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ヤンキーVS魔法少女  作者: 平良野アロウ
第八章 最終決戦編
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第140話 残酷な幻覚

 第二の宮、金牛宮を護りし牡牛座(タウラス)のビフテキ。筋骨隆々で恰幅の良い体付きの老騎士で、ステージ上にどっしりと構える立ち姿は貫禄と威圧感に満ちている。並大抵の相手ならば、それを見ただけで畏縮してしまうことだろう。

「よくぞ参られた。さて、私の相手は何方ですかな」

「貴方はハンバーグ師匠の師匠だと聞いています。ならば師の師は我が師も同然。私がお相手致します」

 前に出たのは寿々菜である。ステージに上がると、ビフテキと向き合い礼儀正しく一礼。

「あのジジイは幻覚使いだ! 気をつけろよ!」

 拳凰がアドバイスを送ると、寿々菜は振り返って頷く。

「よかろう。存分にかかってくるがよい」

 ビフテキは背負った大斧を片手で掴んで持ち上げると、勢いよく振り下ろしズンと音を立ててその刃をステージに突き刺した。

 巨体の持ち主であるビフテキ自身の身の丈ほどもある大斧を軽々と振る姿を見て魔法少女達は威圧されるが、ステージ上の寿々菜は動じない。

「では……参ります!」

 踏み込んだ寿々菜は一気に距離を詰め、握った拳でビフテキをまっすぐ突く。鳩尾に直撃を喰らってのけぞるビフテキに、寿々菜は間髪を入れず回し蹴りの追撃。ノーガードで吹っ飛んだビフテキは結界に叩き付けられ力無く倒れる。見るからに強大そうな雰囲気を漂わせていた相手があまりにもあっさりと沈んだので、寿々菜はきょとんとしてしまう。

(まさか……妖精騎士がこんなに弱いはずが……)

「これで油断せぬのは大したものだ」

 突如背後からした声に反応し、寿々菜が振り返る。倒れていたはずのビフテキは、いつのまにか背後に立っていた。寿々菜は振り下ろされた斧を後ろに跳んで避けると、自身の周囲に瓦を展開。目にも留まらぬ速度でそれを割り、破片を飛ばして反撃する。だが破片はビフテキをすり抜けて飛んで行った。

(これも幻覚!?)

 次の瞬間、寿々菜は目を疑った。ステージ上で戦っていたはずの自分は、いつの間にか図書館にいたのだ。

(何が起こって……ううん、幻覚だってわかればこんなもの恐れることはないはず)

 だけども本特有の香りが、寿々菜を惹きつける。唾を呑んで棚から一冊の本を手に取りページをめくると、そこにはこれまで読んだことのない物語が紡がれていた。今が戦闘中でこれが幻覚であることも忘れ、寿々菜はその本に夢中に読みふけった。


 だがその寿々菜は、現実では虚ろな目をしてピクリとも動かずにいた。幻覚に精神を支配され無防備な姿を晒しているが、不思議とビフテキはそれに対して攻撃しようとする様子は無い。寿々菜が目覚めてもパンチやキックを喰らうことのないくらい離れた位置から、まるで寿々菜を試しているかのようにじっと様子を窺っていた。

「寿々菜! 起きろ寿々菜!」

 玲が結界を拳で叩き寿々菜に呼びかけるも、反応は無い。

「やべーな……あのジジイはフォアグラ教団の第三使徒もあんな風に幻覚魔法だけでいとも簡単に倒したって聞いてるぜ」

 幸次郎とデスサイズが、目を見開いて拳凰を見る。七聖者の強さをその身をもって体感した二人だからこそ、衝撃を受けたのだ。

「起きろ寿々菜! 早く起きるんだ!」

 玲の切羽詰まった声と結界を叩く音が響く中、ビフテキはニヤリと口元を緩めた。


 幻覚の中で、本に心を奪われていた寿々菜。だがふとどこからか聞こえる声に、耳を立てた。

『寿々菜! 起きろ寿々菜!』

(玲さん!?)

 幻の図書館で、聞こえるはずのない玲の声。寿々菜の意識は本から離れ、声の方に向けられる。

(そうだ、私今戦って……)

 そう思った瞬間だった。突如として、寿々菜の頭上から本棚の本が崩れて落ちてきた。

(敵の攻撃!?)

 そう思って身構えた寿々菜であったが、避けようとしても体が動かない。

(やられる――)

 頭上から迫る、分厚く重たそうな本の数々。だが寿々菜の頭上を通った一筋の炎によって、その本は灰へと帰した。

「玲さん!」

 寿々菜を助けたのは、真っ赤なチャイナドレスの魔法少女。共に戦ったチームメイトであり秘密を共有する特別な関係である玲が、幻覚の世界にまで助けに来てくれた。

 そう思った矢先のことだった。玲は妙に色気のある微笑を見せたかと思うと、寿々菜の顎に指をかけ唇を奪った。突然の出来事に何も考えられなくなり、寿々菜は頭が真っ白になった。


「寿々菜! おい寿々菜!」

 現実での玲の叫びは、もう寿々菜には届かない。固まっていた寿々菜は、その状態のまま変身解除され消えた。

「寿々菜!? お前、寿々菜に一体何をした!?」

 ビフテキが離れた位置で棒立ちしているだけで、何故か寿々菜が変身解除させられた。傍から見れば意味不明な状況だ。

「彼女はもう幻覚の世界から帰れなくなった。やはり夢見がちな少女には、幸福な幻覚がよく効く」

 恐るべきビフテキの実力。寿々菜を呼び戻そうとする玲の叫びさえも幻覚に組み込み、より深く幻覚の世界に沈め込んだ。

「ちょっ、強すぎじゃないのアイツ! あんなのどうやって勝てばいいわけ!?」

 智恵理が臆するのも無理はない。先程花梨がポタージュに勝てたのは、麗羅がある程度相手の体力を削ってくれた点も大きい。だが寿々菜は、ほぼビフテキにダメージを与えることすらなく完敗を喫した。次に出た人も同じような負け方をしたら、何の実入りも無いままただこちらの人数だけが減ってゆくという懸念があったのだ。


「さて、次は何方が参られますかな?」

 魔法少女達が意気消沈する中、ビフテキは不敵に笑う。

「俺が行く。寿々菜の仇は俺が討つ」

「待て。勝つ手立てはあるのか」

 前に出ようとする玲を、デスサイズが制止した。

「だったら俺が行くぜ」

 と、そこで相談も無く勝手にステージに上がったのは拳凰だ。

「あんたも俺と戦いたがってんだろ、マッチョジジイ」

「ふむ、良い心がけですな拳凰様」

「てめーには散々煮え湯を飲まされてきたからな。幻覚の破り方はバッチリだぜ」

 そう言いながらチョイチョイと手招きすると、ビフテキは挑発に乗ることなく待ちの姿勢を貫く。

「そっちから来ねーんなら、しょうがねーな」

 一瞬で間合いを詰めた拳凰はジャブを放つも、殴られたかに見えたビフテキの姿はゆらりと消える。そして拳凰の目に映る景色はがらりと様変わりしたのである。

(こいつは……)

 拳凰は玉座に腰を下ろしていた。そしてその足元には、ビフテキやハンバーグやそしてオーデンが倒れて転がっている。

 そしてを取り囲む周囲からは、拳凰を称える声がとめどなく響いていた。

「最強! 最強! 拳凰様は世界最強! 誰も拳凰様には敵わない!」

 誰もが拳凰を最強と称える世界。拳凰は絶句していた後、ため息をついた。

「おい、つまんねー幻覚見せてんじゃねーぞ。こんなもんに俺が惑わされるとでも思ったかよ」

 そう言った矢先、ビフテキはすぐさま次なる刺客を用意してきたのである。

 玉座の拳凰の膝の上に、どこからともなく現れたのは花梨であった。可愛らしくも色気のある愁いを帯びた表情で拳凰を見つめてくる花梨を、拳凰は戸惑いの目で見つめ返した。

「ケン兄……私を好きにして……」

 そう花梨が口に出した瞬間、拳凰の全身から魔力が噴き出し幻の花梨もこの空間も全てが消え現実に戻ってきた。

「おいスケベジジイ、花梨を淫らな女にしてんじゃねーよ」

「ほう、幻覚から抜け出しましたか。流石は拳凰様」

(ケン兄ってば一体どんな幻覚を……)

 何やら本人の与り知らぬ所で変なことに使われていた花梨は、拳凰の発言を聞いて不安に思った。

「ならばお次はこちらでどうでしょう」

 一つ幻覚を破っても、次の幻覚がすぐに襲ってくる。拳凰の目に映る風景は、人間界の街中へと一変した。

(ここは……日本か!? 野郎またしても……)

 キョロキョロと辺りを見回していた拳凰だったが、正面にいた人達に目が向き愕然とした。

(親父……!)

 炎上する自動車のすぐ傍で戦う二人の男は、瓜二つの容姿。拳凰の父である最強寺徹ことユドーフと、その双子の弟である現妖精王オーデンだ。

 腕を切り落とされ絶体絶命の徹。とどめを刺さんとオーデンが大剣を振り下ろし、そこに割って入ったのは拳凰の母である美緒。

「お袋!」

 拳凰の叫びも空しく、真っ二つに切り捨てられる美緒。そしてその直後、徹も首を刎ねられた。

「親父……お袋……!」

 それは拳凰にとって、あまりにもショッキングな映像であった。

 両親はオーデンによって殺された。話にこそ聞いていたが、それを幻覚として直に見せられた動揺は計り知れなかった。

 その身は震えだし、滝のように汗が噴き出す。そしてとうとう地面に膝をつき、目の前の現実から目を逸らすように俯いた。


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