俳句部句会呼称の苦悩
水曜の放課後、文化棟4階第二会議室では正式名称研究会部長、副部長、検証研究会部長、弁論部部長、第二新聞部の宮嶋、噂話研究会部長、都市伝説研究会部長、記録研究会副部長、生徒会書記岩倉の9人が集っていた。
何故この面々が会したのか。それは生徒会が設置している意見箱にある1枚の粗末な紙が投げ込まれていたからであった。
「月曜日にこの1枚の質問状が意見箱に入っていました。そこで皆さんに集まってもらったわけです」
生徒会の岩倉書記が椅子から立ち上がり、8人の顔を見回しながら語り始めた。
「内容はこうです。『我が校の俳句部はいったい何なのでしょうか』・・・・・・この件について皆さんから詳しく話を訊きたいと思いお呼びしました」
検証研究会部長が挙手をする。
「それなら俳句部を招集すればいいのじゃないでしょうか? 何故私たちが呼ばれたのか、それをまず教えてください」
岩倉書記は小さく溜息をつき、回答した。
「それは・・・・・・俳句部が特殊な状況に置かれているからです。現在の俳句部の状況を第二新聞部の西嶋くん、説明お願いします」
第二新聞部の西嶋は立ち上がり、制服の胸ポケットに入っていた手帳を取り出し、
「ええと。俳句部は現在、顧問の石波井月先生による独裁状態にあるようなのです。ご存知の通り、石波先生はうちの国語教師であり、俳人としても活躍しています。そこで一昨年の俳句部部長が顧問になってくれ、と依頼したことが事の発端だと思われます」
弁論部部長が挙手。
「それでも俳句部の名称はしっかり”俳句部”じゃないですか。何故正式名称が問題になるのです?」
岩倉書記が立ち上がる。
「その件は噂話研究会、都市伝説研究会に説明していただきます」
まず噂話研究会部長がノッソリと立ち上がった。
「最近、俳句部にはこんなウワサがあるんです。”俳句部は暴力団『石月会』である”というものです。これはあくまでウワサなのですが。結構広まって一部では有名な噂話となっています」
次に都市伝説研究会部長が続ける。
「俳句部は石波先生をボスとして、強引な勧誘活動やそれによって入ってしまった新入部員に対する脅しに近い高額な部費請求を行っている暴力団まがいの存在である、と。まぁ都市伝説となっているものなので信じるか信じないかは皆さんのご判断にお任せします」
「それは大変な問題ではありませんか! 学校側に直接訴えるべき話ですよ!」と、正式名称研究会副部長が大声を出す。
「いえ。これはあくまでウワサ、都市伝説なんですよ。実際にそんな目に遭った生徒はまだ見つかっていません」第二新聞部の西嶋が言う。
「ちょっとよろしいでしょうか」と記録研究会部長が立ち上がる。「記録によると石波先生が俳句部の顧問に就任した一昨年からほぼ毎週行われている句会があるのですが、この句会の名前が『石月会』と言うのです」
「ということは、その暴力団石月会の呼称はそこからきているんですね?」岩倉書記が尋ねる。
「恐らく、石波先生を恐れた生徒がそう呼ぶようになったんだと思います、僕は」記録研究会部長が答えた。
「しかし、その呼称に反対するクラブが幾つかいるんです」と第二新聞部の西嶋が挟む。「任侠映画研究会、ハードボイルド研究会、ギャンブル研究会、マフィア研究会、ギャング研究会、仁義同好会が快く思っていないようです」
「なんか物騒なクラブばかりですね・・・・・・」正式名称研究会副部長が呟く。
「そこが困りどころなのです。あそこらへんの連中が『間違えるから名前を変えるべきだ』と意見を生徒会に投げつけられました」岩倉書記が溜息をつく。
「そもそも部活動の管理は部活動管理局なんではないでしょうかね・・・・・・?」正式名称研究会副部長が恐る恐る書記に尋ねる。
「彼らも部活動管理局には簡単に口出しできないようです。何しろ廃部にする権利を持っているのは学園でも生徒会でもなく部活動管理局ですから」
「つまり、名称を変えてしっかりと俳句部らしいものにすればいいんですね?」第二新聞部の西嶋が訊く。
「そう簡単に変えろと言って変えられるものでもありませんし、最近のうちの生徒会はどうも信用されていないので・・・・・・。どうか正式名称研究会さんと第二新聞部さんのご協力を頂きたくて・・・・・・」と岩倉書記は少し震えた声で話す。
「あぁ・・・・・・」会議室に溜息が漏れる。
「しかし、それならなお俳句部の部長を召喚すべきだと思うんですがね」と弁論部部長が言う。
「どうやら俳句部部長さんはその『石月会』という名前がとても気に入っているようなので、なかなか変えるには難しいと思います・・・・・・」第二新聞部の西嶋が溜息まじりに答える。
そこから、3分間ほどの沈黙。9人はそれぞれ早くこの重苦しい空間から逃れたいとモジモジしている。
その沈黙を破ったのは今まで一言も口を出すことがなかった正式名称研究会の部長であった。
「では、こうしましょう。石月会という名称に問題があるのですし、俳句部らしさがあまりない。ならば『石月句会』という名称にすり替えましょう」
岩倉書記が焦って尋ねる。
「でも、一体どうやって・・・・・・? そんな簡単にはいきませんよ・・・・・・!」
正式名称研究会部長は少し躊躇っていたが、やがて決心したかのように立ち上がり、
「まず、俳句部のポスターに書かれている『石月会』を『石月句会』に書き換えます。そこは落書き同好会に頼みます。あと、新聞部や報道部で名前を出すときは必ず『石月句会』とするように通達してください。広告研究会にも頼んでみます。あと、俳句部の部長を姓名判断研究会に呼び、『石月会』は画数的に問題があるから『石月句会』に変えるべきだと説得させるようにしましょう。それで駄目ならもうごり押しです。演劇部の部員や洗脳研究会などを総動員させて、『石月句会』という名称を浸透させるしかない。これでどうでしょう?」
沈黙。
「・・・・・・それは校則的に大変危険なのですが・・・・・・」岩倉書記は完全に震え上がっていた。
「それでないと怖い連中がまた文句を言いにきますけど、生徒会的には耐えられますかね?」
「・・・・・・・・・・・・」
翌日から大々的に、また密やかに行われた名称すり替え作戦は成功に終わった。また、聞部や報道部はこの壮大で、馬鹿馬鹿しさもある作戦を報じることはなかった。
更に第二新聞部の西嶋の密かで粘り強い取材により、俳句部に纏わりつく忌々しい都市伝説やウワサは石波先生の授業に不満を持つ生徒による犯行だということが判明した。
この奇妙であり、9人を大変苦悩させた会議・作戦が校内中に知られるようになったのは1年後のことであった。それもただの噂話として。
記録研究会部長、記す。