処刑人の肉体を得たガリは、次々と残虐な処刑や拷問を考案していった。瘴気の一件は、ガリを目覚めさせたのだ。スプラッタの素晴らしさに。
そしてこの男は、ただ己の見たいものを見るために生きるようになった。ある時は研究者として、ある時は軍人として、ある時は猟奇殺人鬼として、またある時は政治家として。次から次へと肉体を乗り換えて、幾度となく妖精界を血に染めていったのだ。
ガリ本来の肉体の死から百年近く経った頃、ガリは念願となる一国の王の肉体を手に入れた。ケフェウス王ドンドルマとなったガリは、アルゴ王国への侵攻を開始。それが妖精界全土を巻き込んだ大戦争へと発展したのである。
最終的にドンドルマは討たれて妖精界はゾディア王国によって統一されることとなったが、それすらもガリにとって狙いのうちだった。戦争のお陰で自分の見たいものを山ほど見られた時点でガリは大満足であり、自身の治める国家の勝敗などさほど重要なことではなかったのだ。
そして六人の王に分割されていた神の力が一人の王に集約されたことも、ガリの計画の一部と言えるものであったのだ。
十分すぎるほど満足したことでそれから暫くは大きな事を起こすつもりのなかったガリであるが、新たなる争いの火種は欠かさず蒔いていた。それはまるで、マリオネットを操る人形師の如く。
比較的大人しめに過ごしつつ戦前同様に小さな事件を起こしては殺されて体を乗り換えて生きていたガリが再び本格的に動き出したのは、妖精王国建国から四百年ほど経った頃である。
自らの遠い子孫であるナットー・ベテルギウスの肉体を得たガリは、ベテルギウス家が所有する研究施設を使って非道な実験を繰り返していた。その中で行った実験の一つが、魔獣を改造して兵器化することである。そうして出来上がった改造魔獣は自身の買い取った孤島――カロン島に放され、殆どの島民が犠牲となる大惨事を引き起こしたのである。
ナットーの捕縛を命じられたのは若き妖精騎士、水瓶座のカクテル。ナットーとは学会で幾度となく顔を合わせてきた研究者仲間であった。
獲物が来た。ガリはカクテルの剣に自ら貫かれに行き、妖精騎士の肉体を得たのである。
騎士として王宮に務めるようになったガリが目を付けたのは、国民から最も慕われる騎士、獅子座のフォアグラであった。彼の野心を見抜いたガリは、彼を唆して国家への反逆を促す。
絶大な信頼を得ているフォアグラならば、仮に謀反を起こしたとしても国ではなく彼に付く民や兵は多いと見てのことだった。そしてその謀反が成功しようが失敗しようが多くの血が流れ、ガリの見たいものが見られる。国家を二分する激しい戦乱の種を、フォアグラに見たのである。
また、それと同じくガリの心を惹きつける者もいた。双子の兄と同等の魔力を持つ直系継承者でありながら王位を継ぐことのできない男、第二王子オーデンである。彼のユドーフとマカロンへの歪んだ感情もまた、争いの火種になり得るものであったのだ。
そしてガリの期待通り、オーデンは王族暗殺事件を起こした。それだけで十分すぎるほどガリを歓喜させるものであったが、オーデンはガリでさえ想像していなかった凶行へと足を進めた。マカロンの幸せを奪った人間への復讐として、人間界への侵攻を企てたのだ。
当初はフォアグラ教団を支援して内乱を起こさせる方針で進めていたガリであったが、より大きな戦乱を起こすことのできるこちらを支援する方針にシフト。フォアグラ教団のことは、戦争の予行練習としての当て馬に使うことにしたのである。
拉致した市民を洗脳兵士化するという非道な作戦と取らせることで国民の怒りを買わせ、教団を国民共通の敵として国民に団結力を持たせる。そして平和ボケした王国軍や妖精騎士団をほどよく戦わせて鍛えさせられる。戦争の準備をする上ではこの上なく都合の良い存在だったのだ。
ガリの計画通りに事は進み、いよいよ人間界への最初の攻撃を行う段階まで来た。多くの魔法少女を魔石に送り込み、後は次元破壊砲を発射するのみ。だがそこに立ちはだかるのは、朝香を使った計画を悉く邪魔してくれた梓だった。
「ではさようなら。無惨なバラバラ死体になって下さい」
散々自分の楽しみを奪った女にとどめを刺す瞬間を心待ちにしていたガリは、歓喜の声を上げる。
梓に迫る糸。右手を失った痛みに打ち震える梓には、それを避ける術はない。
が、その時、どこからともなく飛来した黄色い傘が梓を庇った。そこから溢れ出た水が糸を消滅させる。
「馬鹿な!?」
ガリは朝香に顔を向ける。黄色に戻った朝香のレインコート。必死に涙を堪えた顔で、朝香は梓を見ていた。
「貴様いつの間に意識を!」
ガリは怒りに任せて朝香を蹴飛ばす。
「朝香ちゃん!」
梓の呼びかけに呼応するように梓を見た朝香だが、瞳から一筋の涙を流した後消滅した。
「ハハハハハ! 私に逆らうからこうなるのですよ! 人形は人形らしくしていればいいのです!」
高笑いするガリ。たとえ梓の怒りが爆発しても、弓を引けぬ今の梓にはその笑いを止める手段すら無い。
否、次の瞬間ガリの笑いは止まっていた。まるでガリのお株を奪うかのように、ガリの身を糸状に変化した矢が巻き付いて拘束したのである。
「なっ!? これは一体!?」
慌てて梓の方を見ると、梓の右手が復活している。だがその発光する右手が実体ではないことを、ガリはすぐに気付いた。光の矢を手の形に変化させ、切り落とされた手の代わりとしたのだ。
「馬鹿な! そんなことが……」
「これで終わりよ! 狐烈天破弓・参式!!」
梓が光の矢を放つと、それが極太のビームとなってガリを撃ち抜く。煙が晴れた後には、全身ズタボロになったガリの姿が。
「ク、ククククク……残念でしたねぇ……これで私が死ねば貴方の肉体は私の物です。魔法少女の身体を手に入れるというのも、それはそれで面白い……」
瀕死の傷を負いながらも不敵に笑うガリ。薄気味悪い姿は戦慄ものであるが、梓は決して怯まない。
(どうしたらいいの……? 普通に攻撃すればあいつは死んでしまって、私は体を乗っ取られる。どうにかしてあいつを他の騎士みたいに魔石に封印できないと……)
遂にこの外道を打ち倒したと思ったのに、一転して万事休す。梓の額を汗が伝う。
「大丈夫だ……」
その時に聞こえた声。梓は耳を疑った。明らかに普段の下品な声色とは違うが、確かにそれはガリの口から放たれたものだ。
「共に魔石に封印されよう、大賢者ガリ……貴様、カクテル・サダルメリク!!」
突然いつものガリの声色に変わって、自分の発言に自分で返事をする。
「まさか貴様もっ……ありえん……私が体を乗っ取った者が自分の意識を取り戻すなど……これまで一度もっ……!」
これまで一度も見せたことがないほどの焦りようで、ガリは苦悶の声を上げた。そして再び、人格がカクテルに移る。
「これ以上お前の隙にはさせないさ。私にも騎士としての意地がある……さあ、これが貴様の最期だ!」
「馬鹿なあぁぁぁぁぁ!!!」
喉がはち切れんばかりの絶叫と共に、ガリとカクテルは光の中に消えた。
それを見届けた梓も、変身が解けてその身がバリアに包まれた。
「梓!」
「残念……私もこれまでみたいね。最後は本物のカクテルに助けられたけれど……どうにかあいつを倒せてよかった。智恵理、みんな、後は頼んだわよ」
梓の頼みに、智恵理は無言で頷く。梓の姿が消え、奥の鉄扉が開いた。