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ヤンキーVS魔法少女  作者: 平良野アロウ
第七章 インターバル編
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第129話 王族暗殺事件

 自宅で一人留守番する拳凰は、ベッドに寝転がって両親の帰りを待っていた。もう二度と帰らぬ両親の帰りを。

 その様子を、窓の外から密かに窺う男が一人。黒いサングラスに真紅のモヒカン頭。素肌の上に黒い革ジャンを着た奇抜な姿の妖精騎士、蠍座(スコーピオン)のハバネロである。

 彼がオーデンから命じられたのは、ユドーフと人間との間に出来た子の抹殺。まだ両親の死を知らぬこの哀れな少年は、今まさにその命を奪われようとしていたのだ。

 だが不思議なことに、ハバネロは監視を続けるだけで拳凰に手を出そうとはしなかった。そして暫しの後、拳凰に背を向けその場を去った。



「オーデン様、任務完了致しました」

 魔力を追ってオーデンの居場所を突き止めたハバネロは、主君に嘘の報告をした。

「ご苦労であった」

 そう言うオーデンは左手でユドーフの髪を掴んで、切り落とされた首をぶら下げていた。つい先日まで共にバトル運営の仕事をしてきた騎士団の仲間であり、将来は己が仕える主君となるはずだった男が、首だけとなり惨めな死に顔を晒している。これまで幾多の命を奪ってきたハバネロであるが、これには内心ざわめきを感じていた。

「……傷の治療を致しましょうか」

「いらぬ」

 おびただしい打撲痕が、戦闘の激しさを物語っている。だがオーデンはハバネロの申し入れを拒否。つい先程兄殺しをしたとは思えぬ冷静さで、ハバネロですら驚くほどに平然としていた。

「それよりも後始末は任せるぞ」

「御意」

 ハバネロの返事を聞くと、オーデンはすぐさま妖精界へのゲートを開き、ユドーフの首を手土産に帰っていった。

 残されたハバネロは、命令通り後始末を始めた。それは一般的に殺人後に行われる「後始末」のイメージのような遺体の処理のことではない。三名の死者を、人間界で自然に起こった事故死に見せかける作業である。華々しい魔法少女バトル運営の仕事から一転した、気が滅入るような闇の仕事だ。

 右腕と頭部を失って横たわるユドーフを前に、ハバネロはそっと目を閉じ祈った。

(ユドーフ様……この裏切り、どうかご容赦下さい)

 闇の一族(ダークマター)は王家を裏切らない。だがその王家内部で対立が起こった場合は話が別だ。二人の王子のどちら側につくかは、一族内で議論が行われた。本来であれば王位を継ぐユドーフ側につくのが道理。だが一族内には人間の血を引く子に王位を継がせることに難色を示す者が多く、一族はオーデン王子を支持することが議決されたのだ。

 王家を護る為ならばどんなに非道で卑劣な手段も辞さないのが闇の一族(ダークマター)の理念。たとえ相手が子供であろうと、その存在が王家の未来を脅かすならば殺しを躊躇ってはならない。

 だがこのハバネロという男は、王家の闇を背負うには情が深すぎた。主君の命にも一族の掟にも背いて、拳凰を殺すことを拒んだ。

 それはこの哀れな少年に、生まれた時に母親を亡くした我が子と重なるところを見たからか。或いはこの少年に、妖精界を変える何かを見たからか。

 ハバネロは思う。親を亡くしたこの少年は、これから一体どんな人生を送るのだろうかと。このまま妖精界から見つかることなく普通の人間として穏やかに生きてくれてもいい。或いは彼の存在が王位継承にまつわる争乱を巻き起こし、妖精界に戦火をもたらす厄災となるかもしれない。もしくはオーデンの治世によって混沌と化した妖精界に光を灯す救世主となるか。




 妖精界の王宮に戻ったオーデンは、兄の首と剣を手にしたまま城内を歩む。首から垂れる血が、王宮の絨毯を濡らした。

 父の私室へと足を運ぶと、寝たきりの父ラザニアはベッドの上でカッと目を見開いた。

「オーデン……お前……」

「お気づきになられたか父上。俺が兄上を殺した」

 よく見えるようにと、わざわざユドーフの首をラザニアの顔の上に掲げて言う。老いた父に息子の死に顔を見せつけるという外道の所業だが、これもまた復讐の一環だった。

「おお……ユドーフ……」

「父上、貴方も悪いのだ。兄上が人間界で遊び呆けているのを野放しにしていたから、兄上は取り返しのつかないことをしでかしてしまったのだ。父上、貴方もすぐに兄上の所に送ってさしあげよう」

 涙を流すラザニアの腹に、オーデンはアレスを一突き。何もせずともそう長くはない老人にこれを耐えられる力は無く、ラザニアは口から血を吐き即死した。

 ラザニアからユドーフに受け継がれし神の剣は、その所有者二人を立て続けに殺した。戦乱の時代には幾多の敵を両断してきたこの剣も、平和な現代においては王家の象徴的な意味合いが強くなっていた。よもやそれが久々に吸った血が己の持ち手のものであるなど、これを授けた神とて予想だにしなかっただろう。

 オーデンは左手にユドーフの首を持ったまま、右手のアレスを魔法陣の中に収める。

 父の最期を見届けたオーデンが次に向かったのは、マカロンの私室であった。

「入るぞマカロン」

「あらオーデン様、お帰りなさい。どこへ行っていらしたの?」

 マカロンはオーデンを快く迎える。望んでした結婚ではなかったが、二人の夫婦関係は良好であった。あくまでも割り切ってオーデンの妻としての勤めを果たすマカロン。だが彼女の努力も、不本意ながら築いてきた絆も、今まさに壊されようとしていた。

 窓際の植木鉢に水をやっていたマカロンの足下に、何かが投げ転がされる。そこに目を向けた瞬間、マカロンの手から如雨露が落ちた。

「喜べマカロン。お前を苦しめてきた兄上は死んだ。俺が殺した」

「え、何を……え? ユドーフ様……?」

 足下に転がる首が己の想い慕った男のものであると理解した時、マカロンは崩れ落ちるように床に膝をついた。

「ああああっ……ユドーフ様……どうして、どうしてこんなことに……」

「どうだ、散々お前の気持ちを踏み躙り続けてきた男の首だ。喜べ」

 喜ぶことを促すユドーフであったが、マカロンの表情は絶望に歪むばかり。指先でユドーフの頬に触れながら、目を見開き歯を震わせている。

 そしてマカロンは錯乱しながらよろめく足取りで立ち上がると、机に向かって走り出した。机の引き出しから取り出したのは、護身用の短剣。妻の行動の意図が分からないオーデンの見ている前で、マカロンは自らの喉を一突き。

「な……!」

 オーデンは呆気に取られていた。妻を喜ばせようと思っていたのに、何故こうなったのかさっぱり理解できなかった。

「うわあああ!! マカロン! どうして!!!」

 口と傷口から血を流し床に倒れ伏すマカロンに、オーデンは絶叫しながら駆け寄った。だが既にマカロンは事切れていた。

 廊下から足音が聞こえる。誰かが悲鳴を聞きつけたのだ。

「どうされました、オーデン様!」

 扉を開けて部屋に入ってきたのは、衛兵を二人引き連れたビフテキであった。彼はこの場の惨状を見て、雷に打たれたような表情をする。

「ムニエル様の警護を固めろ! 状況は説明しなくていい! この部屋には絶対に近づけさせるな!」

「了解!」

 後ろの衛兵一人に指示を出すと、衛兵は敬礼した後廊下を駆けていった。

「マカロン様……それにこの首はユドーフ様!? オーデン様、一体何があられたのです!?」

「ミルフィーユを呼べ! あいつなら治せる!」

 この部屋で王族が二人死んでいる。このとてつもない事態の説明をビフテキは求めるが、オーデンはその質問を無視して決死の表情でビフテキに懇願。ビフテキはマカロンの側に寄ると、掌をかざし状態を調べた。

「……マカロン様は既に亡くなっておられます。こうなってはいくらミルフィーユの治癒魔法であってもどうにも……」

「馬鹿な……マカロンが死んだ……?」

「オーデン様、お気を確かに。まずは何故このような状況になったのか、説明をお願いします」

 改めて尋ねるビフテキであったが、オーデンは応えない。

「どうして……どうして死んだんだ……」

 絶望に暮れるオーデンは、息絶えたマカロンから目を背ける。

 その時、マカロンが身だしなみを整えるために使用している鏡台が目に入った。鏡に映る男の顔は、つい数時間前に見た顔だ。

 美緒を失った時のユドーフが、今にも死にそうな顔でこちらを見ている。

「あ……兄上!!」

 オーデンは脅えた声で叫んだ。本物のユドーフの顔は床に転がっている以上、勿論ユドーフ本人がそこから見ているわけではない。兄と瓜二つである自分自身の顔を、兄の顔と見間違えたのだ。

「こっちを見るなあああ!!!」

 オーデンが鏡に向かって拳を振うと、鏡面が粉々に砕けて破片が床に飛び散った。

 錯乱するオーデンを押さえ込もうとしたビフテキも、その馬鹿力で薙ぎ倒される。

「ビフテキ様! 大変です!」

 と、そこに駆け込んできたのは先程ビフテキが連れてきたのとは別の衛兵。

「ラザニア陛下が……殺されております!」

「何!? 陛下までもが!?」

 ビフテキは表情を鬼神のようにさせながら、慌ててムニエルの警護をする衛兵に連絡を取る。

「陛下が殺された! ムニエル様は無事なのか!?」

『な……こ、こちらは問題ありません! ムニエル様は無事です!』

 突然ラザニアの死を聞かされた衛兵の声は動揺に震えていたが、一先ずムニエルの無事は確認できた。

 一体王宮で何が起こっているのか。聡明なビフテキであってさえ、それを理解できなかった。

 否、信じたくはなかったのだろう。目の前にいるこのオーデンが犯人である等とは。


 だがやがてハバネロの帰還と共に、ビフテキは真相を知ることとなる。

 妖精王ラザニア、王太子ユドーフ、王子妃マカロン。王族三名の突然の死は妖精界を震撼させることとなった。

 中止も危ぶまれた魔法少女バトルドイツ大会は、妖精王不在のままフォアグラが中心となって進行する運びとなった。

 ラザニアとマカロンの死は国民や魔法少女達にも知らされたが、ユドーフの死は隠されることとなった。ビフテキが幻覚魔法を駆使して彼が存在するかのように見せていたのである。ユドーフは魔法少女達、それもとりわけ双子座の少女達にとっては馴染みの深い人物であり、与えるショックが大きいとフォアグラが判断したためだ。

 魔法少女達はこの妖精界で起こっている動乱に不安を募らせ胸を痛めながらも精一杯大会を戦い抜き、無事に優勝者も決定。騎士団の手により彼女の願いが叶えられることとなった。

 この大会においてのフォアグラの働きは実に見事なもので、フォアグラの妖精王就任を待望することが論じられるまでにもなった。

 だがそれ自体がこの動乱に乗じてフォアグラ自身の仕掛けたことであり、後にそれが新たな動乱を生むこととなる。


 魔法少女達を人間界に帰した後、ラザニア達と共にユドーフも殺害されたことが改めて公表された。

 あの日を境に自分の顔が見られなくなったオーデンは、常日頃から仮面を付けて過ごすようになった。

 ユドーフが死んだ以上王位を継ぐのは彼となるわけだが、今の精神状態では即位式も行えないと判断されそれを含む各種儀式は先延ばしされることとなった。

 母を失ったムニエルもまた、深い悲しみに暮れていた。父が一連の事件の犯人であることは彼女にも伝えられず、不明瞭な情報の中で不安を募らせる日々が続いた。

 やがて国民に王族三名の死の詳細が知らされるにあたって、王宮に暗殺者が侵入したと発表された。神の力を持ち妖精界最強であるはずの王族が殺された理由付けとして、王族をも殺すことのできる『禁断の魔法』の存在が捏造され、暗殺者はその使い手とされた。

 オーデンが仮面を付けるようになった理由にもそれが用いられ、禁断の魔法にはそれによって付けられた傷が永遠に残る効果があるということにされた。

 こうして闇の一族(ダークマター)によって事実が歪められたまま、真犯人であるオーデンは被害者の一人とされ、この一件は『王族暗殺事件』として歴史に名を残すこととなったのである。


 一時は精神崩壊したかのような状態だったオーデンであるが、時が経つにつれて回復していった。

 大会終了後正式に即位したオーデンは、それまで実権を握っていたフォアグラとその信奉者を政治の舞台から排除。周囲を自身のイエスマンで固め、闇の一族(ダークマター)の積極的な行使により粛清と情報操作を頻繁に行う強固な独裁体制を敷くこととなる。


 そして三年後、魔法少女バトル日本大会開催。ユドーフ王子の忘れ形見はその血の運命(さだめ)に導かれ、それまで経験したこともない戦いへと身を投じることとなる。



<キャラクター紹介>

名前:ユドーフ/最強寺(さいきょうじ)(とおる)

性別:男

年齢:享年40

身長:201

髪色:金

星座:双子座

趣味:スポーツ全般


要望のあった各話末のキャラクター紹介を纏めたものを活動報告に上げました。

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