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明日、世界は滅亡すると君は言った。


何故そんな事を君が知っているのかとか、止める方法があるのか、何故そうなるのか、僕たちに出来る事はあるのか、何故僕にそれを言おうと思ったのか…色々と、聞くべきことが僕にはあったのだと思う。けれど僕は、そのどれも尋ねることをしなかった。

「それじゃあ、その最後の日を君は一緒に過ごしてくれるの?」

僕の問いに、君はにっこりと笑って頷いた。



街はいつも通りに見えた。行き交う人の誰も、明日の世界のことなど気にもしない様子で、まるで何も心配することのない、ただの休日のようだった。だけど、僕に明日の事を教えた君もやっぱり、楽しそうにしているから、そういうものなんだろう。明日がどうだろうと、世界がどうなろうと、僕たちに知覚できるのは今現在の事だけなのだから。

そもそも、君の言う明日も、僕には全く現実味を感じられていない。感じられていないが、君が言うのならそうなのだろうと僕は思う。劇的な何かがなくても、世界はきっとどうにかなってしまう。それだけの事なのだろう。

「何処か、行きたい所があるの?」

僕の問いかけに君は少し考えるような素振りをしてから言った。



僕は水族館が好きだ。水槽の中でゆったり泳ぐ魚を見るのが好きなのだ。魚以外の海洋生物が悪いわけではないが、ただただ魚の群れが泳いでいるのを見るのが好きなのだ。と言っても、水族館は動物園より入場料金が高いのでそう頻繁には通えないのだが。

何ヶ月かぶりに訪れたそこは、以前と大して変わり無かった。盛況しているという程ではないが寂れてもおらず、僕ら以外にも何人かの人たちが静かに水槽を眺めている。

君がこの場所を好きかどうか、僕は知らない。だが、恐らく少なくとも嫌いではないのだろう。嫌いならきっと、今日此処に来ようとは思わない。こんな日に嫌いな場所に来ようと、僕ならば思わない。君がそうじゃない可能性もあるけれど。

「君は、あの魚を知っている?」

君は僕の指差す先を見て言う。



魚を眺めて、買い食いをして、街を意味もなく歩き回って、普通の休日の様に、只のデートの様に、僕たちは今日を過ごした。何でもない、何も知らない、今目の前しか見ていない若者のように過ごした。僕はそれで良かったし、君はその事について何も言わなかった。

別に何を諦めていたわけでもない。ただ、特別な何かをしようと思わなかったのだ。今日が特別でも、特別でなくても、君と共に過ごせれば僕はそれで良かった。それだけで十分だった。

世界がどうなるのかなんて大きな話、僕には他人事にしか思えなかった。僕が何をしてもしなくても世界は勝手に回っていくものなんだろうと僕は思っていたし、自分に世界をどうこうできる力はないと思った。明日の話なんてしたくなかった。

「ずっと今のままでいいのに」

僕の呟きに、君はふっと目を伏せて言った。



昔通っていた小学校の校庭。殆どの遊具は撤去され、当時の面影なんて殆ど残っていない。僕は鉄棒に腰かけた。高台にある此処からは、街を見下ろす事が出来る。まあ、面白くもなんともない風景だ。この街を離れたことのない僕にとっては、ある意味で世界の全てにも等しい光景。

明日何が起ころうと、明日のその先が二度と訪れないとしても、それでいいと僕は思った。隣で夕日に照らされて赤く染まる君の横顔を見て僕は決めた。明日がくれば全てが終わってしまうのなら、その前に君に伝えておいてもいいだろうと思った。

「君と今日を一緒に過ごせて良かった」

君は泣きそうに顔を歪めて笑う。

君が何を知っていて何を知らないのか、僕は知らない。けれど、君は僕の知らない何かを知っているのだろう。知っているから、そんな顔をするのだろう。



世界の終わりのその先で、僕がどうなっているのか、君がどうなっているのか、僕は知る事はないだろう。明日、世界は滅亡すると君は言った。その言葉が本当でも嘘でも、s僕はそれを信じようと思った。君の決断を信じようと思った。

明日、全てが終わってしまっても、明日のその先の未来がもう来ないのだとしても、それが悲しいことだと僕は思わない。だって、そもそも、僕に明日は来ない。僕には、今日しかない。僕には今しかない。君に告げられる前からずっと、そうだった。だから、今日の僕は精一杯の愛をこめて君へこの言葉を贈ろうと思った。

「明日世界が終わるとしても、それでも――」





本当は、世界が滅びても滅びなくても、どちらでもよかったんだ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全体に流れる退廃的、というよりは幻想的、あるいは白昼夢のような雰囲気が伝わってきて、物語の世界に浸ることができました。結局どうなったのか、と疑問はつきませんが、最後の一行で納得できました。…
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