第13話 +激しく忍者+
今からおよそ一ヶ月前のことだった。
病院のベッドに横たわる少女。幸次郎の双子の姉である穂村瑠璃は、昏睡状態に陥っていた。彼女は路上で倒れている状態で発見され、それ以来一度も目を覚ましていない。
警察は捜査を続けていたが、未だ手がかりは見つかっていない。また、昏睡の原因に関しても医者がどれだけ調べても全くわからない状態であった。
「姉さん……どうしてこんなことに……」
ベッドの前で、幸次郎は悲しみに拳を振るわせる。
「+激しく忍者+」
その時だった。突如その言葉と共に現れたのは、忍装束の男。
「だ、誰だ!?」
「漏れは双子座のソーセージ。誰もいない、ワッショイするならイマノウチ」
前半の自己紹介はともかく、後半の言葉の意味がさっぱりわからず困惑する幸次郎。そこに、もう一人の男が姿を現した。
「失礼、彼は少々言葉の使い方がおかしくなっていまして」
現れたのは、不健康なまでに痩せた白衣の男。
「私は水瓶座のカクテルと申します。以後お見知りおきを」
「あ、あんた達一体何者だ!? どこから現れた!?」
「我々は妖精騎士団。貴方のお姉さんが何故こんなことになったのか、事情を知る者です」
「!! ……教えてください、姉さんがどうしてこうなったのかを」
幸次郎の頼みに応じ、カクテルは魔法少女バトルのことを教えた。
カクテルが言うには、瑠璃が昏睡状態になったのは悪い魔法少女に負けてこうされたからだという。
「これは貴方のお姉さんがバトルで使用していた武器です。貴方がこれを使ってバトルに参加し優勝すれば、お姉さんを目覚めさせることができますよ」
そう言ってカクテルから手渡されたのが、三属性の剣だった。
「貴方が天才少年剣士と呼ばれていることは知っています。貴方ならば、これをお姉さん以上に使いこなせることでしょう」
「僕らの春はこれからだ!」
脈絡の無いことを言いながら後ろで四人に分身し奇妙なポーズをとるソーセージ。
三属性の剣を手にした幸次郎は、不思議と力が湧いてくるのを感じた。
そしてカクテルに言われた通り、魔法少女バトルに参加しては連戦連勝を重ねてきた。全ては姉を救うために。
「三属性の剣は三つの属性を操る! その中でも僕は、炎の攻撃を最も得意としている!」
轟々と燃え上がる炎の刃を拳凰に向けて、幸次郎は言った。年長者である拳凰に先程までは敬語を使っていたが、余裕が出てきたためかそれが無くなっている。
「ほう……」
両脚を固定された拳凰は、両足に力を籠めどうにか脱出を試みる。するとミシミシと音が鳴り、氷に皹が入った。
「なんて馬鹿力だ。だがこれを喰らえば立ってはいられまい!」
両脚を前後に大きく開き、両腕で力強く掴んだ剣を踏み込みと同時に振り下ろす。
「灼熱紅蓮斬!」
技名を叫んで放たれる必殺技。炎の刃は巨大化し、拳凰目掛けて一直線に襲い掛かる。拳凰は脚の力で氷を割って脱出し、その一撃をかわした。
「オラアァッ!」
大技を使った後の隙を狙って、拳凰は殴りかかる。剣に填まった赤いオーブが外れ、炎の剣が普通の剣に戻った。三つのオーブは素早く拳凰の前に立ちはだかり、幸次郎を守る盾となる。
拳凰は攻撃の手を止め、一旦下がった。幸次郎はそこで踏み出し切りつける。だが拳凰は、あえて防御せずこちらからも突っ込んだ。相手の剣を紙一重のところでかわし、カウンターの右ストレート。
「!?」
驚く幸次郎。拳凰の拳が幸次郎に当たる寸前に、慌てて飛び出してきたかのように三つのオーブが拳凰の手首にぶつかった。
「ぐっ……」
腕を引っ込め、構え直す拳凰。またしてもその攻撃は届かなかった。
「あなたに僕の全自動防御は崩せない。よくわかっただろう」
「ああ、よくわかったぜ。お前の全自動防御が単なるハッタリだってことがな」
「!!」
幸次郎はぎょっとした。
「そのタマは自動で動いてるわけじゃない、お前が自分で操ってるんだろ? それも操るにはある程度集中が必要みてーだな」
「……どこにそんな証拠がある?」
「見てりゃわかるぜ。お前が剣で攻撃する時タマはあんま動かねえし、オーブで防御しながら剣で攻撃してきたりもしねえ。そこに俺がノーガードのカウンターを仕掛けたら防御が遅れたんで、全自動が嘘だと確信したわけだ」
「……よく見ているな。だがそうとわかったくらいで、何が変わる!?」
剣に青いオーブが填まり、刃が凍りつく。六月のじめじめした空気を冬の寒さに変えながら、幸次郎は氷の刃を振りかぶった。その一撃は斬った空気を凍てつかせ、かわした拳凰の身に冷気を振り掛ける。皮膚の表面が凍りつき動きを鈍らされた拳凰に、鋭い突きが迫る。拳凰は地面をぶん殴り、その衝撃で跳び上がった。避けられた幸次郎の突きは、後ろの車を貫き破壊する。
拳凰はそのまま落下のエネルギーを籠めて、幸次郎にパンチを打つ。これまた三つのオーブが盾となり、拳凰は弾き飛ばされた。受身をとって着地する拳凰だったが、既に幸次郎は次の攻撃の態勢に入っていた。炎の刃が振りかざされた先にあるのは、破壊された車から漏れ出たガソリンである。炎に触れたガソリンは大爆発を起こし、爆炎は空まで立ち上った。流石の拳凰でもこれを喰らえばただでは済まない。無慈悲な爆発によって、拳凰の姿は炎の中に消えた。
「ケン兄ーっ!」
花梨が叫ぶ。煙の中に、拳凰の影が浮かんだ。拳凰はすっと立ち上がると同時に、手にしていた物を放り投げた。
「!?」
幸次郎が目を凝らして見ると、それは焼け焦げた車のドアであった。拳凰は破壊された車のドアを盾にし、爆風から身を守ったのである。
「危ねー危ねー、なかなかやるじゃねえか魔法少年」
ピンピンした様子で煙の中から姿を現す拳凰。それを見た花梨はほっと胸を撫で下ろした。あれだけの爆発を身に受けたにも関わらず軽傷で済ませた拳凰の機転に、幸次郎は愕然とする。
「面白くなってきたぜ!」
拳凰は駆け出し、幸次郎にパンチを繰り出す。通じないとわかっているにも関わらず馬鹿の一つ覚えのように攻める拳凰。幸次郎は例によって剣から赤いオーブを外し、三つのオーブで防御する。
「そうはさせねえ!」
パンチはフェイントであった。拳凰は突如両手を開き、防御に使われるオーブの内二つを掴んだ。幸次郎は慌てて引き戻そうとするが、拳凰の怪物染みた握力によってオーブはその場に固定されているかの如く動かない。
「厄介なタマも掴まえちまえば何もできねえだろ」
「だが同時に掴めるのは二つまでだ!」
唯一残った赤いオーブを剣に填め、刃を炎に変える。
「はあああああ! 灼熱紅蓮斬!」
燃え上がる炎の刃は火の粉を散らしながら振り下ろされる。拳凰はそれを正面から迎え撃ち、真剣白刃取りを決めた。
「何!?」
「流石最強の防御を名乗るだけあるぜ。炎なんか目じゃねえ」
拳凰は素手ではなく、両手に掴んだオーブで炎の刃を挟んでいた。硬いオーブによって押さえ込まれた刃は、幸次郎がどんなに力を籠めても拳凰の方に僅かも行かない。至近距離で隙を見せた幸次郎に対し、拳凰は左脚を軸に右脚で膝蹴りを放った。鳩尾に一撃を入れられ、咳き込みながら吹っ飛ぶ幸次郎。
「初めて攻撃が入ったな」
確かな手応えを覚える拳凰。幸次郎は身体を震わせながらも何とか立ち上がる。
「僕は負けられない……姉さんを救わなきゃいけないんだ……」
自らを奮い立たせながら、幸次郎は駆け出す。刃は拳凰の頬を掠めるが、ダメージにはならず。反撃の左拳をオーブで止めるも、続けざまに放たれた右を額に喰らう。
「ぐあああああ!」
吹っ飛ばされて結界に叩きつけられる幸次郎。額からは血が垂れるが、それでも立ち上がり果敢に立ち向かう。だが一度ダメージを負ってペースを崩された今、幸次郎の技にはそれまでの精細さは無かった。更にオーブ二つを握られて氷と雷の力は使えない上、炎の力を使う間は防御できない。得意の戦術を悉く封じられ、形勢は完全に拳凰に傾いていた。
かなり手加減された裏拳を受けて、幸次郎はその場に倒れ込む。
「なあ、お前、血が出てるってことはHPは付いてないのか?」
拳凰は戦闘中とは表情を変え、フレンドリーな口調で尋ねた。
「ええ、僕は魔法少女ではありませんから」
「じゃあ、もう俺の勝ちってことでいいよな? 弱っちい中坊をこれ以上ボコるのも忍びないんでな」
「……わかりました」
少しの沈黙の後、幸次郎は拳凰の提案を受け入れた。最早勝ち目が無いことは、幸次郎自身明白だったからだ。
拳凰は手に持っていた二つのオーブを手放し、地面に転がした。
「チビ助、お前一度家に戻って変身した後、またここに来たりとかできるか?」
「えっ? あ、うん、多分できると思う」
「じゃあそれ頼むわ。こいつの怪我、治してやりてえからよ」
「うん、任せて」
花梨はスマートフォンを操作して一度自宅に戻り、数分後にミニスカナース姿で戻ってきた。
「どうして僕の怪我を……?」
花梨の治療を受けながら、幸次郎は尋ねる。
「俺にとって戦いは自分が強くなるためのものだ。相手を壊すためのものじゃねえ。お前だってこの先剣道の大会とかあるんだろ? せっかく怪我治せる奴が近くにいるんだから治して貰った方がいいじゃねえか。お前が悪い奴じゃないのは見ててわかるしな」
「……乱入男は頭のおかしい戦闘狂だと聞いていましたが、意外に良識はあったんですね」
「俺を何だと思ってんだ。俺はお前みてーな真面目にスポーツとして武道や格闘技やってる奴とは戦いたくても我慢してんだよ。怪我させちまうと悪いからな。まあ、あっちから喧嘩ふっかけてきた時には遠慮なくぶっ倒すんだがよ」
「そういうものなんですか」
「その点魔法少女はいいぜ。あいつら怪我しねえからな。思う存分全力で戦える」
拳凰は嬉しそうに語る。
治療を終えた幸次郎は立ち上がり、拳凰と花梨に礼儀正しく頭を下げた。
「最強寺さん、白藤さん、今日はありがとうございました。またいつか戦える日を楽しみにしています」
「おう、姉さん救いたいんだっけか? 何のことだかよく知らねーけど、まあお前も頑張れよ」
別れの挨拶を終えた後、幸次郎はスマートフォンを操作してこの場から去った。
「ケン兄も怪我、治さないと……」
「俺は帰ってからでいいぜ。戻ろうか、チビ助」
拳凰に触れられた状態で花梨がアプリの機能を使い、二人は自宅に戻った。
拳凰の治療をしている間、花梨は不思議とニヤニヤしていた。
「どうしたチビ助、そんな顔して。俺の服選べたのがそんなに嬉しいかよ」
拳凰は今日買った服の入った紙袋を指で回しながら言う。
「それもあるけど……やっぱりケン兄はケン兄なんだって思って」
「俺が俺じゃなかったら何なんだよ」
一方幸次郎は、試合後自宅から瑠璃のいる病院に来ていた。
「ごめん姉さん、今日は負けちゃったよ。でも、今日の経験で僕はもっと強くなれそうな気がするんだ」
ベッドに横たわる瑠璃に話しかける幸次郎。丁度その時、何も無い場所にすっと一つの影が姿を現した。
「+激しく忍者+」
現れたのはソーセージである。幸次郎にとってソーセージの使う言葉はどれも意味がわからないものであったが、とりあえずこれは彼が姿を現す時に決まって言う挨拶的なものであるということは理解していた。
「ソーセージさん、どうも」
「うそはうそであると見抜ける人でないと(願いを叶えてもらうのは)難しい」
とりあえず挨拶をする幸次郎だったが、ソーセージは藪から棒にそんなことを言いながら両手で印を結ぶ。
「え、何を……」
プツンと何かが切れたように、幸次郎の目の前が真っ暗になった。次の瞬間、ソーセージはその場から姿を消していた。
「僕は一体何を……ここは……病院? どうしてこんな所に……」
何もわからず、辺りを見回す幸次郎。すると、ベッドに眠る瑠璃が目を開いた。
「姉さん?」
幸次郎に声を掛けられ、起き上がる瑠璃。
「幸次郎? あたし寝てたの? ていうかここ……病院? え? 何で?」
瑠璃はやはり何もわからず、幸次郎と似たような反応をした。二人は顔を見合わせ、首を傾げた。
「……ええ、そうですか。わかりました。家に戻っていいですよ、ソーセージ」
机に腰掛けた状態で、カクテルは通話を切った。
(穂村幸次郎が乱入男に敗れ脱落ですか。姉の方が既に二回負けていたため、彼は一回負けただけで脱落になってしまう。残念ですねえ、姉の方がもう少し強ければ彼も最終予選に行けたでしょうに。まあ、お蔭で色々と面白い実験ができました。彼を使ったのも無駄ではなかったと言えましょう)
カクテルは、隣で床にちょこんと座っている魔法少女を見下ろした。
「すみませんね朝香、仕事の電話でしたよ」
今カクテルがいるのは、彼の担当する魔法少女、雨戸朝香の自室であった。朝香は俯き気味にカクテルを見上げる。
「さて、そろそろ時間ですね。変身してください朝香」
「マジカル、チェンジ……」
朝香が自信無さげに小さな声で言ってアプリを操作すると、髪が水色に染まり、着ている服が光の粒子となって消えた。かえるさんのプリントがされたお子様ぱんつを穿いた後、黄色いレインコートが全身をすっぽり覆う。更に黄色い長靴を両足に履き、同じく黄色い雨傘を手に掴む。最後に水瓶座のブローチを胸に着け、変身が完了。
「ねえカクテル……今日の相手はどんな人なの……?」
おどおどした態度で、朝香は尋ねた。
「今日の対戦相手は三日月梓さん、射手座の高校一年生。今のところ負け無しですね」
「はうぅ……」
相手が負け無しと聞いて、朝香はますます縮こまる。
「何を弱気になっているんです? 貴方だって負け無しではありませんか。それに貴方には、私が仕込んだ切り札があります。負ける要素はありませんよ。むしろ私としては、いい加減その切り札を使えるくらい強い相手と当たって欲しいんですがねえ」
「ふえぇ……」
目を潤ませる朝香。カクテルはくすくすと笑いながらそれを見下ろしていた。
<キャラクター紹介>
名前:穂村瑠璃
性別:女
学年:中二
身長:160
3サイズ:81-60-82(Cカップ)
髪色:黒
髪色(変身後):青
星座:双子座
衣装:RPGの勇者風
武器:三属性の剣
魔法:三つのオーブで防御したり剣を強化したりできる
趣味:特撮鑑賞