放課後怪談(特別篇)~眠れる異世界の吸血鬼~
「うちの子とよその子の共闘を書く」企画で書いてみました~。
放課後怪談(特別篇)~眠れる異世界の吸血鬼~
―皆様、お久しぶりです…―
―えっ、私のことは別に待ってない…?それでもかまいませんが…―
―本日は怪談ではなく、あの2人が経験したある不思議な吸血鬼との出会いのお話をしようかと思います…―
―これはある日の放課後、あの怪談を乗り越えた2人が経験した話なのですが……―
~Episode:眠れる異世界の吸血鬼~
梅雨に入り、ジメジメとした嫌な空気が続く中、私立櫂耀高等学校の制服に身を包んだ2人は家に帰る道を歩いていた。
「怠い、暑い、眠い…」
女子ではあるが、髪も短く格好いいという言葉が似合う、櫂耀高校3年生の九曜晶は唐突にそんな言葉をつぶやいた。
「確かに暑いね、晶ちゃん」
男子ではあるが、背が低く可愛いという言葉が似合う、同級生の火影冬亜も同意するように言った。
「なんで梅雨ってこんなに不快なんだろうな?」
晶はどうでも良さそうな口調で冬亜に質問をした。
「分からない。なんでだろうね?」
冬亜は少し困ったような顔で返事をした。
「こうなったら、この格好のままでもいいから近くの学校のプールに忍び込んで…」
「待って晶ちゃん!?流石にそれは色々とマズイから絶対にやめて!」
問題を起こしそうな雰囲気を即座に察知した冬亜は、慌てて辞めるように呼びかけた。
普段から何かと問題を起こす彼女のストッパー兼、クラスのマスコットは今日も大変なようだ。
どうにか晶の暴走を未然に止めた冬亜は、ふとあることを思い出した。
「そういえば晶ちゃん。最近、この辺りで不思議な声が聞こえたって噂は知ってる?」
「うんにゃ?そんな話は知らないぞ?」
晶は首を傾げながらそう言った。
「あのね、道を歩いていると、突然後ろから女の子の声で『誰か僕を養ってくれませんか?』という声が聞こえてきてね?振り返ってみると誰もいないって話らしいよ?」
「ふぅん?女の子なのに”僕”っていうのか…お前みたいだな?」
「僕はれっきとした男の子だよ!?」
「まあ、それは良いとして面白そうだな、ちょっと行ってみようぜ?」
「待って!?流さないで!?僕が男の子だという事実をうやむやにしようとしないで!?」
「ああ、そうだな。冬亜は乙娘の子だよな」
「絶対、違う意味で言ったでしょう!?」
そんなコントを繰り返しながら、2人は謎の声が聞こえたと言われる場所に向かうのだった…。
「大きいね…」
「ああデカいな…」
2人は最近ではほとんど誰も近づかなくなっている路地裏を通り、曲がりくねった道を抜け、噂の目的地に到着した。
その場所は、この街には不釣り合いな1軒の廃墟だった。その廃墟は煉瓦造りで、ところどころに破壊された痕跡や経年劣化による風化もあった。建物自体は、明らかに現代日本の建築様式ではなく、中世を思わせるレベルのものだった。
そして、梅雨の時期にも関わらず、その廃墟の周囲の気温は程よく暖かく、それでいて風も気持ちよかった。ここが廃墟でなければ、晶は堂々と中に入って昼寝でもしようとしていただろう。
「こんなところにわざわざ来る奴がいるのかよ…」
「あのね、2か月位前にこの場所に来た隣町の男子高校生が、友だちと一緒にその声を聞いたみたいだよ?」
「俺たち以外にもこんなところに来るような、高校生がいたんだな…」
「そうだね…」
若干、遠い目をする2人であった…。
「取りあえず、この辺りを歩いていればいいんだな?」
「そうみたいだよ」
2人は気を取り直して、廃墟の周囲の散策を行うのだった。
「にしても、この辺りにこんな廃墟ってあったか?」
「僕もこの街にこんな廃墟があるなんて噂を聞くまで知らなかったよ?」
そんな他愛もない会話を続けながら2人は歩いていると…。
「…か…を…てくれませんか?」
背後から小さく透き通るような少女の声が聞こえた。
「聞こえたな…」
「聞こえたね…」
お互いに空耳でないことを確認した2人は、そっと後ろを振り返った。しかし、そこには誰も立っていなかった…。
「こわいよ…あきらちゃん…」
恐怖のためか言語が幼くなりだした冬亜は、涙目になりながらも声を絞り出して言った。
「まあ大丈夫だ。いざとなったら不良でも幽霊でも宇宙人でも拳で殴って解決するからよ?」
「なんか、あきらちゃんのほうがこわいよ!?」
「知ってるか?お互いに殴り合えば大体のことは解決出来るんだぜ?」
「そういうのはマンガだけだよ!?げんじつでやっちゃダメだよ、あきらちゃん!?」
対して、晶は平常運転だった…。
「ふにゅぅ…」
そんな2人の夫婦漫才が行われている中、再び少女の声が足元辺りから聞こえてきた。
「とあちゃん…。気のせいかもしれないが、下から声が聞こえたんだが?」
「安心して、晶ちゃん。僕も聞こえたよ…」
そして、おそるおそる自分たちの足元に目を向けるのだった…。
そこには、道の真ん中で仰向けに寝ている裸の美少女がいた。
その少女は、長く伸びた銀髪の髪に、幼さの残る顔立ちの美少女だった。
無垢な寝顔で瞳は閉じられ、鼻提灯を作ってはいたが、その美しさは損なわれることはなく、僅かに胸の膨らみはあるが、全体的に細い。発展途上の真っ白な裸体の美少女だった。
そして、シーツを上に掛けているが、寝返りでもしようものならば、色々と問題がありそうな状態の美少女だった。
「とりあえず起こすか…」
そう言って、晶は寝ている少女の顔を踏みつけようと、足を持ち上げた。
「待って!?晶ちゃん、その起こし方は流石に酷いよ!?」
冬亜は晶に手を回し、必死にその動きを止めるのだった。
「…何だか騒がしいですね」
そうした、2人の攻防が繰り広げられている中、件の美少女は目を覚ました。
さすがに、全裸のままでは色々と問題がありそうだったので、冬亜はその美少女に自分が持っていたジャージを渡して着てもらうことにした。
その少女が寝ている時には気付かなかったが、瞳は赤く、口には長くて鋭い八重歯が生えており、その姿は神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「…ところで、ここは何処ですか?僕はさっきまで廃墟のベッドで寝ていたはずですが…」
「なかなか衝撃的な事実だな。アンタはあの廃墟に昔から住んでいるのか?」
「いいえ?僕はロリジジイさんに…何でもないです」
「…?まあいいか、何か面倒くさそうだし」
「ところで、ここは何処であなたたちは誰ですか?」
「ああ、そういえばこっちは何も説明していなかったな…とあちゃん、後は頼む!」
「晶ちゃんは本当に自由だよね!?」
説明を冬亜に丸投げした晶は、そう言って考えることを放棄した。
「えっとね?ここは櫂耀高校から少し歩いた場所にある廃墟近くの道だよ」
「ようかい高校?」
「かいよう高校だよ」
「僕はその高校の3年生で火影冬亜だよ。それでね、こっちの女の子が九曜晶ちゃんだよ」
「えーと……小動物さんに男女さんですね」
「違うよ!?」
「確かに違うな、冬亜は女男だぞ?」
「晶ちゃん!?多分、晶ちゃんのことを小動物と言った訳じゃないと思うよ!?」
「めんどうなので、適当に呼びますね」
「名前を覚えることすら面倒なの!?」
相変わらず、ツッコミに忙しい冬亜だった。
「それで、アンタの名前は何て言うんだ?」
一段落してから、晶は銀髪の美少女にそう尋ねた。
「あー…僕の名前ですか…」
「…?自分の名前が分からないのか?」
「いいえ…そうではないのですが…」
「面倒くさいな…。じゃあこっちも適当に呼ぶってことでいいよな?」
「それでいいです…ふぁ」
名無しの銀髪美少女は、そう言って眠そうに欠伸をした。
その後、銀髪の美少女と会話をする中で、晶と冬亜は彼女自身の口から自分が吸血鬼であるという衝撃の事実を聞かされた。
「ということは、オマエは人ではなくて吸血鬼ってことで良いんだな?」
「ええ、そうです。あなたがたは、あまり驚かないのですね?」
「まあ俺たちは…人以外のものに最近色々遭う機会があったから慣れちまったんだろうな…」
「そうだね、晶ちゃん…」
そう言って、晶と冬亜は再び遠い目になるのだった…。
「そんで、話を纏めると、オマエは自分を一生養ってくれるような相手を探すために異世界で旅をしていて、気が付いたら道の真ん中で寝ていたってことなんだな?」
「ZZZ………はい、そうです」
「今、さらっと寝ていただろ?」
「気のせいですよー……ZZZ」
「寝ながら会話が成立しているだと!?」
「晶ちゃんがツッコミ側になった!?」
そんなやり取りもあったが、晶と冬亜は謎の銀髪の吸血鬼を元の世界に返すために周囲の調査を開始するのだった。
「僕はここでお昼寝をしているので、何か分かったら起こして下さい…ZZZ」
「いや、オマエも一緒について来いよ!?」
あまりにもフリーダムな吸血鬼の言動に、2人は若干呆れ返るのだった。
しかし、そんな吸血鬼とのほのぼのとした時間も突如終わりを告げることになった。
最初に異変に気付いたのは、件の銀髪の吸血鬼だった。
「2人とも、すぐにしゃがんで避けてください…」
「えっ、どうし…わっ!?」
その吸血鬼の言葉を聞いた晶は、反射的に冬亜の頭を地面に押し付けるようにしゃがませた。その直後に、2人の頭のあった辺りを何かが風を切り裂くように通り抜けた。
「おい!オマエの方は大丈夫だったか!?」
一連の様子から何やら危険な気配を感じ取った晶は、すぐさま銀髪の吸血鬼が無事かどうかを確かめた。
「僕は大丈夫ですが…」
確かに、銀髪の吸血鬼には傷1つ無かった。しかし、冬亜が彼女に渡したジャージは見るも無残な程に切り裂かれていた。それは、まるで本来だったら全身を刃物で滅茶苦茶に切り裂いたようだったが、不思議なことに彼女の白い肌にも切り裂かれたジャージにも血は1滴も付いていなかった。
「すみません、せっかくもらったジャージをダメにしてしまって…」
「僕は気にしてないから!それより吸血鬼さん、大丈夫?」
「はい、僕は大丈夫です…えっと小動物さんと男女さん」
「こんな状況でも、まだその名前で呼ぶの!?」
「おいおい、美少女2人で盛り上がっているところ悪いが、これからどうするんだ?」
「だから、僕は男の子だよ!?」
若干、和やかな空気が流れはしたが、相変わらず周囲には誰もおらず、先程の襲撃者の正体は分からないままだった。
そして、下手に動けば今度こそ冬亜の命が危ないかもしれないと思うと、晶としては無茶な動きも出来なかった。
「そういえば、なんでさっきオマエは俺たちが危ない目に遭うって気が付いたんだ?」
晶はふと先程の出来事で疑問に思ったことを口にした。
「…ZZZ…どうやら僕の身体能力の素早さって動体視力も込みで高いようで、小動物さんと男女さんの背後から迫って来るものがたまたま見えただけですよ」
「…?よく分かんねえが、まあいいか、助けてくれてありがとな!」
「というよりも、あなたもよく躱せましたね…?」
「おうよ、アイツを守るためならどんな無理でも俺はするぜ?」
「自分の命が掛かっていてもですか?」
「ああ、当然だな」
さも当たり前だという表情で、晶は迷わずに答えた。
「そうですか…」
「オマエにだって、決して譲れないものとかあるだろ?それと同じようなもんだ」
この間、冬亜は周囲に気を配っており、2人の会話は全く聞こえてはいなかった。
「つうか、さっきの口ぶりからして襲撃者の正体は分かっているのか?」
「ええまあ、あれだと思いますよ…?」
そう言って、銀髪の吸血鬼は晶のはるか頭上を指差した。その言葉を受けて、晶と冬亜の2人は揃って自分の頭上を見上げた。
そして、地上から80m程の位置に、大鎌を抱えマントを羽織った髑髏のような物体が漂っているのを見つけた。
「ただ、あれは何の格好なのでしょうか…?」
「俺の目には、創作物とかに出てくるような死神のように見えるな」
「僕にもそういう風に見える…」
3人は口々にそう言いながら、頭上の死神らしきものを見るのだった。
「取りあえず、あの鎌マントさんが地上に降りてきてくれれば何とかなりそうなのですが…」
「んっ?下に降ろすだけなら、今すぐに出来るぞ?」
「えっ?」
余りにも簡単に出来ると言ってのけた晶の発言に、銀髪の吸血鬼は表情を変えずに驚きの声を上げるのだった。
「どうやってあの鎌マントさんを地面に降ろすのですか?」
「それはだな…。そこらへんに落ちている、小石を拾って…」
そう言いながら、晶はおもむろに近くに落ちている小石を拾い始めた。
「これを、あいつの胴体目掛けて、思いっきり投げる…!!」
そう言って晶は、はるか上空に浮かぶ死神に向け、小石を力一杯に次々と投げつけて行った。
本来ならば、小石とはいえそう簡単に動く標的には届かないはずなのだが、彼女の投げた小石はほとんどスピードを落とすことなく、的確に死神の腹部や顔面に命中していった。
「うわぁ…」
「晶ちゃんって、普通の女子高生のはずなのに、時々凄い身体能力を発揮するんだよね…」
普段から彼女の常識外れの行動を見ていた冬亜は、そう答えるのが精一杯だった。
本来ならば、苦戦したであろう相手を難なく投石で打ち落とした彼女に畏敬の念を抱く2人であった。
「じゃあ、アレの退治は任せたぞ!」
「分かりました、めんどうなので僕も一気に片付けますね…」
結論から言うと、実際に銀髪の吸血鬼が行った戦闘は十数秒程度だった。
地面に落とされた死神はそれこそ死に物狂いで、近くにいた銀髪の吸血鬼に向けて大鎌を振り降ろすのだったが、その攻撃は銀髪の吸血鬼には届くことなく、華麗に避けられた。
そして、お返しとばかりに銀髪の吸血鬼は、自分の血液を大鎌の武器に変え、死神のすぐ横をすれ違うように通り抜けた。その数瞬後、死神はまるで自分自身の獲物で切り裂かれたかのように綺麗に真横に切り裂かれ、灰となって消えていった…。
「何だ、今回の化け物はやけにあっけなかったな?」
「あなたたちは、いつもこんなトラブルに巻き込まれているのですか?」
「好きで巻き込まれている訳じゃないんだけどね…」
つい先程まで緊張していた雰囲気は、既に失せてしまったようだ。
「結局、さっきの死神みたいな奴は何だったんだろうな?」
「僕に聞かれても何も分かりませんよ?」
「晶ちゃん、今日はもう遅いし家に帰らなきゃ駄目じゃないかな?」
「そうだな。ところで、オマエはこれからどうするんだ?」
「今日はまだ寝足りないので、僕はこの廃墟のベッドで寝直しますね」
「オマエも寝ることに関してはブレねえんだな」
その後、晶と冬亜の2人は銀髪の吸血鬼にまた明日この場所に会いに来ることを告げて、家に帰宅をするのだった…。
「結局今日も、僕を三食昼寝おやつ付きの自堕落な生活で養ってくれるような人には会えませんでしたね」
自分以外誰もいなくなった廃墟で、ふと彼女はそうつぶやいた。
「…今日はもう眠いですし、回復魔法で身体を綺麗にしてもう寝ましょう…」
「またどこかで会えたらいいですね…晶さん…冬亜さん……ぐぅ…」
まるで、明日あの2人と会うことが出来ないかのような口ぶりで、異世界に転生した銀髪の吸血鬼-玖音銀士-は、再びお昼寝を開始するのだった……。
………。
……。
不思議な銀髪の吸血鬼と会った日の翌日の放課後、晶と冬亜はあの銀髪の吸血鬼に会うために廃墟のある曲がりくねった道を辿って行くのだった。
しかし、そこには初めから廃墟など無かったかのように、更地が広がっていた。
「おいおい、あの廃墟はどこに行ったんだよ…?」
「本当にどこに行っちゃったのかな…?」
2人は昨日の出来事は全て夢であったかのように困惑した。
そして、2人が周辺に聞き込みをした結果、あの廃墟は銀髪の吸血鬼少女と出会ったちょうど1ヶ月前には既に取り壊されていたことが分かった。
「なんだよ…。じゃあここでアイツにはもう会えないのかよ…」
「結局、あの子の名前も聞けなかったね…」
2人は小さく寂しそうな声でそう愚痴をこぼした。
「…仕方ねえ!じゃあまたアイツと会うことがあったら、今度こそアイツの名前を教えてもらおうぜ!」
「えっ…?!うん、そうだね!今度会ったら名前を教えてもらおうね!」
「意外とまたどこかで遭えるかも知れねえしな!」
「そうだね、晶ちゃん!あっ、そういえば今日の学校の宿題は…」
「よし!今日も張り切って、この街の探索に行こうぜ、とあちゃん!」
「待って、晶ちゃん!?学校の宿題を終わらせるのが先だよ!」
「そうと決まれば、善は急げだ!置いてくぞ!」
「えっ!?ちょっと待ってよ、晶ちゃん!!」
そして、晶を追いかけるように冬亜もまた走り出すのだった。
こうして2人が、あの銀髪でお昼寝が大好きな可愛い吸血鬼にまた遭える日が来ることを願って、今日も街の噂の探索に乗り出す。
彼女たちの進む道の先には、お昼寝には最適な暖かくて心地よい風が吹いていた…。
~Episode:眠れる異世界の吸血鬼:Fin…~
廃墟のシーンはあの場面を参考に書いてみました。
(特別篇用おまけ)
冬「晶ちゃん、何を読んでいるの?」
晶「ん、これか?『100m以上先にいる獲物に的確に小石を当てる方法』って本だぞ?」
冬「そんなピンポイントな本が売っていたの!?」
晶「何だか今後、役に立つような気がしてな?」
冬「絶対に必要にならないよ!?」
(後日、本当に役に立ちました……)