第114話 オーデンの実力
「ここは……一体……」
レバーは突然周囲の景色が変わったことに困惑した。
「あれは……オーデン!」
宿敵との突然の邂逅に、ジェラートは瞳孔を見開く。
オーデンの遊び相手として連れてこられたのは、投獄されていたフォアグラ教団幹部十一名であった。
王宮に侵入しオーデン暗殺を狙うも、ザルソバになすすべなく倒された第十八使徒・暗殺のネギトロ。洗脳兵士を使った戦術で拳凰と戦うも、洗脳兵士が動かなくなった途端あっという間に倒された第十七使徒・狂気のホルモン。王立競技場を襲撃するも、ポタージュに才能の差を見せつけられ完敗した第十六使徒・死の道化師ジャンバラヤ。数字以上の実力を持つと豪語するも、覚悟を決めた幸次郎に負けた第十四使徒・辻斬りのサシミ。王立アンドロメダホテルを襲撃し魔法少女に危害を加えようとするも、ホーレンソーに容易くあしらわれた第十使徒・飛翔のアブラーゲ。自分は本来七聖者寄りの実力だと豪語するも、ミルフィーユに手も足も出なかった第八使徒・無敵のトリガラ。高い魔力を以ってハンバーグを追い詰めるも、挑発一つでボロボロに崩れ負けた第六使徒・闇の芸術家マジパン。神より与えられし武器を振るいホーレンソーと接戦を繰り広げた、第五使徒・神槍のレバー。王都テロに七聖者としては唯一参加し拳凰と死闘を繰り広げた、第四使徒・殺戮爆殺拳のプルコギ。圧倒的な指揮力と戦闘力を持ちながらそれを何一つ発揮することなくビフテキの幻覚に敗れた、第三使徒・大将軍カイセンドン。そしてラタトゥイユの幼馴染であり、オーデンを何よりも憎む第一使徒・絶対零度のジェラート。
実に十一対一。圧倒的な人数差での戦いである。コロース・ブッコロースはそれ以上の人数である尾部津一味をたった一人で殲滅したが、あれは尾部津一味が雑魚だったからに他ならない。教団幹部、とりわけ七聖者には妖精騎士団をも苦戦させる実力の者達が多くおり、それをたった一人で倒すなどそうそうできることではない。
だがオーデンは、この状況が楽しくて仕方が無いとばかりに笑っていた。
「やあやあ教団幹部の皆さん、お久しぶりです」
第二使徒・至高の天才ポトフとして教団幹部に身を置いていたカクテルは、白々しく幹部達に声をかけた。
「これから皆さんにはゲームをして頂きます。ルールは簡単。皆さんにはオーデン陛下と戦って頂き、陛下に一撃加えることに成功するか、もしくは陛下が飽きた時点で生き残っていれば無罪放免とし釈放致します」
「何だと!?」
突然そんなことを言われ、幹部達はますます困惑した。
「まあ、早い話が貴方達の処刑ついでに陛下の遊び相手になって頂こうということですね」
「ふざけるな! 裁判も無しに処刑だと!? それが法治国家のやることか!」
「ご安心下さい。記録上はちゃーんと裁判をしたことにしておきますから」
あまりに理不尽な状況を突きつけられ、幹部達は絶句した。
「さて、陛下も待ち侘びているようですし、そろそろ試合開始です。教団幹部の皆さん、せいぜい陛下を楽しませて下さいね」
カクテルが試合開始を宣言するも、オーデンは動かない。
「あまり簡単に終わってしまうと味気ないのでな。お前達には一人につき一回、先制攻撃の権利をやろう。そして我は魔法を使わず、この肉体のみで相手をしてやる。さあ、存分にかかってくるがよい」
そうは言われても、幹部達はなかなか攻めに行かない。
「どうする? ああ言ってるが……」
「どのみち戦わなきゃ釈放はされねえんだ。先制攻撃できて一撃加えられりゃ勝ちなんだろ。俺のスピードならやれる!」
そう言って飛び出したのは、第十七使徒・狂気のホルモン。その得物は鉤爪。素早い攻撃を得意とする、フォアグラ教団の切り込み隊長。
「ケケケ! 真っ先に無罪放免となるのはこの俺だ!」
ノーガードの姿勢で待つオーデンに真正面から突っ込むホルモン。その鉤爪が首筋を捉えた時、オーデンは体を後ろに傾けてギリギリの距離で回避した。直後、ホルモンが驚く間もなくオーデンが軽く腕を振ったかと思うと、ホルモンの首が床に落ちていた。
「まずは一人。どうした、他の者共はかかってこぬのか」
余裕の態度でヘラヘラしているオーデンの背後から、第十八使徒・暗殺のネギトロがナイフでの不意打ちを狙う。オーデンは重厚なマントを身に纏っているとは思えぬ軽やかな動きで空中に跳び上がると、ネギトロの頭を掴んで捻り胴から引き千切った。
「これで二人目。一人ずつと言わず、全員でかかってきても構わぬぞ」
あっという間に二人殺され、下級幹部達には動揺が見えた。
「ど、どうするよ……わかっちゃいたことだが、冗談みたいに強いぞ……」
「生き残れる気がしねえ……」
「騒ぐな腑抜けども」
下級幹部を一喝したのは、第三使徒・大将軍カイセンドン。
「元々戦力にならん雑魚どもが先走って死んだに過ぎん。戦場ではああいう奴らから死ぬのが定めだ。下級幹部どもは俺の指揮に従え。さすれば確実に勝てる」
作戦会議を始める教団幹部達を、オーデンは欠伸をしながら見ていた。
「では行け!!」
生き残った下級幹部四人は散開し、四方向からオーデンを狙う。
ジャンバラヤの無数のボールとサシミの伸縮自在の腕でオーデンを左右から撹乱しつつ、空中からはアブラーゲが銃を乱射。そして正面から向かうトリガラの鋼の拳がオーデンを狙う。
全く違う動きをするボールと腕と銃弾を同時に回避するのは、オーデンといえど難しい。幹部達はそう踏んでいた。
だがその時、突如としてオーデンの姿が消えた。次の瞬間、トリガラの鋼の肉体はオーデンの拳に貫かれていた。腕を引き抜くと、血の雨を降らせトリガラは地に伏す。オーデンの拳は心臓を的確に射抜き、トリガラを即死させていた。更にその後、いつの間にか切り落としていたジャンバラヤ、サシミ、アブラーゲの首がオーデンの掌の上に落ちてきた。
「フハハ、ジャグリングなら我もできるぞ」
悪趣味にもオーデンは、三つの生首でジャグリングを始める。観客席のカクテルは、それを愉快そうに眺めていた。
例によって瞬殺された下級幹部達であるが、彼らに指示を出したカイセンドンは冷静。
「下級幹部どもよ、見事な捨て石ぶりであった」
「それで、奴らを捨て石にしてオーデンの力量は量れたのか?」
プルコギが尋ねると、カイセンドンは口をつぐむ。
「どうせ皆死ぬんだ。僕もああやって無様に殺される……もう二度とフォアグラ様にも会えない……」
マジパンがネガティブなことを呟き始めると、床に魔法陣が現れ巨大なフォアグラ像が召喚された。
「フォアグラ様アアアアアアァァァァァァ!!!!!」
マジパンの絶叫と共に振り下ろされた、巨大フォアグラ像の拳。闘技場の床を抉るほどの一撃だが、既にそこにオーデンの姿は無い。
「悪趣味な像だな」
声の聞こえた先は、フォアグラ像の頭の上。
「お前っ……フォアグラ様を踏みつけるなあああああ!!!」
目を見開き顔を歪め、マジパンはまたも絶叫。
「だがフォアグラを足蹴にできるというのは面白い。そら、そらそら」
オーデンは地団駄を踏むように力強く足踏みし、フォアグラ像を頭上から蹴りまくった。オーデンのキックは一発一発が必殺の一撃。蹴られる度にフォアグラ像はひしゃげていき、遂には頭部が完全に潰れた。
「僕のフォアグラ様がああああああ!!!」
「そら、返してやろう」
最後にオーデンはフォアグラ像を蹴り倒し、ショックのあまり放心していたマジパンをその下敷きとした。倒れたフォアグラ像の下からは、鮮血が染み出す。
「七聖者の一角が落ちたか……これが神の力。恐ろしきものよ……」
自身の求めていた力を目の前で振りかざす存在と対峙し、レバーは身震いした。
「それでどうするよレバー。ネガティブ極まったベストコンディションのマジパンでも駄目だったんだろ」
プルコギが尋ねる。
「余は王となる男だ。こんな所では死ねぬ」
レバーは貫手の構え。
「どいてな、先に俺がやる」
だがそれを静止し、プルコギが前に出た。
「殺戮爆殺拳!」
懐から取り出した弾を殴り、大爆発を巻き起こす。広範囲かつ回避不能の爆炎攻撃。闘技場は黒い煙に包まれた。
プルコギの殺戮爆殺拳は、このルールと好相性。無罪放免第一号はプルコギになるか――レバーがそう思った矢先のことだった。闘技場を覆っていた煙は、一瞬にして晴れた。プルコギは立ったまま腹に風穴を開けて絶命していた。オーデンは爆風に触れることなく拳圧だけでを全て防ぎきり、ついでにプルコギをも殺害したのである。
(殺戮爆殺拳が……効かない……!)
レバーは同じ武術家として、プルコギの殺戮爆殺拳にはある程度のリスペクトをしていた。一転集中した貫手を得意とする自分とは全く違うタイプの、広範囲大火力攻撃。それがこうも容易く防がれたことには、ショックを受けざるを得なかった。
(あんな冗談のような強さの化け物に、果たして余の攻撃は通用するのか……?)
全身から冷や汗が吹き出し、みるみるうちに闘志が殺がれてゆく。
「腑抜けたかレバーよ」
レバーが固まったままなのを見て、カイセンドンが前に出た。
「オーデン陛下! 一つご提案がございます! 私を軍に戻しては頂けないでしょうか!」
かと思えば、彼もまた戦う意思を見せず。オーデンの側まで歩いて跪きそんなことを懇願したので、レバーは驚愕。
「カイセンドン貴様、何を言って……」
「私がどれほど有能な軍人かはご存知のはず。必ずや陛下のお役に立って見せます。妖精王国軍を、かつてのゾディア王国軍にも劣らぬ史上最強の軍隊に育て上げてみせます! ですのでどうか私を軍に!!」
(この期に及んで命乞いとは……だが一つの手段としては有りか……?)
空気がひりつく中、レバーは傍観に徹することを決めた。
オーデンはカイセンドンの頭に手を載せる。もしやオーデンは提案を受け入れたのか――流石にレバーもそうは思わなかった。
オーデンの万力が如き握力が、カイセンドンの頭蓋骨を締め付ける。
「あっ、あああ陛下あああああ」
「一度軍を裏切っておいて何様のつもりだ貴様は。我を馬鹿にしているのか?」
脳を文字通り掌握され呻き声を上げることしかできないカイセンドンに対し、オーデンは冷徹に言った。
「我が軍に裏切り者はいらぬ。死ね」
頭蓋骨を粉砕し脳を握り潰すと、オーデンはカイセンドンを放り捨てた。
「さて、残るは二人だ。そこのお前……シオジャケ・アンタレスの息子だったな」
次は自分が目を付けられたのだと、レバーは背筋が凍った。
「お前の父親はわざわざ王宮に赴いて、我に土下座をしてきたよ」
「な……何だと!?」
「不出来な息子を持った親というものは不憫なものだな。奴は我にとって旧友であるし、同じ神の血を分けた一族。優しい我は寛大な措置をしてやったよ。レバーの命と引き換えにアンタレス家そのものへの罰は与えないというな」
レバーははらわたが煮えくり返った。憎き妖精王家に父が土下座したことにも、父が家を守るために自分を売ったことにも。
「そういうわけで貴様にはこのゲームへの参加権は無い。最初から処刑すると決まっているのだ。死ね」
つまり相手に先制攻撃の機会を与えるというルールの適用外だとばかりに、オーデンは自分から攻撃に出る。
「くっ……余は王となる男だ!」
自分を鼓舞するように叫んで自棄になりながらも反撃に出たレバーだったが、こちらが構えた段階で既にオーデンの拳は眼前に迫っていた。殴られた瞬間、レバーの頭部は胴体から千切れ後ろの壁に叩きつけられる。
「おっと、一つ言い忘れておった。同じ神の血を分けた旧王族が惨めに平伏し許しを請う姿は、実に愉快であったよ」
その言葉はレバーに届いたか否か。
最後に残されたジェラートは、他の十名が惨殺されるのを眉一つ動かすことなく静観していた。
「さて、残るは貴様だけか。どこからでもかかってくるがよい」
オーデンがそう言うと、ジェラートは一度観客席のラタトゥイユを見上げた。それをラタトゥイユが、汚物を見るような目で見下ろす。
(ラタトゥイユ……必ずオーデンを殺し君を迎えに行くよ……)
再びオーデンに目線を戻すと、ジェラートは魔力を溜め始める。右掌の上には、渦巻く冷気が球状を形成していた。
「オーデン……貴様には絶対零度すら生ぬるい! マイナス一兆度の冷気で死ね!!!」
溢れる憎悪を魔力に籠め、極寒の一撃を解き放つ。闘技場の床や壁までもが凍り付き、この場は一瞬にして絶氷の世界へと変わった。
だがそれは一瞬にして崩壊した。プルコギの爆風を防いだ時を遥かに凌ぐ威力の拳圧が氷を一斉に砕き、冷気を吹き飛ばしたのである。そしてジェラート自身もまた、全身に衝撃を受け後ろの壁に背中を叩きつけられた。
「う……がはっ……」
全身に纏った氷の装甲も粉々に砕かれ、ジェラートはうつ伏せに倒れて血を吐く。
「ほう、我の一撃を受けて生きているとは。これが噂に聞く氷の装甲とやらか」
オーデンは当然のように無傷。ジェラートは死にこそしなかったものの、体は動かせず虫の息であった。
「ふむ……そろそろ飽きたな」
そこからとどめを刺しに行くかと思えば、オーデンはそんなことを言う。
「このゲームはここで終わりにするとしよう。なかなか楽しませて貰ったぞカクテル」
「有り難きお言葉です」
オーデンは観客席まで跳び上がり、闘技場から離脱した。残されたジェラートは悔しそうに唇を噛み締める。
「さて……」
オーデンは突然、ラタトゥイユの尻を鷲掴みにした。色っぽい喘ぎ声が漏れる。オーデンはレオタードの下に指を入れ、いやらしく尻を揉みしだく。
「次はお前で遊んでやるとしよう。我の寝室に来い」
「畏まりました、陛下」
この上なく嬉しそうな恍惚の表情で、ラタトゥイユはオーデンに微笑みかけた。二人はカクテルを後に、この場を去っていった。
(やれやれまったく、お盛んなことで)
カクテルは二人の姿が見えなくなった後、呆れたポーズ。
「まあ陛下には十分楽しんで頂けたようですし、これで明日は私が楽しめそうですね。それはそれとしておめでとうございますジェラートさん。生き残った貴方は無罪放免です……おや」
ジェラートの方を見たカクテルは、そこで起こっていた衝撃の光景にきょとんと目を丸くした。
「なんということでしょう! ジェラートさんはショック死してしまいました!」
<キャラクター紹介>
名前:オーデン
性別:男
年齢:44
身長:201
髪色:金
星座:双子座
趣味:頻繁に変わる(飽き性)