自称魔女
あれから二日たった。
体は一日ぐっすり眠れば動くようになったのだけれど、女性あらためオリヴィアさんに言われて騎士学校は休むことになった。
件の異形。オリヴィアさんによると魔力食いはかなり危険な魔物らしく、王から呼び出しがかかるかもしれないという話だ。
まあ僕が呼び出されたところで、できることなんてほとんどないと思うのだけど。
「魔力食い……か。いかにも魔術師の天敵みたいな魔物ね」
普段は使わない客間で、僕の対面に腰かけたエリーが呆れたように言った。
騎士学校を休んだ僕を心配して見舞いに来てくれたのだけれど、ぴんぴんしている僕を見て怒るかと思いきや安堵して涙ぐむとは予想外だった。
そういえば目が覚めてからそれを知らせることもしてなかったのだと気付き大いに反省。
いらない心配をかけてしまった。
「ところでテオ。それどうしたの?」
「これ?」
エリーが指さしたのは、僕の右手の上でふよふよと浮いている小さな玉のことだろう。
体が動くようになったその日にオリヴィアさんから渡されたものだ。
「魔力操作の訓練になるから、暇があればずっと浮かしてるように言われたんだけど」
聖剣を抜いたときに僕は聖剣に先導される形で肉体の強化魔術を使ったらしいけれど、普段からそれを使えるならば身体的なハンデを覆せるかもしれない。
そんなことをオリヴィアさんに言ったところ「じゃあこれで慣れておけ」と、この魔力で操れる玉をくれたわけだ。
「あーなるほど。そういう使い方もあるのね」
話を聞いて感心したように言うエリー。
そういう使い方? 本来の用途は違うのだろうか。
「それジレント共和国で昔流行った子供向けのおもちゃよ」
「え、魔力ないと浮かせられないのに?」
「ジレント共和国は魔術師ばっかりだもの」
凄いなジレント共和国。
魔法ギルドの本部がある国だし、魔術が廃れても魔術師の国は伊達ではないらしい。
「それに訓練になるっていうのも納得ね。子供の魔術師ってたまに魔力を暴発させるから魔力操作を学ばせるのってすごく大事なのよ。案外元からそういう目的で作られて、親しみやすいようにおもちゃとして流行らせたのかもしれないわね」
「へー」
エリーの言葉に感心しながら手元でふよふよと浮いている玉を眺める。
ちなみに慣れると上下左右に自由自在に動かして曲芸飛行の真似事もできるようになるらしい。
「それにしてもそのオリヴィアさん? 何者なの?」
そう聞いてくるエリーの目には、どこか剣呑な色があった。
何者かと聞かれるとよく分からない。
お爺ちゃんと父さんの知り合いだったらしいけれど、僕と知り合ったのは父さんが死んだ後だし、お爺ちゃんは何も教えてくれなかった。
ただ親戚のようなものだと言っていたからシュティルフリート家の縁者だとは思うのだけれど。
「私が何者か知りたいか?」
「え?」
突然声をかけられてエリート二人驚いて振り向けば、客間の入口にいつの間にかオリヴィアさんが居た。
「私が何者か知りたいかお嬢さん?」
「え……は、はい」
改めて問われて、エリーが戸惑いながら頷く。
するとオリヴィアさんは少しだけ顔を伏せると帽子の影の下でニヤリと笑って言った。
「私は魔女だよ。だから人の世界では暮らせないんだ」
「えー……?」
なんだそりゃ。
そう呆れながら声を漏らしたのだけれどエリーは違ったらしく、視線を向けると唖然とした様子が目に入った。
まさか魔女だというのは本当なのだろうか。
「さて。お楽しみのところ悪いが仕事だ坊や。王様から呼び出しだよ」
「え、本当に来たんですか」
オリヴィアさんが指先でつまんでひらひらと揺らしながら渡してきたのは、確かに王家の紋章が入った正式な書簡だった。
今すぐ登城するようにと簡潔な文で書かれている。
いきなりすぎて現実感がわかない。
「私も付いていくからそう不安そうな顔をするな。そういうわけだ。坊やを借りていくぞお嬢さん」
「あ、私も行きます」
「それは駄目だ」
立ち上がって動こうとしたエリーを、しかしオリヴィアさんは片手を上げて制した。
「呼び出されているのはシュティルフリート家の人間だ。部外者は遠慮してくれ」
そう言われてしまえばエリーは何も言えない。
そして同時に、その言葉はオリヴィアさんがやはりシュティルフリート家の親類であることを示していた。
「はあ。仕方ない。テオ。今度はちゃんと何かあったら知らせてよね」
「うん。ごめんねエリー」
僕が謝ると、エリーは何故か嬉しそうに頭を撫でてきた。
やはりこの子僕を弟か何かとしか思ってないのではなかろうか。
「よし。では行こうか坊や」
「はあ。結局オリヴィアさんは何者なんですか」
シュティルフリート家の人間なのは分かったけれど、一体僕とはどういう関係になるのか。
母にしては若すぎるし、もしかすれば姉だったりするのだろうか
叔母や姪、あるいはもっと遠い親戚もあり得るかもしれない。そう思ったのだけれど。
「言っただろう。魔女だよ」
僕の疑問に、オリヴィアさんはただそれだけ繰り返して笑った。