安堵
「チッ。やはり効かないか」
「え……?」
女性が舌打ちし忌々し気な視線を向けた先には、異形が変わらず何のダメージもない様子で佇んでいた。
いや。先ほどまでとは違い、明らかな敵意を女性に向けている。
「私が食いたいか? おまえにとってはご馳走だものな。いいだろう。来い!」
「――!」
女性が左手で手招きするのに応えるように、異形が地を蹴り瞬きの間にその距離を詰める。
「あ――」
危ないと言おうと口を開いたときには、目の前で異形が女性の整った顔目がけて拳を振り下ろしていた。
このままでは女性の顔は石榴みたいに潰れてしまう。
「ハッ!」
しかしそんな危惧を笑うように、女性は首を傾げるようにして異形の拳を躱していた。
「飛べ!」
そして手招きしていたはずの左手はいつの間にか握りしめられており、女性が右足で踏み込むと同時に異形の頭へと突き刺さり貫いていた。
「――!?」
その細身のどこにそんな力があるのか、振りぬかれた拳に弾かれて、異形が車輪みたいに回転しながら吹っ飛ぶ。
しかしやはり異形は異形。物理法則などしったことかとばかりに突然重力に引かれるように地面に着地すると、すぐさま蛙みたいに飛び跳ねて木々の向こうへと姿を隠していた。
「逃げたか。まあこちらにとっても有難くはあるが……」
女性の言う通り異形は逃げたらしく、周囲には静寂が戻っていた。
それにホッとすると同時に、先ほどまでの状況を思い出し慌てて周囲を見渡す。
「エリー! ギュンター!」
名前を呼んだけれど返事はない。
すぐ近くに木の葉に埋もれるように倒れていたエリーに慌てて近づけば、頭を殴られて意識を失っただけらしく怪我らしい怪我もしていなかった。
「探し物の片割れはこれか?」
それに安堵して次にギュンターを探そうとすれば、いつのまにか女性が殴り飛ばされたギュンターを肩に担いですぐそばで僕を見下ろしていた。
「ギュンター!」
「安心しろ。内臓がダメになっていたが治した」
「え……あ……え?」
治した? 内臓がダメになるような重傷を、僕がエリーの安否確認をしていた一瞬で?
「何だその顔は。私の言うことが信じられないのか?」
「え、いや、そういうわけじゃなくて」
この女性を信じていないわけではない。けれどやはり言っていることは信じきれなくて戸惑っていると、突然女性は不機嫌そうだった顔を綻ばせ微笑みながら言う。
「冗談だ。ともあれ、大事ないのは間違いない。……よく頑張ったな」
「……あ」
女性に愛しむように頭を撫でられ安心したのか、それとも知らず体に限界が来ていたのか、体から力が抜けていく。
「今は眠れ。もう恐いものはいないからな」
その言葉を聞きながら、僕は眠るように意識を手放した。